実家の姫路から車で1時間。山を2、3越え、後部座席で寝て起きたら、フロントガラス越しの山に三日月のマークが見える。あと数分でおばあちゃんち。厳密には「おばあちゃんおじいちゃんち」だが「おばあちゃんち」ってなんかずっと言ってた。
兵庫県佐用郡佐用町。星がキレイな田舎。盆と正月には必ず家族で帰って、運が良ければいとこ家族が何人かいるみたいな、ちょうど良い田舎。小さい僕は、そのときどのいとこが何人帰ってきてていつまでいてとかもあまり把握してなくて、とりあえずいまお気に入りのボードの人生ゲームや64の本体とコントローラーを「それも持っていくん?」と言うおかんの声を背に車に積んで結局あんま誰もおらず、常に積んであるグローブとボールでおとんと2人近所の開放されている廃小学校でキャッチボールをするだけみたいなこともあった。
そうちょうど良い田舎。これがほんとにちょうど良くて、屋内だけでも当時は、「五右衛門風呂」、「ボットン便所」、「掘りごたつ」、という三種の神器があった。本当にぜんぶ「器」ですね。ボットン便所以外は好きでした。
五右衛門風呂は、人が1人やっと入れる巨大炊き出しの寸胴の中になんか子どもながら「直感的に熱すぎるとこ」に触れないようにじっとしているお風呂。テレビのロケで芸人が極寒の屋外で入って「気持ち~」って言っているあのお風呂、それが屋内にあるだけ、みたいなやつ。
掘りごたつは、知ってると思いますがこたつの中に四角い穴が開いていて、中に入って身を潜められる、こたつの醍醐味である“こたつ寝”がしにくい、というメリットとデメリットがあるやつ。この二種こそが最高に佐用のおばあちゃんち。「これこれー」って感じで楽しかった。
あと関係ないけど急すぎる階段のてっぺんから転がり落ちて無事だったこともあった。
屋外には、「鮎突き」、「タケノコ掘り」、「ホルモンうどん」、という川と山とB級グルメの恵みがある。ホルモンうどんは「屋内」じゃないかと言わないでください。
まず鮎突き。おとんに近所の川に連れられて、水着パンツとゴーグル姿で鴨が水中の餌を食べるときのように頭を川に突っ込み、なんかピッと押せばバッ!と飛び出る銛(もり)で鮎を突く。めっちゃムズイ。その鮎を「エビのおっちゃん」といわれるエビをよくくれるおとんの旧友の家の庭先とかで割り箸で串刺しにして焼いて食べる。めっちゃウマイ。ムズさとウマさのバランスがすごかった。
タケノコ掘りは、おばあちゃんちにある裏山(勝手口を出るとすぐ家に隣接して山があって、麓にはお菊さんのお墓がある。お菊さんのことについてはまたあとで説明します)で行われ、そこにはめちゃめちゃ竹が生えててもちろんタケノコもめちゃめちゃ生えている。
鴨が水中の餌を食べるために頭から潜って逆立ち状態になっている姿に似ているあのタケノコ。普通は鴨をタケノコに例えるのですが、鴨が土に頭から潜って足をバタバタさせているのを根元からすくい出す感じで、鍬(くわ)の刃を鴨の10cm向こうくらいの土めがけて強く叩きつけて深く刺し込み、テコの原理で持ち手を前に押し込む。すると、「グワッ!」と言うんです。本当に、実際に、「グワッ!」と言うんですタケノコが。鴨のように。「グワッ!(ありがとう!)」って。鴨の救出。鴨助け。タケノコ掘りは鴨助け。鴨例えはややこしいのでもうやめますが、ちゃんと深く刺し込まないと、タケノコが中腹で折れてしまって不細工になってしまう。完全体のまま掘り起こせるときの「グワッ!」というあの成功確信感触はタケノコ掘りでしか体験できない。
タケノコ掘りで思い出すのは、なんで?って思うかもしれませんが、僕のお笑いコンビの相方、4つ下の木田と、コンビを組む前、大阪で毎日遊んでいた2013年ごろ、なぜか木田を姫路の実家まで連れていき、なぜかおとんの運転する車で3人で佐用まで行き、タケノコ掘りをした。木田と僕は軍手と黒いでかい麻袋みたいなのを持たされ山の下側に、おとんは鍬を持って10mほど先の斜面でタケノコを掘り、それをラグビーかっていうくらいノールックで後方の僕らに向かって後ろ投げしてガンガン転がり下りてくる高速ゴロ危険タケノコを麻袋で次々キャッチするという命懸けの特訓体験があった。僕と木田には決してタケノコから目をそらしてはいけない時間が確かにあった。
ホルモンうどんは、記憶では小学生のときにはあんま食べてなかった気がする。佐用にはホルモンうどん店が僕の知る限りで5軒はあって、中学くらいから昼は車でホルモンうどんをみんなで食べに行く動きができたように思う。ホルモンうどんはこんな言い方すると「うっさい!」って思われるかもしれないですが、佐用でしか食べられないもの、という感じ。
