ただの銭湯好きだった僕だけど、滋賀県大津市の膳所にある小さな銭湯を引き継いで、猫と一緒に頑張っています【いろんな街で捕まえて食べる】

著: 玉置 標本 

f:id:tamaokiyutaka:20220413144546j:plain

ネコだけが住む街に迷い込んだ人間のハラさんが、自分の飼い猫であるトタンくんとよく似た猫が営む銭湯で見習いとして働く漫画「みゃーこ湯のトタンくん」がおもしろかった。

f:id:tamaokiyutaka:20220413144558j:plainスケラッコさん作の「みゃーこ湯のトタンくん」。1~4回はこちらで試し読みができます

この不思議な物語にはモデルがあり、滋賀県大津市の膳所にある都湯という銭湯、店主の原さん、そして猫のトタンくんは実在するそうだ。これらの素材を作者のスケラッコさんがフィクションとしてつくり上げたストーリーなのである。

現実世界の原さんは、2018年に休業状態だった都湯をひょんなきっかけで引き継ぐこととなり、地方にある小さな銭湯という厳しい条件ながら、様々な手を打って客の数を増加させることに成功した。

都市部の好立地ならともかく、地方の古い銭湯をどうやって復活させたのか。原さんの膝の上でくつろぐトタンくんと一緒に、じっくりと話を伺った。

膳所は「ぜぜ」と読む

新幹線の車中で「みゃーこ湯のトタンくん」を読み直し、みゃーこ湯ならぬ都湯の最寄駅である膳所駅へと向かう。膳所を「ぜんじょ」と読んでいたが、駅について看板を見たら「ぜぜ」だった。

膳所は琵琶湖の南側(湖南)にあり、徒歩数分で日本最大の湖を眺めることができる。京都駅から膳所駅はJR琵琶湖線でたった11分、大阪駅からでも48分。膳所駅は京阪電車の京阪膳所駅と隣り合っているので、味わい深い京阪電車で行くこともできる。

f:id:tamaokiyutaka:20220413144601j:plain膳所と書いてぜぜと読む。そんな無茶な

f:id:tamaokiyutaka:20220413144616j:plain写真だとわかりにくいが、左側の建物がJR膳所駅、右側の奥が京阪膳所駅

f:id:tamaokiyutaka:20220413161410j:plain京都駅からJRを使えばすぐだが、ちょっと遠回りをして京阪電車で来るのも楽しそう

取材の日は漫画の中でハラさんがトタンくんと出会うシーンと同じく、冷たい雨がしとしと降っていた。

三月後半とは思えない寒さに旅行気分は盛り上がらないけど、こんな日こそ銭湯日和だと考え直し、せっかくなのでちょっと琵琶湖を見学してから都湯方面へと歩く。

今回の目的はあくまで真面目なインタビューだが、やっていることは好きな漫画の聖地訪問だ。

f:id:tamaokiyutaka:20220413144701j:plain都湯へ向かう道。原さんは「ととのいストリート」と勝手に命名している。じゃあ謎かけでもしましょうか

f:id:tamaokiyutaka:20220413144720j:plain点滅を続ける一つ目の信号の先に都湯の看板が見えた。手前の黄色い床屋さんといい、なんというか現実感のない景色に思える

f:id:tamaokiyutaka:20220413144728j:plain漫画に出てくる高い煙突だ!

f:id:tamaokiyutaka:20220413144753j:plainのれんの柄こそ違うが、まさにここがみゃーこ湯のモデルだと感激

f:id:tamaokiyutaka:20220413144822j:plain都湯店主の原さん

僕は銭湯に救ってもらった

お風呂の開店前に時間をいただき、二階にある事務所で幼少期から現在までの話を、トタンくんも同席のうえで伺った。

ちなみに漫画だとトタンくんとハラさんはみゃーこ湯の二階で生活しているが、現実世界の原さんは近くに家を借りて暮らしている。トタンくんは普段そっちにいるため、都湯に来ても会えないのでご注意を。

f:id:tamaokiyutaka:20220413144842j:plainおもいっきり警戒されてしまった

f:id:tamaokiyutaka:20220413144852j:plainトタンくんはこの建物のトタン屋根の上で野良猫が生んだ4匹のうちの1匹で、原さんはうちに来るのはこの子だなと初めから思ったそうだ。兄弟も保護団体を通じて無事にもらわれて行った

