こんにちは、葛西に住んで16年、松本圭司と申します。
文章を書いたり、地図アプリをつくったり、登山学校で地形図の読み方を教えたりしています。
生まれは房総半島の先っちょにある鴨川市。葛西へ引越す前は、東西線で葛西と隣り合う千葉県浦安市に住んでいました。
浦安も住みやすく気に入っていました。でも、今の妻と出会って一緒に猫を飼うことになり、葛西に引越しました(当時浦安には、猫を飼える物件がまったくなかったのです)。
正直に書くと、引越した当初は「葛西より浦安のほうがよかったな」と思っていました。浦安に残る古い漁師町の空気感が好きだったからです。葛西は1969年以降に整備された、比較的新しい街ですからね。
でも結果としては、2年住んで引越した浦安の8倍、16年も住んでしまい、今後も引越しの予定はありません。家賃も浦安よりだいぶ安いし(江戸川を越えて東京から出ると、逆に高くなっちゃうんです)。
なぜ僕は葛西に住み着いてしまったのでしょうか。それはきっと葛西が、新しい「発見」が至るところに落ちている街だったからです。
気持ちいい水辺と広い空、堤防や高速道路、水門などのドボク、埋め立ての歴史を感じる遺構。
四方を水に囲まれた葛西にはそんな「興味深い地形やドボク」が多く、歩けば歩くほど新しいものに出会えます。
そんなのどこの街だってそうだろうって? 確かにそうかも知れないし、これは僕の身内びいきかもしれませんが、それでも葛西の空と水辺から感じる開放感はなかなかのものです。だからうっかり16年住んでしまったし、まだしばらく住むつもり。
今回はそんな葛西の魅力を、読図の講師らしく、地図を頼りに葛西の水辺を歩きながらご紹介しましょう。
実は島だった? 地図から見る葛西
散歩を始める前に、まずは葛西の地図をご覧ください。
本稿で葛西とは東京都江戸川区の南に位置する、旧東京府南葛飾郡葛西村を中心とする地域(地図で赤く塗った部分)を指します。葛西村は明治22(1889)年の町村制施行で生まれ、それ以来この地域は葛西と呼ばれるようになったとのこと*1。
江戸時代以前は現在の葛飾区、墨田区、江東区、江戸川区、足立区、一部埼玉にわたるかなり広い地域を「葛西」と呼んでいたそうです。葛西帝国と言っていい広さだったんですね。今も葛飾区にある一部の神社や城址に「葛西」の地名が残っています。
時代を現代に戻すと、葛西は西側の荒川と中川*2が江東区との境界、東の江戸川が千葉県浦安市との境界、北は新川という旧運河を境界として船堀などと分かれ、南は東京湾に面しています。
東西を川に挟まれ、北には旧運河、南は海。一周をすっかり水で囲まれた地域ということです。
ということは、島じゃね?
東京湾と太平洋に挟まれ、全ての県境を川に囲まれた千葉県を「島」だと言う人がいます(僕も言ったことがあります)。そう考えると、川と旧運河と海に四方を囲まれた葛西も「島」と言えそうです。
エリアの真ん中に新左近川・左近川が流れているため、なんなら中間で2分割された二島と言えるかもしれません。
千鳥の大悟さんのような「島育ち」の方を除けば、多くの日本人にとって島は非日常です(日本列島自体が島だろうというのは忘れてください)。それは房総半島に生まれた僕とて同じ。葛西に住んでから、ただの陸地だと思ってた場所が島だったの? という意外性に何度も心ときめきました。ときめきますよね?
葛西は荒川と江戸川、東京湾に囲まれています。それだけで島っぽいのですが、さらに葛西を島たらしめている(とは僕が勝手に言ってるんだけど)のが、エリアを南北に分断する新川(旧運河)と左近川。これらは自然の川にしてはちょっと不自然な形をしています。
川というのは普通、標高が高いところから低いところへ流れるものです。ところが2つの川は川から川へ、「東西を横切って」流れています。
なぜか?
