「地元」と思えてくる暮らし、たとえば荻窪の話。

著者: 安部 翔 

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※本文では荻窪から西荻窪にまたがる生活圏一帯を「荻窪」と表記しています(写真は西荻窪駅前)

家はあった、「地元」がなかった

いきなりですが、小さいころから電車通学すると何がおきるでしょうか。

ぼくは東京の西側にある国分寺から、中央線の東京行きで小学校に通っていました。

あくまでN=1、ぼくの話ですが、

・はじめは乗降者の濁流にのまれて駅で降りられず、泣いたりします。でも大丈夫、ほどなくして乗りこなせるようになります。ドアが開く方向さえ見誤らなければ、あとはタイミングよく流れに乗るだけです。あとは「降ります」とちゃんと言う。

不必要にまわりを押したりするのは恥ずかしいふるまいだな、とかそんな矜持をもって乗ってました。

そんな風に電車通学自体に慣れたとしても、不便は残ります。

・友だちの家も電車でいくことです。遊ぶにも数日前から計画する必要があります。日本の原風景「磯野〜野球しようぜ」を経験できません。玄関で「カツオは宿題やるから遊べないのよ」とお姉さんに門前払いをくらうにはその移動距離が痛すぎます。

そんな暮らしでどうなるかというと、

・家がある街は、いつまでも子どもにとって「家があるだけの街」になります。近くの習い事にも通いましたが、まあまあアウェイ感。ホームなのにアウェイ。

やがて通った大学は実家から自転車圏内でしたが、例えば年末年始には皆がそれぞれ帰省して不在になる構造に――自分の住む街は、皆にとって「帰る街」ではない――という、まだどこか欠落に似た思いをもっていました。

いまも実家は変わらずそこにあります。たまに帰ると、懐かしいなとも思いますが、でもそこを「地元」というにはなにか足りない。ぼくはどこか「地元」に憧れるホームタウンレスでした。

ふれあいの街 荻窪、ベッドタウン

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――私に詳しい人がたくさんいると、そこは地元になる。

これはバイト求人誌の広告に使われていたキャッチコピーで「地元とは」論争に一石を投じています。あたらしい街ではたらく価値が伝わってきますね。

ぼくは社会人になってからは12年ほど、ずっと荻窪と西荻窪のほぼ中間に住んでいますが、このキャッチコピーを照らし合わせると、やはりこのあたりも長らくただの居住地でした。

駅ビル「タウンセブン」では今日も――ふれあいの街、荻窪〜タウンセブン♪――とジングルがエンドレス再生されています。

……ふれあいの街、はて、おかしいぞ。

仕事では、年次が上がるにつれてステークホルダーが増えていくのに、暮らす「荻窪」で知り合いは増えていきません。ふれあえてません。帰って寝るための、ひとりベッドタウン状態がつづいていました。

このころ荻窪で増えたのは、体重ぐらいです。朝は松屋で定食をたべて、会社帰りは深夜に荻窪ラーメン万歳!と「野方ホープ」か「手もみラーメン十八番」をたいらげる生活でした。

荻窪は、JR中央線と丸ノ内線の駅が通っています。丸ノ内線は始発駅なので座って銀座や東京へ通勤できます。通勤ストレスを避けたいが職住近接も好まない方には、ほどよい環境と言えるのではないでしょうか。

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満車表記の嵐、荻窪駅北口駐輪場の定期利用は数年待ち……

そんな長らくの荻窪ベッドタウン状態は、長女が生まれてから変わりました。区のイベントや保育園、そして3歳から入園した幼稚園のお友だち接点をきっかけに、ご近所づきあいが生まれていったのです。

うちはいま妻と長女との三人家族。自慢ですが、ぼくは三番目に社交的で三番目に愛想がいいです。だからふたりが、いつもご近所接点をつくってくれます。

「子は鎹(かすがい)」と言いますが、地域と家族もつないでくれるんですね。

いまではこのあたりを歩けば、誰かしらに出くわすようになりました。

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駅ビルの屋上によくある子どもの遊び場があります

会社も駅も遠いけれど、「空白」が近い

わが家の目の前には「桃井原っぱ公園」があります。

その名のとおりほぼ原っぱで、まわりに500mトラックというシンプル構成。ゆえに活用の自由度がたかく、保育園の運動会がひらかれていることもあれば、近隣高校の体育の授業が行われていることもあります。聖火ランナーの出発セレモニーもここでやるようで。日中にカポエィラを練習している人もいます。ロバみたいな大きさの犬らしきなにかと散歩している人もいます。

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「桃井原っぱ公園」夕方は、犬みたいな大きさの犬らしき犬の散歩でにぎわいます