原俊樹さん(以下、原):「生まれ育ったのは大阪です。膳所に来るまではずっと大阪。うちは結構早い段階で家族が崩壊してしまって、育ちが悪くて。

おとうちゃんが全然働かない人で、おかあちゃんがそれに対してずっとイライラしている。笑顔で食卓を囲むとかがまったく記憶にない生活でした」

f:id:tamaokiyutaka:20220414115043j:plain坊主頭だった子どものころ。写真提供:原俊樹

原:「小学校四年生のときに父親が失踪し、その一年後に離婚。残された借金をおかあちゃんがひたすら返していたので、すごく貧しかったんですよ。自分がこの家にいることがすごいあかんことなんじゃないかと思うようになって、高校一年のときに家を出ました。おかあちゃんを見ているのがかわいそうすぎたし。

家賃1万3000円の四畳半一間、トイレ共同のアパートを借りて、学校に行きながらスーパーで働いたんです。もちろん風呂無しだったから、歩いてすぐのところにあった市営の150円で入れる風呂屋に通っていたんですけど、定休日がある。風呂は毎日入りたいから銭湯も回るようになったんです」

f:id:tamaokiyutaka:20220413144929j:plainヌーン

――いきなり重い話から始まってちょっとびっくりしましたが、そこから原さんの銭湯物語がスタートしたんですね。

原:「銭湯には古い文化やアートが色濃く残っている。店ごとによって違う建物や浴槽だったり、壁に描かれた絵だったり、しっかり歴史が刻まれていて芸術を感じた。これってすごいことだなと思って。家風呂が当たり前の時代に風呂屋を残しているのがすごい。

高校を卒業して、飲食関係や映像制作の仕事をして、風呂のあるアパートに引越してからも、ちょくちょく銭湯には通っていました。

25歳からはスーパーなどで売られているカット野菜を扱う会社で営業をやっていましたけど、営業の部署がなくなることになり工場勤務になってしまって。やっぱり営業の仕事がしたかったから、会社都合にしてもらって退職しました。

失業保険をもらいながら、さあ次は何しようかなと思っていたところで、当時婚約をしていた彼女と別れたんです。今思えばお互いが至らなかったんですけど」

――あらあら。

原:「仕事もない、彼女もいない。すべてを失ったような感覚になって、めっちゃ落ち込んだんですよ。対人恐怖症みたいになって、もう誰にも会いたくない。自分の存在を消したい。

それで誰にも迷惑を掛けないでこの世から消える方法がないかなと銭湯に考えに行ったんです。大阪の南森町にある紅梅温泉に。

風呂に入ってぼんやり湯気を眺めていたら、新聞に載っていたあの本を読もうかとか、久しぶりにあの人に会ってみようかとか、前向きなことしか浮かばなくなった。帰るときには外の空気がいい匂いだと感じて、あれ今日は何しに来たんだっけなって。とりあえず明日も銭湯に来ようと」

――大きな風呂に浸かることが気分転換になりましたか。

原:「だから僕は銭湯に救ってもらった。銭湯にはそういう癒やしの効果があることを実感して、すごい場所だな、今後も残って欲しいなと。ただ自分が銭湯をやるなんて、このときは一切思っていなかったけど」

銭湯活動家との出会い

原:「それからいろんな銭湯を回りながら次の自分を探していたんですが、そんなときに大きな地震が来たんですよ。2018年6月の大阪府北部地震ですね。震源地のすぐそばに住んでいて、家のライフラインが止まったんです。

ガスが使えないから銭湯に行くと、僕と同じような人がたくさん来ていた。やっぱり生活に密着した、世の中の役に立つ存在だと再認識しました。でも銭湯ははっきりと衰退している」

――自分としては絶対に必要だと思う銭湯が、この世からどんどん減っている。

f:id:tamaokiyutaka:20220413144949j:plainトタンくんはしっぽの動きがすごくかわいい

原:「この地震に加えて、この年は大きな台風が連続で来て、パタパタと銭湯が閉まっていった。一番近かった銭湯なんて、たくさんお客さんが入っているし、まだまだきれいなのに閉めちゃったから、本能的に何も考えず『なんでやめるんですか?』って店主に聞いて。そしたら『心が折れてん。災害ばっかりで』と。

