100年前の「余白」を思う街・本郷で、真面目すぎる学生が過ごした日々

著者: 大島一貴 

学生街、という響きに憧れる。

研究室に入り浸る、という響きにも憧れる。

 

あるいはもっと退廃的な感じでもいい。

やるべきことも見つからず、けれどもエネルギーには満ち溢れていて、キャンパスの近くで毎日ふらふら飲み歩いて、馴染みの店でくだを巻いて、だらっと居座るうちに終電を逃して、下宿をしている友人のところに行って、朝まで語らって――。

 

そんな理想郷のような「余白」への憧れをちょっぴり残したまま、僕の大学生活は残り数カ月となった。

 

「今の学生はスマートだ」

本郷へ通うようになって、2年くらい経つ。未だに「街になじめた」という感じはしない。

 

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本郷は東大のある街だ。

キャンパス付近の寮にでも住んでいればまた違ったのだろうけど、東京生まれの僕は実家から片道1時間少々かけて通学している(もっとも、コロナの影響で今はオンライン授業に切り替わっている)。

 

講義やゼミがあればもちろん普通に行くけれど、「図書館で本を借りる」くらいのちょっとした用事のためだけに行くには、少し気合いを入れる必要がある距離。

 

幸い通勤ラッシュのピークの時間帯は避けられるし、電車で本を読めるので、1時間という時間自体は別に苦ではない。

ただ「色々ダメだけど生活リズムだけはちゃんとしている」をウリにする人間としては、この1時間のことを考えると、あんまり夜遅くまで本郷に入り浸ったりするのはためらう。

 

「明日のことなんて考えないぜ!」……とはいかない、自分の中途半端なマジメさを恨む。

 

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僕は文学部の「国文学研究室」というところに所属している。この写真に写っているのは、所蔵資料のごく一部。

僕が専攻する夏目漱石のような近代作家から『万葉集』などの上代文学まで、あらゆる時代の日本文学を扱う場所なだけあって、どこか浮世離れしている。

 

例えば、文学部の大教室の壁時計には「調整中」の貼り紙が貼られているのだけど、先生の話によると、あれは少なくとも二十年くらい前からずっと「調整中」らしい。

 

時計が動かない本当の理由は知らない。

でも、「外の時間のことなんて気にせず文学研究に打ち込むべし」と言わんばかりの、あの時計は素敵だ。

 

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ただし、そんな空間に夜まで居座っていられるかというと、そんなことはない。

理系の研究室では、やる気になれば夜中まで研究をできるところもあるらしいけれど、生憎うちの研究室は18時には閉まる。

 

とても健康的。教員や事務員の方の職場としては、きっと優良ということなのだろう。

 

もっとも、学生側の本音としては、少し物足りない。

夕方までしか研究室の文献を見られないのが不便でもあるし、何より、なんとなく寂しい。

 

研究内容に関しても、理工系や生物系で実験を行うような研究室ならいざ知らず、うちの場合は各々が読むべき文献や資料を漁るのがメインなので、基本的にはスタンドプレイ。

だから数人の仲間と一緒に研究をし、区切りがつけばそのまま飲みに繰り出す……みたいなことも少ない。

 

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そういえば以前、研究室の教授が言っていた。「今の学生はスマートだ」と。

 

昔の話を聞くと、けっこうすごい。コンパのあと朝まで飲みながら文学の議論をしていたとか、二次会に参加するのはほとんど強制だったとか。

 

今の大学はそういう、ある種マッチョな(ホモソーシャル的な)空気感のあった時代とは違うものになった。少なくとも僕の周りはそうだ。

自分で言うのも変だけれど、今の学生は確かに「スマート」なのかもしれない。

 

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けれど、それって単に「今の学生は忙しい」だけな気もする。

 

例えば講義のあとに「どうせ今日暇でしょ、飲もう」なんてことはあんまりない。

みんなバイトや課題や就職活動で何かと忙しく、数人でちゃんと集まろうとすれば、そのたび日程調整が必要だ。

 

いや、別に昔のほうがいいとは思っていない。人間関係も含めて色々と合理的になった今のほうが、間違いなく「スマート」ではあるんだろう。

その反面、なぜか寂しさも覚える。

 

学生にとってもタスクやコンテンツの溢れる現代において、キャンパスや学生街で過ごす「どうでもいい時間」は、もはや貴重な存在になりつつある。

「余白」は、ただそこにあるものではなく、わざわざつくらないといけない。

 

とりわけ変にマジメで合理主義な僕なんかは、きっとそんな「どうでもいい時間」に飢えているのだ。

 

学生街、あるいは文学の街で

学生街と言うと、それこそ「どうでもいい時間」のための街、という響きもあるが、そもそも本郷を「学生街」と呼ぶのは僕のイメージからするとあんまり似つかわしくない。

 

学生向けの下宿、古本屋、昔ながらの安い飲食店……といったものは意外と少なく、新しいタピオカ屋さんやお洒落なカフェもできている。

雑然とはしておらず、どんどんキレイになっていく感じだ。東京の多くの街と同じように、本郷からも「余白」は消えつつあるのかもしれない。

 

