池袋の一駅先、「椎名町」に集まる独自性の強い店|文・きじまりゅうた

著: きじまりゅうた

ターミナル駅の一駅先にある町はイケてる説

結構前だけど、酒を飲みながら喋っていて、すごいことに気がついた。「ターミナル駅の一駅先にある町はイケてる」説。

東急東横線なら代官山……いいねえ洒落てるね。京王線なら笹塚……たしかに便利だし気が利いてるよね。東急田園都市線なら池尻大橋……なんかオシャレな人が住んでるイメージ。そして、西武池袋線なら椎名町……。

「え、どこ?」って突っ込んでしまった皆さん。椎名町で生まれ育ち、40年経ってもまだここにいる私が紹介します!

はじめまして。料理研究家のきじまりゅうたです。テレビや雑誌で料理の作り方を紹介することを生業にしています。

実は祖母と母も同じく料理家なので、家業は3代目なんだけど、祖母の両親がこの町に住み始めたので、椎名町歴で言えば4代目。代々100年くらいここにいるんだから、町に対する思いは人一倍あるはずだけど、椎名町の知名度の低さは理解しています。

若い頃は合コンとかで出会った女の子には「目白出身」と偽ってカッコつけてたし、はじめましての男には「池袋育ちブクロサイコー」とイキがっていました。祖父は酔っ払って乗ったタクシーに「しいなまち」と伝えると高確率で信濃町に連れて行かれたらしいし、現に我が家に来る人の多くは、「初めてこの駅で降りました」と話します。
 
巨大ターミナル池袋駅から西武池袋線で一駅先。山手通りと目白通りの交差点から北西側に椎名町駅はあります。駅前から規模の小さい商店街が縦横に繰り返されるように続き、その先には住宅街が隣町まで広がっています。外から来た人に決まって言われるのは「池袋の隣なのに、静かで下町っぽいですね」

曽祖父母が新潟の山奥から出てきた頃、この一帯は牧草地帯だったらしいですが、関東大震災以降、住宅地として開発されたそうです。

戦前は駅前より目白通り側が栄えていて、母が子どもの頃あたりから駅前が賑わってきたと聞いています。駅前商店街の重鎮は、昔はこの辺も人とすれ違うたびに肩がぶつかるほど混雑していたと話しますが、地方や郊外の今では人通りもまばらな町でもよく聞く表現なので、どこまで真に受けていいかはわかりません。

なんにせよ、商店街は今でも個人店を中心に元気で、派手さはないけれど、いつも誰かが生活しているという心地よい活気を感じられます。

朝から楽しめる「一日椎名町体験」

さて、どうすれば地元の魅力を伝えられるか悩み、「椎名町で一日過ごしたい」という奇特な方向けに最高の観光案内を作ってみることにしましょう。

朝は椎名町駅北口で集合。西武池袋線で来てもいいし、池袋・目白・要町・落合南長崎のそれぞれからでも歩いて20分くらいなので、各自にあったアクセスをご検討ください。

まずは朝ごはんから、駅前の立ち食いそば屋「南天」に行きましょう。早朝から深夜までお客さんが途切れることがない人気店です。私が中学生くらいからあるから、創業20年以上。

若い頃は池袋西口にあった伝説的なHiphopクラブ「bed」で飲んだあと南天で締めるのが定番でした。看板メニューの肉そばがやっぱりおすすめ。甘辛い出汁に煮込んだ豚バラ肉がこれでもかとのっています。揚げ玉と七味をたっぷりとかけてすすれば食欲が一気に爆発。

立ち食いが苦手な人は駅のベンチに座ってもOK。交番のお巡りさんもマイどんぶりを持参して買いに来るし、この辺のおおらかさが椎名町の魅力の一つかもしれません。実は南天の店員さんが近所の商店街を箒で掃除しているのを町の人達は知ってるからかも。

そばをすすりながら、上に見える高架道路が山手通り。数年前に首都高速山手トンネルが開通し、西池袋出入口がちょうど駅の真上くらい。道が空いてれば羽田空港まで30分くらいだから電車の半分くらいの時間で行けちゃう。自家用車がなければ池袋西口からリムジンバスがオススメです。

