結婚を機に引越した「裏浅草」で学んだこと

著: 徳谷 柿次郎 

はじめに

こんにちは、編集者の徳谷柿次郎と申します。


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いやー、浅草っていいですよね。浅草寺周辺はいつもにぎわっていて、日本的な下町文化が今も色濃く残っています。2020年のオリンピックに向けて、外国人観光客もどんどん増えていくことでしょう。


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浅草の夜はスカイツリーのネオンが輝いて、伝統と未来が織り重なったような光景に切り替わります。手前の金色のアレは、アレではなくて、燃えさかる炎をイメージしたオブジェらしいです。豆知識なので覚えて帰ってください。


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夏は隅田川の花火大会で町全体が大きな熱気に包まれ、豪雨になると高橋真麻がビショビショにぬれるのもここ数年の風物詩。昨年、友人宅のベランダで間近の花火を堪能したんですけど、近いって正義ですね。


が、しかし……。

今回ご紹介するのは……。

浅草寺から北へ10〜20分ほど歩いたエリアなんです!


現在のGoogleマップ上の浅草エリア。裏浅草は山谷・吉原を擁する日本堤周辺も含まれたという話です

古くから「裏浅草(観音裏)」とも呼ばれるこのエリア一帯、見てのとおりどの駅からも遠いのが特徴。仕事柄、全国あちこちを取材しているんですが……アクセスの悪い土地は、色濃い文化が残っているものです。

いわば手あかがついていない、未開の地。よく分からない飲み屋、会員制をうたうスナック、良い感じの銭湯など、地元の人にとっては天国なのではないでしょうか。必要なモノが全部そろっている!!


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矢吹丈が町のシンボル!

さて、申し遅れましたが……。僕は大阪で生まれ育ち、上京後は「浦安」→「戸越銀座」の流れで都心に居を構えたものの、気づけば東東京の濃度が高いエリア「裏浅草」に住んでいました。

最寄りは東京メトロ日比谷線「三ノ輪駅」。結婚を機に「家賃が安くて広いところ」を探し求めた結果、友人のお婆ちゃんが所有している賃貸物件を格安で借りられることになったんです。


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すいません、安すぎて。元々飲食店のテナントが2つ入っていて、住居用に改装した物件みたいです。


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トイレは鏡張りで落ち着かない

十分な広さ、そして物件のクセ。家賃=7万5000円の安さにどれだけ救われたことか。まぁ、孫の友だち価格というやつなんですが、そもそもこんな変な物件があったり、家賃を値引いてくれたりなど、渋谷・新宿まで約40分の土地にもかかわらず、このあたりには下町の優しさが残っているように感じます。


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一方で、昭和の高度経済成長を支えたドヤ街「山谷」、日本一の歴史をもつ「吉原遊郭」を擁するこの土地は、強烈な人間臭い「業(ごう)」を背負った土地なのをご存じでしょうか。


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こちらは貴重な山谷全盛期の写真。1964年の東京オリンピック時は、約3万人の労働者が集まっていたそうです。毎日が人気のフェスかよ!ってレベル。

南千住のもつ煮の名店「仙成食堂」の大将に聞いた話だと、手に職をもった男たちが集まり、今と違って機械に頼らず道路に穴を開けまくっていたそうです。

その日に稼いだお金は酒、ギャンブル、風俗などに使う、賭博黙示録カイジ的な世界が日常的に繰り広げられたのだとか。食べ物がない時代だったため、比較的栄養価の高そう(?)なもつ煮は重宝されたそうです。

もつ煮で米をガツガツかきこんで……ごっそさーん!な世界。こんな話がゴロゴロ聞けるのが裏浅草のいいところだと思いませんか。

町を歩けば……


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なぜか空中に扉がついているアパート


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この手の注意書きは町のあちこちに貼られている


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「おすなよ!?絶対におすなよ!?」理論


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バグって自己増殖したような「コンパニオン募集」の看板


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喫茶店という名の「案内所」もこの土地ならではの文化


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吉原の区画内のビル屋上には、貯水タンクが異常に目立つ。つまりそういうこと!


などなど、この土地に住んでからというもの、好奇心がとめどなくあふれてくるような町の個性に正直やられっぱなしです。ブラタモリ感覚で町のフィールドワークを続けていくと、民俗学的な仮説がいくつも浮かんできます。

特に肌で感じているのが「ドヤ街」の周辺には、独自の食文化が発展するのではないかということ!

名店ぞろい!「裏浅草」の絶品グルメ天国

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創業110年!馬肉の桜鍋「中江」。江戸時代、吉原遊郭に訪れた男たちが遊び足らず、乗ってきた馬を売り払って遊び続けたことから、周辺に馬肉文化が普及した話があります。ランチは手ごろなお値段で食べられます。


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「中江」と横並びで国の文化財指定を受けている老舗がこちら。ごま油で揚げる天丼屋「土手の伊勢屋」です。天丼メニューは「イ」「ロ」「ハ」の3種類。2000円の「ロ」は、海老天よりも迫力がある「穴子」が激ウマ!