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しかしそれでも、この街から魅力が消えていくわけではない。

僕は本郷に入り浸る機会をイマイチ逃してきたタイプの学生だけれど、逆に言えば、「もっと入り浸っていればよかった」と思わせる何かがここにはあるのだ。

 

この思いはたぶん、僕が夏目漱石を専攻していることと無関係ではない。

 

そもそも、この街は「文豪の街」だ。坪内逍遥、樋口一葉、石川啄木などなど、ゆかりのある文学者を挙げればキリがない。

 

そして1905年~1906年にかけて、漱石のデビュー作『吾輩は猫である』が書かれたのは他でもない本郷エリア・向丘の家なのである。主人公の猫は、実際にこの家に迷い込んだ猫がモデルとされている。

(ちなみにこの家、漱石が引越してくる以前は森鴎外が住んでいた)

 


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そしてこの石碑の題字を書いたのは川端康成だというからすごい

漱石といえば、『こころ』なんかにも上野の不忍池が出てくるけれど(実は本郷から上野は歩いて10分程度だ)、なんといっても本郷での学生生活を描いた『三四郎』は外せない。

 

熊本から上京してきた東京帝国大学の新入生・小川三四郎は、東京の雑踏や電車に驚き、学問の世界の深さにわけもわからず感嘆する。

このころ(1903年ごろ)の日本にはそもそも「大学」が三校しか存在しておらず、「帝大生」は今の東大生など比べ物にならない超エリートだった。けれども、三四郎は実にぼんやりした青年として描かれている。

 

そんな設定の妙もあってか、『三四郎』は、忙しい現代人からするとうらやましくなるような「どうでもいい時間」だらけの小説なのだ。

 

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不図(ふと)眼を上げると、左手の岡の上に女が二人立っている。女のすぐ下が池で、池の向う側が高い崖の木立で、その後(うしろ)が派手な赤煉瓦のゴシック風の建築である。

 

三四郎がヒロイン・里見美禰子と初めて遭遇した、通称「三四郎池」。

正式名称は「心字池」だ(この小説が名前の由来になったので、もちろん当時は「三四郎池」とは呼ばれていない)。

 


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池のそばにいると、コイや亀がこちらへ近づいてくることも

この池はキャンパス内にあって本当は誰でも入れるのだけど、今はコロナウイルス感染拡大対策のため、構内には大学関係者しか入れない。

だから今は大学関係者だけが見ることのできる、ちょっとしたレアスポットのようになってしまっている。

 

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次の日は空想をやめて、這入(はい)ると早速本を借りた。然し借り損なったので、すぐ返した。後から借りた本はむずかし過ぎて読めなかったから又返した。三四郎はこう云(い)う風にして毎日本を八九冊ずつは必ず借りた。尤(もっと)もたまには少し読んだのもある。

 

見た目がいかつい総合図書館。やみくもに学問に触れようとする三四郎の滑稽さがよく発揮される場所だ(僕だって人のことは言えないかもしれないけど……)。

本来なら予約をすれば誰でも建物内の見学ができたけれど、三四郎池と同じく、コロナ禍ゆえにレアスポットと化した。

 

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野々宮君は、向うの小間物屋を指して、「あすこで一寸(ちょいと)買物をしますからね」と云って、ちりんちりんと鳴る間を駆抜けた。三四郎も食っ付いて、向うへ渡った。野々宮君は早速店へ這入った。表に待っていた三四郎が、気が付いて見ると、店先の硝子張の棚に櫛だの花簪だのが列(なら)べてある。

 

交差点にあるこの「兼安(かねやす)」という小間物屋さんは、今はもう閉まっている。

けれどもシャッターがひたすら目立っていて、これ自体がひとつの観光名所のようにもなっている。

 

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三四郎はこの出立(いでたち)で、与次郎と二人で精養軒の玄関に立っていた。与次郎の説によると、御客はこうして迎えべきものだそうだ。三四郎はそんな事とは知らなかった。第一自分が御客の積(つも)りでいた。こうなると、紬の羽織では何だか安っぽい受附の気がする。制服を着て来れば善かったと思った。

 

明治5年創業、老舗の洋食店「上野精養軒」

この写真に写っている上野本店とは別に、上野駅前のビルに入っている「3153(サイゴーサン)店」があり、後者のほうがリーズナブル。学生にはありがたい。

 

僕が知っている本郷の名店

さて、趣味を全開にして『三四郎』の世界をなぞってみた。だいたいは本郷の話だから、ギリギリ脱線ではないと信じたい。

 

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洋食屋さん「山猫軒」。宮沢賢治の『注文の多い料理店』に出てくるあのお店と同じ名前だ(もちろん、体に塩を付けろとか言われることはない)。

シンプルながらおいしい洋食を、お腹いっぱい食べることができる。

 

昼食は大学の食堂で済ませてしまうことが多いけれど、ある日ふらっと外に出て、ここに吸い寄せられた。

やっぱり大学の外に出てみれば良いお店があるんだなあ、と思った記憶がある。

 

