子どもに寄り添いながら、自分らしくいられる街「用賀」

著: 田中伶 

SUUMOタウンへの寄稿の依頼をいただいて、心の中で小躍りした。世田谷区の住宅街である用賀エリアに住みはじめて約7年。大好きなこの街への愛を、声高らかに叫ぶことができる日がやって来たのだ……!

結婚して用賀に住み始めて、6年目の春。コロナ禍で自由な働き方になったこともあり、二人の子どもたちが走り回れる広い部屋を求めて、郊外のマンションへ引越した。ところがどっこい、離れてみてようやく気づいた用賀の魅力。悩みに悩んだ結果、我々家族は半年足らずで、息巻いて引越した郊外の街から、愛しのマイタウン・用賀に出戻った。

一年のうちに二度の引越し。「なんで!?」と思われるだろう。事実、我が家の出戻りを知った知人たちは口をそろえて「用賀ってそんなにいいの?」と聞いた。私の答えは、「用賀に住んでいる自分が好き」だ。

結婚してすぐにこの街に住み着いた私は、働く大人目線で住む用賀と、子を育てる母親目線で住む用賀、その両方を経験してきた。そして自分自身の変化の過程で、この街の居心地の良さをじわじわと実感した。

渋谷駅から田園都市線で約12分という利便性をもちながら、駅前から続く用賀プロムナードには、緑あふれる穏やかな景色が広がっている。そこには小さな子どもを連れて歩く若い家族や、犬を散歩させるご夫婦の姿。緑が多く、犬と子どもが幸せそうな街。それが我が家の住みたい街の条件だった。

自然豊かな「砧公園」に歩いてアクセスできる用賀駅は、春のお花見の集合場所として、もしくは、一年を通して魅力的な企画展が開かれる「世田谷美術館」や、オリンピック会場にもなった「馬事公苑」の最寄駅としておなじみだろう。

車によく乗る人なら「用賀IC(インターチェンジ)」のイメージも強いかもしれない。用賀駅の一駅隣には、大規模なショッピングモールが連なる二子玉川駅、渋谷方面へ三駅行けば、グルメタウン・三軒茶屋駅。永田町駅や大手町駅にも乗り換えなしで行くことができるので、都内で働くビジネスパーソンの閑静なベッドタウンとしても定評がある。

また用賀駅からは、学芸大学や中目黒などを経由する、恵比寿駅行きの路線バスが運行しているのも魅力だ。世田谷区と目黒区、渋谷区までの人気エリアを縦横無尽に楽しみつつ、前述の「用賀IC」からは千葉や横浜方面へ車で気軽にアクセスできるので、おでかけ範囲はさらに広がる。

この見事な動線よ……! 用賀に住んでいると、自然とフットワークが軽くなるから不思議だ。

夜遅くまでにぎわう、愛され 「用賀商店街」

駅周辺の絶妙な生活感を醸し出してくれる存在として、駅前の用賀商店街ははずせない。地元住民に代々愛される老舗と、近年オープンした人気店が入り交じり、夜遅くまで多くの人々の姿が見られる。

庶民的な価格でいつだって主婦を安心させてくれる「フジスーパー用賀店」に始まり、センスの良い花屋、個性的な蜂蜜屋など、日常にささやかな彩りと楽しみをくれる個人商店が立ち並ぶ。「カルディコーヒーファーム」や、100円ショップ「キャンドゥ」の存在も何かと頼もしい。

用賀商店街の有名店といえば、パティスリー「Ryoura(リョウラ)」だろう。この店を目当てに、遠方からわざわざ訪れる人も多い。

フランス各地での修行を経て、「ピエール・エルメ サロン・ド・テ」でスーシェフを務めていた菅又シェフがつくり出すフランス菓子は、味も美しさもトップレベル。そんな話題店の四季折々の洋菓子を、なんでもない日のティータイムにいただける生活はあまりにも贅沢だ。

焼き菓子やコンフィチュールなどの品ぞろえも豊富なので、人と会うときの手土産として購入することも多い。地方出身でミーハーな私は、週末にできるRyoura行列を見るたびに、この街に住んでいることを誇らしく感じてしまう。

そして、そんなRyouraのはす向かいに、次なる人気店が誕生した。2021年にオープンしたベーカリー「MAISON KUROSU(メゾン クロス)」だ。栃木県のベーカリー「ペニー・レイン」や、六本木の「ラトリエ ドゥ ジョエル・ロブション」で腕を磨いた黒須シェフがご夫婦で開いた小さなベーカリーは、いつでも焼きたてのパンの香りと温かい空気に満ちている。

私がこの店で特にお気に入りなのが、四季折々の食材を使用した季節のフォカッチャだ。特に「海老グラタン」は、軽い食感のフォカッチャにぷりぷりの海老と濃厚なベシャメルソースがたっぷり載せられている。

このソースが、まるで高級フランス料理店のメインディッシュのような味わいで。“フォカッチャ” というカテゴライズで400円(税込)にプライシングされていることがバグなのでは……? と密かに心配している。

店頭でときどき見かけるのは、小さなお子さんを背負って接客する店主の奥様の姿だ。こぢんまりとしたお洒落なベーカリーはどうも気後れしてしまうけれど、この店なら、やんややんやと子連れで訪れても温かく迎えてくれる。

さて、平日の昼間、仕事の合間のご近所ランチはリモートワークの醍醐味だ。自分にご褒美をあげたい気分のときに訪れるのは、素晴らしい職人技を堪能できる天ぷら屋さん「天穹」。常連ぶった顔で暖簾をくぐったら、大将が丁寧に天ぷらを揚げる姿をじっくりと堪能するためにも、是非カウンター席に座ってほしい。

