
シンプルでありながらもしっかり味が決まるヘルシーな料理の数々で、人気を博している料理家・管理栄養士の長谷川あかりさん。長谷川さんはさいたま市見沼区の出身で、子役として芸能活動をされていた子どもの頃から、地元の商業施設や公園に足繁く通っていたといいます。思い出のスポットからレシピ本と運命的な出合いを果たした書店についてのお話まで、地元・大宮の魅力を伺いました。
中学生の頃のたまり場だったステラタウンのフードコート

―― 長谷川さんの地元はさいたま市の大宮とのこと。子どもの頃よく行っていた場所や、お気に入りだったスポットはどこですか?
長谷川あかりさん(以下、長谷川):私が小学生のとき、土呂駅(※大宮の隣駅)の近くに「ステラタウン大宮」という商業施設ができて、そこにはしょっちゅう行ってましたね。
実家は東大宮の方なんですが、実家のあるエリアからステラタウンに行くには自転車で長い陸橋を通らないといけなくて。友達の間では「心臓破りの陸橋」と呼ばれてたんですけど、みんな必死に自転車を漕いでステラを目指してました。その陸橋を渡らないとプリクラを撮れなかったので(笑)。当時通っていた地元のダンススクールのイベントをステラタウンの特設ステージですることもありました。
―― ステラタウン、思い出深い場所なんですね。
長谷川:そうですね。小学校高学年になると子役の仕事を始めて忙しくなってしまったこともあって、地元の友達と遊んだ思い出がそこまでたくさんあるわけじゃないんです。でも、中学に上がっても仲のよかった友達とは、ステラタウンにだけは変わらずによく行ってました。決まってフードコートで「ポッポ」のポテトを食べながらダラダラおしゃべり。「やることないから、とりあえずステラ行っとく?」みたいな存在でした。
あと、お菓子屋さんでいうと、子どもの頃はシャトレーゼが大好きでした。家の近くに店舗があって。季節ごとにフルーツが変わる「フルーツボンブケーキ」というドーム型のケーキが特に好きで、親にねだってよく買ってもらってました。
―― 高校生くらいの頃は、どんな場所がお気に入りでしたか?
長谷川:少し行動範囲が広がって、大宮駅や浦和駅のあたりで遊ぶことも増えました。浦和駅は遊ぶというよりは勉強しに行っていたかな。駅前のPARCOの上に図書館があるので、毎週末朝から並んで利用していました。あと、父親とふたりで散歩をするのも好きだったので、家からさいたま新都心のあたりまでよく歩いてました。
―― 東大宮エリアからさいたま新都心というと、かなり距離があるのでは?
長谷川:時間はかかるんですけど、大宮まで出てしまえば氷川参道をほぼ直進するだけだし、のんびり散歩するにはちょうどいい道なんですよね。大宮公園は季節によっては桜とかいろんな植物が見られるので、散歩しているとすごく気持ちよくて。
近くには盆栽園が集まっているエリアもあって、土呂の方から歩いて、盆栽を眺めながら石畳の道を通ったのも懐かしいです。
氷川参道まで出ると、参道沿いにオシャレなお店がたくさんあったんです。コーヒー屋さんとかジェラート屋さんとか、お団子屋さんとか。
―― 食べ歩きも楽しめそうですね。
長谷川:そうなんですよ。あとは、大宮のルミネがめちゃめちゃ好きでしたね。高校は地元から離れた駅にあったので電車通学してたんですけど、ルミネに行きたすぎて、学校帰りにわざわざ大宮で一旦降りて、ルミネをぐるっと見てから帰ったり(笑)。高校を卒業してからは、「伯爵邸」にもよく行ってました。
―― 「伯爵邸」、最近はレトロ喫茶ブームもあってすごく注目されている喫茶店ですよね。
長谷川:そうなんですよ! 私が通っていた10年ほど前はいまほど注目されていなかったと思うんですけど、最近は並ばないと入れないくらい人気みたいですね。友達とよくごはんを食べました。
メニューがとにかくたくさんあって、どれも大盛りなんです。ナポリタンやオムライスが有名なんですけど、ゴーヤーチャンプルーとか麻婆豆腐とか本当になんでもあるから、そのときの気分で食べたいものを食べていたような気がします。いつも、ごはんを食べながらついしゃべりすぎちゃって……思い出のお店ですね。
オーディションに落ち続け、しんどかった日々を救ってくれた「レシピ本」の存在

―― 2018年には結婚とともに芸能活動を引退され、管理栄養士の資格をとるために短大に入学されています。もともと、料理をするのはお好きだったんですか?
