地域と連携して新たなコミュニティーを創出
都市の再開発でよく目にするのはミクストユースの街づくりだ。ミクストユースとは一つの敷地に住宅、オフィス、商業施設などを複合開発する手法。この手法を用いることで住環境や利便性の向上はもとより、“街”としてのにぎわいを生み出すことができ、ひいては資産性にも好影響があるといわれている。
そんなミクストユースによって生み出された“街”が「ワテラス」である。約2万2000㎡の敷地に立つのは41階建てのワテラスタワーと15階建てのワテラスアネックスの2棟。このうちワテラスタワーの20階〜41階部分が「ワテラスタワーレジデンス」となり、333世帯が暮らしている。
後述するが、レジデンス内には住人専用の多彩な共用施設がつくられている。ただし、居住者が利用できるのはそれだけではない。ワテラスタワーの1階~3階には「コモン」と呼ばれるワテラス全体の共用施設があり、多目的ホール、読書空間にもなるギャラリー、地域交流イベントなどを開催するサロンがつくられている。つまり、これらも“住まい”の一部というわけだ。
さらに、隣に立つワテラスアネックスの地下1階から3階にある商業ゾーンも見逃せない。こちらにはスーパー、コンビニ、レストラン、カフェ、ドラッグストアなどが入居。日常生活が敷地内でほぼ完結するほどの充実した住環境が整えられているのである。
ワテラスが誕生したのは9年前。その再開発プロジェクトの最大の特徴が、地域との強い絆である。
2つの棟が立つのはかつて淡路小学校があった千代田区神田淡路町。一帯は昔ながらの風情と人情を残した地域として知られている。再開発では周辺に古くから住む人たちもプロジェクトに関わり、その場所が地域交流の場となり、新たなにぎわいを生み出せるようさまざまな施策が取り入れられた。
先述のコモンはこの施策の一つだ。また、千代田区が管理する淡路公園も一体開発され、地域の人たちが自然と集い、レジデンスの居住者やオフィスワーカーとの交流が生まれる仕掛けがされている。
アネックスの14階〜15階につくられたスチューデントハウスも象徴的だ。大学生のための賃貸住宅だが、ただ暮らすだけでなく、地域交流のイベントを企画したり、神田祭のお神輿を担いだりと地域に関わる活動をすることが条件とされている。これまでに入居した学生たちはさまざまな活動を通じて街とつながり、地域の活性化に貢献しているそうだ。
住宅×商業×オフィスに地域を交えた異色の管理体制
管理体制も異彩を放っている。管理組合はワテラス全体として立ち上げられ、レジデンスの管理組合にあたるのはそのなかの「住宅部会」。同様にオフィス・商業施設の管理組合「業務部会」があり、これらが「神田淡路町二丁目町会」「淡路エリアマネジメント」と連携。開発に携わった安田不動産が全体の運営と管理をサポートするという四位一体の体制が敷かれている。
地域と一体となった街づくりやコミュニティーの構築を先導するのが、淡路エリアマネジメントの役割だ。
「神田は神田明神を核に人のつながりが息づく街。その伝統を継承しながら、新しい街のあり方を具現化したのがワテラスです。マンションの居住者、オフィスワーカー、近隣住民などが自由に集い交流する、そんなコミュニティーづくりを目指しています」と同事務局マネージャーの堂前武さんはいう。
淡路エリアマネジメントの具体的な業務の一つに、ワテラスコモンの運営がある。1階のサロンでは蕎麦打ちやフラワーアレンジメントなどさまざまな講座を開くほか、スチューデントハウスに住む大学生が地域の小中学生を対象に、学童クラブのような放課後の見守り活動も行っている。
ワテラス広場では全国の物産品を扱うマルシェやジャズフェスなどのイベントも開催。コロナ禍前は年間を通じてさまざまな催し物が行われており、マンション住人、オフィスワーカー、地域住民など多様な人たちが集う機会になっていた。現在、マルシェは規模を縮小して毎月第1・第3金曜日に開催されているが、今後は状況をみながら従来の規模に戻し、イベントも復活させていく予定だという。
さらに、この地域ならではの一大イベントといえるのが、江戸三大祭の一つ、神田祭だ。ワテラス広場が町会神輿の御仮屋になり、大勢の人たちが一堂に会して大いに盛り上がるのが恒例だ。2年に1度の例大祭の年にあたる昨年(2021年)は残念ながら中止になったが、復活すればワテラスがにぎわいの拠点となり、地域との接点をもつこともできるだろう。
多彩な共用施設で生まれる“神田感覚”の交流
こうした地域と一体となる取り組みもワテラスの大きな魅力だが、レジデンスの住み心地はいかがだろうか。ワテラス管理組合住宅部会の理事長を務めている野田克也さんに、まずはこのマンションを選んだ理由から伺ってみた。
「私はもともとこの界隈に36年間住んでいて、愛着があったのが購入理由です。神田は神田明神を核に人のつながりが残っていて暮らしやすい。その神田の伝統を継承している点に魅力を感じました」
野田さんは理事長を5期にわたって務めているが、そのなかで大切にしてきたのが「神田のもち味をなくさないこと」だという。
「レジデンス内ですれ違ったときに、お互いが自然と挨拶をして言葉を交わす。そんな気さくな関係がすでに築かれていますし、今後もつなげていきたいと思っています。例えば、タワーマンションではセキュリティ面から自分の住戸がある階にしかエレベーターが止まらないようにしていることが多いのですが、このマンションではどの階も行き来できます。そうやってご近所づきあいをするのが当初からのコンセプトでもあるからです。ご賛同いただけない方もいらっしゃるかもしれませんが、地域と一体化した特徴のある都心のタワーマンションとして考えていただきたいと思います」
