
イタリア生まれ、日本在住歴18年のマッシミリアーノ・スガイさん。フードライター・エッセイストとして日本の食の魅力を発信するマッシさんが現在暮らすのは、石川県の金沢市です。
24歳で来日後、大阪、名古屋、東京と大都市での暮らしを経て、定住先に選んだ金沢。人、食、そして「まったりとした雰囲気」に魅せられ、気づけば離れがたい場所になっていたといいます。
何年いても飽きることがないという金沢での暮らしについて、マッシさんに語ってもらいました。
きっかけは『ドラゴンボール』と井原西鶴。イタリアの少年が日本に恋するまで
── イタリア・ピエモンテ州で生まれたマッシさんが、日本に興味を持たれたきっかけは何だったのでしょうか?

マッシミリアーノ・スガイさん(以下、マッシ):最初の接点は、イタリアのローカルテレビ局で放送されていた日本のアニメです。『ドラゴンボール』や『北斗の拳』、『シティーハンター』などを、当時は日本の作品とは知らずに観ていました。
日本を好きになったのは、中学生の頃です。夏休みに「ヨーロッパ以外の文学を読む」という宿題が出て、たまたま選んだのが井原西鶴の作品。正直に言うと、「薄くてすぐに読み終わるだろう」と思い選びました(笑)。ただ、読み始めたら1ページ目から引き込まれて。ヨーロッパ以外の文化や考え方に興味を抱くきっかけになりましたね。それから安部公房や谷崎潤一郎など、日本の文学作品を読むようになりました。
── 井原西鶴、安部公房、谷崎潤一郎は日本の中学生でも選ばないような渋いチョイスですね。日本の文学のどんな点に惹かれましたか?
マッシ:日本の文学は物事をハッキリと言いませんよね。その「余白」があることで、読み手側が考えさせられる部分があると思います。こちらの読み方やその時の気分によっても感じ方に変化があって、想像力が膨らみます。ヨーロッパの文学とはまた違う面白さがありますね。
最初はイタリア語に翻訳されたものを読んでいましたが、そのうち日本語の原文で読みたいという欲求が出てきて、トリノ大学の文学部日本語学科に進みました。
── そこからどんな経緯で日本へ?
マッシ:日本を初めて訪れたのは、高校生の時です。滞在期間は2週間くらい。海外に出るのも初めてで、しかも1人旅でした。当時は「こんにちは」と「さようなら」くらいしか日本語を知らず、滞在中はいつも誰かに助けてもらっていましたね。
大学時代にも一度留学をして、卒業後に就職した会社の転勤で、2007年に再度来日しました。東京、京都、広島を巡り、いろんな発見がありましたが、特に日本の食べ物や食文化の違いに驚かされました。豆や野菜、お米を使ってスイーツをつくる和菓子の発想、白米とおかずを同時に食べる「定食」のスタイルなど、初めての体験が楽しくて。
最初は苦手だなと感じる食べ物もあったけど、ろくに知らないまま拒否していたらその国の食文化に対して失礼。繰り返しチャレンジして、滞在期間中には大福も味噌汁も、日本のお米も大好きになっていました。

大都市での暮らしを経て、金沢に根を下すまで
── 2007年に来日後は、どんな街で暮らしてきたのでしょうか?
マッシ:最初に住んだのは大阪です。大学で日本語を習得したのですが、教科書には載っていない大阪弁の表現に戸惑いました。ただ、大阪の人たちのオープンでフレンドリーな気質、訳のわからない冗談、気を遣わないストレートな話し方はイタリアに近いものを感じて心地よかったですね。
お好み焼きなど、料理は基本的に濃い味付けのものが多くて、そこも何となくイタリアっぽい。大好きな喫茶店もたくさんあって、楽しく過ごすことができました。

