海外建築を30年以上取材する建築ジャーナリストが驚いた、この海外集合住宅がすごい!

©Buro-OS Photo by Srirath Somsawat

日本でマンション建築のデザインといえば、タワーマンションや団地形式のものなど、誰もが思い浮かべるいくつかのパターンがあります。建築はそこに住む人のニーズに応じてつくられるものですから、日本国内に立つマンションはある程度同じようなデザインの前提を共有しているといえるでしょう。

そう考えると、日本とは文化も法律も異なる国では日本に暮らす私たちの常識を覆すようなマンションが建てられているのかもしれません。そんな疑問にお答えいただくべく、世界の建築事情に精通された建築ジャーナリストの淵上正幸さんを訪ねました。

淵上さんは世界中の建築物を取材し、建築系メディアでの執筆活動や講演を長年続けてこられた方で、国内外で活躍する著名な建築家へのインタビュー経験も豊富。世界各地の建築家との親交も深く、幅広いネットワークにより集まる最新の建築情報に通じていらっしゃいます。海外の建築動向を常にウオッチしてきた淵上さんが厳選した世界の面白いマンションについてお聞きしました。

淵上正幸さん

──淵上さんは世界中の建築を取材してこられたそうですが、いつ頃から海外に建築を見学に行くようになったのでしょうか。

淵上正幸さん(以降、淵上):盛んに海外の建築を見に行くようになったのはちょうど30年くらい前からです。もともと建築の専門誌を手掛けている会社に所属しており、当時ヨーロッパとアメリカに一度ずつ行ったことがあります。その頃から海外には足を運んでいました。本格的に海外建築を巡るようになったのは、その会社を辞めてから。1990年に自分の会社を立ち上げた翌年に旅行会社から、海外建築を巡るツアーをやってみませんかと提案があって。それから毎年行くようになりました。

──どれくらい海外建築の取材や、ツアーに行かれているのでしょうか?

淵上:数えたことがないですが、これまでに少なくとも百数十回は海外に建築を見に行っています。ビルやマンション、戸建てなどを含めれば、のべ3,000軒くらいは見学しているんじゃないかな。国でいえばアメリカとフランスが一番多くて、まあヨーロッパ、アジア、南北アメリカ、中近東、アフリカ、オーストラリアなど、5大陸を中心にいろいろと見て回りました。これらの体験は貴重な財産になっています。

──建築ツアーで回る国や建築物はどのように決めているのでしょうか?

淵上:基本的には存命の建築家が豊富にいる国に行き、彼らの現代建築を見たいのです。国によってはそのような建築家の数が少ないため、必然的に現代建築が次々に建てられる国や地域を繰り返し訪れることになります。

事務所には建築に関する資料が所狭しと並んでいる

世界の建築を見てきた淵上さんが厳選。デザインが素晴らしい海外の集合住宅5選

(1)マハナコーン・タワー/タイ・バンコク

©Buro-OS Photo by Srirath Somsawat

──それでは早速、淵上さんが面白いと思う海外の集合住宅建築を紹介していただけますか。

淵上:まず一つ目に紹介するのはバンコクの「マハナコーン・タワー」です。とても高いタワーなのですが、普通のタワーとは一味違います。

ガラスの壁面が凸凹にくり抜かれていますね。ここはテラスになっていて、地上階からスパイラル状に下から上にぐるっと巻き付くようにデザインされています。

ガラス面がフラットな四角いタワーだと、周りの環境とタワーとが隔絶されてしまって距離ができてしまうところを、設計者のオーレ・シェーレンという建築家は、このデザインによって足元の街並みがそのまま建物につながるように考えたそうです。凸凹のパターンはピクセルのイメージを表現しているらしく、誰もがパソコンを使う現代ならではの発想だと思います。

©Buro-OS Photo by Srirath Somsawat

集合住宅ですから、一般の人が中に入ることはできませんが、最上階のテラスは有料ですが一般に公開されています。そこがまたすごくて、ガラス張りのキャンチレバーの床(※一般の梁は両端が固定されているが、キャンチレバーは一方は固定、他方は自由端になっているもの)が突き出していて、そこから街を見下ろせるようになっているんですが、この高さでのガラス張りですからね、それはもう怖い。僕の友達が、上まで登ったけど怖くて先まで行けなかったと言ってました(笑)。