そうした和やかなコミュニティーを育むために多彩な共用施設が活躍している。なかでも特徴的なのは“クルージングラウンジ”だ。レジデンスの最下層である20階に位置するこのスペースにはレセプションが設置され、エントランスロビーとしても機能。客船をイメージした広々とした空間にソファが置かれ、来客の対応だけでなく、住人同士の歓談の場、さらにワークスペースとしても利用されている。
「ここまで広いロビーラウンジは珍しいでしょう。私もよく仕事に関連した勉強をしていますが、この場所が住人の方々とふれあう機会になっています。大人数の打ち合わせもゆったりできるので非常に助かっています」
取材で訪問したときも思い思いの場所で仕事をする人や歓談する人がいて、生活空間の一部として活用されていることが伝わってきた。
このクルージングラウンジは大きな開口部も特徴で、神田の街を一望できる。
「ここは本郷台地に位置する高台にあるので、もともとの位置が高い。だから眺望がより一層、楽しめるんです。住戸によっては、隅田川の花火や東京湾も眺められます」(野田さん)
同じく20階にはホテルライクなゲストルーム、寝室付きのパーティールーム、キッズルーム、フィットネスジムなどが設置され、レジデンスの暮らしを豊かに彩っている。
緑と光が生む景観は地域のランドマークに
レジデンス内の住空間に加えて、高低差を生かしたランドスケープもワテラスの特色だ。動線にも柔軟性があり、例えばレジデンスまではワテラス広場からエスカレーターで上がるほか、敷地の周りの通路から階段やエスカレーターを使う経路を選ぶことができる。
敷地内は多くの植栽によって彩られているが、ここにも神田の歴史を刻んで地域との連動が図られている。
テーマに据えられたのは日本伝統の「庭木文化」と「江戸花暦」。南に位置する正面の入り口側はサクラやウメなど春に花を咲かせる樹木が植えられ、西側にはサルスベリやムクゲなど夏をイメージした樹木を配置。北側にはコウヤマキやイヌマキなどの常緑樹、東側はモミジを中心に秋の紅葉を楽しめるといった具合に工夫が凝らされている。
レジデンスのエントランス前に植えられたソテツやコウヤマキも目を引く存在だ。古くから日本庭園に使われてきた樹木であり、風格のある樹形によってステイタスを示したという。
「ワテラスは四季の変化が楽しめるので愛着が湧きます。歩いて見て回るのも楽しいのですが、上からの緑の眺めも素晴らしいですよ」
かつて取材で訪れた際に住人の一人がそう笑顔で話していたが、現在もその景色は色褪せることなく、より輝きを増している印象だ。
そんな緑の豊かさをより高めているのが隣接する淡路公園だ。四季折々に公園を艶やかに彩る花壇は、レジデンスの住人やスチューデントハウスの学生も参加するガーデニングクラブが整備。この活動も地域コミュニティーに寄与している。
さらに、冬から春先にかけては敷地内にイルミネーションが点灯され、これもまた目を楽しませている。イルミネーションの設置は業務部会によって行われているが、「北側は赤いライトで彩るなど工夫があり、温かみを感じます。毎年のライトアップをレジデンスの住人も楽しみにしているんですよ」(野田さん)
竣工10年に向けてリブランディングを始動
ワテラス管理組合では昨年来、防災を強化。特に注力したのは水害対策だ。
「近くに神田川が流れていますが、管理されている川なので氾濫する可能性は極めて低く、1000年に1度ということがわかりました。その上で、今できることはやっておこうということになり、地下にある電気設備などを守れるよう土嚢の最新システムをいれました」(野田さん)
来年には竣工10周年を迎えるため、大規模修繕に向けた取り組みも始まっている。劣化した部分の修繕だけでなく、意匠や植栽の見直しなど今の時代に合った新たな価値を付加していけるよう意見交換会などを開いているそうだ。
また、節目の年に合わせてワテラス全体のリブランディングも実施された。堂前さんによればコロナ禍で停滞した人の流れを取り戻すことも狙いであり、ウェルネスをテーマにしたイベントの企画やLINEによる情報発信などが行われている。
今年2月にリニューアルを終えたタワーのライトアップも、リブランディングの一環だ。竣工時には美しいワテラスブルーに輝いていたライトも一部が消えたり、退色したりと劣化が目立っていたため、電飾の更新を行ったそうだ。
「遠くから美しくライトアップされたタワーを見る度に、誇らしい気持ちになります。青いライトは“ワテラスブルー”と呼ばれていますが、その輝きからこのマンションや神田淡路町という歴史ある街に暮らす誇りと価値を感じてもらえたらと思っています」(野田さん)
こうした設備の更新とともに、“ワテラスイズム”の継承も課題だという。
「竣工から10年近く経つと住人の入れ替わりもあり、最近は子どもの姿も多く見かけるようになりました。新規居住者の方には規約をまとめた冊子やルールブックなどを渡してレセプションでガイダンスを行っていますが、それだけでなく管理員の方にもフォローしてもらいながら、神田感覚を受け継ぐこのマンションの暮らしを伝えていきたいですね」
野田さんはそう話した後、こんな言葉で締めくくった。
「神田が長い歴史を紡いでこられたのは、伝統を守りつつ、時代に合わせて新しい視点を入れてきたため。その歴史を見習い、さらなる発展を目指したいと思っています」
伝統と革新が交差するワテラスは、これからも地域と一つになりながら躍進を続けていきそうだ。