音楽不毛の地に見えた香川にも「PICK UP」があった|街と音楽

著者:吉田靖直(トリプルファイヤー)  

自室、スタジオ、ライブハウス、時にはそこらの公園や道端など、街のあらゆる場所で生まれ続ける音楽たち。この連載では、各地で活動するミュージシャンの「街」をテーマにしたエッセイとプレイリストをお届けします。

 

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大学1年の秋。ネズミの糞尿被害に悩まされた私は高田馬場の風呂なしアパートを引き払い、阿佐ヶ谷に引越すことにした。バイトの先輩のワンボックスカーに荷物を満載し阿佐ヶ谷へ向かう。

新居近くの道路脇でいったん全ての荷物を降ろし、一つずつ部屋へ運び込んでいく。何度目かの往復で荷物を取りに戻った瞬間、背筋に冷たいものが走った。置いておいたカラーボックスの数が減っている気がしたのだ。カラーボックスには、小学生のころから少しずつ集めてきた数百枚のCDを詰め込んでいた。

もしかして盗まれたのか。しかし目を離したのはわずか数分間。そんな一瞬の隙に、重さ数十キロはあるカラーボックスを持っていく胆力のある奴が果たしているだろうか。しかもそばには車が停まっていて、すぐにでも持ち主が戻ってきそうな状況で。

そんなわけはない、と思い直し、とりあえず引越し作業を終わらせたあと、改めて荷物を確認したが、やはりカラーボックスがない。急いで家を出て、どこかに置き忘れていないかと辺りをくまなく探したが、最後まで見つけることはできなかった。

 

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高田馬場駅前

引越し初日にして、所持していたCDの大半を失った。心の整理がつかない。今までお金を節約して必死に買い集めてきた時間と手間が一瞬で水泡に帰した。その時、もう今後自分にCDやレコードを集める気力が湧いてくることはないかもしれないな、と思った。

手垢のついた言い方になるが、全てのCDに思い出が詰まっていた。私はそのころまで、持っているCDのどれを指差されても、それをどこで、どんな友達と、どんなシチュエーションで購入したのか即座に答えることができた。

それは、思春期の私が尋常ならぬ強い思い入れを持ってCDを買っていたためであるが、同時に地元である香川県西部に存在するCD・レコード店の数がかなり少なかったせいでもある。

 

レッチリを買った「金宝堂」、『BURRN!』をくれたおばちゃん

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現在は閉店した金宝堂

小・中学時代にもっともたくさんのCDを買ったのは、家からチャリで15分のところにある「金宝堂」だ。

メガネ・貴金属店とCD屋が合体したような店だった。新品のCDしか置いておらず、品ぞろえも良くなかったが、シリーズ化されていたロックの名盤は1600円程度で買うことができた。それでも小遣いの少ない中学生に購入できるCDの数は限られている。

図書館で『ロック名盤500』のような本を熟読後、下見として何度も金宝堂に通い、今の自分が本当に聴くべきCDはどれなのかを熟考し、そのあとにようやく購入を決意する。

記憶している範囲ではジョン・レノンの『ジョンの魂』、レッチリの初期ベスト、グリーン・デイの『ドゥ―キー』、ニルヴァーナの『ネヴァーマインド』、パンテラの『俗悪』、コールドプレイの『静寂の世界』などを買った。レッチリを買うときなどは、セックス・ピストルズとレッチリのどちらを買うか数週間悩んだ末に結局レッチリを選んだのを覚えている。

中学生になると少し行動範囲が広がり、電車で数駅先の観音寺駅近くにあるCD屋にも行くようになった。そこはハードロック・ヘヴィメタルに傾倒した店のようで、中古のオジー・オズボーン『オズモシス』を900円くらいで買ったら、見どころのある中学生だと思われたのか、店員のおばちゃんは嬉しそうにロブ・ハルフォードとキッスが表紙の『BURRN!』をおまけに2冊付けてくれた。店の壁には観音寺出身のヴィジュアル系バンド、「宇宙戦隊NOIZ」のポスターが貼られていた。

次第に電車代が往復1000円以上する高松へも足を延ばし、「モア・ミュージック」などで中古のCDをまとめて数枚買って帰るようなことも増えた。修学旅行で行った福岡では、近所でいくら探しても見つからなかったヴェルヴェット・アンダーグラウンドのファーストを買った。あと、姉の部屋でケースにしまわれず裸で置いてあった傷だらけのCD、レディオヘッド、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン、ペイヴメント、ウィーザーなどをくすねてよく聴いていた。

