ノスタルジーと新しさが同居する、宝探しの街「別府」。

著: 後藤あゆみ 

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好きなことをして生きていても、疲れて地元を求める瞬間がある

自宅のデスクで一日中仕事をしていると、深呼吸をしたり心緩めたりすることを忘れがちだ。

こだわりやマイルールは、ときどき自分の首を絞めることがある。自分自身を解放するときや、余白を持とうとするとき、あなただったら何を求めるだろうか。
 
気づけばあっという間に31歳。気持ち的には27歳くらいから変わっていないのに、時間だけが超特急で過ぎていく。クリエイティブ領域のプロデューサーとして個人経営を始めて、7年ほど経った。新型コロナウイルスの感染拡大などの社会の変化に揉まれ、戸惑いながらも、今日までなんとか生き延びている。

わたしはいま、目黒区の閑静な住宅街で一人暮らしをしている。東急東横線沿いのほどよい華やかさと落ち着いた街並みに惹かれ、ここ数年間はこのエリアを点々として暮らす。

好きな仕事をして、欲しいと思ったものを買えるくらいには、自立した大人になれた。充実したありがたい毎日だけど、ときどき、こだわりの詰まった部屋が息苦しくなったり、働きすぎて気付いたら心が空っぽになっていたり。

余白とぬくもりを求めて、地元に帰りたくなる瞬間がある。

別府は、湯けむりも温泉も、もちろん魅力的……なんだけど

わたしが生まれてから高校を卒業するまで18年間過ごしたのは、温泉観光地のイメージが強い街、大分県別府市だ。別府と聞いて、多くの人が思い浮かべるのは、別府地獄巡りや用水路の隙間から湧き出る湯気の景色だろう。

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多数の湯けむりが立ちのぼる別府の景色。写真提供:Kento Hirasue

東京の人たちに別府出身だと伝えると、街を知っている人や訪れたことのある人が想像以上に多くて驚いた。「家にも温泉が湧いてるの!?」なんて聞かれてしまうこともある。しかし、残念ながらわたしの実家はごく普通のお風呂。別府に住んでいたときは実家のお風呂にばかり入っていたので、温泉に入ることはほとんどなかったし、特に魅力的な街だとも思っていなかった。

地方出身の人にありがちな傾向だけど、歳を重ね、いろんな地域に足を運び、一度離れたからこそ気づける地元の魅力がある。

別府を「魅力的な街だ」と感じてくれている人がいる一方で、昔から続く“温泉ブランド”のイメージしかわかないも多いと思う。「今、20〜30代の若者に旅行先として選んでもらうのは難しいのかな〜。便数が多くて手軽に行ける福岡より少し遠く感じてしまうだろうし……」

まだ認知されていないのは残念だけど、“今の別府”は新しいことに柔軟で、県外・海外の人をうまく巻き込み、アートやインターネットサービスも活用する。歴史あるのどかな風景の中に、エッジが効いたものが、ひっそりと溶け込んでいるのだ。

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別府湾から見たエモーショナルな「別府タワー」写真提供:Kento Hirasue

別府に帰ると、寄りたい場所

独立してからはほぼ在宅ワークだったので、実家にも比較的帰りやすく、年に3回以上は帰郷し、毎回1〜2週間は滞在していた。実家に帰っている期間はなるべく仕事をセーブし、家族とお出かけしたり、家でのんびりしたりする。

別府に帰る日は、早朝に羽田発の飛行機に乗り、大分空港に向かう。お昼ごろには大分空港に着陸して、両親がお出迎え……というのがいつものパターンだ。

大分空港は大分県北東部、国東半島の東、海沿いに位置しており、最近ではアジア初の「宇宙港」ができることで話題になっている。2022年には打ち上げが開始される予定らしい。別府駅まで車で約60分、大分駅までだと約70分かかる。空港は都道府県の県庁所在地などアクセスしやすい都市にあることが多い印象だけど、大分空港は他県に比べると少し遠い。だけど、実家に向かう少し長い道のりの車内で、父と母と会話する時間が楽しい。お昼ご飯を食べるため、母に連れられて別府市内のお店に立ち寄る。