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ミシュランが5000円以下の手ごろな料理を評価する「ビブグルマン」掲載。三ノ輪駅前にある「トイ・ボックス」はラーメン通をうならせる人気店です。おすすめは「味玉 醤油ラーメン」(850円)。平日13時30分〜ならスッと入れます。澄んだスープと醤油の旨味が絶妙。


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裏浅草でイチ押しの大衆居酒屋「丸千葉」。友人を招いたときは必ず連れていくほどで、豊富なメニューとコスパが良すぎるクオリティが売りです。14時オープンのため定食屋使いも可能。特に土曜限定の「ハンバーグ」は洋食屋を凌駕するほどのうまさ……! このハンバーグに赤星サッポロラガービールを合わせるのが好きです。予約必須!


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全国に弟子がいる巨匠・田口護さんがつくったコーヒー界の名店「カフェバッハ」。2000年に開催された九州・沖縄サミットの晩餐会のこと。コーヒー嫌いで知られたクリントン大統領も、田口さんの淹れたコーヒーはおいしく飲んだという逸話があるほどの人気店です。パン、スイーツも絶品なのでブラックコーヒーに合わせてどうぞ。


ついでに裏浅草のおすすめ銭湯はこちら。


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数種類の風呂とぬるめの水風呂がちょうどいい「堤柳泉(ていりゅうせん)


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外観と脱衣場の屋根が渋すぎる「曙湯」。2010年改装でキレイです。

「男の三大欲求」が重なり合うのはなぜ?

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仮説ですが……。

高度経済成長を支えた日雇い労働者が集まる土地は、疲れやストレスを発散する場所が欠かせません。第一に飲み屋。日雇いですから、その日にもらった賃金でうまいツマミやお酒を楽しむ。そのお金の流れたるや、現代の「酒を飲まない若者が増えている」とは真逆だったのではないかと想像できます。


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続いて吉原遊郭を代表する風俗産業。屈強な男たちの欲求は、簡易宿泊施設の「睡眠欲」、前述の居酒屋文化が色濃く残る理由となる「食欲」、三大欲求の業を大きく占める「性欲」へと流れていくのではないか……。全国的にこの3つがセットになった土地があまりにも多い印象があります。


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証言として、吉原にオープンした遊郭専門書店「カストリ書房」のオーナー・渡辺豪さんに話を聞いてみました。


「言葉はむずかしいんですが……貧困と性の接近は必ずあると思います。日雇い労働者が集まる=貧困とは言い切れませんが、下層社会であることは間違いない。大阪の西成や飛田新地、横浜の寿町や曙町、川崎の堀之内や西新町だけでなく、名古屋、神戸、北九州も同じです」


「特徴として、都心の中心部にはできず、外側にできています。遊廓も都市の外縁部に造成されているパターンが多いのですが、遊廓とは当時にあっては遊興産業の一部ですから、現代に置き換えるなら、郊外に多く見られる映画館を併設したようなイオン的なもので、行政の意図としては遊郭を都市の外側につくることで、都市の拡大を狙ってきた背景もあるのかもしれません。その結果、ドヤ街、性風俗、食文化といったDEEPな部分が重なっていくんでしょう」


「こぼれ話ですが……昔のドヤ街には『屋台売春』というのがありました。持ち主は別で、店番をしている女性がお酒やおでんを出しつつ、お客さんと交渉。成立したらドヤの安宿に流れて商売をする……昔の山谷・吉原も例外ではありません」


こういった話が大好物だったら、ぜひ「カストリ書房」へ行ってみてください。民俗学的な仮説をぶつけあう会話を楽しむことができる貴重な場所です。

寛容性、多様性を育むことができる町に住む意義

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最初にお伝えしたとおり、結婚を機にこの土地へ引越してきました。

嫁も当初は「このあたりって山谷もあるし、吉原もあるし、危ないんじゃない?」と否定的で。そりゃ、そう思うだろうなぁと。好奇心旺盛な編集者だからこそ、住みたい価値がある。大阪の雰囲気にも似たものを感じるし。

ただ、家賃の安さに惹かれて新婚生活を始めた結果、徐々に夫婦間に変化が見えてきました。ささいな出来事の機微のなかに、「まぁ、いいか」と思える寛容さが育ってきたんです。

例えば……


・大声で歌いながら家の前を自転車で走り抜ける若者が週イチで現れる
➤「お、今日も元気に歌ってるね」


・寝室の外で早朝に空き缶をペシャンコにして生計を立てるおっちゃん
➤「この仕事がないと生きていけないもんな」


・古い建物なので大雨が降ると、窓の隙間から雨漏りが……
➤「平成のこの時代に雨漏り体験できるの逆にすごい」


・家の中に小さな黒い蜘蛛が増えてきた
➤「益虫だからダンソン(アダンソンハエトリ)って名前をつけて愛でよう」


・家の前にある居酒屋にパトカーがよく止まっていてうるさい
➤「山谷でぼったくり価格で商売していたらしい。需要があるってことなんだな〜(感心)」


といったあんばいで、この土地らしい出来事もポジティブに解釈する心が育ってきています。住めば都とはよくいったもので、いまのところ危険な目に遭ったことはありません。吉原も町と一体化していて、散歩したり自転車で通り抜けたりしても問題なし。300年以上の歴史の上に成り立っているため、もはや地元の人にとっては当たり前の風景なんでしょう。