それは人工の川だからです。
ここで、1940年ごろの航空写真をご覧ください。
白黒とだとちょっと分かりにくいですね。川や海の部分を青くしてみましょう。
真っ直ぐな海岸線など、すでに「人の手」を感じますが(江戸時代には潮除堤という堤防があったそうな)現在の地形とは大きく違います。
現代の地形図を重ねてみましょう。
大部分が海(広大な干潟)に没しています。現在の北葛西、東葛西、中葛西、西葛西、南葛西などは80年前も陸地でしたが、西の清新町や南の臨海町の辺りは海だったことが分かります。
ここで改めて先程の地図を見てみましょう。
旧水門(以前水門があった場所)を境界として、左近川が新と無印に分かれていますね。
つまり、もともとの陸地にあったのが左近川で、埋め立てでできた、元は海岸線だった部分が新左近川なのです。埋め立てによって海岸線が川になってしまいました。
2008年の5月に旧水門を撮った写真がこちら。
この時点で水害を防ぐための水門としての役割はとっくに終えていたことになります。2020年に撤去され、遺構として整備されました。遺構には水門の歴史などを解説したパネルがはめられています。
この旧水門を起点に、散歩を始めましょう。
葛西の「川辺」を歩く
旧水門の西側は新左近川を中心とした「新左近川親水公園」として整備されており、ほとりの遊歩道には散歩やジョギングをする人が行き交っています。
上の写真の左側が埋立地で、右側はもともとの陸地です。
基本的にはナイスな公園ですが、ごくまれに水量のコントロールに失敗したのか浸水することがあります。
こりゃ浸水公園だね、なんて思ったこともありました。が、最後の浸水を見たのは2016年なので、本当にごくまれなイベントとなっております。浸水するのは公園のごく一部だし、いつもは穏やかな公園です(フォロー)。
新左近川親水公園は葛西のどの駅からも均等に距離があるので、利用するのはほぼ、僕含む近所の人。だから混みすぎず、落ち着いた雰囲気です。まさに「THE・地元の広い公園」。ちょっと黄昏たい時なんかには、最高のロケーションですよ。
春には桜が咲き、例年なら地元の花見客でにぎわいます。きっと、22年の春は普通に花見ができる世界になっているはず……。
夕暮れの散歩もいいものです。
水面と広い空が、ステイホームで縮こまった心のコリをほぐしてくれます。
頭上がスコーンと抜ける開放感が気持ちいい。空が広いっていいですね。
レンタルカヌーで遊ぶこともできます。さすが親水公園。
葛西の北の境界となっている新川へ向かいましょう。
こちらも遊歩道として整備されていて、新川千本桜と呼ばれる桜の名所となっています。
現在は新左近川親水公園のように、水辺に親しむ憩いの場として整備され、こちらも多くの住民が散歩やジョギング、サイクリングなどで訪れます。
新左近川親水公園と同じく、空がスコーンと広くて開放的です。水辺の近くはなぜか高い建物が少なく、空が広くて気持ちいい。
葛西の「海辺」を歩く
親水公園になったかつての海岸線や川、護岸や橋のような水辺の痕跡は他にも残っています。
例えば、かつて海の玄関口だった「将監の鼻」*3。ここには堤防の痕跡があります。
昭和22(1947)年の大型台風の被害を受けて、昭和26(1951)年から堤防がつくられました。埋め立て事業が始まる昭和47(1972)年までの約20年間、葛西の街を守っていた堤防の一部がこちらです。
一段低いところが車道になっていて、かつて堤防の上だった部分は歩道になっています。
堤防跡の立派な石碑には、水害との戦いについて記されています。
かつての堤防は他にも、「一段高い歩道と一段低い車道の急カーブ」として南葛西に残っています。
過去の航空写真と現代の地図を重ねた地図で示すと、下図のようになります。堤防の形がそのまま道として残っています。なんだか良くないですか? こういう痕跡。