これだけ長く梁(はり)を延ばせるのは、地震がない国だからこそできるデザインですね。日本ではとてもじゃないがつくれない建築です。

(2)ガーデンハウス/アメリカ・ロサンゼルス

©Nic Lehoux

淵上:アメリカ、ロサンゼルスにある「ガーデンハウス」という集合住宅もユニークです。18戸くらいの小さな集合住宅なのですが、3層に分かれていてそれぞれまったく異なるデザインが施されています。

よくテレビに映る、「HOLLYWOOD」と書かれた白い文字看板がある山をご存知でしょうか。あの辺りは木がたくさん茂っていて、その緑のイメージを外観に取り入れているんだそうです。壁面緑化はすごく手がかかりますが、ここでは耐乾性のある植物でかんがい用水が少なくても大丈夫な多肉植物を使っているので、管理も楽にできるように考えられています。

©Darren Bradley

最上階の中心部分が円形の中庭になっていて、切妻屋根形(きりづまやねがた)(※2方向に勾配を付け三角形を形取った屋根)の白い住戸が取り囲むように立っています。中庭には下階の住民も上がって来られるようになっていて、ここがコミュニティーの共有スペースとして使われているんですね。中庭があることで光も落ちて明るくなるし、風の通り抜けも良くなるので、単にかたちが面白いだけでなく快適さにもつながっています。よく白いステレオタイプ化された四角いデザインの集合住宅がありますが、そういうものに対する反証として違うデザインを考えたそうなのですが、単に奇抜なだけじゃないところに好感がもてますね。

これをデザインした建築家はMAD Architectsという中国の建築家グループです。まだ40代で、これからが楽しみな若手建築家集団です。

(3)アクア・タワー/アメリカ・シカゴ

Steve Hall ©Hedrich Blessing

淵上:この「アクア・タワー」という集合住宅のデザイナーは、ジーン・ギャングというアメリカでよく知られた女性の建築家で、革新的なアイデアを次々に実現してきた人です。デザインが面白いだけでなく、それを実現させるためにクライアントを見つけてきたり、そのデザインに投資させる説得力をもっているところが彼女の特徴ですね。

テラスが付いている集合住宅は多いですが、ここで彼女はテラスのかたちを工夫するだけでこれだけ面白い彫刻みたいな建築をつくってしまいました。「どうして今まで誰もこのようなデザインを考えつかなかったのだろう」と思うくらいシンプルですが、これは非常に創造的なデザインであると思います。

Steve Hall ©Hedrich Blessing

テラスのかたちはむやみやたらに決めているわけではなく、ちゃんと理由があります。この建物はシカゴにあるミシガン湖のすぐ近くに立っているのですが、湖との間には高い建物がたくさん立っていて、どこからでも湖が見えるわけではありません。そのためそれぞれの部屋から一番湖がよく見える位置にテラスをもってきて、その間をつないでいった結果がこのようなテラスになっているのです。

テラスのデザインだけで外観が決まった集合住宅、こんな建築はほかに見たことがないですね。

(4)ランタン・ハウス/アメリカ・ニューヨーク

©Courtesy of Related Companies

淵上:次に紹介する建築は、今話題の建築家がデザインした「ランタン・ハウス」です。トーマス・ヘザウィックというイギリスの建築家で、ほかの建築家にはない感覚をもっていると思います。2010年に開催された上海万博(上海国際博覧会)でイギリス館をデザインして、一躍有名になった建築家です。

外観を見ると窓がランタンみたいに丸く膨らんでいるのがわかりますね。一般的にはガラス面はフラットにするところを、カーブをもたせることでどことなく温かみを感じます。中に入ると、窓の部分が突き出ているので、正面だけでなく左右も含めて景色がよく見えるようになっています。

©Courtesy of Related Companies

この建物はニューヨークのマンハッタン・チェルシー地区にたっています。すぐそばをハドソン川が流れており、かつて工業地帯だったエリアです。どうしてこのようなデザインにしたかというと、昔この工業地帯周辺には出窓のある建物が立っていた歴史があり、ヘザウィックはその歴史をランタン・ハウスに引用したのです。

昔あった建物の出窓はフロアごとに分かれていましたが、ランタン・ハウスでは一つの窓が2層分にまたがる拡張されたデザインになっていますね。最新というより、温かみのある古さを感じさせるデザインです。

(5)ザ・スマイル/アメリカ・ニューヨーク

​​©Pernille and Thomas Loof

淵上:最後はBIGという建築事務所を率いるビャルケ・インゲルスがデザインした「ザ・スマイル」。この人はすごいですよ!個人の名前を出して自分の仕事として建築の設計をする建築家をアトリエ派といいますが、BIGは現在、世界最大のアトリエ派建築設計事務所だと思います。