なお、先日久しぶりに寄ってみたら「店主体調不良のため閉店」との残念な貼り紙があった。

こんなとき、文学をやっている人間はただ呟くことしかできない。
諸行無常、と……。

 

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和菓子屋さん「廚(くりや)菓子くろぎ」。このお店はなぜか大学の敷地内にあって、隈研吾が設計したらしいすごそうな建物(何の建物なのかは知らない)の一階にある。

わらび餅や葛切り、ふわっとしたかき氷が有名。予想以上に大ボリュームなので、どうせならお腹をすかせてから行きたい。

 

大学の敷地内にあるため、2020年8月現在は休業中。

「パルコヤ上野」に入っている店舗「廚 otona くろぎ」は営業中とのことなので、今はそちらをおすすめしておく。

 

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うどん屋さん「トウキョウライトブルー ホンゴウスリー」。実は、僕はここには行ったことがない。

行ったことないのに紹介する奴があるか!と怒られそうだけれど、友人がみんなおいしいと言っているからきっとおいしい。

 

一応弁明すると、ここは元々「こくわがた」という名前で有名だった。

それで僕も行こうとはしていたのだけど、なんだか急におしゃれな名前に変わってしまったため二の足を踏んでいる。

だってすごいでしょう。カタカナの圧が。

 

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居酒屋「加賀屋 本郷本店」

都内に点在する「加賀屋」の総本山。庶民の居酒屋、という雰囲気MAXなのが良い。もつ煮込み、もつの串焼きが名物。

座敷もあるので、アホみたいな飲み会に適している。僕は気の置けない大学のクラスメイトたちとの飲み会なんかでここを使う。

 

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築100年余りの歴史ある旅館「鳳明館」。ここも行ったことがない。行きたい。元々は明治時代の下宿だったらしい。日帰りプランや、ユニークな「文豪缶詰プラン」等もある。

いやほんと、行きたい行きたい言ってる暇があれば早く行けばいいんですね。コロナ禍で学んだ。

 

失われた「余白」を求めて

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学年は九月十一日に始まった。三四郎は正直に午前十時半頃学校へ行ってみたが、玄関前の掲示場に講義の時間割があるばかりで学生は一人も居ない。自分の聴くべき分だけを手帳に書き留めて、それから事務室へ寄ったら、さすがに事務員だけは出てきた。講義はいつから始まりますかと聞くと、九月十一日から始まると云っている。澄ましたものである。でも、どの部屋を見ても講義がない様ですがと尋ねると、それは先生が居ないからだと答えた。三四郎はなるほどと思って事務室を出た。

 

熊本から上京したての三四郎は、新学期の講義へ出ようとする(当時の大学は秋入学だった)。

ところがなぜか先生がおらず、授業が開講されない。こんなことがあれば今ならクレームものに違いない。のんびりした時代だ。

 

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合理的な現代を生きる僕たちはしかし、三四郎のようにはいかない。

 

講義で一緒になった型破りな友人が半ば無理やり東京を案内してくれるとか、街をぶらついていたら教授の引越し準備に巻き込まれて、憧れの女性と懇意になるとか。

今の学生にそういった「余白」の時間は少ないのだ。

 

……いや、というか、「今の学生」と一般化してしまったけれど、それは言い過ぎかもしれない。

単に僕がインドア派で無駄にマジメだからか。

 

この記事の冒頭に書いたような、憧れの「どうでもいい時間」。

良くも悪くも、僕はあんな風にめちゃくちゃな生活は送れない。

だからこそ『三四郎』を読むたび、うらやましいなと思ってしまう。ないものねだりだろうか。

 

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思うに、「余白」とは「偶然」を生む装置でもある。

2020年のいま、コロナ禍によって多くの「偶然」が失われている。

キャンパスを歩いていてばったり会った友人と話し込んだり、講義やゼミで一緒になった人と仲良くなったり。

 

Zoomを用いたオンライン授業には無駄がない。講義やゼミの前後の雑談もない。

無駄な「余白」が減ってしまったようでもあるし、逆に、ずっと家にいるというのは「余白しかない」状態とも言えるだろう。

 

なんにせよ、僕の学生期間も、残りおよそ7カ月。

キャンパスにも足を運ぶ機会は減ってしまった。

残念ながら、仲間と本郷をぶらぶらするような「どうでもいい時間」を存分に過ごすことはもう叶いそうにない。

 

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まあ、でも、仮にコロナ禍がなくても、僕は結局そんなにぶらぶらすることはなかった気もしている。

 

数年通っている街でありながらも、どこか背筋が伸びるような、100年前への憧れを感じさせるような。

自分にとっての本郷はきっとそういう場所であり続けてくれる。

 


(※記事中の『三四郎』の引用はすべて新潮文庫版から。読み仮名はライターが適宜つけたもの)


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著者:大島一貴

大島一貴

履修ミスで留年し、ウロウロしていたところをHuuuuに拾われる。東大文学部に在学中。
Twitter:@aike888g note:https://note.com/shimakzk
 

編集:Huuuu inc.