「あゆみちゃんに教えてあげたい素敵なカフェがあるんよ〜!」と、楽しそうにわたしと父を案内する母。はしゃぐ母の姿は、いくつになっても女の子らしくてかわいい。

“香り”をテーマにした「大分香りの博物館」に来た。施設内のカフェテリアで提供されているランチ目的で訪れたのに、博物館の展示が想像以上に見応えがあって、約3600点の香りにまつわる品々・香水瓶のデザインに一目惚れした。

ランチ後は場所を移動して、食後の軽い運動のために「別府公園」へ。 別府公園は、市の中心にある大きな公園。別府市主催のイベントやお祭りがよく開催されている。わたしは幼少期からこの公園でよく遊び、学生時代は別府公園のまわりをランニングしたり、散歩したりしていた。

別府公園に新しくできたスターバックスでカフェラテを注文して散歩していると、公園内に現代彫刻家・アニッシュ・カプーアの作品が展示されていた。アニッシュ・カプーアの作品は壮大で、空と地上が繋がっているように感じる。

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別府公園に展示されていたアニッシュ・カプーア 氏の作品

公園の周辺をさらにうろうろしていると、近くの町家では展覧会が行われていた。別府では、アートNPO法人「BEPPU PROJECT」が現代芸術フェスティバル「混浴温泉世界」を開催したり、アートを取り入れた施設をプロデュースしたりと、積極的に街や生活にアートを取り入れる活動をしている。

「わたしが住んでいた十数年前は、こんなに居心地良いとは思わんかったなあ」

懐かしい景色と、そこに溶け込む作品を眺めながら実家に帰った。

食べたり登ったり、時間を忘れて冒険する楽しさ

「あゆみちゃん、今日は行きたいことあるかい?」実家滞在中の朝は、毎日父のこの一言から始まる。幼いころと変わらない、一緒にお出かけしたがる父が愛おしい。最近兄に譲ってもらった車が気に入ったらしく、いろんなところに連れて行ってくれる。

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伽藍岳の温泉噴出口

大自然からエネルギーを得たいときは、伽藍岳の火口へ。塚原温泉から5分ほど山道を登ると、もくもくと立ちのぼる噴気が見えてきて、地獄(温泉噴出口)が現れる。京都大学名誉教授の由佐悠紀氏によると、伽藍岳の地下に眠る熱水が、別府八湯すべての温泉源で、別府温泉すべてのお湯の供給源になっているらしい。

ここに来ると大地の力強いエネルギーが感じとれて、不思議とパワーがわく。

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「伽藍岳」の地層やゴツゴツとした岩場が美しい

天気の良い日曜日は、母と母の友人と別府市の鶴見岳南東側にある湖「志高湖」へ。ちょうど6月には80種類以上のハナショウブが咲き誇っていた。

お花を鑑賞した後は、湖の近くにシートを敷いたり、テントをはったりして、湖を泳ぐ白鳥や美しい自然を眺めながらピクニック。太陽の陽があたたかく、ここにいるみんなが幸せそうで、天国なんじゃないかと思ってしまうくらい心地の良い、ゆっくりとした時間が流れる。

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植物が生い茂る6月の「志高湖」

東京にいる自分はいつもどこか落ち着かず、ゆっくり本を読む余裕も持てないのに、別府に帰ると時間を忘れて過ごすことができる。ここは本当に特別な場所だ。

帰郷中は家族と過ごす時間が長くなるけれど、首から一眼レフをぶら下げて、一人で別府をぶらぶらする日もある。自分のペースで写真を撮り、好きなお店に顔を出す。

あまりイメージがないかもしれないが、別府には美味しいカレー屋さんが多い。わたしはよく「スパイス食堂 クーポノス」「Curry&Spice 青い鳥別府」に行く。どこのお店もフレンドリーで、一人で訪ねても楽しい。

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カラフルな壁と個性的な小物が印象的なBASARA HOUSEの店内

日替わりでカレーとハンバーガーが楽しめるお店「BASARA HOUSE」は、ノスタルジックな建物に、遊び心のある雑貨や植物、アートが並んでいて、お店自体がひとつの作品のよう。わたしが立ち寄った日のランチはハンバーガーだったので、お店のスタッフさんにおすすめされた組み合わせで具材を選んだら、ピクルスが良い隠し味になっていてとても美味しかった。

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BASARA HOUSEでいただいたハンバーガー

雑貨屋さん「SPICA」に行くと、ついお買い物をしてしまう。SPICAに販売されている商品・作品を通じて、大分県出身の魅力的な作家さんと出会う。 Instagramで数万人のフォロワーがいる、人気店だ。