『もう99.9%やらない』って言うんですが、『でももし0.1%やる可能性があるんだったら、僕にやらしてもらえませんか。もう一回やりましょうよ』って言ったけど、『いやいや知らんもんに貸せへんよ』と。向こうからしたら僕はただの客だし、そりゃそうですよね」

――思い入れのある商売だし、苦労を知っているからこそ、簡単には貸せないですよね。

原:「その断られた足で、京都の梅湯に行ったんです。梅湯は銭湯活動家の湊三次郎という人が赤字続きの銭湯を引き継いだところで、若い人がとても多く、イノベーションがあるなと感動した場所。サウナ好きの聖地ですね」

f:id:tamaokiyutaka:20220414120237j:plain左が原さん、右が湊さん。写真提供:原俊樹

f:id:tamaokiyutaka:20220414004101j:plain取材日は京都に宿をとっていたので梅湯を訪れたが、夜中でも入場制限が掛かるほどのにぎわいだった

原:「これまで何度も通っていたのに湊くんに会えたことがなかったけど、その日はたまたまフラ~っと表にいて、風を浴びていたんです。

『湊さんですよね、応援しています』って挨拶をして、今の断られた話をしたんですよ。そしたらすぐに携帯でその銭湯を調べて、『この銭湯なら絶対再生できますよ。僕と一緒に交渉しに行きましょう!明日行けますか?』って言ってくれて」

――さすが銭湯活動家、熱いですね。

原:「ええ!って。はじめましてって挨拶したばかりなのに。それで本当に翌日一緒に行ったんですけど、結局そこは断られてしまったんです。でもこんなにすぐ動いてくれる熱い人もいるんだって、希望をもらえた気持ちでした。

その帰りに二人でお好み焼きを食べながら、『僕も銭湯の役に立てるように、どこか修行ができる場所を探してみます』って言ったら、『もしあれだったら今ちょうど二号店をやりたくて、滋賀県で取次完了しそうなんですよ。よかったら原さんやりませんか?』って」

――話が早すぎませんか。行動力が瞬間湯沸かし器だ。

原:「えええ!って。それがこの都湯です。そのときは進展したら連絡しますって別れて、二カ月後くらいに本当に湊くんから連絡が来て。『取次が完了したから一緒に行ってみませんか』と。

それで読み方もわからない膳所に初めて来ました。滋賀って聞いていたからすごい田舎なんちゃうかなと思っていたけど、全然田舎じゃない。駅からも近いし、当時住んでいた高槻から30分くらいだったから『近!』って思って。

でも昔ながらの古い番台だったし、お風呂もちょっと小さいし、これはちょっと無理ちゃう?って正直思いました。京都や大阪から近いといっても地方だし」

――京都駅から徒歩でも行ける梅湯とは、かなり立地条件が違います。

原:「都湯で話を聞くと、二年前にご主人が亡くなって、おかみさんだけになってしまい休業したそうです。ただ、ご主人はずっと続けたいと思いながら亡くなってしまったらしいので、おかみさんとしては銭湯を閉めたことに心残りをもっていて。誰かやってくれないかなと思いながら、定期的に掃除やメンテナンスをしていたんです。

だから浴室とかは二年間も休んでいたようには全然見えなかった。気持ちがそこにあったんですね」

――それで湊さんと一緒にここを引き継ごうと。

f:id:tamaokiyutaka:20220414115334j:plain当時の都湯は番台から男女共に更衣室が見える昔ながらのスタイルだった。写真提供:原俊樹

f:id:tamaokiyutaka:20220414115453j:plain二年も休んでいたとは思えない浴室。写真提供:原俊樹

都湯の経営という大仕事を任されて

原:「更衣室が見える番台方式から今の形に換えて、ロビーとかも悪い意味で古いだけのものを排除して、趣(おもむき)や味わいがあるものは残して。釜も変えたので諸々で600万円くらいかな。その年の11月にリニューアルオープンしました。

