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"神の島"こと宮島を望む瀬戸内海沿いの街「広島・大野町」

著: タケル 

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広島は大野町という街をご存知ですか?

今では隣町と合併し、廿日市(はつかいち)市の一部となって無くなってしまった、"神の島"こと宮島を望む瀬戸内海沿いの街です。最寄駅は、電車の終着点である「宮島口駅」。

宮島へ訪れたことがある方の中には「終着点」という言葉に引っかかる人もいるかもしれません。なぜなら、宮島口駅は下関まで続く山陽本線の途中駅で、終着駅ではないからです。それでもここ宮島口は「電車」の終着点なのです。というのも……、広島では「電車」と言えば広電こと広島電鉄のことを言い、JRは「汽車」と呼び、区別されているのです。(もしかしたら、広島で道を尋ねて混乱されたことがある方もいるのでは?ちなみに正確には、広電の宮島口駅は「広電宮島口駅」と言います)

そんな多くの方が訪れたことはあるけれど、宮島へ渡航するための通過点としてくらいの認識で、街の名は覚えられていない街「大野町」。それが私の故郷です。

今回はここで暮らしたころの記憶を掘り起こしながら、この街の魅力の一端を紹介できればと思います。(実際には大野町は東側の宮島への渡航口と西側の工業地帯、山間部で構成されるのですが、私が暮らした「東側」を中心に語りたいと思います)

大頭神社というワンダーランド

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大野町には東西に二つの小学校と中学校があります。その東西の小中学校の校区の境にあるのが「大頭神社」。確か宮島の厳島神社ともつながりのある神社だったと思いますが……、そのあたりの由緒だとかは子どものころの私にとってあまり重要なことではありませんでした。

校区の境目で、遠足の目的地にもなったりするこの神社は、子どもにとっては完全にワンダーランド。

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神社の裏手に流れる妹背の滝の清冽な流れも、夏になれば水遊びの場になり、そうでない季節でも、黒水晶の結晶を探しに水中に潜るという宝探しが楽しめる場所でした。 秋は、例大祭の神楽を見たり(意味なんてちっとも理解してませんでしたが)、夜店で遊んだり、成長していくための通過儀礼は大体ここで済ませる、そんな場所だったと思います。

山陽道大野I.C.のすぐそばにあるので、関東から車で帰省した際に実家へ戻る前に寄り道してみたら、今も変わらずワクワク感のつまった神社でした。

子どものころの娯楽は釣り

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今の子どもは違うかも知れないけど、私が子どものころの娯楽と言えば先ほどの水晶探しに、ミニ四駆に、ファミコン、それから、釣りでした。

特に釣りは晩ご飯のおかずとなるという実益を兼ねていたため、餌代という名目で小遣いが出ていて、一時期とても熱中しました。小学校から帰るとランドセルを釣り竿に持ち替えて、海に向かい、アジやサバを狙いました。アジやサバのほかにも、タイやスズキにタコなども泳いでいるのが見えましたが、小学生の私たちには高嶺の花。いつかは釣ってみたいなあ、なんてぼやいていると隣にいたおじさんが余った釣果を分けてくれたりしたのも良い思い出です。

ミニ四駆と言えば、小3だったか小4だったかのころ、人気のモデルがなかなか売っていなくて、友人数人と隣の街(廿日市市)まで往復20kmぐらい歩いたりもしましたっけ。

小学校のころは学校帰りに、そばを流れる川に自作の船を持ち寄って、海まで誰が一番にゴールするかというレースもしたりと、今思えば健脚な小学生だったなと苦笑いです。両親もずいぶん心配したことでしょう。

ちなみに上の写真はかつて「ナタリー」と呼ばれた遊園地のあった場所。今はもうショッピングセンターや住宅地になってしまっていますが、「ナタリー」という名前は残り、そのワードには強烈に郷愁を呼び起こされます。進学や就職を機に広島を離れた方には、共感いただけるかもしれません。