 

当時は、頭の中で未知の音楽を想像する時間と並々ならぬ情熱をかけてCDを買っていたので、いろんなお店をよく覚えている。その中でもとりわけ私が影響を受けたのは、香川県南西部の善通寺駅前にあった「PICK UP」というCD・レコード店だった。

私には姉が2人いるのだが、姉同士の会話でPICK UPの存在を知った。「めっちゃ趣味がええCD屋見つけた! 近くに売ってないCDようけ置いとるし、どうでもええ普通のJ-POPとか全然置いてないんよ」。横で会話を盗み聞きしていた私が、姉にそのCD屋の場所を尋ねると、今度車で連れてってあげるわ、ということになった。

姉の言うとおり、PICK UPには存在は知っていても今まで見たことのないCDがたくさんあったし、普通のJ-POPは置いていなかった。それどころか、『ロック名盤500』にも絶対に載らないような名も知れぬCD・レコードがたくさんあったのだ。

興奮したが、よく知らないCDをジャケ買いするような金銭的余裕を私は持ち合わせていない。店内を何周も徘徊した末、ザ・クラッシュの『ロンドン・コーリング』とガンズ・アンド・ローゼズのファースト『アペタイト・フォー・ディストラクション』を買うことに決めた。

2枚のCDをレジに持っていったところ、ガンズのCDを見た店員が「あ〜」と声を漏らした。この店に来てそれ選んじゃうか、という失望が込められているように私は受け取った。そういえばガンズの中古CDは500円くらいで、他店よりかなり安い価格設定がなされていた。

私は急に自分のチョイスが恥ずかしくなり、まだCDを選んでいる姉を置いてそそくさと店を出た。それでも買ってしまった手前、ガンズのCDも50回くらいは聴いた。1曲目の「ウェルカム・トゥー・ザ・ジャングル」はギターでコピーしたりもした。

 

異常な熱意で森山さんの音楽講義を聞いた

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高校時代(一番左手前が著者)

高校に入ると、同学年の中にも音楽好きの奴が何人か現れた。隣のクラスの宮本、通称「あっくん」は、石野卓球やケン・イシイが好きで、「あっきゅう」という名前でDJもしているらしい。

一体香川のどこにDJが回しているようなパーティーがあるのだろうか。彼は音楽の趣味も服もセンスがよく、どこをとってもオシャレな奴だった。高校生のくせに彼女どころかセフレがいるというあっくんの報告を聞いて私は大きな衝撃を受けた。

なんと、あっくんはPICK UPにも足繁く通っており、森山さんという40代男性店員とも懇意にしているらしい。私も、あっくんと一緒に何度かPICK UPに行くうち、森山さんから顔と名前を覚えてもらえた。

やがて森山さんは善通寺市民会館の会議室を月に1回借りて音楽講座を開くようになり、私とあっくん、そして当時私と一緒にバンドを組んでいた加嶋の3人で通い始めた。会場にはPICK UPの常連客であろう10代〜30代くらいの男女が毎回10人ほど集まっている。

音楽不毛の地のようにも思えた当時の香川県西部にも数少ないがたしかに存在する、向上心を持つ者たちが一堂に会している。そこに立ち会っていられることが誇らしかったし、その光景を見るだけでグッとくるものがあった。たぶん吉田松陰の松下村塾とかもこんな感じだったのだろう。

 

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自室で勉強する高校生の著者

講座のテーマは毎月変わる。例えば「ブラジル音楽」「日本のロック」「レゲエ」「ジャケ買いの法則〜名盤ジャケットの条件」など。学校のプリントのようにキーワードが穴抜きされたレジュメが配られ、聴講生は講義を聞きながら空欄を埋めていく。

柔和でおとなしそうな雰囲気の森山さんだが、講義を始めると話に熱がこもった。学校の授業を最後まで集中して聞けたことなど人生で一度か二度くらいしかない私でも、森山さんの2時間弱の講義は一言たりとも聞き漏らさぬよう毎回異常な熱意で耳を傾けた。

一度、あっくんの友人が講義にやってきたことがあった。彼は気さくでよく喋るが、軽く話した感じでは音楽にさほど詳しくなさそうだった。そのくせ友人の間では音楽に詳しい奴とされているような佇まいが妙に目についた。