旬の食材の味と香り、食感を、衣をつけて揚げることにより最大限に引き出した「天穹」の天ぷらを食べ、“天ぷらは蒸し料理” という言葉の意味を実感し、思わず感嘆のため息が漏れる。お隣で天ぷらを肴にお酒を嗜む素敵な老夫婦を横目に見て、将来はこんなふうに余裕のある生活を……という妄想も止まらない。

用賀の秋を彩る一大イベント!? ハロウィン

つい最近、5歳の息子に「一番好きな季節は?」と聞くと、誕生日でもクリスマスでもなく「ハロウィン!」という答えが返ってきた。驚くこともない。ハロウィンがコスプレを楽しむ若者ではなく、無邪気な子どものためのイベントだということは、私もこの街に住んで初めて知った。

用賀駅から徒歩5分の手づくりキャンディ専門店「TIK TOK」は、店の前を通るたびに甘く幸せな香りが漂う。マジシャンみたいなシルクハットをかぶった店主は、用賀キッズにとっては有名人だろう。

息子にハロウィンの幸せを認知させたのが、この店が近隣店舗と協力して開催する「ハロウィンウォーク」。10月最後の週末、仮装した子どもたちが街中を練り歩き、お店を回って袋いっぱいのお菓子をもらう。こんなの楽しいに決まっている!

そして、そんな一大イベントに乗じて「TIK TOK」の向かいにある家電量販店「ビックカメラ コジマ」でも子ども向けのイベントが開催される。

無料で参加できるゲームで子どもたちを遊ばせつつ、母は最新の美容家電をチェックしたり、急遽必要になったケーブルや消耗したプリンタのインクを買ったりと、家電量販店が徒歩圏内にある生活は、想像以上に便利だ。

四季折々の景色が広がる、砧公園

待ちに待った週末。駅前で買ったお弁当とシートを持って、砧公園に繰り出すのが、我が家の定番だ。広大な芝生で駆け回る子どもたちを見ながら、お喋りしたり、お弁当を食べたり。デートを楽しむカップルや、犬を散歩させる人々でにぎわう園内では、野外のお誕生日会(こんなの映画でしか見たことないよ……!)を開いている外国人ファミリーの姿もよく見かける。見渡す限りの幸せそうな人々。これぞ、絶景!

ちなみに、砧公園の遊具コーナー「みんなのひろば」は2020年にリニューアルされ、障がいの有無にかかわらず、誰もが一緒に遊ぶことができる “インクルーシブ公園” の先駆けとなった。スロープ付きの遊具や、寝た姿勢でも乗ることができるブランコ、車椅子が通れる幅の迷路……。こうした遊具にどんな子どもたちも夢中だ。これが公園の当たり前の景色になってほしいなあと切に願う。

満開の桜や、バラ園に咲き乱れるバラを鑑賞する春。子どもの友人たちとカブトムシを捕まえる夏。美しく色付いたイチョウや紅葉を堪能する秋。そして、キリッと冷えたお正月の朝、空高く凧を揚げる冬。

併設の世田谷美術館では、子どもから大人まで楽しめる企画展示を見ることもある。訪れるだけで季節の移ろいや芸術を肌で感じることができる砧公園は、平日の慌ただしい日々を忘れさせてくれる、パワースポットだ。

大人にも寄り添ってくれるから、「自分」でいられる

キッズフレンドリーなイベントやスポットでいっぱいの用賀。その恩恵にあずかりながらも、子どもが生まれてからすっかり “母”としての人格になってしまったことに戸惑うこともある。かつての趣味や交友関係を謳歌していた私はどこへ? だけど、そんな大人の自由を捨てきれない私にも、この街は優しい。

ゆっくりおひとりさま時間を満喫したい夜。子どもたちを旦那に任せて、電動自転車をかっ飛ばし、一駅隣の二子玉川にある「109シネマズ」のレイトショーへ。そこには家族連れでにぎわう昼間とは打って変わって、夜の顔になった大人のニコタマの姿がある。

映画がスタートするまでの時間を、デート中のカップルに紛れながら蔦屋家電で過ごし、エグゼクティブシートで最新の映画を鑑賞(これくらいのご褒美は許してほしい!)。

シアターを出たら、もう日付も変わろうとしている時間。映画の余韻に浸りながら真夜中の風を浴びて帰宅し、先に寝ている子どもと旦那を起こさないよう、そっと家に入る。用賀のアクセスの良さゆえ、ときにはこの時間が、三軒茶屋のバーになったり、中目黒の友人の家になったり、渋谷のカラオケになったりする。もう、アドレナリン全開!

家族との時間も、おひとりさま時間も、同時に満たしてくれる街。私が用賀に抱いている印象はこんな感じ。だからこそ、親になっても昔と変わらず自分らしくありたいと感じる私の心にぴったりとハマったのだと思う。冒頭に書いた「用賀に住んでいる自分が好き」とは、こういうことだ。

2021年、田園都市線5駅(池尻大橋駅、三軒茶屋駅、駒沢大学駅、桜新町駅、用賀駅)を対象とした、サステナブルな地下鉄駅を目指すリニューアルプロジェクト「Green UNDER GROUND」が発表された。

ますます進化した姿を見せてくれそうなこの街で、すこし気が早いけれど、昼間から天ぷらとお酒を楽しみ、憧れの大型犬を散歩させる我々夫婦の幸せな老後を思い描いている。

著者:田中伶(たなかれい)

田中伶(たなかれい)

今よりもっと台湾が好きになるメディア「HowtoTaiwan」編集長。台湾やIT関連のPR/ライターとして、書籍の制作やメディア運営を手掛ける。台湾と海外ドラマが大好きな二児の母。著書に『FAMILY TAIWAN TRIP #子連れ台湾』(地球の歩き方BOOKS)がある。

編集:小沢あや(ピース)