湊くんは二号店を修業の場と考えていて、完全に人に任すっていうコンセプトを決めていました。だからオープンしたところで『はい、あとは原くん頑張って!』と」

――ここから先は自由にやってくださいと。湊さんと出会ってから半年も経っていないですね。怒涛の展開だ。

f:id:tamaokiyutaka:20220413145044j:plain新しくつくられた受付にて

f:id:tamaokiyutaka:20220413145131j:plain古いながらも清潔感のある脱衣場

f:id:tamaokiyutaka:20220413145146j:plain毎週日曜日は子ども無料、65歳以上は偶数月の第三日曜日無料

原:「どうにか都湯が再開したのはいいけど、まあヒマでしたね。有名な梅湯の二号店ということで最初はパッと銭湯ファンが来てくれたけど、日常使いしてくれる地元のお客さんが少なかった。

『再開してくれてありがとう』って来てくれるお客さんもいたけど、『知らない若い人がやっているならいかへん』って他の銭湯に行く人もいる。一日40人くらいしか来ない日もあって、売り上げが2万円いったらいいなあっていう感じだった」

――それはちょっと厳しいですね。

原:「かなり落ち込みましたよ。地方銭湯の実態を目の当たりにしました。

どうにかしないといけないけど、僕も銭湯経営なんてまだ一年生。とりあえず目の前の状況をしっかり見るっていうのを続けました」

――てこ入れすべきポイントを見定めようと。これがラーメン屋だったら、スープの味を変えようとか、新メニューを開発しようとか、やりようはたくさんあると思うんですが、銭湯だと商品である浴槽やお湯の質は変えられないですよね。やりようはありますか?

原:「地元の年配客を大切にするのはもちろんですが、若いお客さんが増えるように頑張ろうかなと。そこからターゲット層を20代~40代にして、SNSやYouTubeを活用しつつ、企業さんとしっかりタイアップをするようにしました」

――銭湯が企業とタイアップって、何をするんですか?

原:「後に『みゃーこ湯のトタンくん』を出すミシマ社さんのフェアでは、都湯という銭湯が出版社になっちゃうような感じで、浴室にミシマ社が出している本の情報を貼りまくって、それを脱衣場で読めて、ロビーで買えるようにしました」

f:id:tamaokiyutaka:20220414125044j:plain大好評だったミシマ社フェア。写真提供:原俊樹・新居未希(ミシマ社)

f:id:tamaokiyutaka:20220414123843j:plainサン・クロレラとのタイアップ企画。写真提供:原俊樹

原:「都湯でありながら銭湯じゃないっていうのをよくやっていましたね。コーヒー屋さんとコラボして、銭湯でありながらコーヒー屋さんになるとか。

もともと営業職だったので、タイアップしてくれた企業さんの商品がどうしたら売れるか、どうすれば話題になるかを考えるのは楽しいですね。イベントがあるとお客さんも喜んでくれますし。

お風呂屋さんってお客さんが来るのをただ待つ商売って考えていたんですけど、全然違いました」

――やりようがあったんですね。

原:「おかげで集客できる範囲がちょっと広がりました。京都、草津、栗東とかからも来てくれるようになったんです」

――ちょっと遠くても、電車や車で足を運ぶ価値のある銭湯になったんだ。

三方良しの精神で入浴客数が三倍に増えた

原:「今はサウナがちょっとブームなんで、サウナーを取り込めるように頑張っています。みんなすごくマナーがいいので、常連のおっちゃんも気を使ってくれて『ええよ、ええよ』と譲ってくれたり。

ただ、ここは若い人が多いからとほかの銭湯に行っちゃう人もいる。これは永遠の悩みですね」

――空いている静かな銭湯がいいっていう人もいますからね。それだと潰れちゃうんでしょうけど。

原:「都湯って小さいんですよ。実際に見ると漫画の印象よりも小さいでしょ。でも小さいのが最大のメリットであり、魅力なのかなと。浴室もロビーも狭い。だけどあるものはある。

肩まで入れる深い浴槽、特殊なスリーループで揉む電気風呂、地下水掛け流しの水風呂、めっちゃ熱いサウナ。狭いけど銭湯の醍醐味が詰め込んである。

この規模だから僕がちゃんと見渡せるし、掃除も行き届くし、集めてきた薪だけでお湯を沸かせる。この大きさだからタイアップの企画もやりやすい」

f:id:tamaokiyutaka:20220413145831j:plainかわいい

f:id:tamaokiyutaka:20220414121319j:plainこちらは子どものころのトタンくん。写真提供:原俊樹

原:「『先週どこに行ってきた、おいしかったわ』ってお客さんに教えてもらったら、ほかのお客さんに『こういう店ができたらしいよ、代わりに行って来てよ』って伝える。すると全然知らない人同士がいつのまにか繋がったりする。