長谷川:料理が好きになったのは高校時代ですね。子役としてレギュラー出演していた番組を中学3年生のときに卒業して、また一から芸能活動を頑張ろうといろいろなオーディションを受けていたんですけど、まったく受からないことがしばらく続いて。オーディションに落ち続けると、だんだん自分が否定されているみたいな気持ちになってきて、メンタル的にもしんどかったんです。食欲もなかったので、何であれば自分がおいしく食べられるのかがわからなくて。
でも、その頃も父親と一緒に出かけるのは好きだったので、ステラタウンにあるBOOKOFFによくふたりで行ってたんですよね。父親が古いCDとか本を買うのが好きで。そこで私もなんの気なしにレシピ本コーナーに立ち寄って、きれいな料理がたくさん載っている本を眺めていたら、「これだったらつくってみたいかも」と思えて。そこでレシピ本を買って料理をし始めたのがきっかけなんです。
―― まさか、レシピ本との出合いがステラタウンのBOOKOFFだったとは……!
長谷川:そうなんです(笑)。ステラタウンの中には新刊書店の「くまざわ書店」もあったので、BOOKOFFで昔の料理本を買ったあと、くまざわ書店に行って新しいレシピ本も買う、というのが定番ルートでした。
いろんなレシピ本を集めてその中の料理をつくるようになったら、書いてあることをその通りにやっただけなのにすごくおいしいものができあがることに驚きました。私はもしかしたら料理の天才かもしれない、と勘違いさせてくれたのがレシピ本だったんですよね。
―― レシピ本のおかげで自信を取り戻せたんですね。
長谷川:はい。しかも、料理をつくって振る舞うとみんな喜んでくれるじゃないですか。当時、オーディションに落ち続けて「自分には何もできないし、誰からも選ばれない」みたいな気持ちになっていたから、誰からも必要とされてないなんてことはないんだな、とようやく思えて。そこから料理にハマって短大に入学し、その後、大学に編入して本格的に料理家を目指し始めた……という経緯なんです。
―― 当時はどんな料理をつくっていたんですか?
長谷川:気になるレシピを見つけたらとにかく片っ端からつくっていたので、何度もつくった思い出の料理みたいなものはなくて……。でも、時間がかかればかかるほど頭の中を空っぽにできる気がしたので、小難しい料理にばかりチャレンジしてたかもしれないです。芸能活動という、何が正解なのかわからない分野で人からなかなか選ばれない経験をずっとしていたので、「これが正解です」と教えてくれるようなレシピ本が当時は本当にありがたくて。
私がいま料理家としてレシピを考えるときに、「技術に依存しない、できるだけ下振れのないレシピ」をつくるのにこだわっているのは、そのときの影響が大きいんだろうなと思います。料理をする人に、レシピに添ってつくりさえすれば必ずおいしいものができる、という自信を得てほしいなと思っていて。私もずっとそうやって気持ちを回復させてきたので。
―― たしかに長谷川さんのレシピはすごく簡単なのに、手順に沿ってつくれば間違いなく味が決まる、というものばかりですよね。
長谷川:それはうれしいです。ときどき「レシピ通りにしか料理がつくれないのが悩みです」とおっしゃる方もいるんですが、レシピ通りにつくっておいしいものができたなら、それはあなたの才能だよ! と思いますね。だって、実際に手を動かして料理をつくったのは間違いなくその人の功績だから。私は指南書を手渡しているだけだと思ってます。
―― ちなみに当時、地元のスーパーや食品店の中で、よく食材を買っていたお店などはありますか?
長谷川:定番だったのは東大宮の「西友」やステラタウンのそばの「ベルク」、少し車を走らせたところにある「ロヂャース」なんですけど、ステラタウンのすぐ近くに「オーケーストア」ができたときはもう、衝撃でしたね。親が車を出してくれて、しょっちゅう行ってたんです。「ピザがこんなに安くておいしいなんて!」みたいな驚きをリアルタイムで味わった記憶があります(笑)。
ハイレベルな洋菓子店や老舗居酒屋が集まる街、大宮

―― 大人になって実家を出てからも、大宮に立ち寄る機会はありますか?
長谷川:実家に帰る際には、駅前をブラブラすることも多いです。大宮駅東口に南銀座、通称「なんぎん」という通りがあるんですけど、老舗の居酒屋さんとかごはん屋さんが多いので、お酒が飲めるようになってからはよく行きますね。なんぎんの入口あたりにある「いづみや 本店」というお店は特に、昔ながらの雰囲気もあって大好きです。
そういえば、20歳くらいのときになんぎんの居酒屋でバイトしたこともあるんですよ。結婚する前、パートナーが アメリカに1年間留学することが決まっていて、その時はまだ発表前でしたが、私も芸能活動に区切りをつけていたので、ちょっとした空白期間があって。短大受験のための勉強をしながら居酒屋のホールで働いてました。
―― 「なんぎん」でアルバイトされていたんですね。当時のことで、印象に残っている思い出はありますか?