日本ではアトリエ派の建築家として隈研吾建築都市設計事務所が大きいですね。彼も世界中で仕事をしていて現在300人以上のスタッフで設計業務にあたっていると思いますが、BIGはさらに多くのスタッフがいるんじゃないかと。

一般的には、アトリエ派の建築家はあまり大規模な建築の設計はできない傾向があります。なぜかというと、建物の規模が大きくなると細部まで考案したデザインが行き届かなくなってしまい、個人の名前で仕事をするには不向きなのです。でもビャルケ・インゲルスはどんどん大規模な建物をつくっていて、世界中からとても注目されています。

「ザ・スマイル」は彼が設計した建物としてはそれほど大きくはありませんが、ニューヨークのハーレムという土地柄に合わせてよく考えられたデザインです。建物の正面が湾曲していて、少し後ろ側に傾いていますね。これは太陽光が街路にたくさん落ちるようにしたものです。なぜそうしたかというと、ニューヨークの中心部は高層の建物が多数集まっているので街路が暗いのです。

「ザ・スマイル」が立つ通りはそこまで暗くはありませんが、暗い道が続くニューヨークに「このような建物があったら街が明るくなるのではないか」という提案ですね。フラットな壁がずっと並ぶのも圧迫感があって息苦しいので、その意味でも街を明るくする提案といえます。

©Pernille and Thomas Loof

ニューヨークにしては比較的リーズナブルな家賃設定で、室内も床から天井まで全面ガラスの窓から景色もよく見え、ここに住んだら気持ちいいんじゃないかと想像できます。

淵上さんにとっての建築の面白さとは?

──どれもオリジナルなアイデアが詰まった面白いデザインですね。たくさんの建築を見てこられた淵上さんにとって、建築を見る面白さはどのようなところにあるのでしょうか。

淵上:建築が芸術かどうかという議論が昔からありますが、僕は建築も芸術だと思っています。例えば絵画などは純粋芸術といわれる、描いた人の発想だけで成立するものです。

それに対して建築は実用的に使うものですから、実用面や有用性と建築家の発想の両方が合わさった応用芸術です。建築物の中に入ったときに見えてくる情景とか、実際に歩いて自分の手でドアを開けて風が通っていく感じとか、光の差し込み方が気持ちいいなとか、そうやって全身を使って体験するものです。

絵画の場合は絵の前に立って、鑑賞するという関係でしかありませんが、建築の場合は五感全部で楽しむことができる、それが建築にしかない面白さだなと思っています。集合住宅はなかなか内部を見学できる機会がないのですが、それでも世界には面白いデザインの集合住宅がたくさんありますよ。

──海外の事例をいろいろご紹介いただきましたが、日本の集合住宅のデザインはこれからどうなっていくと考えていらっしゃいますか?

淵上:世界に目を向けるといろいろなデザインの集合住宅がありますが、これは日本では建てられないなと思うものも多いですね。日本は災害大国ですから、とにかく地震に強い必要がありますし、雨風にも耐えられるようにつくる必要があります。そうすると、どうしても構造材が太くなり、あまりにも繊細な建築はつくることができなかったりと、挑戦的なデザインをしにくい面があるのは事実だと思います。

一方で、世界の建築を見ているとわかりますが日本建築の施工精度は世界一の水準といえます。世界中でどんどん新しいデザインの集合住宅がつくられているので、それと日本の高い技術とが合わさり、今までつくれなかったようなものが建てられるようになっていくのではないかと思います。なのでこれから日本の集合住宅はどんどん面白い建物が多くなっていくと期待しております。

お話を伺った人:淵上正幸さん

淵上正幸

海外建築家や海外建築機関などとの密接な情報交換により、海外建築関係の雑誌や書籍の企画・編集・出版をはじめ、イベント、建築家のコーディネーション、海外取材、 海外建築ツアーの講師など多数を手掛ける。主な著書に、『世界の建築家51人―思想と作品』(彰国社)、『もっと知りたい建築家』(TOTO出版)、 『ヨーロッパ建築案内』1〜3巻(TOTO出版) 、『アメリカ建築案内』1〜2巻(TOTO出版) 、『世界の建築家51人―コンセプトと作品』(ADP)、『建築家をめざして』(日刊建設通信新聞社) 、 『アーキテクト・スケッチ・ワークス』1〜3巻(グラフィック社)など。

取材・執筆:ロンロ・ボナペティ
編集:はてな編集部