銭湯に来るお客さんはフラットなんです。裸の付き合いというか、肩書をなにももたない平等な関係で、とりとめのない会話をする。都湯が狭いからこそ、この距離感は日本一近いかもしれない。

年配の人は病院のロビーで話すみたいに通ってくれるし、若い子も近所の情報をアップデートしに来る。もちろんコミュニケーションは最低限にして、ただただ湯船に浸かってリラックスするのも自由。

近江商人に伝わる『三方良し』という言葉がある。売り手良し、買い手良し、世間良し。都湯に関わる全員がハッピーになれるように考えていて、それが実現できている実感はあります」

f:id:tamaokiyutaka:20220413145203j:plain都湯の男湯

f:id:tamaokiyutaka:20220413145211j:plain左から水風呂、ジェットバス、深風呂、電気風呂。お湯はすべて薪だけで沸かしている

f:id:tamaokiyutaka:20220413145216j:plain電気風呂はマニアも一目置く揉兵衛だ

f:id:tamaokiyutaka:20220413145247j:plain磨き上げられた鏡が美しい

f:id:tamaokiyutaka:20220413145310j:plainサウナーに人気の120度にまで達する高温ドライサウナが自慢

f:id:tamaokiyutaka:20220413145255j:plain比叡山からの(と伝えられている)地下水脈を汲み上げた、掛け流しの贅沢な水風呂でととのおう

原:「当初は一日40人だった入浴客が、50人、60人と増えていき、今では平均120人を超えるようになりました。これは湊くんが目標にしていた数字でもあります。

どうにかアルバイトを雇えるようになって、確保した時間を積極的に使うことで、出ていくお金を減らしたり、入ってくるお金を増やしたりができることもわかってきた。攻めの営業や投資をする余裕もできました

――三倍はすごいですね。

原:「去年の5月に湊くんのところから独立して、グループではあるけど僕が都湯の経営者になりました。三年目で独り立ちです。

ここみたいに地方の小さな銭湯でも、やりようによってはちゃんと経営していけるっていうのを示せたかなと

f:id:tamaokiyutaka:20220413145850j:plain都湯のお湯を沸かす燃料はすべて薪。以前は業者から廃材を買っていたが、今は原さんが解体現場などを軽トラで回って集めているため燃料費はなんとゼロ。さらにお風呂で使う水は無料の地下水なので、水道代はトイレと下水道分のみ。ランニングコストが安いので損益分岐点が低い

f:id:tamaokiyutaka:20220413145617j:plain営業再開に向けてあえて薪で沸かすタイプを選んだ釜。燃料の値段がどんどん上がっているので、この選択が今の経営を助けてくれている

f:id:tamaokiyutaka:20220413145624j:plain状況に合わせて太さの違う薪を使い分けて、お湯の温度を管理する

f:id:tamaokiyutaka:20220413145637j:plain釜に薪をくべる作業は、大事な仕事でもあり、大切な癒やしの時間でもある

原:「できればもうちょっと時間欲しいですね。自分がもうちょっと動けたら、もっといろいろできると思うんで。

3月7日のサウナの日に結婚したばかりの奥さんが先週仕事を辞めて、こっちを手伝ってくれるようになったので、ちょっと楽になるかな」

――おおお、おめでとうございます。こんなことを聞くのもあれですが、どこで知り合ったんですか。

原:「毎日のように都湯を利用してくれる同年代の夫婦がいて、話してみると趣味も合う。でもある日、その旦那が全然知らない女性を連れてきた。これは不倫かなと思って、聞いたらあかんやつやと知らん顔していたら、『義理の姉です』って紹介されて。

――その人の奥さんのお姉さんだったんだ。

原:「ええええ!って。その人は銭湯来るのが初めてで、ちょうど『水吐きガチャ』のイベントをやっていた時期だったから衝撃的だったらしくて。

『なんでガチャガチャがあるの!今どきの銭湯ってこんななの!』っておもしろがってくれて。それからよく妹夫婦と一緒に来るようになったんです」

f:id:tamaokiyutaka:20220414130859j:plain二人を結びつけた水吐きガチャ(って何?)のイベント。写真提供:原俊樹

原:「そこからだんだん仲良くなって、自然と四人で遊ぶようになって、コロナの第一波が来て。そのころって家族としか一緒にいちゃいけないっていう雰囲気があったじゃないですか」