現在は、以前よりも大きな堤防が葛西を守っています。
上の写真は荒川(中川)と西葛西を隔てる堤防です。高さは10m程度でしょうか。近隣の建物の3階程度の高さがあります。
堤防の上は遊歩道になっていて、散歩やジョギングをする人が行き交っています。
堤防の上を歩くと、一部下の道路で迂回する部分はあるけど、海まで行けます。この辺りも空が広く、真っ直ぐな道が気持ちのいいスポットです。
葛西にはインドの方が多く住んでいるのですが(だからカレー屋さんも多い)、一説には荒川や江戸川などの川が故郷のガンジス川を思わせるからだと言われています。
本場のガンジス川と比べたら小さな川でしょうけど、水辺の気持ちよさに関しては僕も同感です。
荒川に沿って首都高速中央環状線C2が走り、河口付近のジャンクションで湾岸線と合流します。この辺りのダイナミックなドボクを間近に見られるのも葛西の魅力です。
湾岸道路、首都高速湾岸線、JR京葉線などなどが並走するこれらの橋脚と橋桁、どうです? たまらないでしょう。自然の水辺もいいけれど、巨大なドボクもいいものです。
僕は毎回通りかかるたびに「人類スゲー!」となってます。なってください。小さなことなんて忘れちゃいますから。
シンメトリーな鉄骨ってワクワクしますよね。
一方、荒川とは反対側の東を流れる江戸川も、堤防の上を歩けます。川を下っていくと徐々に堤防が広がり、河口付近はなだらかで大きなものになります。
そして江戸川は浦安市との境界なので、当然対岸には「夢の国」が現れます。
江戸川の堤防も荒川の堤防も、海に向かって進むと最終的には大きな公園に至ります。そう葛西住民の庭、葛西臨海公園です。
JR京葉線の葛西臨海公園駅から公園の方(海側)は、上り坂になっています。駅側よりも海側の方が実に4m程度も高くなっているんですね。
国土地理院のデジタル標高地図を見ると、公園だけでなく、埋立地全体の標高も高いことが分かります。埋立地が海側の守りを固めているわけです。
堤防や埋立地で守られていても、新川や左近川がガバガバでは意味がありません。増水したらあっという間に水浸しになってしまいます。それを防ぐのが4つの水門です。
4つの水門と堤防、嵩上げされた埋立地によって、どこまでも真っ平らな0m地帯が広がる葛西は水害から守られています。要塞都市みたいでかっこいいですね。
夜の葛西臨海公園を歩く
葛西を歩き回って写真をたくさん撮りました。すっかり夕暮れ(途中に夕暮れてる写真がありましたが時系列は気にしないでください)。
葛西の夕暮れスポットといえば、先ほども紹介した葛西臨海公園です。
公園から見えるJR京葉線の鉄橋と夕陽は良いし、西なぎさに渡る渚橋と夕暮れも素敵です。
刻一刻と濃くなっていく夕暮れ。
夕暮れなんて、地上ならどこだって見られます。ただ、葛西の景色が他とちょっと違うのは荒川と東京湾が織りなす西側の広がり。ビル街に沈む夕日は、東京の東の端だからこその眺望です。
葛西に引越した当初こそ「浦安のほうがよかったな」と思っていましたが、こういう夕陽が見られる葛西を今ではすっかり気に入っています。
そして日が暮れました。
夜の高速道やジャンクションも素敵です。葛西臨海公園に向かう陸橋の上から見る湾岸線のかっこよさ。
公園の海側からは、東京の夜景を海越しに眺められます。夜景というのはだいたい山やビルの上から眺めるものですが、葛西に住めば地上から眺められます。そう、西側が(以下略)。
公園の東側に行けば、かの国のホテル群が夢のように光っています。
夜景を見るうえでの注意点が一つ。
葛西臨海公園は都会の公園とは思えないくらい暗くなるので、懐中電灯も装備に加えていくことをおすすめします。特に、上の写真のように舞浜方面を眺められる地点は、「山奥か?」ってくらい真っ暗です。
散歩に合う「葛西飯」