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SPICA 店内、木工照明作家・中村秀利さんの企画展が開催されていた。

別府には「立命館アジア太平洋大学(APU)」があり、海外から留学してくる学生さんも多い。街中で若い外国人をよく見かける。どんな繋がりだったかはよく覚えてないけど、実家に住んでいたころ、よく留学中の学生さんが実家に遊びに来て交流していた。幼少期よく一緒に遊んでいた友人は、フランス人や韓国人など海外出身の子ばかりだった。

現役の学生や卒業生が、別府に新しい施設やお店、サービスをつくるなど積極的に活動している。APUのおかげで街にも若者が増え、活気が出ている。

例えば、別府では「Uber Eats」は利用対象外エリアで使えない。その代わり、フードデリバリーサービス「マイニチモンキー」がある。バングラディッシュ出身・APU卒業生が起業して立ち上げたサービスだ。

APU生や街の若者たちと出会ったり交流したい人は、APU卒業生が経営しているBAR「the HELL」に行くと良いかもしれない。威勢のいい若者が多く集まり、面白いことを考えている。

別府では、若者たちも積極的に活動しているし、街自体も新しい取り組みに柔軟だ。

別府の遊園地「ラクテンチ」が、温泉と遊園地が合体したテーマパーク『湯~園地』をつくり、クラウドファンディングを通じて話題になったのも記憶に新しい。

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ラクテンチから見た別府の景色

別府に滞在するなら、一日一温泉

別府で過ごす際、わたしは2つのルールを決めている。

1.毎日温泉に入る。(できれば毎日違う温泉)
2.別府の旅館 / ホテルに一箇所以上宿泊する。

別府温泉は、本当にさまざまだ。これまで何度も地元に帰り、たくさんの温泉とホテルに入り泊まってきた。ここで、わたしのお気に入りの施設をいくつかご紹介させていただきたい。

一番利用する頻度が高い立ち寄り湯は、創業71年「ホテル白菊」の大露天風呂。露天風呂が心地良いのはもちろんのこと、脱衣所が広く席数も多いので、まわりを気にせず髪を丁寧に乾かしたり、スキンケアしたり、ゆっくり長居できるのでありがたい。

「山田別荘」の昭和初期の面影を感じる建物と素朴な露天風呂も気に入っている。立ち寄り湯の入浴時間は昼間に限られるが、おすすめだ。

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山田別荘館内

冒険したい日は、山道を登った先にある「いちのいで会館」のコバルトブルーの露天風呂に入った。囲いが少なく山の上から別府を見下ろせる、開放的な空間が広がっている。

鑑賞目的が強かったが、洋画家 東郷青児のモザイク画が楽しめる貸切風呂「光壽泉」も素晴らしかった。時が経っても、タイルが色鮮やかに煌めいている。

家族サービスの日は、2019年夏にオープンしたばかりの「ANAインターコンチネンタル別府リゾート&スパ」で家族にランチをご馳走して、ランチとセットで提供される施設内の温泉に入った。このホテルも、別府の街を一望できる。

硫黄の香り漂う白濁の湯「明礬温泉」に入った帰り道には、妹夫婦に食べさせるため地獄蒸しプリンをお土産に買って帰ったのも良い思い出だ。

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別府名物、地獄蒸しプリン

2019 〜2021年は東京五輪のインバウンド需要を見込んだのか、全国的にホテルの開業ラッシュだった。別府市にも同じように、さまざまなタイプのホテルが誕生した。

世界最高級のホテルブランド「ANAインターコンチネンタル別府リゾート&スパ」。国内外に数多くの宿泊施設を展開する星野リゾートが展開する「星野リゾート 界 別府」。現代アートに囲まれた土色のブティックホテル「GALLERIA MIDOBARU」など、新しい宿泊施設がいくつかオープンした。

泊まる宿によって、別府での体験が大きく変わる。そのくらい、新規開業したそれぞれの宿は個性やこだわりが強い。

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「GALLERIA MIDOBARU」ホテル館内の様子

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「GALLERIA MIDOBARU」のエントランス

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「ANAインターコンチネンタル別府リゾート&スパ」のインフィニティプール