長谷川:当時、お客さんから「塩辛ください」と言われたときに「しおから」がパッとわからなくて、「塩唐揚げですか? うちの唐揚げ、醤油なんです」と答えてしまった記憶があって。すごく恥ずかしかったので、いまだに強烈に覚えてます(笑)。
―― なんてかわいらしい思い出。ほかにも最近、大宮エリアで新たに見つけたイチオシのスポットがあれば教えてください。
長谷川:東大宮に「GAKU BAKERY」というオシャレなパン屋さんができていたのを最近見つけました。まだ一度しか食べていないんですけど、惣菜系のパンがすごくおいしかったのでまた行きたいなと思ってます。
あと、「PAS DE DEUX(パドゥドゥ)」という洋菓子屋さんは老舗なのですが、ちょっといいお値段ということもあって、子どもの頃はなかなか気軽に行けなかったんです。でも、ケーキはもちろん焼き菓子が本当においしくて、大人になってからはわりと躊躇なく買えるようになったのがうれしくて……。特にクッキーがオススメです。バターの香りが強くてしっとりしていて、ここよりおいしいクッキーは知らないってくらいおいしいんですよ。
―― クッキー缶の種類も豊富で、お土産にも喜ばれそうなお店ですね。
長谷川:本当に! それから、さいたま新都心まで足を延ばすと「UN GRAND PAS (アングランパ)」というすごくすてきなパティスリーがあります。ここは、洋菓子ガチ勢の人なら必ず知っているような名店で。さいたまということもあって東京の人はなかなか足を運ばないかもしれないんですが、お土産にアングランパのお菓子を持っていくと絶対に喜んでもらえるので、実家に帰るたびに寄ってますね。
浦和と大宮のイメージの違いは「伊勢丹」の有無

―― ここまで地元についてのお話をたっぷり伺ってきましたが、長谷川さんはずばり、地元・大宮やさいたまのよさはどこにあると思いますか?
長谷川:東京までのアクセスのよさはやっぱり捨てがたいですよね。いまになって思うのは、子どもの頃、私が芸能活動をするのを親が許可してくれたのも、アクセスのよさがかなり大きかったのかなって。
もともと自分からやりたいと言ってチャレンジした芸能活動だったので、事務所のオーディションに受かったときも、親はそんなに乗り気じゃなかったんですよ。でも、大宮から都心だったらひとりで通えない距離じゃないし……と夢を追うことを許してもらえた側面はあったので、アクセスのよさも進路の選択には影響していただろうなと思います。
―― 東京まで約30分というアクセスのよさゆえに選択肢が広がる部分はありますよね。
長谷川:そうですね。あと、さいたまって意外と自然が豊かなんですよね。大宮公園もそうですし、「市民の森・見沼グリーンセンター」という施設には芝生広場やリスのいる広場があったりして、お子さんがいる方だったら親子で遊ぶスポットにも悩まないんじゃないかな。東京からちょっと離れるだけで、家賃もぜんぜん違いますしね。
―― 特に大宮や浦和は最近、「住みたい街ランキング」の常連でもありますよね。ちなみに、大宮と浦和は同じさいたま市の区ではあるものの、それぞれのカルチャーは意外と異なっているイメージがあるのですが。
長谷川:そうそう。距離としては近いんですけど、浦和とは文化やアイデンティティがちょっと違う気はします。私は大宮も大好きなんですけど、浦和の方がなんとなく上品なイメージがあるのはなんでなんだろう。進学校が多いのと、あとやっぱり、伊勢丹があるからなのかな……。
―― 伊勢丹の存在、やっぱり大きいですよね。
長谷川:大宮民からすると、伊勢丹があるのはいいなあ、強いよなあと思います(笑)。浦和って、ちょっと歩くと意外と飲み屋さんもいっぱいあるんですよね。私、浦和に飲み屋街なんてあるはずないとずっと思ってたんです。伊勢丹がある閑静な街にそんなものはないはずだって(笑)。
でも、数年前に久しぶりに浦和まで足を運んでみたらおでん屋さんのような庶民的なお店もちゃんとあって、ちょっとホッとしたというか。やっぱり大宮も浦和もベッドタウンではあるので、夜遅くまでやっているお店も多いし、すごく住みやすい街だと思いますよ。
お話を伺った人:長谷川あかり
料理家・管理栄養士。「なんでもない日を幸せにする、シンプルで豊かなごはん」をテーマに、SNS・雑誌を中心にレシピを発信。最新刊『長谷川あかり DAILY RECIPE』シリーズ(扶桑社ムック)のvol.3が好評発売中。
編集:ピース株式会社