平ためのうどんにキャベツとかニラとか牛ホルモンとか時には豚バラとかを混ぜたやつがでっかい鉄板に流し込まれて、いわゆる焼きうどんですけど、それをしょう油だれと味噌だれをブレンドした濃すぎる「たれ」につけて食べる。上品にすすれるほどの水分量もないので、どう頑張っても行儀が悪くむさぼるしかない感じも含めて、「いや食いたいな!」っていまこうしてる間にも思っているくらいウマイ食べ物。なんやねんって感じ。店によっては柚子をトッピングしたりもする。合う。なんやねんって感じ。
あるとき盆休みか正月かなんかで店が全閉まりのときがあって、落ち込んだ僕を見かねたおとんが「ワイがつくったるわ」と言って駐車場がでかいスーパー『マックスバリュ佐用店』で玉のうどんとか野菜とか肉とか焼き肉のタレとかを適当に買っておばあちゃんちでつくってくれたが、全然あの「なんやねん」なホルモンうどんではなかった。「やっぱちゃうなあ」となんでか嬉しそうなおとんがいた。
10年前くらいからテレビでちょくちょく佐用のホルモンうどんが紹介されるようになってるのを見るたびに、「こういうのって実際そんなやろう」って思われてるんじゃないかと勝手に思って勝手に悔しいので、ぜひ機会があれば、いや機会をつくって食べに行ってほしいです。
2009年8月9日、台風で佐用が水害に遭ったというニュースを、神戸で一人暮らししていた二十歳の僕は知った。おばあちゃんちは被害がほぼなかったらしい。もともと盆で両親が14日に佐用に行くと聞いていたのでそのタイミングで僕もおばあちゃんちでゆっくりしようと思っていたが、そんなこともなくなり、浸水で泥まみれの親戚の家を手伝うことになった。盆のタイミングなので、僕みたいなそれぞれの親戚が一堂に会して、老いも若きもが力を合わせて車庫の奥に溜まった泥をせっせとスコップや手押し車でかき出した。近所の酒屋さんから流れ着いた未開封の酒やジュースの缶が散らばっていて、大量発生したカエルをねらったマムシが登場して騒ぎになった。お母さま方はおにぎりを大量に握って食べさせてくれた。僕が参加したのは2時間くらいだったと思うが、大人たちの無駄のない連携を見たという感じがした。
大学のために姫路を出てから、神戸→大阪→東京と拠点が遠ざかるにつれ、佐用に帰る頻度が減ってきた。たまに帰っても、とっくに五右衛門風呂はキレイな普通の風呂に、ボットン便所は洋式の水洗に、掘りごたつは掘り無しこたつになっており、当然だが小さい頃のワクワク感はなくなってきた。
でも小さいのがおるやないか、当時たぶん小1の甥がいた。2017年8月26日。甥が電車にどハマりだったので、電車で2人きりで佐用に向かうことになった。通常だと姫路駅から佐用は電車で1時間半前後はかかるが、甥の希望した特急列車「スーパーはくと」だと30分くらいで着いた。速い。車でも1時間。「スーパーはくと」は速い。甥に思い知らされた。
佐用のおばあちゃんちでひと休みして、2人で近所の山道を散策した。なんか急に土俵が現れたので、2人で相撲をとった。勝敗は覚えていない。東京をどれだけ歩いても急に土俵が現れたりはしない。
東京住みとコロナ禍も重なりなかなか帰れてなかったが、先日、久しぶりにおとんと佐用へ行ったら、平福を案内してくれた。佐用町平福は、「宿場町 平福」として観光に力を入れているとか、宮本武蔵初決闘の地であるとかなんとか、あの1両編成の電車は電車ではなくディーゼル車なんやでとか、片っ端から歩きながらガイドしてくれた。そのディーゼル車は1両でものすごい音を出しながら山沿いをトボトボ走っていて、文字通り(?)一匹狼でおもしろかった。今度また乗ってみたい。
僕にとっての佐用は、盆と正月に親戚みんなと会える集合地点。冒険心をくすぐられる場所。誰もにこういう「田舎」が当たり前にあると思っていたけど、意外とありがたいことだと最近よく思う。
実家ではずっと佐用でとれたお米を食べてきて、今でも正月にはお米とお餅が送られてくる。久しぶりに食べる佐用のお米は、気のせいかもしれないが食べた瞬間にぶわっと思い出した。揺るがない一位。僕は佐用に住んでいたわけではないので、ほとんど良い面しかお伝えできないですが、どこに住んでいても、いつでもふと「佐用に帰りたい」小さな自分がいるのは変わらないです。
あ、お菊さんについて書くのを忘れていました。怪談で有名な、「1枚〜、2枚〜」とお皿を数えるあのお菊さんは、江戸番町が舞台の『番町皿屋敷』や、播州姫路が舞台の『播州皿屋敷』のほかに、佐用の『利神(りかん)城』にもその伝説が残っていて、僕の家はその子孫に当たるので、おばあちゃんちの裏山にお菊さんのお墓があるということです。佐用のお菊さんをよろしくお願いします。
著者:船引亮佑(ガクヅケ)
1989年兵庫県姫路市生まれ。東京都在住。マセキ芸能社所属のお笑いコンビ『ガクヅケ』として活動中。『完熟トマト新聞』というトマトが主人公の4コマ漫画集を自主制作。2023年3月16日に第3回単独ライブ『ロングバケーション』開催。活動情報:https://lit.link/gakudukefuna
編集:ツドイ