思い出せないことが絶えず思い出される街、渋谷

著: 永井玲衣 

 どこを見ても、ひとがいる。どこを通っても、何かの工事をしている。どこを歩いても、ひとりになれなくて、それでいてさみしくて、心細い街。

 それがわたしの生まれ育った、渋谷と呼ばれる街なのだった。

駅前の巨大歩道橋、どこを歩いているかわからなくなる

 ふるさとは、永遠であると言われる。現在の中に過去が封じ込められ、不変で固定化された風景。飽き飽きした気分になりながらも、どこか安心感を与えてくれるなつかしい単調さ。

 だが、わたしのふるさとは流動している。決してとどまることなく、流れつづけ、かつてあったものは忘れ去られていく。街を歩くひとびとと、二度とまた巡り会うことはできず、わたしたちは互いに目を合わせもしない。

 空席がすばやく埋まる東京でだれが消えたか思い出せない(木下龍也)

 思い出せないということが、絶えず思い出される街が渋谷だ。店舗が目まぐるしく変わるだけではない。最近の再開発の動きで、渋谷は地形まで変わってしまったかのように思える。だが、かつての姿を思い出すことができない。空席はすばやく埋められ、また何かが出ていき、そしてふたたびまた埋められる。

毎日通ったあおい書店の跡地、渋谷は仮囲いが多い街

 渋谷は本屋の街だった。文教堂、東急文化会館の三省堂書店、パルコブックセンター、紀伊國屋書店、あおい書店。たくさんの書店がそこにあったが、すべて消えてしまった。大型書店だけでなく、ちいさな書店や古本屋もかつての渋谷は持っていた。今はもうない。

 そして渋谷は、まるで最初からそんなものがなかったかのようにふるまう。大げさに悲しまず、新しい草木を生やしていく野原のように、また新しい何かが生まれていく。

 だが、それでも変わらず建っているものもある。長年それがそこにあるということすら、渋谷は主張しないようにみえる。昔からあるとか、新しいとか、そういった価値観をあきらめているかのようだ。渋谷という街の個性は、その諦観にあるのかもしれない。

東京メトロ渋谷駅、13番出口にも歩道橋

 宮益坂をのぼる。都市に雑多に紛れてしまうチェーン店のひとつひとつを、愛したいと思う。なぜこんなにも働かなければいけないのかと、ぽつりと口からこぼれた友だちと過ごした、やけに手狭なエクセルシオールカフェ、当日消印のために夜の渋谷郵便局まで走り、焦るてのひらでホチキスを買うために飛び込んだローソン、夏期講習がいやでいやで仕方なく、冷めたポテトをかじったファーストキッチン(今はもうない)、そして坂をのぼりきった角に建つ、さみしげに混み合うドトール。

 街にチェーン店があふれることを嘆くひとは多い。画一化された様相は、すべてを等し並みにしてしまう。だがそれでもなお、そうした店のひとつひとつにも、わたしたちの記憶や経験がべったりと張り付いてしまう。誰かにとっての不愉快でも、わたしにとっては特別であり、わたしの不愉快は、誰かの特別である。

 青山通りに出ると、渋谷は素知らぬふりをして、また異なる風貌をする。人通りは多くても、どこかしんとしている。渋谷という街は、なぜだか情景や人混みのにおいは思い出すことはできても、音を思い出すことができない。あんなにも人が多いのに、誰の話し声も耳に入らないような気がするのは、なぜなのだろうか。

 まっすぐ進むと、変わらずにずっと渋谷にたたずんでいる中村書店が見えてくる。木箱とワゴンが歩道にひらかれていて、しばらく眺めるのが好きだ。中に入ればもっとしんとして、古い詩歌の本たちがじっとわたしを見ている。ふと手にとった詩集に、別の詩人宛へのサインが入っていておどろく。誰が、なぜ売ってしまったのかとしばらく考えて、よくわからなくなり、店を出る。

 ほんの少し歩くと、すぐに巽堂書店という古本屋があった。今はもうない。買うものがなくても、かならず週に二回はぐるりと店内を廻った。それなのに、すぐに空席の埋まる渋谷では、どのあたりにその店があったのかは、もう思い出せない。

青山通り沿いにあったこどもの城の跡地

 渋谷に住んでいたころは、この街のひっそりとした部分を探し回って、ただただ歩いていた。繁華街で遊ぶこともなかったし、買い物もしなかった。もしかすると、わたしは渋谷のことをほとんど知らないかもしれなかった。夜ににぎわう渋谷の映像を見て、その見知らぬ姿にショックを受けることすらあった。

 街のことを知るとは、どういうことなのだろうか。何度も訪れたからといって、何年か住んだからといって、生まれたからといって、知ることはできるのだろうか。知るためには渋谷はあまりに広く、多様で、複雑だった。あまりに多くのひとの痕跡があって、それが地層のように積み重なり、意味づけをすることはできない。

 渋谷を見るということをしたくて、わたしはぐるぐると歩く。渋谷には何が「ある」のだろうか。全てがあるよ、と友だちが言う。全てがあるということは、何もないことと同じじゃないか、と別の友だちが言う。

 美竹通りを通って、美竹公園に行く。好きな公園だった。このあたりには仮庁舎があった。その前には、児童会館があった。今はもうない。代わりに再開発があった。路上生活者の排除があった。公園からは、ミヤシタパークが見える。

美竹公園

 美竹公園は、もはやただの喫煙所なのか空き地なのか、何とも言えない場になった。お昼になると、ふしぎな遊具のまわりを、大人たちがぼうっとした顔で立っている。わたしもたまにそれに混じって、共にばらばらにぼうっとする。

 高校生のとき自分の人生を取り扱うことができなくなって、よく渋谷の植え込みや、公園のベンチに座っていた。今はバスの降り口になってしまった旧のれん街に沿う道では、「あなたのために祈らせてください」と声をかけてくれるひとがいるという噂があった。わたしは自分で自分について祈ることができなかったので、誰かに祈ってもらいたいと思った。

 今でも、さみしくてたまらない日は渋谷に行く。さみしさがなくなるからではない。渋谷の方が、もっとずっとさみしそうだからだ。

JR渋谷駅西口のチューリップ

 大人になり、祈ってもらいたいとは思わなくなったが、街にただ「いる」ことはしたいと思う。渋谷には、まだほんの少し、腰掛ける場所やぼんやり立っていることができる隙間が残っている。人通りはあまりに多く、あまりに情報が多いから、誰もわたしのことを気にしない。こうして、わたしは誰にも見つからない。

 わたしたちの感情をばくばくと食べて渋谷は成長する。気持ちいいも、くやしいも、あこがれも、こわいも、いとしいも、渋谷はばくばく食べる。ここにいさせてほしい、というわたしの思いも渋谷は食べる。だから、たくさん念ずる。植え込みで、ベンチで、ビルとビルの間で、歩道橋の上で、仮囲いの前で、煙草の吸殻の上で、念ずる。もっと素敵になってほしいとはあまり思わない。ここにただ、いさせてほしい。

 渋谷はそれを聞いてくれる気がする。気がするだけかもしれない。

著・撮影:永井玲衣

永井玲衣

東京都出身。さまざまな場所で哲学対話を行っている。著書に『水中の哲学者たち』(晶文社)。詩と植物園と念入りな散歩が好き。
Twitter : @nagainagainagai

 


編集:岡本尚之