その後は、三重や和歌山などに住んだ時期もありましたが、長く暮らしたのは名古屋です。名古屋の人は大阪ほどオープンではないけど、とにかく見た目が豪華で派手なものが好き。エルメスやシャネル、髪の毛もくるくる、みたいな。それこそ名古屋は食文化も独特ですよね。あんかけスパゲッティだけは今も慣れないけど、味噌煮込みうどんは大好き。
日本は他国に比べ、地域ごとの食、人、方言、文化の違いが大きいように感じます。それが面白いし、新しい街に住む度に勉強になりますね。
── 名古屋の次はどちらに?
マッシ:石川県の金沢です。実は大学生の時にも、留学で金沢に2カ月ほど滞在したことがありました。当時は北陸新幹線も長野駅までしか開通しておらず、今のように観光客も多くはありませんでしたが、街全体に漂う「まったり」とした雰囲気がお気に入りでした。
── それから6年以上が過ぎた現在も金沢にお住まいだそうですね。
マッシ:最初は仕事の都合で住み始めたのですが、今では離れがたい街になりました。実は一時期、東京での仕事が増えて都内に住んでみたこともあるんです。でも、常に忙しい東京暮らしは自分には合わず、半年も経たずに金沢に戻りました。帰ってきた時は、金沢の素晴らしさに改めて感動しましたね。
みんながファミリーのように助け合う街
── そこまでマッシさんが惹かれる、金沢の魅力を教えてください。
マッシ:まずは人ですね。私は外国人ですし、別の地域から移住してきたこともあって最初は不安もあったのですが、金沢の人たちはオープンな心で受け入れてくれました。
ある日、雨に濡れながら信号待ちをしていた時は、見知らぬ男性から傘を渡されましたし、今も道端でぼーっとしていると観光客に間違えられて「どこに行きたいんですか?」「困っていませんか?」と話しかけられたりします。雪が多いことも関係しているのか、生活の中でみんなが助け合う、人に親切にする精神が自然と根付いているのかもしれません。

── 温かいですね。地方移住にあたっては、その土地に受け入れられるかどうかが不安要素の一つですが、金沢の場合はそうした心配はあまりないと。
マッシ:僕はそう感じました。1回でも顔を合わせたことがあれば、道端で声をかけてくれたり、そのまま一緒にご飯を食べに行ったり。人と人の間に垣根がないというか、同じ地域に住んでいる人は一つのファミリーのようです。僕にとっても、金沢はもう「地元」といってもおかしくない場所になっています。
── ほかに住んでみたいと思う場所も、今は特にないですか?
マッシ:もちろん、旅行で訪れた街をいいなと思うことはあります。例えば、ここ数年は秋冬に沖縄の宮古島や石垣島を訪れていて、金沢が大雪でも沖縄は泳げるくらい暖かい。バカンスには最高です。でも、なぜか住んでみたいとは思わない。たぶん完全に引越してしまうと、いろんな疲れなども出てくるでしょうから。
その点、金沢は疲れてもすぐにリフレッシュできたり、自分の心のバランスをとるのにちょうどいい環境なのかなと。何も特別なことをしなくても、例えば街を散歩するだけでも癒やされますし、楽しいですからね。
── ちなみに、お気に入りの散歩コースは?
マッシ:金沢駅から香林坊まで、特に目的もなく歩くことが多いです。途中で知り合いに会ったり、気になるお店にふらっと入ってみたり。兼六園辺りまで行くと外国人観光客が増え、さらに進んでいくと観光客は減って、地元のおばあちゃんが買い物をする生活の風景があったり。歩くごとに変化があって楽しいですね。

どこか京都の鴨川っぽい雰囲気がある「犀川(さいがわ)」沿いも、お気に入りのコースです。両岸に遊歩道が整備されていて散歩やジョギングもできますし、川沿いにはカフェも多くて水の音を聴きながらコーヒーを飲んだりもできます。

