何ともほどよい新大塚【銀座に住むのはまだ早い 第19回 文京区】

著: 小野寺史宜 

家賃5万円弱のワンルームに住みつづけてうん十年。誰よりも「まち」を愛し、そこで生きるふつうの「ひと」たちを描く千葉在住の小説家、小野寺史宜さんがいちばん住みたいのは銀座。でも、今の家賃ではどうも住めそうにない。自分が現実的に住める街はどこなのか? 条件は家賃5万円、フロトイレ付きワンルーム。東京23区ごとに探し、歩き、レポートしてもらう連載です。

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 僕が地理的に最もつかめないのが文京区だ。

 いや、名前を知っている町は多いのだが、ほかの区との境も含め、位置関係がどうにもつかめない。

 北で油断していると、いつの間にか豊島区。西で油断していると、いつの間にか新宿区。東で油断していると、いつの間にか台東区。南だけは、JRの中央・総武線が千代田区との境っぽいから、まあ、多少の油断も可。

 と、そんな印象がある。

 その文京区ではどの町か。すぐ近くの千石と迷って、新大塚にした。JR山手線の大塚駅ではない。東京メトロ丸ノ内線の新大塚駅だ。中野区編で中野新橋を訪ねたときの方南町支線ではなく、本線。

 新大塚は駅名。地名だと、文京区大塚。駅自体が豊島区との境に位置していて、一部は豊島区になるらしい。だから駅の利用者は豊島区民と文京区民が半々かもしれない。

 大塚は文京区だが、南大塚は豊島区。でもおもしろいことに、南大塚は大塚の北に位置している。豊島区には北大塚もある。その北大塚やJR山手線の大塚駅から見ての南、ということであるらしい。

 でもって、丸ノ内線の駅名は新大塚。ややこしい。いつか真大塚決定戦が開かれるかもしれない。ゴジラふうに言えば、シン・大塚、か。

 ワンルームで5万円。いつもの条件で、SUUMOで検索。

 駅から徒歩 6分。築45年。6畳。家賃4万8千円。前回の世田谷区編に続き、意外にも収まりました。まさか2千円浮くとは。

 探索を開始。春日通りを南下し、文京区立大塚公園へ。

 文京区立だが、この公園も一部は豊島区になるらしい。

 4月末。緑多し。この時季の緑は、もう、真緑。見ているだけで気分がいい。

 園内にはみどりの図書室なるものもある。こぢんまりしたかわいい建物だ。つい入ってしまう。

 図書室、という規模なので、さすがに僕の本は4冊しかなかった。でも少ない蔵書のなかに食いこめたのならうれしい。2冊が借りられていたのもうれしい。

 などと喜びながらそこを出ると、近くに気になるものが。

 像。短パン姿の少年が両手を首の後ろにまわして立っている。実はここ、文京区ラジオ体操発祥の地、らしいのだ。文京区、と付けるところが奥ゆかしい。

 ラジオ体操は1928年に始まった。昭和3年。この大塚公園もその年に開園したという。

 夏休みのラジオ体操。今、小学生たちはやっているのだろうか。

 僕が小学生のときはやっていた。というか、やらされていた。

 わけもわからず起こされて、わけもわからず校庭に行かされて、わけもわからず体をあれこれ動かして、わけもわからず帰ってきた。そのときでもまだちゃんと目が覚めていなかったりした。おそらくはそんな僕ら狙いで朝早くに再放送されていたウルトラマンシリーズを見てやっと目を覚ましたりもしていた。