豊かな散歩スポットに、小腹を満たすおにぎりも

まだお腹に余裕があれば「並木米穀」でおにぎりを買ってもいい。こだわりのお米にオリジナリティあふれる具を、もちろん店内で握っています。おすすめは「焼き鯖と青唐辛子」。しっかり脂の乗ったサバに青唐辛子の切れるような辛味がたまらないんです。

すぐ裏手の「長崎神社」にご挨拶してから町を歩いてくれたら地元民としては嬉しくなっちゃう。木漏れ日が降り注ぎ、猫が寝転んでるこの神社は個人的にはナンバーワンのパワースポット。5月の獅子舞、9月の秋祭り、そして初詣の時は駅から屋台が何十軒も連なり、消滅可能性都市という言葉は嘘じゃないのか? というほどの人が集まるんです。

腹ごなしついでに、この町じゃ最新のスポット「トキワ荘ミュージアム」まで散歩なんてどうでしょう。手塚治虫先生、藤子不二雄の両先生、石ノ森章太郎先生、赤塚不二夫先生など錚々たるメンバーが青春時代を共に過ごした伝説的な漫画家アパート「トキワ荘」は、椎名町にかつてあったんです。

80年代に取り壊された後、ついに2020年に記念館が完成しました。当時のアパートの内装を完全再現されてるんだけど、既視感というか、椎名町には今でもこんな雰囲気のアパートがちょこちょこあるんです。近隣に大学も多いので、ひとり暮らし用のアパートも多く、数年前には風呂なし3万円台の物件とかに住んでいる友人もいました。

当時の先生たちと同じような生活をしているのかと思うと、昼間の商店街ですれ違う若者にも優しく接したくなります。

トキワ荘通りにあるトキワ荘マンガステーションでは、レアなマンガも読めます。満足したところで、昼ごはんへ。

料理家の僕が第二の食卓にしていた町中華「タカノ」と喫茶店


町中華「タカノ」は昼時は行列で入れないことも多い町の人気店。ひとり暮らしをしていた若い頃は第二の食卓くらいに通っていました。私の定番は「肉ピーマン定食」。油通しされた豚バラとピーマンとタマネギを甘辛味に仕上げて大盛りに盛られて600円。酢やラー油で味変しながら食べると至福の時間です。

いまはマスターがワンオペで切り盛りしているので、マスターの手が止まったタイミングでオーダーし、食べ終わったらカウンター上にきちんと片付けるのがこの店のルール。ごちそうさまと伝えるとマスターが満面の笑顔で返してくれます。

食後は同じ通りの「サントスコーヒー」へ。驚きのコーヒーと出会えるはずです。ドリップしたものを1杯分ずつ瓶に詰めて翌日まで寝かせるというこだわりのアイスコーヒーは、とろみを感じるほど濃くて深いが、苦みよりもリッチなふくよかさを感じます。

もう一杯いけそうなら「シェケラート」を。エスプレッソに氷を混ぜてミキサーで撹拌したカクテルのようなシェイク。フワフワの泡が消える前にクイッといっちゃって!ミルクが全く入っていないのが信じられないクリーミーさ。喉を通り過ぎた後に濃厚なコーヒー感がスッキリさせてくれます。

席から見える椎名町公園は、町のセントラルパーク。朝と夕方は犬の散歩の人たちがコミュニティを作り、昼はご老人たちの横を未就学児が走り回ります。

コーヒーが苦手な人は「城北青果」でスムージーを買って公園で一休みするのもオススメ。もともと卸販売をしていたフルーツを自社で凍らせてその場でスムージーにしてくれます。

ストロベリーやバナナなどの通常商品は申し訳なくなるくらい安いのに、しっかり果物の味が濃いんです。季節限定の高級フルーツのスムージーもあるのでその時々で楽しめます。我が家で撮影する料理専門誌のスタッフたちも「都心なら3倍くらいの値段がとれるクオリティ!」と絶賛しています。

リニューアルしたばかりで気概がある銭湯も

夕暮れが近づいたら銭湯にでも行きましょう。どんどん減ってしまいましたが、今でも元気な銭湯が駅チカにいくつかあります。

山手通りを挟んで西池袋側にある「妙法湯」は独自の企画や商品も揃う風呂の流行発信基地。話題の「伊良コーラ」とコラボしたお風呂や、昆布を入れたお風呂などイベントも盛りだくさんですが、普段のお風呂ももちろん素晴らしい。リニューアルして間もないから設備もキレイだし、激アツなサウナも人気。風呂上がりにはサーバーから自分で注ぐ生ビールを飲みながら銭湯の大将と話す時間も楽しいんです。

