「短い間でしたが、お世話になりました」
学生時代のインターンシップで初めて訪れた四国中央市新宮町。
この地にある観光施設、「霧の森」で19日間施設に住み込み、地元の従業員と共に製造や販売を経験したひと夏。
名物「霧の森大福」を販売する売店での販売補助、特産である新宮茶を堪能できるカフェ(茶フェ)や茶そばが自慢のレストランでの接客、菓子の製造、そして山小屋風のコテージのベッドメイク、そして昆虫展の受付。大学時代アルバイト経験が皆無だった私にとって、この霧の森での経験すべてが新鮮であり挑戦だった。
インターンシップを終えるころにはすっかりなじみ、最後の挨拶では涙したものだが、まさかこの地に再び戻って就職することになろうとは当時は夢にも思わなかった。

お取り寄せの抽選倍率はおよそ100倍。霧の森大福を目当てに全国から新宮に人々がやってくる
四国のちょうど中心に位置し、人口およそ800人の山間の里、新宮町は、四国有数の茶の産地。寒暖差があり霧が多く発生する気候、そして茶の香りを良くするといわれている緑泥片岩を多く含む土壌に恵まれたこの地で栽培される「新宮茶」は、香り高く滋味深い。過疎高齢化が進んだ限界集落において、茶業を継続させること自体容易ではないのだが、この新宮地域では自然の生態系を利用し40年以上農薬に頼らず茶を栽培している。茶葉の年間収穫量はさほど多くはないが、茶の国際品評会で賞を受賞するほど品質、香りともに専門家からも高い評価を得ている。
一般的には愛媛はみかんの知名度はあっても、茶のイメージがない人がほとんどだろう。
実際、愛媛出身の私自身、インターンシップで新宮に来るまでは、愛媛に茶どころが存在していることさえ知らなかった。

ツヤツヤの新芽が出そろう4月末から茶摘みが始まる
インターンシップを終了してしばらくしたころ、連絡をもらって「霧の森」が出店する県外の百貨店への出張販売へアルバイトとして同行することとなった。
お客様へ新宮茶の試飲を案内したときのことだ。
「愛媛ってお茶採れるん?」
そう何度も言われるうち、自分の中で予想外の感情が生まれた。
「こんなにおいしいお茶なのになんでみんな知らんのん?」
全国的にはマイナーな新宮茶を相手が知らなくて当たり前だと頭ではわかっていても、その魅力を十分に伝えきれない自分の未熟さがもどかしかった。
この香り豊かな新宮茶を日本に、いや世界に広めたい。
大学4回生の教育実習のさなか、そう心に決めて、これまで目指してきた教員ではなく、「霧の森」への就職を選んだ私は、大学卒業ギリギリに運転免許をなんとか取得し、故郷である松山を離れ、四国中央市に移り住むことになった。

蜂やクモなど、害虫を食べてくれる自然の生態系のなかで新宮茶は育まれる
初めて家族と離れて暮らしはじめたわけだが、不思議なものでホームシックは入社前日の1日だけ。入社してしまえば、仕事を覚えることに必死だったということもあるが、地元スタッフの温かさに救われたことが多かったように思う。
「お客さん、このまんじゅうもっちらしておいしいんで」
……。
もっちらとは!?
そんなおばあちゃんスタッフの接客には何度笑わせてもらったことか。そんな風にかわいらしく商品をおすすめされたら買わないわけがない。
独特の表現が秀逸な名物販売員である祖母、そして自家製野菜でおいしい料理をふるまう母、仕事のいろはを教えてくれる面倒見のいい兄たち。
まるで家族のように感じていたからこそ、決して寂しいと思うことがなかったのだ。
当時、新卒を採用したことがなかった霧の森では、よそから来た私は宇宙人のように見られていただろう。
「なんでこんなとこ来たん?」とスタッフにもよく聞かれたものだ。
そんな宇宙人も、とうとう「○○なんじゃろ?」「なんちゃないやん」と方言を使いこなすまでに。
得体のしれない怪しい宇宙人の新宮茶への想いを尊重し、応援してくれる人の温かさに触れるうち、ますますこの新宮に愛着がわいていった。

