気づけばふるさとになっていた。音楽と会社の狭間で揺れた20年の上京生活【神奈川・梶が谷】

著者: BUBBLE-B

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上京してから20年目。さまざまな理由が重なり、僕は滋賀にUターンした。

 

会社を辞めた不安、友達とあまり会えなくなる寂しさ、そして新しい人生への期待を胸に、深夜の東名高速を西へと運転した。

20年ぶりに帰ってきた息子を迎えてくれた母親は、すっかり小さくなっていた。そして、実家の一室を仕事部屋にして、ある覚悟を決める。

これからは再びこの街で暮らしていく。自分の運命を自分で切り開いていくのだと。

 

 テクノに焦がれて東京へ

遡ること20年前、僕は滋賀が大嫌いだった。

高校生だったころの僕は、深夜ラジオとテクノに傾倒しすぎて成績が下がり、すっかり落ちこぼれていた。話の合う友達もおらず、テクノを聴きながら一人で自転車通学する毎日だった。

 

田んぼと民家ばかりの通学路を、イヤホンからのデトロイト・テクノやハードコア・テクノのBPMに合わせてペダルを漕いだ。そもそも滋賀のCDショップにテクノなんて売ってないから、学校をサボって学ラン姿のまま京都の大型レコード店に通った。

受験勉強など二の次で、一日も早くテクノの音楽活動がやりたくて悶々とする、まさに暗黒の高校生活だった。

 

それでも運良く大学に現役合格し、バイトをしてシンセなどの機材を買いそろえた。

音楽雑誌の文通欄で知り合った数少ないテクノ友達と滋賀でクラブイベントを開催したが、お客さんは全然来なかった。滋賀でテクノはちょっと難しかった。

 


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初ライブの写真(筆者は左)

 

その年の秋、Windows95が発売されると、いち早く買ってインターネットに接続した。
「テクノ」で検索すると、大勢の人がクラブで盛り上がっている画像が表示された。東京でテクノは最先端の音楽として人気らしい。

それをこの目で確かめようと青春18きっぷを使って東京に行ったら、想像以上の世界が広がっていて衝撃を受けた。ネットを通じてたくさんのテクノ友達ができた。やがて東京でライブ出演する機会も増えていった。

「東京で音楽活動がしたい…」
すっかり東京に魅せられてしまった僕は、何としてでも上京しようと考えるようになった。その一心で就職活動をしていたら、運良く東京の大手IT会社に採用された。

ついに、滋賀からの脱出に成功したのだった。

 

会社か音楽か。上京1年目の葛藤

最初に住んだのは、田園都市線の「梶が谷駅」から徒歩10分。築30年で家賃は5万5000円のボロアパート。川崎市の高津区だ。

 

会社はわりと大手だったが仕事は淡々としており、そこに楽しさややりがいを感じることはなく、仕事はお金を得るための手段としか考えていなかった。

そもそも就職氷河期に採用されただけで儲けもんくらいにしか感じていなかったので、毎日ただ定時を待つだけの時間を過ごした。

 

そして、会社から帰れば毎晩のように曲をつくり、毎週末ライブやDJに打ち込んだ。

時には徹夜仕込みも余裕で、まるで水を得た魚のようだった。夜中に音を出して、ボロアパートの壁を叩かれたことも数知れずあった。

 

決して有名ではなかったけど、毎週のようにライブやDJをして、わけの分からない盛り上がり方をして、わけの分からない友達ができる。その繰り返しだった。 

とにかく土日が待ち遠しかった。学生のころに不完全燃焼だった青春が、ようやく始まったのだ。

 


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毎週末のようにライブやDJを行った

 

しかし、週末の楽しい時間はあっという間に過ぎる。
週明けの月曜日は出社早々ヘロヘロになっており、仕事が全く手につかない。


ある日の昼休み。そんな僕を見かねた体育会系の先輩から、「お前、会社員をやるのか、音楽をやるのか、どちらかにしろ。今のままだと、どっちつかずになるぞ。音楽なんか辞めろ」と忠告された。

 

あまりの正論に動揺した。仕事に身が入らない僕の醜態は、完全に見透かされていたのだ。しかし、一番大切にしているものを簡単に否定されてしまったことには、納得がいかなかった。

 

「いやいや、何を言ってるの? そんなことをしたら一生後悔するよ。

あんたは学生時代にスポーツで完全燃焼したのだろうけど、こっちはようやく青春時代が始まったばっかりなんだ。

両立するのは駄目なのか?

どっちつかずになるのか?

会社員は仕事だけやってろってか?」


そんな言葉が喉元まで出かけたが、ぐっとのみ込んだ。 

 

「はい、分かりました。仕事を頑張ります」

感情を押し殺して生返事しつつ、「いつか絶対に両立させてやる」と心に誓った。

社会人1年目の夏、まだまだ若かった。

 

そして第二のふるさとになった梶が谷

そんな一件があったものの、その後も充実した音楽活動は続き、いつしか自分の軸になった。才能を開花させていく人とも多く知り合い、東京ってすごい場所だとつくづく思った。

 

岡本太郎の著作『自分の中に毒を持て』を読んで感化された僕は、もう少しクリエイティブな仕事に就きたいと思い、上京6年目の春に初めて転職活動をした。

運良く(※毎回、運ばかり)Webエンタメ系の会社に採用された。小さな会社だったけれど仕事はクリエイティブで楽しく、当分この路線で行こうと思った。

 

そのころには、さすがにボロアパートから出たくなり、梶が谷駅から徒歩1分のワンルームマンションに引越した。これだけ駅に近い所に住むのは初めてだった。「駅前に何もない」なんて言われる梶が谷だけど、いざ引越してみると何でもあった。