特に何度も泊まりたくなるのは、ノスタルジックな別府と現代的な美しさが同居する、サリーガーデンの宿「湯治 柳屋」。別府のなかでも観光地として人気の鉄輪エリアにある宿でに魅力的な施設や温泉が密集しているから、散歩が楽しい。

柳屋の向かいにあるのは、昼酒をしながら美味しい蕎麦が楽しめる蕎麦屋「ふくばこ」。柳屋の裏には、華やかな創作料理が楽しめる人気レストラン「オット・エ・セッテ オオイタ」がある。

少し坂道を登ると、おそらく別府で一番人気の飲食店「地獄蒸し工房 鉄輪」がある。江戸時代から用いられていた伝統の調理法・地獄蒸し料理を体験しながら食事ができる。

がっつり美味しいご飯を食べたいときは「ひかり食堂」でランチもいい。大分名物のとり天も美味しい。

登録文化財の旧旅館を活かしてつくられた「冨士屋Gallery一也百」でゆっくり作品を見て、お茶をするのもいい。

一番の贅沢は、柳屋の横にある「カフェ&ギャラリー アルテノイエ」で地獄蒸しでつくられたシフォンケーキを買って、宿の部屋でゆったりしながら食べる時間だ。

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「湯治 柳屋」の玄関

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「湯治 柳屋」七草ハーフの部屋

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柳屋の向かいにある蕎麦屋「ふくばこ」

暑い夏の日は、別府をうろうろして疲れたら「ここちカフェ むすびの」でシュワシュワのサイダーを飲むのも気持ちいい。ジブリに出てきそうな世界観、夏に訪れるととてもエモーショナルになる場所だ。

懐かしさのなかに生まれた、新しさを探す

懐かしさと新しさが同居する別府。昔から続く温泉ブランドだけの街ではない。

ここ数年間で面白いお店や人が一気に増えているけど、別府について詳しくない若者が訪れても、きっとその楽しみ方がわからないと思う。もしかしたらぱっと見、何もないように見えるかもしれない。それくらい、別府にはひっそりと、隠れるように、面白いお店や施設が隠れている。

素敵なスポットを見つけるには少しコツがいる。のんびり散歩しながら、その宝探しをするような感覚が、わたしは好きだ。

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夏に「ここちカフェ むすびの」で飲んだサイダー

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「冨士屋Gallery一也百」の立派な瓦屋根にうっとり

あらゆる思い出が愛着となり、勇気となり、宝物になった

30歳を過ぎたころから、両親から受けた愛情や幼いころの出来事を、不思議と思い出すようになった。
 
毎朝、背中をさすりながら優しく起こしてくれた母。どこに行くにも、どんな時間でも、送迎したがる父。わたしの美術の才能をわたし以上に信じて応援してくれた両親。一度考えはじめると、家族への感謝の気持ちや、この街での思い出が溢れて、止まらない。

今振り返ると、本当に小さな出来事や心の動きの積み重ねによって、今の自分が形成されていることがよくわかる。 

この街での思い出は、決して幸せなものばかりではないけど、喜びも悲しみも怒りも、いろんなことを乗り越え、この街の人たちから影響を受けて育ってきたからこそ、愛着がある。

芸術関係の催事が多い別府で、アーティストとして活動する人や多様な生き方をする人たちとの交流が多かったからこそ、創造力が鍛えられ、好奇心が強まり、もっと広い世界が見てみたくなって「芸術活動を通して、デザインを通して、社会に良い影響を与えたい」という思いが強くなったと思う。

こんな良い街を出て、わざわざ東京に住んで働いているのだから「別府出身の人で、こんなに活躍している人がいるんだよ」って。この街や両親に誇りに思ってもらえるような人間に成長して、帰ってきたいんだ。
 
別府に帰ると身体は温泉でほかほか、愛情タンクは満たされて、半年間はエネルギーを保ったまま、また東京で疾走できる。新型コロナウイルス感染拡大によって1年以上帰れてなかったけど、またあの場所でゆっくり散歩しながら、宝探しがしたい。

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著者:後藤あゆみ

後藤あゆみ

クリエイティブプロデューサー / フラワーアーティスト。1990年 大分県別府市生まれ。京都精華大学 デザイン学部 デジタルクリエイションコース 卒業。現在は渋谷デザインフェスティバル「Design Scramble」を主催する。Twitter: @ayupys / instagram :@ayupys

編集:小沢あや(ピース)