 体操に参加するたびにスタンプを押してもらい、最終日に鉛筆か何かをもらった覚えがある。毎日早起きさせられてこれ。割がよくないな。と小学生ながら思った覚えもある。

 ラジオ体操。今もできるだろうか。あの音楽が鳴れば、体は勝手に動くだろうか。

 ラジオ体操第1ならともかく。第2はちょっと自信がない。

 でも鉛筆ならぬシャープペンシルの芯をごほうびとしてくれるのなら、やりたい。小説を書く際、僕は一度手書きですべて下書きをするので、芯が減ってしかたがないのだ。

 ただ、50すぎのおっさんが早朝にラジオ体操をやったとして。いったい誰が、はいこれごほうびです、とシャープペンシルの芯をくれるのか。

 公園をあとにすると、不忍通りと千川通りを経由して小石川植物園へ。

 よく耳にするそれはあくまでも通称。正確には、東京大学大学院理学系研究科附属植物園、らしい。つまり、東大の施設なのだ。一応、有料。基本、この探索で有料施設には入らないつもりなので、ここはスルー。でも住んだら行ってみようと思う。

 ということで、わきを歩き、塀の外から見える木々だけを見る。有料の施設からはみ出した木々を無料で鑑賞。これも盗撮ならぬ盗視になるのか? 何らかの罪に問われるのか? とややあせりつつも密かに鑑賞。

 千川通りを南下すればたどり着く都立庭園の小石川後楽園も残念ながら有料。そこで、都道の牛込小石川線及び東京メトロ丸ノ内線の後楽園駅を挟んですぐ隣にある文京区立礫川公園へ向かう。

 すると、千川通りの道路前方に何やらのっぺりした白いものが。

 おぉ。そうでした。あれはまさに東京ドーム。

 久しぶりに見た。水道橋や後楽園は、案外来ないのだ。それこそ東京ドームや後楽園ゆうえんちに来るときぐらいのもので。いや、後楽園ゆうえんちとはもう言わないのか。今は、東京ドームシティアトラクションズ。ぴんと来ないがしかたない。時代は変わるのだ。

 東京ドームの前身である後楽園球場にも、僕は小学生のころに何度か行った。当時はプラチナチケットであった巨人戦のチケットをどうにかとって、父が連れていってくれたのだ。

 大人たちがタバコを吸い、ビールを飲みながら、野球を観ていた。王選手がホームランを打つと、おぉっ! と声を上げた。なかには立ち上がる人もいた。そうされると見えないから、結局はみんな立ち上がった。

 ついでに言うと、このころの王選手は本当に毎日ホームランを打っている印象があった。この後楽園球場話を僕は過去にエッセイに書きもした。

 試合自体もそうだが、ガキながら、大人が野球を楽しむのを見ているのも楽しかった。こういうのをちゃんと楽しめる大人になりたいもんだなぁ、と紙カップのコーラを飲みながら思った。

 カロリーゼロのコーラなどまだなかった時代だ。カロリーという言葉さえ、今ほどはつかわれていなかっただろう。黄色い箱でおなじみのあのカロリーメイトもまだ発売されていなかった。

 あとは、そう、これは今もそのまま名前が残る後楽園ホールにも何度か行った。20代前半のころ。そこでプロレスやボクシングを観た。

 言わずと知れた格闘技の聖地。後楽園ホールはとても観やすいのだ。リングが近いので、飛び散る汗が見えるし、パンチが当たる音も直に聞こえる。臨場感がすごい。いや、感ではなく、まさに臨場できる。

 実際に観た経験があったから、自作『今夜』でプロボクサー直井蓮児の試合を書けた。ボクシングについては一度書きたいと思っていたのだ。

 まあ、それはいいとして。

 礫川公園。地図で見たときはてっきり磯川公園だと思ったが、実は礫川公園だった。れきせん、だ。今これを読まれている皆さんも、何人かはそう思われたのではないでしょうか。

 北東側の都営住宅に面した花壇は、かつて文京区に住んだ宮沢賢治が残した、涙ぐむ目、のデザインに由来するという。そのあたり、さすがは文京区。特に目指したわけではなくても文人に行き当たる。宮沢賢治といえば岩手の花巻。でも文京区にも住んでいたのか。

 そこからは春日通りを北上。新大塚駅に戻って、ようやくランチ。近くの龍興刀削麺舗さんに入る。こちらのお店、場所はギリ豊島区になってしまうようだが、魅力的な麺類を前に硬いことは言うまい。