皆さんはきっと、この記事を読んで葛西へ行き、葛西の公園や水辺をめぐるに違いない。
でも、1日中歩き回ったらお腹が減りますね? そんな皆さんのために、僕がおすすめする飲食店を2店ご紹介します。
焼肉食堂 だい
散歩でたっぷりカロリーを消費した後はお肉なんていかがでしょうか。
焼肉食堂 だいは、僕が葛西で一番好きな焼肉屋さんです。
定休日は月曜日。最近はコロナタイムで閉店が早いので、早めに来店しましょう。事前に電話して予約をしておくと完璧です。
スタミナセットはロース、カルビ、ハラミ。全部おいしい。
ミックスホルモンは上ミノ、ホルモン、レバー。上ミノは細かく包丁が入っていて食べやすい。
お肉たちがテーブルに届いたら、ひたすら焼いて食べます。
黒毛和牛赤身うすぎりとカルビ。
写真を見ているだけでお腹へってきます。今すぐにまた行きたい。
焼肉食堂 だいに行ってください。もう間違いありません。本当は教えたくないくらいおすすめです。
焼肉食堂 だい
住所:東京都江戸川区中葛西7-9-1
電話:03-6808-7655
営業時間:17:00~23:00
定休日:月曜(祝日の場合火曜日)、お盆、年末年始
tabelog.com
※営業時間・定休日が記載と異なる場合があります。ご予約・ご来店時は事前に店舗へご確認をお願いします。
お弁当一番
葛西のお弁当屋さんと言ったらここ、一番。つくりたての弁当を24時間購入できます。散歩の途中にお弁当、というのも悪くない選択です。
いつ行ってもお店の前で何人か待っています。葛西の住民、一番大好きすぎか。
全体的にどのお弁当もリーズナブルですが、コスパの面で群を抜いているのが「マヨ明太弁当」。みっちり詰まったご飯に明太子、キャベツ、海苔、細切りたくあん、きんぴらごぼう、鶏の唐揚げで、なんと324円(税込)。
おかずだけでなくお米がとてもおいしく、ボリュームもあります。上げ底一切なし。
明太子や唐揚げなどおかずの味は濃いめですが、ご飯と合わせるとちょうどよくなり、つまりこれはお米をおいしくたくさん食べさせるアレです。
お弁当を買って親水公園のベンチで食べるのもいいかも。
お弁当一番 西葛西本店
住所:東京都江戸川区西葛西6-29-12
電話:03-3686-8957
営業時間:24時間営業(西葛西本店のみ)
定休日:なし(年末年始 12/31~1/3)
edogawa.mypl.net
※営業時間・定休日が記載と異なる場合があります。ご予約・ご来店時は事前に店舗へご確認をお願いします。
そうだ 葛西、行こう。
ほら、これを読んだあなたはだんだん葛西に行きたくなる、行ったついでに住みたくなってくる。
東西線か京葉線に乗れば、東京駅から20分弱です。
都心から近く、おまけに川や親水公園だらけで空も広い。「島」の意外性も感じられる。嫌なことは巨大なドボクを見て忘れられる。それに、猫も飼える!(トテモダイジ!)
そんな葛西、どうですか。
僕は16年の間に、葛西のことがすっかり好きになっていました。東西線の混雑はあるけれど、葛西に帰れば広い空と水辺が迎えてくれる。
興味を持ったら、まずは散歩やサイクリングにいらしてください。東西線の葛西駅、西葛西駅、京葉線の葛西臨海公園駅でレンタサイクルを利用できますよ。*4
あ、葛西の駅や街で僕を見たら、お気軽に声を掛けてください。たまに声を掛けられますが、ちょっと驚いたあとに「え、あ、こんにちは」と答えると思います。
↓こんな顔をしています。
著者:松本圭司
1976年、千葉県鴨川市(内浦)生まれ。システムエンジニアなどを経て、2010年にライター兼アプリ作家として自由業化。「DIY GPS」「速攻乗換案内」「立体録音部」「Here.info」「雨かしら?」などのアプリを開発。著書に『チェーン店B級グルメ メニュー別ガチンコ食べ比べ』(双葉社)、『30日間マクドナルド生活』(祥伝社)がある。
編集:はてな編集部