たまには宮島へも

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目の前にあるのが当たり前でわざわざ観光しに行くということはありませんでしたが、それでも年に数回は宮島へ渡ることもありました。初詣や、包ヶ浦での海水浴や、キャンプ、弥山へのハイキングなどなど。でもそれらはやはり宮島の表側で、私が好きなのは「裏側」です。

連絡船で宮島へ渡り、厳島神社と反対側の東向きに進んでいくと、包ヶ浦の海水浴場があります。いつもの海遊びやキャンプならここでゴールですが、そこから山を越えさらに先へ進むと、プライベートビーチと言わんばかりの浜が広がるんです。

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売店はもちろん、トイレや飲料水すらありませんがそこには最高の海があります。瀬戸内の海の美しさをこれでもかと楽しむことのできる場所で、まる一日眺めていても飽きません。本土側では見られなくなってしまった天の川も、島の裏側のこの浜からなら見えることも。

放蕩に明け暮れた高校時代

少し脱線して25kmほど離れた広島市内の学校へ通うことになった高校生のころの話にも触れてみます。

中学生のころはとりたてて書くようなこともなかったのですが……、問題は高校にあがるころです。サッカー部を辞めて、ギターでもやってみようかと考えていたところに当時の友人からメタルの洗礼を受けてしまったのです。オジーに始まり果てはパンテラへと傾倒してしまいました。高校からは私服だったこともあって、バンドに遊びに絵に描いたように放蕩に明け暮れる毎日でした。

とは言え、学内にスタジオがあるわけでもなく、高校生だった私たちが時間貸しの練習スタジオを延々と使えるわけでもありません。スタジオを追われた私たちは広島市内の公園や太田川沿いの遊歩道の隅っこに座り、生音でペチペチやったりしましたっけ。(メタルバンドのコピーをやっていたことを思うとなんとも滑稽な姿です)

気がつけば終電を逃し、原爆ドームの袂にある元安橋の下へ潜り込んでギターを抱えて野宿したこともしばしばでした。始発電車の音で目を覚ますと隣に見知らぬおじさんが寝ていたこともありましたね。

一番気に入っている高台からの眺め

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話を戻して……、先ほどは隠れ絶景スポット的な宮島の裏側の浜が好きと書きましたが、私が生まれ育った大野町で一番気に入っているが高台からの眺めなんです。

大野は国道2号線が堤防代わりに海沿いを走る街。そのおかげでもともと島だった高台が、海の際までせり出していて、そこら中に展望スポットがあるのです。特に広電宮島線の阿品東駅の上あたり、西広島バイパスが国道2号線と合流するあたりからの夕景は本当に最高で、帰省するたびにこの景色は必ず眺めたくなります。

おかえりんさい

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デザインを学ぶために広島を出てもう20年。放蕩ぶりは相変わらずですが、気がつけば首都圏で暮らした時間のほうが長くなってしまいました。

少し湿り気のある夕日を見る時に、温暖だけど、猫の額ほどの平地しかなくて、友人の家に遊びに行くにも買い物に行くにも何かと坂を上らなければならなくて、夏場に海沿いを歩けば、かき殻の強烈な臭気が鼻を突く、そんな大野町のことをふと思い出します。

そう書いてしまうとなんだか不便そうな街ですが、山と海と島を望むこの景色が「おかえりんさい」と迎えてくれるような、この街に生まれて良かったなと思っています。

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著者:タケル(id:sfTKL)

タケル

広島出身、埼玉在住。普段は渋谷でデザイン・制作の仕事をしているアラフォーおじさん。川越や秩父周辺を中心とした「写真で綴る、趣味と猫と旅行のノート SpaceFlier」を書いています。冬は自家製ベーコン、池波飯の記事なども。

ブログ:http://www.spaceflier.com/ Twitter:https://twitter.com/TKL