あたりを見渡せば10棟弱のマンションをはじめとした住宅地です。公園はそこにぽつんとある一見して不自然な「空白」なのです。

経緯をたどってみると、どうやら元々は飛行機工場で、一帯はそこに従事する人々の住まいが多かったようです。やがて日産の工場になり、カルロス=ゴーン時代に売却プランが立案され、日産が公共性の高い利活用を望んだため現在のような形になったのです。

その「理由ある空白」がぼくらの生活を豊かにしてくれてます。

正月には凧をあげられる広さなんです。凧をあげている長女を見てこの一年の大きな成長を感じました。なんせ一年前は、凧を引きずることしかできなかったのですから。

なにより、友だち家族が公園にくると「公園にいるよ」と声をかけてくれるのです。いわゆる「磯野〜野球しようぜ」です!

そうやっておとなが何人か集まると缶ビールを開けてしまうこともありました。※公園事務所の人が言うには「花見の季節以外は飲酒禁止」なのでお気をつけください。

そのまま「わが家へどうぞ」な展開もありがちで、そうするとご飯を一緒に食べることになります。「空白」がそばにあることで予定のない日もなりゆきで楽しめてしまう。その日をなりゆきで楽しめる土地って、それって「地元」なんじゃないかと最近思うのです。

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本件の撮影の大部分は長女に委託しています

子連れでたのしめる「荻窪」フード

独身、DINKS、子連れ。気づいたら「荻窪」でライフスタイルが三変化しました。

週末ごとに飲みあかすような中央線っぽい生活はしなくなりましたが、さきほどの公園ふくめ子連れでも楽しめる「らしさ」を発掘し、たのしんでいます。

例えばミシュランに載っているラーメン「麺尊RAGE」は、席間もひろくテーブル席であればベビーカーも入れてもらえます。幼稚園のお迎えがてら食べることがありますが、こんなおいしいラーメンを子どもと気軽に食べられることが尊すぎて、お店のステッカーを買いました。

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定食が食べたいときはモダンな「もがめ食堂」でしょう。着座して出してくれるのがお水ではなく冷たいお茶で、しかも大きいグラス。おしゃれな店内の雰囲気と親戚の家のような温かみが奇跡のマリアージュ、とても居心地のよい食堂です。

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「もがめ食堂」のおしながき。独身なら週七でいける打線

子連れにうれしいのは名店のテイクアウト。西荻窪駅から東京女子大に向かう道を一本入ったところにある「のらぼう」は素材を活かした丁寧な料理が体に滲みる名店。おもちかえり制度「ウチノラ」で、おすすめは「土鍋ごはん」。ベーコンとアボガドのごはんが感動的です。人数にあわせて量を調整してつくってくれるのがありがたいです。

超人気店「吉田カレー」のテイクアウトはTwitterで受付なので要チェックです。トッピングのアチャールがめちゃくちゃうまい。レトルトも売ってます。もちろん買いました。「大岩食堂」のポークビンダルーも激ウマで食べたあとに妻向けにテイクアウトしたこともあります。

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手土産なら、妻が買うのが「cotito」。見た目が華やかなクッキーで、渡した際にコミュニケーションが自然と生まれます。最近拡張されたカフェスペースで、幼稚園のお迎え前に夫婦でビールを飲むのはクセになりそうです。

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「cotito」のクッキー

生活の変化に応じてこまめに住むところを変えるいまどきスタイルにも憧れます。一方でその変化した自分のメガネ越しに住み慣れた街を捉えなおす楽しさを、いまは噛みしめています。

何か分からないから、惹かれていく

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それが何か分からないものに人はどんどん惹かれていきます。その定義を確認する過程でハマっていくのです。

「これって付き合ってる?」「これって恋かも?」とずんずん沈んでいくじゃないですか。かたや「これって鯉かも?」だと沈みません。泳いでいます。

「地元」もそうなんじゃないかなと思っています。

ふらっと出歩くと知り合いに出くわしちゃうこと。
予定のない日をなりゆきで楽しめちゃうこと。
ライフスタイルが変わってもその街にいつづけてみること。

これからもそんな出来事や気づきのたびに、あ、ここってもはや「地元」なんじゃないかと思ったりして、それでも相変わらず「地元」の正解は分からないけれど、その過程でこの街を好きになっていくのだと思います。

そういう暮らしができることを「幸せ」って言うんじゃないかとも思っています。


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筆者:安部 翔(あべしょう)

安部 翔(あべしょう)

10年以上務めたリクルートコミュニケーションズを昨年退社。会社員歴はひとまず途絶えたけれど、荻窪歴はぐいぐい更新しています。
ツイッター:https://twitter.com/abeshow
note:https://note.com/abe

編集:ツドイ