また、昔の危なっかしい山谷のイメージは少しずつ払拭しつつあり、あちこちに大きなマンションが建ち始めています。山谷のおっちゃんたちの姿は少しずつ減っていって、活気あるドヤ街の姿は跡形もありません。といっても時間帯によってはこんなおじさんもいるので油断なりません。心配すな、でも安心すな!(By SHINGO☆西成)


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現実的な側面で見ると貧困、福祉の最先端モデルの地域であり、外国人観光客が泊まりに来るゲストハウス文化の地域ともいえます。大阪の西成も同じですね。とにかく町の変化が激しい土地であることは間違いありません。


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今年に入って近所は工事だらけ。騒音で朝方目が覚めることも

大きなきっかけは、約7年前に町の条例か何かが変わって、高層階のマンション建設が可能になったこと。昔ながらの民家がどんどん解体されていて、2020年オリンピック開催が決まったここ数年で加速しているそうです。町がすごいスピードで何かにのまれている。


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アーケードの屋根はボロボロで穴が空いている

象徴的なのは、商店街のアーケードが撤去される話。数年以上前からアーケードの撤去問題が議題にのぼっていたんですが、維持するのも、工事するのも莫大な費用がかかるため、保留されていたのだとか。

撤去自体は確実なものの、費用面のめどが立っているとかいないそうです。うわさでは8月ごろに実施されるという話もあります。

商店街の骨組みが取り壊されて、雨風をしのぎたい山谷のおっちゃんはどう過ごすのか。貧困問題に取り組んでいる社会学の先生が話していた「都市は拡大する」という考え方が頭から離れません。山手線の内側から外側へ。地価が上がり続け、拡大し続ける東京のしわ寄せが「裏浅草」のエリアにもやってきているんでしょう。


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山谷の中心につい最近新築マンションが……!

不動産屋さんのおっちゃんは「投資目的でマンションを建てるって話をよく耳にするね」と怪訝そうな表情で話していました。

この土地で生まれ育ったBARの店主は「子どものころと比べてビル風がひどい。とにかくビル風がむかつく!」と、高い建物が増えたことの弊害を訴えていました。

まちづくりにかかわる地元の女の子は「最近になって初めて炊き出しに参加して、おっちゃんたちの世界が見えてきた。毎朝5時ごろには軒先をキレイに掃除して、迷惑を絶対かけないように生きている。それでも当事者の商店街に住む人たちは、町が新しくなることを望んでいます」と複雑な表情を浮かべていました。

さいごに

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どこの土地に住んでも、人は魅力を見出すものです。例え部屋が狭くても、家賃が高くても、多くの刺激に満ちた都市部の誘惑は捨てがたいものがあります。いまだに「20代前半で下北沢や高円寺の独特な文化に触れていたかったな……」と思うこともしばしば。

僕自身が32歳のタイミングで、三ノ輪駅から徒歩10分、浅草駅から徒歩30分という「裏浅草」を選んだ理由は、家賃と縁だけです。

浮いた分の家賃で財布のことを気にせず飲み歩いて、たまにある旅行も遠慮なく行けるようになりたい。固定費を下げて「もしも」のときに備えたい。金銭的なフットワークを勝ち得ること……その目的は達成することができました。


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いざ住んでみると、歴史的な背景はもちろん、あえてこの土地に住み続ける人たちの個性、30歳を過ぎて一生付き合える友人ができたことなど、たった2年半で得たモノがあまりにも大きすぎて驚いています。

そして念を押して伝えたいのが「寛容性と多様性」の価値観。世の中を見る解像度がガラっと変わった気がしてなりません。

どんな土地でも、どんな出来事でも、対応する力。業を背負った土地で過ごした特殊な経験値は、この先長い人生を生きていく上で不可欠な武器になると信じています。


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最後に。昔は朝5時から10円寿司を提供していたディープなお店「駒寿司」の常連のおっちゃんと記念写真。寿司自体は2年前に辞めたものの、今でもおっちゃんたちの憩い場。「オリンピックまで頑張ってくださいね」と言ったら「生きてるか分かんねーよ」と話していたのが印象的でした。


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著者:徳谷 柿次郎 (id:kakijiro)

徳谷 柿次郎

株式会社Huuuu代表取締役。おじさん界代表。ジモコロ編集長として全国47都道府県を取材したり、ローカル領域で編集してます。趣味→ヒップホップ / 温泉 / カレー / コーヒー / 民俗学など。

Twitter:@kakijiro