愛媛の都市伝説「蛇口からみかんジュース」に対抗して「蛇口から新宮茶」を製作
入社してから毎年、高知県の百貨店で10日間ほど出張販売へ行った際には、新宮が恋しくてたまらなかったものだ。
新宮は愛媛県と高知県との県境に位置している。
新宮から高知市内までは車で1時間もかからないため、近いからこそ恋しさが募る。
あっちの方角が新宮だろうか……、スタッフは元気にしているだろうか……。
休憩中に百貨店の屋上からその方角を眺め、新宮へ帰る日を指折り数える日々が何年も続いた。これぞまさにホームシック。
しかし、高知での販売のたびに眺め続けたその方角は、実は間違っていたと知ったのは今年のこと。新宮ではない方角を切ない面持ちで眺めていた自分を想像すると恥ずかしくてたまらない。
ほんの少し新宮を離れるだけでも、まるで根っこを引きはがすような気持で出張販売に出向き、戻った際にはホッとする。
今や新宮は私にとって第2のふるさとなのだ。
そんなふるさと新宮の魅力の一つは四季折々に姿を変える豊かな自然だ。
季節の変化を五感で感じられる環境下で働けるのはこの上なく幸せなこと。
春、芽吹く茶畑の美しさもさることながら、新緑をまとった山々のなんと鮮やかなことか。

緑は緑でも、濃淡があり鮮やかな里山の風景
新緑がこんなに美しいものなのだと、新宮に来て初めて知ることとなった。
県外で新宮をPRする際には春の新宮を熱く勧めるのだが、これはコトバで説明するよりとにかくひと目見てほしい。きっと心奪われるはずだから。

初夏には2万株のあじさいが咲き誇るあじさいの里
普段は清流のはずの馬立川は、夏にはちびっ子たちの絶好のあそび場に。
大雨が降った際にはカフェオレが流れているのかと思うほど増水する馬立川だが、その濁流もまた清流を保つためには重要な役割を担う。
濁流が川底の藻やゴミを洗い流したのち、やがてこの清流は澄んだ瑠璃色に生まれ変わる。

川沿いに降りるだけでひんやりとした心地よさがある
仕事で行き詰ったときには馬立川へ避難。抱えたモヤモヤさえも洗い流してくれるような気がして、なんとなく手を川面につけてみる。どんな季節でも身が引き締まるような冷たい清流は、すさんだ心をリセットするのにうってつけ。
秋には紅葉。紅葉も農作物や花のように毎年色づき方が異なり、見事な年もあれば、若干イマイチな年だってある。「今年の紅葉はまぁまぁやなぁ」とその年の紅葉の総評が日常会話の中で出てくるのも、自然が身近な環境だからこそ。

銀杏の黄色、紅葉の赤、そして青空のコントラストが絶妙
冬の雪景色も捨てがたい。四国は温暖なイメージが強いが、新宮の年間平均気温はおよそ14℃で、だいたい金沢と同じぐらい。温暖化の影響により、昔に比べ冬の気温は高くなったようだが、冬はそれなりに雪が降る。
同じ愛媛県でも実家のある松山では雪はほとんど降らないため、新宮に来てからというもの雪がチラつくだけで心躍ったものだ。その数時間後にはしっかり積もり、雪道運転というスリリングなドキドキに変わるのだが、それにもやっと慣れた気がする。
新宮に来て10年以上たった今でも雪は新鮮で、大雪が降った際は手を真っ赤にしながら真剣に雪だるまを制作。この冬には「アナと雪の女王」に登場するキャラクターである「オラフ」の雪だるまを制作しようと心に決めている。

雪の日には霧の森園内ではあちこちで雪だるまが
この自然豊かな新宮にはかつて6000人を超える人々が暮らしていた。
1200年もの歴史を誇る熊野神社、不思議な力によって導かれた弘法大師が修行したとされる仙龍寺、参勤交代道であり、坂本龍馬も幾度となく歩いた土佐街道など歴史にまつわる遺跡が各所に見られ、当時の人の往来を想像し、ロマンを感じたりもする。
そんな歴史の息吹を感じられるせいか、神秘的な何かに守られているような安心感がここにはある。

大事な仕事の際は立ち寄りパワーをもらう
今や人口は最盛期の7分の1にまで減ってしまった新宮の特産である新宮茶に魅せられ、私はこの霧の森で働くことを決めた。十数年前初めて新宮を訪れ、インターンシップを終えて松山に帰るころ、この地を離れることが悲しいと感じたのは、まるで導かれたかのように何かしらの縁を感じていたからなのかもしれない。
ゆるりとした時間が流れる第2のふるさと新宮で、気がつけばもう10年以上働いている。
これからも四国のど真ん中で、香り豊かな新宮茶の魅力を声高に叫んでいくだろう、暑苦しいほどに。
日本に、そして世界に新宮茶の名がとどろく日を夢見ながら。
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著者:髙野由里子

愛媛県松山市出身。大学卒業後、四国中央市へ移住し株式会社やまびこ(霧の森)に就職。広報・販売担当として全国の百貨店への出張販売にも出向く。
編集:ツドイ