 刀削麺。長さや太さが一律ではない独特な麺だ。やわらか豚げん骨肉の刀削麺と半炒飯を頂いた。普通の麺とはまたちがう歯ごたえに食べごたえ。硬いことを言わなくてよかった。おいしかったです。

 後半は物件を訪ねる。細い道をクネクネッと6分歩いて着。

 もうそこは完全に住宅地。うるさかろうはずがない。地下鉄の駅が最寄駅というのは、その点でもいい。たとえ駅の近くでも、電車の騒音を考える必要がないのだ。いや、でも。どうなのだろう。家の真下を電車が走っていたりすれば、少しは音もするのか。

 またクネクネッと歩き、不忍通りに入って、護国寺へ。

 護国寺は、出版社さんがあるのでたまに来る。アポなしで編集者さんを訪ねてもしかたないから、今日はそのもの護国寺へ。お寺へ。

 敷地に入れるようなので、入らせてもらう。駅名になるくらいだから、さすがに広い。

 お寺といえば。僕はお坊さんが出てくる小説を書いている。『片見里、二代目坊主と草食男子の不器用リベンジ』と『片見里荒川コネクション』。どちらにも架空の町片見里にある善徳寺の住職、徳弥が出てくる。

 執筆のため、本物のお坊さんに取材をさせていただいた。そのかたは僕よりもずっと歳下だったが、僕よりもずっと整っていた。人としての佇まいというか、落ちつきがもうちがった。

 そんなかたにお話を聞かせていただいたのに、似ても似つかぬなまぐさ坊主を主人公にしてしまった。何だか申し訳ない。

 と言いつつ、その主人公徳弥のことは好きなのだ。だから、はっきりした続編ではない『片見里荒川コネクション』にも出してしまった。三度めがあってもいいかな、と今は思っている。

 文京区には神田川が流れている。南西部江戸川橋の辺りでそのわきもちょっと歩きたかったが、中野区編と新宿区編で歩いたので、今回はなし。

 新大塚に戻り、駅前というかほぼ駅上にある珈琲館ばるばどさんに入る。ストレートコーヒー。パプアニューギニア産だというシグリを頂く。

 新大塚には、『タクジョ!』の森口鈴央と『今夜』の大町充之が住んでいる。森口鈴央は文京区役所に勤めてさえいる。僕自身、区との縁はないのにそれ。そのあたりにもう、文京区への一方的な信頼が表れてしまっている。

 今日は結構長く歩いた。ざっくり言うと、文京区の北西部と南部を往復した。

 住宅地内の通りだけではない。大通りも含めて、どこも穏やかな感じがした。

 文の京。ふみのみやこ。繁華街が少なく、オフィス街と言うほどのものもない文京区。でも今日は行かなかった東部には根津や千駄木といった魅力的な町もある。

 で、にぎわう豊島区の大塚から少し離れたところに位置する新大塚。何というか、ちょうどいい。

 よく考えてみれば。この企画で特別区と指定した千代田区と港区、それぞれで訪ねた神保町と三田以外では初めての山手線環内なのだ。

 にもかかわらず、その家賃。そしてこのちょうどよさ。

 そりゃ住むでしょ。


『銀座に住むのはまだ早い』第20回は「練馬区」へ。6月末更新予定です!


過去の記事

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著者:小野寺史宜(おのでら・ふみのり)

千葉県生まれ。2006年、『裏へ走り蹴り込め』でオール讀物新人賞を受賞。2008年、『ROCKER』でポプラ社小説大賞優秀賞を受賞。『ひと』で2019年本屋大賞2位を受賞。著書は『ひりつく夜の音』、『縁』、『食っちゃ寝て書いて』など多数。エッセイ集『わたしの好きな街』(監修:SUUMOタウン編集部)では銀座について執筆した。

写真提供:著者

編集:天野 潤平