近所には昨年リニューアルしたばかりの「五色湯」もあります。どちらの銭湯も当代と跡継ぎが頑張っているんです。銭湯って、建て替えやリニューアルにとんでもない金額がかかります。返済に数十年かかる、ということは店をそれだけ続けていく覚悟があり、その時まで町が賑わっていることを信じてるってことです。そんな銭湯があることは町の住人として誇らしいし、ずっと通おうって思います。

名物はないけれど、ちょっとしたお土産には困らない商店街

風呂で火照った体を鎮めながら商店街をウロウロしてお買い物タイム。特別な名物があるわけじゃないけど、町の人に長く愛された名もなき銘品があります。

八百屋の「川口青果」のおばちゃんが漬ける自家製ぬか漬けはついつい買っちゃう人が後をたちません。「ベーカリーハラダ」で明日の朝ごはん用にパンも買うのも通。時間帯で商品がガラッと変わるから、お気に入りができたら行く時間を見計らないといけません。

「カネナカ豆腐」の豆腐やがんもどきを食べたら、パック入りで売ってる豆腐とは別物だと気付く納得の美味しさです。スーパー「マルマン」の店内焼きチャーシューもジューシーで旨い!

楽しい梯子酒で夜も充実

日が暮れると、椎名町は一気に呑兵衛の町になります。せっかくだからハシゴを決めて、一軒目は「おぐろのまぐろ」。豊洲でマグロの仲卸をやっている家族が始めた店だから、とにかくマグロが安くて旨いんです。

枡盛りのマグロ刺しと生ビールでスタート。まぐろコロッケとか南蛮漬けなどメニューも豊富だし、シャリと焼海苔をもらってひとくち手巻き寿司もいきたいところだけど、そろそろ次の店へ。

2軒目は「やまちゃん」。やきとんの名店「秋元屋」系の串焼きが食べられます。ホッピーにとりあえずレバーをオーダー。塩焼きのレバーにごま油をかけて食べると、レバ刺し感があってたまりません。

そういえば昔ここで一人で飲んでたら、フランスからの観光客が隣に座ったことがあります。注文に苦戦してたので話を聞いてみたら、「豚肉と内臓以外なら何でも食べられる」とのこと。「ここ基本は豚と内臓だぜ(笑)」と片言の英語で伝えつつ、鶏団子や野菜串を勧め、赤ワインで乾杯して盛り上がりました。

2020年以前の椎名町は外国人観光客がやたらと多かったんです。今はなくなりましたが「ファミリーイン西向」というホテルが何故か海外のクチコミサイトで日本トップクラスの評価だったり、古民家を改装した「シーナと一平」という小さな宿は町の流行発信基地で外国人客にも人気。民泊施設も多く、都心へのアクセスも良いので、海外からの観光客からの評価が高いようです。

そろそろ3軒目に移動しましょうか。「北の誉」は、この辺りじゃ屈指の居酒屋。THE居酒屋な定番メニューはもちろん、日替わりで洋食っぽいメニューも食べられるから毎日通っても飽きません。日本酒でも焼酎でも好きな酒を頼んじゃって。つまみの天才がいるラーメン屋もあるし、がっつり洋食屋もあるし、あんまり教えたくない寿司屋もある。まだまだ連れていきたい店がたくさんあるんだけど、それはまた次回ということで。椎名町イケてるでしょ??

隣の池袋に行けば大概のものが揃うからこそ、あえてここに通いたいと思わせる独自性の強い店だけが残り、町の独特なバイブスを生んでいる。これがターミナル+一駅の魅力だと思います。

先人たちが暮らしやすいように育ててくれた椎名町で、私はこれからも過ごすつもりです。よかったらまた遊びに来てよ。で、気に入ったら住んじゃいなよ!

著者:きじまりゅうた

料理家。一旦はアパレル企業に就職するも、祖母、母ともに料理研究家ということもあり、自身も料理家として独立。現在はテレビやラジオにも多数出演し、軽快なトークが人気に。
公式YouTube「きじまごはん」にコンスタントに料理動画をアップしている。

編集:小沢あや(ピース)