――不要な外出や面会は絶対にするなっていう重い空気でした。

原:「そのときに、僕たちはもう家族のようなもんだよねって。そこは言葉無しで」

f:id:tamaokiyutaka:20220414121744j:plain
写真提供:原俊樹

――コロナのおかげで二人の絆が深くなったんですね。でも銭湯をやっている身としては、そのころはかなり厳しい状況だったと思います。

原:「特に2020年3月の志村けんさんが亡くなったときから一気に空気が変わって、銭湯にお客さんが来なくなった。それで代表の湊さんが一旦休もうと。都湯だけじゃなく、お風呂業界全体が休業すべきか悩んでいたときです。

でも家にお風呂がない常連さんの顔が頭に浮かぶから、休むという選択はわかるけど、僕としては休みたくなくて」

――もちろん感染予防も大事だけど、お風呂に入って清潔と健康を維持することも必要です。

原:「それが辛くて、めっちゃ泣きましたね。二年近く突っ走っていたのですごくショックでした。やりたいことがもうできないのかなって。

そんな心が折れかけていたときにミシマ社さんとスケラッコさんから漫画化の話をいただき、すごくうれしかった。こんなありがたい話は二度とないから、ぜひお願いしますと。もう好きに描いてくださいって。

こうして漫画になったことで、今も多くの人がみゃーこ湯の舞台を見るために来てくれています」

――私もその一人です。トタンくんはまさに招き猫になりましたね。

f:id:tamaokiyutaka:20220413145743j:plain連載前のラフ。ちなみに原さんのトレードマークとなっているサングラスはYouTubeを始めたときに視線を隠すために掛けはじめたそうだ。連載を検討していたこのころはもっとみうらじゅん感が強かったとか

f:id:tamaokiyutaka:20220413145507j:plain左はミシマ社の新居未希さん。コロナ前の2019年に忘年会で三人が出会い、『猫と銭湯の漫画ができがら最高ですね~』と盛り上がって作品が生まれた。詳しい話はこちらをどうぞ。新居さんによるとスケラッコさんのファンに加えて、猫ファン、銭湯ファンにも評判を呼び、普段漫画を買わないような年配の方からも感想のハガキが届くとか

f:id:tamaokiyutaka:20220413145437j:plainもちろん本は都湯でも販売中。常連さんがみんなに配るためにとたくさん買ってくれるそうで「都湯は愛されているんやな~」と新居さんも感激

f:id:tamaokiyutaka:20220414104805j:plain「猫だけの世界にしたのは、銭湯の話はどうしても裸のシーンが出てくるし、人よりも猫を描くのが楽しいなと。銭湯という背景は絵的にもいいですよね」と、ひさしぶりにトタンくんと会えてご機嫌のスケラッコさん

f:id:tamaokiyutaka:20220413145327j:plainロビーの冷蔵庫には定番に加えて珍しいドリンクも

f:id:tamaokiyutaka:20220413145334j:plainひやしあめは麦芽糖と生姜汁が味の決め手。飲んでみたらしっかり甘くて後味はキリっとしている

f:id:tamaokiyutaka:20220413145347j:plain駄菓子みたいな味のみかん水、炭酸の入っていないメロンサワーもあるよ

f:id:tamaokiyutaka:20220413145350j:plain柱に固定された栓抜きの開け心地が最高!

f:id:tamaokiyutaka:20220413145428j:plain都湯オリジナルグッズも多数あり

f:id:tamaokiyutaka:20220413145431j:plainお土産にTシャツはいかがですか?