── 金沢は晴れの日が少ないとも言われますが、そこはあまり気になりませんか?
マッシ:雨と曇りの日が多いことをネガティブに感じる人もいるけど、僕はそれすらも魅力だと思っていて。大半が雨と曇りだからこそ、晴れたらまるで別の街みたいに思えるし、真冬でも真夏のような気分になれる。
天気と環境、そして自然。それらが組み合わさることで、毎日新しい街に生まれ変わるような感覚がある。「今日はどんな表情を見せてくれるかな」と、飽きることがないですね。
普通のスーパーが宝の山。「ごちそうさま」の言葉に深みが出る理由
── 金沢の食についてはいかがでしょうか? マッシさんが特に魅力を感じる地元の食材や、金沢ならではの食文化を教えてください。
マッシ:全国どこにでもありそうな料理にも、ちょっとした工夫が感じられる点が好きですね。例えば、石川県の郷土料理である「めった汁」は、一見すると豚汁のようですが、じゃがいもの代わりにさつまいもが使われています。
ひがし茶屋街の町屋に、好きなおにぎりと金沢の名物であるめった汁を楽しめるお店がある。「禄むすび」の良いところはカウンターしかなくて中庭を眺めながらおいしい日本料理を五感で味わえるところ。外国人も嬉しそうな雰囲気で食べててこっちまでほっこりする。金沢に恋に落ちる理由はこれかも。 pic.twitter.com/xHQFaQg7UF
— マッシ|エッセイスト (@massi3112) 2024年2月26日
また、和食だろうが、イタリア料理だろうが、フレンチだろうが、どんな料理であってもところどころに現地で採れたものが入っている。地元の食材を優先しようという意識が強くある。「加賀野菜」という呼び方にもプライドを感じますよね。
石川県に来て五郎島金時に出会えてから人生が変わった。ホクホクとした食感で奥深い甘さを楽しめる加賀野菜の一つ。間違いなく、イタリア人も喜ぶ甘さと食感。
— マッシ|エッセイスト (@massi3112) 2021年9月4日
幸せすぎて最高の生活が送れるようになったイタリア人🙋🏻♂️🙋🏻♂️🙋🏻♂️ pic.twitter.com/iacUHHMrjT
野菜も魚も、地のものを多く使っていると不作や不漁の影響を受けやすいのですが、そのぶん「自然の恵み」を強く意識させられます。たとえば、石川県のカニ漁は毎年11月に解禁されますが、「今年は不漁で食べられないかもしれない」と毎回ドキドキします。そんな不安があるからこそ、レストランやスーパーにカニが並んだ時には心からうれしくなるんです。
金沢市内のスーパーはヤバくない?
— マッシ|エッセイスト (@massi3112) 2023年5月14日
このようなデカい紅ずわいがには1780円という驚きの価格だけど、さらに半額で890円。え?ってなるよね? pic.twitter.com/h1mDv8xM5B
── 食事の度に、とても豊かな気持ちになれそうですね。
マッシ:一年中、当たり前のように何でも手に入る、食べられる環境にいると、なかなかそういう気持ちにはなれないかもしれません。金沢にいると、普通のレンコンや五郎島金時(さつまいも)を食べる時でも、「ああ、秋が来たな」と思いますし、農家さんに感謝したくなります。「ごちそうさま」に、より深みが出る気がしますね。
── 初めて金沢を訪れる人にオススメしたい「食」のスポットを一つ挙げるとすると、どこが思い浮かびますか?
マッシ:近江町市場やひがし茶屋街など素敵な場所はたくさんありますが、時間に余裕があれば地元の人が利用する普通のスーパーを覗いてみてほしいですね。地方のスーパーには、そこに暮らす人たちのリアルな食文化が詰まっています。
地元の人々がどんな食材を好むのか、どんな料理をするのかがよく分かると思いますし、単純においしいものが多い。特に、お刺身の種類はとても豊富で、全てが新鮮です。お土産もスーパーで買うと楽しいですよ。僕も宮古島に行った時は、現地のスーパー(島の駅みやこ)でご当地のバナナパンを大量に買います。
── 記事を読んで、金沢に興味が湧いた人、住んでみたくなった人もいると思います。未来の移住者に向けて、マッシさんからメッセージをいただけますか。
マッシ:金沢に住んだらこれまでの暮らしとは全く違う、新しい文化、料理、人との出会いがあって、新しい人生がスタートする感覚になれると思います。そうなると、もうほかの場所には住めなくなるかもしれない。
移住を検討した時点で、すでに気持ちは金沢に向いているはず。ぜひ、あと一歩を踏み出してほしいですね。

お話を伺った人:マッシミリアーノ・スガイさん
1983年、イタリア北部ピエモンテ州生まれ。日本の食文化を愛するフードライター&エッセイスト。トリノ大学大学院文学部日本語学科修士課程修了。2007年に日本へ渡り、現在は石川県金沢市に暮らす。近年はエッセイストとしても活躍、noteに掲載した「サイゼリヤの完全攻略マニュアル」は180万回以上読まれた。2022年には、初の著書『イタリア人マッシがぶっとんだ、日本の神グルメ』(KADOKAWA)を上梓。「いしかわ観光特使」も務めている。
聞き手:榎並紀行(やじろべえ)(えなみ のりゆき)

編集者・ライター。水道橋の編集プロダクション「やじろべえ」代表。「SUUMO」をはじめとする住まい・暮らし系のメディア、グルメ、旅行、ビジネス、マネー系の取材記事・インタビュー記事などを手掛けます。
X(旧Twitter): @noriyukienami
WEBサイト: 50歳までにしたい100のコト
編集:はてな編集部
撮影:関口佳代