私は彼が講義中に何か変なことを言い出さないか不安だったが、彼は他の塾生と同じように黙って最後まで聞いていて少し安心した。

しかし講義後しばらくみんなで談笑していた時、突然彼が口にした発言に場の空気が固まった。


「ちなみに森山さん的には、最近の日本のバンドだとアンダーグラフなんかはどういう評価なんですか?」 

何かとても活きのいいコアなバンドを見つけたかのような話しぶりだったが、私およびあっくんや加嶋、またおそらく他の塾生の何人もが「アンダーグラフ」の名前を知っていた。

その上で、アンダーグラフが当時普通にオリコン20位くらいでそこそこ売れていたJ-ROCKバンドであり、「カエターノ・ヴェローゾ」だの「ボサノヴァとサンバの関係性」だのが語られたその日のブラジル音楽講義の文脈からあまりに乖離していることに一瞬で思い至った。

 

さっきまであんなに熱心にブラジル音楽を語っていた森山さんが「……アンダーグラフ……?」と言葉を失っている。森山さんにこんな顔をさせないでくれ。

もちろんアンダーグラフが悪いわけではない。彼らは日本のヒットチャート界隈において結果を出せる実力を持つ人たちだ。ただ、森山さんの膨大な音楽知識を前にして「アンダーグラフ」というカードで切り込むことは、私からするとあまりに身の程知らずな行為に思えた。

森山さんは数秒間何も言わなかった。発言のあまりの空気の読めなさに答えあぐねているのかと思ったが、どうやら森山さんは単にアンダーグラフの存在を知らなかっただけのようだった。

「へえ。知らないバンドですね。機会があれば聴いときます」との答えで無事におさまった場の空気に、私たちはホッと胸を撫で下ろした。

 

時にはそんな闖入者(ちんにゅうしゃ)もいたが、彼が再び講座にやってくることはなかった。やはり彼には私たちほどの音楽的好奇心はなかったのだろう。私は普通の高校生から遠く離れた場所にいる自分を確認しては満足し、選りすぐりのエリート教育を受けているような気分に高揚しながらその後も講座に通いつめた。

 

先鋭化した「PICK UP」の末路

私が東京の大学に受かって上京する少し前から、PICK UPの取り扱い商品は次第に大きく変わっていった。

私が昔買ったガンズやクラッシュなどの中古ロックCDは完全に排除され、おそらく森山さんの趣味だろうが、ヒップホップとレゲエの新品CD・レコードばかりを取りそろえるようになった。

香川県のCD屋としてはあまりに尖りすぎている品ぞろえにPICK UPの行く末が不安になったが、やはり予想通り数年後に店は潰れていた。

大学時代に帰省して立ち寄った際に購入した漢(MSC)の『導〜みちしるべ〜』が、PICK UPで買った最後のCDとなった。

 

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そんな思い入れのあるPICK UPで購入したCDの多くも引越しの際に盗まれてしまった。私はそれ以降CDを購入しても以前のように名前順で棚に並べたりはせず、そのままポンとそこらに置いて雑に扱い始めた。

近年はサブスクの時代がやってきたことにより、ようやくあの時大量のCDを盗まれたのもまあいいか、と思えるようになった。

 

いま香川県の音楽事情がどうなっているのかは知らないが、とりあえずここ数年間で帰省した際にチェックした限りでは昔通ったCD屋や本屋のほとんどが潰れていた。東京の有名なレコード屋、例えば「CISCO」などのように語り継がれることもない。

しかしあの時たしかに、地域性や時代の徒花に過ぎなかったPICK UPのようなお店が存在したことを、ここに記録しておこうと思う。

 


<吉田靖直のプレイリスト>
森山さんの講座で教わったであろう音楽、「PICK UP」で購入した音源に含まれている曲のうちのいくつか。統一性がないですが、あのころのどこかの田舎の高校生がこういうのを聴いてワクワクしていたんだな、という感じで聴いてもらえれば幸いです。

  

著者:吉田靖直(トリプルファイヤー)

よしだやすなお

バンド「トリプルファイヤー」のボーカル。1987年4月9日生まれ、香川県出身。音楽活動のほか、映画やドラマ、舞台、大喜利イベントなどにも出演。また雑誌や各種WEBサイトで執筆活動を行っている。

Twitter:@TRIPLE_FIRE
Instagram:yasunao_yoshida
 


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吉田靖直(著) / 1,760円(本体1,600円) / 双葉社刊


 「街と音楽」過去の記事

suumo.jp

編集:日向コイケ(Huuuu)