膳所に住んでみた感想

――大阪から一度も出たことがないという話でしたが、膳所に来てみてどうですか。

原:「膳所、めっちゃいい。都湯をやるまで33年間、大阪から出たことがなくてすごい不安だったんですけど、まさに住めば都ですね」

――都湯だけに……

原:「京都はすぐだし大阪まで1時間も掛からない。そもそも国道1号線や湖岸線にいろんなお店があるから買い物とかも膳所周辺で困らない。地方だけど車がないと無理っていうわけでもないし。

歩いて10分くらいで琵琶湖に行けて、犬の散歩やランニングをしている人がたくさんいる。釣りとか自然が好きな人には最高じゃないですか」

f:id:tamaokiyutaka:20220414053246j:plainせっかくなので琵琶湖にタッチ。次は晴れた日にゆっくり巡ってみたい

f:id:tamaokiyutaka:20220414053249j:plain琵琶湖には魚を捕る網が仕掛けられ、近くのスーパーには小鮎の佃煮が売られていた

原:「それになんといっても人がやさしい。大阪みたいな都会だと人が多いから、ハイ次、ハイ次、みたいな感じにどうしてもなるけど、滋賀の方は警察も市役所も銀行も、ほんまにゆったりしてますね。

いつも『やさし~!』って思いながら暮らしています。保健所でも税務署でもそんなに並ばなくていいし、みんな温かいので驚きました。

銭湯という仕事も、膳所での暮らしも、まったく不満がないです」

f:id:tamaokiyutaka:20220414053139j:plainグイっとカーブした船着き場がかっこいい

f:id:tamaokiyutaka:20220413145719j:plainこのスケールで海じゃなくて湖というのがすごい。なんだか水面から巨大な竜が飛び出してきそうだ。奥の建物はびわ湖大津プリンスホテル

――一日平均120人という入浴客数を達成しましたが、今後の目標は何かありますか。

原:「僕も彼女もお金持ちになりたいとか、二号店をやりたいとか、そういう目標はもっていなくて。入浴してくれるお客さんがいて、タイアップしてくれる企業さんがいて、トタンくんと家族と平凡に、ただただ平凡に過ごせたらいいねって思っています」

f:id:tamaokiyutaka:20220413145942j:plain帰りは京阪電車を使ってみた

平凡でありたいといいつつも、原さんは時間をつくってはSNSを更新したり、企業にタイアップ企画を持ち込んだり、解体現場に飛び込んで廃材をもらったり、銭湯やサウナのイベントに出演したり、こうしてメディアの取材を受けたり、かなり非凡な日々を忙しそうに過ごしている。

帰りの新幹線で改めて「みゃーこ湯のトタンくん」を読み返したら、現実の都湯が虚構のみゃーこ湯とリンクしている箇所がよくわかってニヤニヤしてしまった。漫画やドラマの聖地巡礼(舞台巡り)をする人の気持ちが今ならわかる。

都湯はすごく気持ちのほぐれる銭湯だった。「ととのう」という感覚はまだわからないけど、サウナも水風呂も最高だった。銭湯はワンコインで楽しめるトップクラスの贅沢かもしれない。都湯に限らず、今後も積極的に利用したい。

最後にトタンくんの写真をまとめてどうぞ。

f:id:tamaokiyutaka:20220413144919j:plain

f:id:tamaokiyutaka:20220413144939j:plain

f:id:tamaokiyutaka:20220413145810j:plain

f:id:tamaokiyutaka:20220413145514j:plain

f:id:tamaokiyutaka:20220413145753j:plain

f:id:tamaokiyutaka:20220413145756j:plain

f:id:tamaokiyutaka:20220413145758j:plain

f:id:tamaokiyutaka:20220413145817j:plain

f:id:tamaokiyutaka:20220413145820j:plain

f:id:tamaokiyutaka:20220413145801j:plain

f:id:tamaokiyutaka:20220413145825j:plain


しっぽの動きに注目!

 

都湯ホームページ

都湯Twitter

都湯Facebook

都湯Instagram

都湯YouTube

ハラくんトタンくんTwitter

みゃーこ湯のトタンくん

『みゃーこ湯のトタンくん』刊行記念・スケラッコさんインタビュー

 

【いろんな街で捕まえて食べる】 過去の記事 

suumo.jp

著者:玉置 標本

玉置標本

趣味は食材の採取とそれを使った冒険スペクタクル料理。週に一度はなにかを捕まえて食べるようにしている。最近は古い家庭用製麺機を使った麺づくりが趣味。『育ちすぎたタケノコでメンマを作ってみた。 実はよく知らない植物を育てる・採る・食べる』(家の光協会)発売中。

Twitter:https://twitter.com/hyouhon ブログ:http://www.hyouhon.com/