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梶が谷駅

 

確かに同じ田園都市線沿線でも、三軒茶屋や溝の口などと比べると駅前はスカスカだけど、ちゃんと見るとスーパーやカフェ、歯医者に内科に美容院など、生活に必要な店は一通りそろっているし、小さな飲食店もあちこちに点在している。

 

街を知れば知るほど面白くなっていく予感がした僕は自分の中で「この街に根ざして生き、第二のふるさとにする」活動を始めた。

「歩いて色々な場所を発見し、行きつけのお店をつくろう」という気分になったからだ。その縛りはまさにRPGゲームのような感覚だ。

 

それからは買い物や飲食店、ヘアカットから歯医者に至るまで、日常の全てを梶が谷駅の徒歩圏内で完結させてみた。鳥のさえずりを聞きながらアップダウンのある道を歩くのは、何とも心地よかった。

 


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街の中に階段が出現するような立体的な地形

 

よく行ったのは「梶ヶ谷第1公園」。

この公園は独特な形状をしていて、敷地の半分が丘みたいになっている。その斜面にはひたすら桜の木が植えられているため、満開になったときの桜の迫力がすごい。

 


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梶ヶ谷第1公園の桜

 

コジマNEW梶ヶ谷店(現在はコジマ×ビックカメラ梶ヶ谷店)では秋に「エルカジまつり」というイベントが開催される。

フードやお酒の販売ブースが出店され、ステージではさまざまなバンド演奏やダンスなどが披露される。ビール片手にステージが楽しめるというユルさで、もう10年以上も続けられている。

実は僕も初期のころにライブ出演をしたことがあって、その時は地元の子どもたちがライブ中のステージに勝手に乱入してきて全員で踊る、という珍事態になった。

 


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エルカジまつりのステージ

 

次第に行きつけのお店も増えた。

「とんかつ華家」のロース定食のボリューム感と温かみのある味が好きでたまらない。数えられないほど通っただろう。

ある時、女将さんから「こんな女子高生バンドがいるんだけど」と言われて、曲を聴かせてもらった。近所の高校の軽音楽部に属しているのだという。面白い曲だなぁと思って気になっていた。

その後、その女子高生バンドはデビューし、アルバムを出し、紅白に出て、やがて武道館でワンマンライブを成し遂げた。

そのバンドの名前はSHISHAMO。お店はいつの間にか「SHISHAMOの聖地」と呼ばれるまでになっていた。

 


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マイフェイバリットのロース

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とんかつ華家の店内

 

 手軽に飲むならイタリアンバルの「カリヨン」。

梶が谷駅から階段を下りた所にたたずむお店で、夜のバル営業が始まったころから足しげく通うようになった。(何せ家から徒歩1分だった)

居酒屋でじっくり飲むのも良いけれど、夜中23時とかにふらっと入店して、ビールを一杯だけ飲んでいくような飲み方が好きだ。

マスターである七福ボゴスさんとはクラブ音楽話で盛り上がり、夜な夜な集まる馴染みのメンバーと何てことない話をするだけで、その日はハッピーに終わる。

川崎の地ビール「ブリマーブルーイング」もドラフトで飲めるし、もうここがあれば十分じゃないか?と思わせてくれるお店だった。

 


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静かな住宅地にあるお店

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川崎のクラフトビール「ブリマー」を愛飲

 

仕事はその後、仲間と起業したり、またサラリーマンに戻ったりと紆余曲折あったが、ずっと梶が谷に住んだ。

途中、転勤の辞令を受けて3年間だけ京都に住んだが、その後東京のオフィスに戻ることになっても、住むところはまた梶が谷を選んだ。

周囲からは「また梶が谷かよ!」と突っ込まれつつも、「第二のふるさと」をつくるための里帰りだ。「自分がここに住んでる」感がとても心地よかった。

 

青春時代の終わり、そして40歳からのフリーランスという選択

再転勤のタイミングで部署異動となり、これまでとは全く異なる分野の仕事になった。
仕事に興味が持てず、苦戦した。要領よく立ち回ろうとすればするほど空回りし、周囲に迷惑をかけた。

 

その仕事は自分には全く向いていなかった。それでも続けていれば何とかなると思っていたが、ならなかった。吐き気をもよおしながら満員電車に乗り、これはまずいなと思った。「人生最後の日だったら、今日やることはやりたいことなのか?」とはスティーブ・ジョブズが遺した名言だが、答えは当然NOだ。

 

これまでも何度も困難の壁にぶち当たったが、若さと勢いで乗り切ってきた。でも40を過ぎた今は選択肢も狭まり、勢いにまかせて決断することが難しくなってしまった。

いっそ独立して理想の仕事を追求してみたい。するならこれが最後のタイミングだろう。でも、そんな危ない橋を渡ったりせず、我慢して今の仕事を続ければ生活には困らないじゃないか。独立したい本心とそれを留める理性とで頭の中は混乱し、ぐったり疲れていた。

毎朝「今日こそ退職の意思を伝えよう」と心に決めるも、何も言い出せずに帰る日が続いた。あの日先輩に言われた「お前はどっちつかずになるぞ」を思い出した。

 

その一方で、周りで独立して活躍している方々は、「何とかなるもんですよ。これまで色々なことをやってきたじゃないですか?」と、僕の背中を押した。そうして僕の心は少しずつ動いていった。

 

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1年近く悩み抜いて出した結論は、滋賀へのUターンだった。

思えば、東京での音楽活動はもう十分やったし、友達もたくさんできた。東京にこれ以上の何かを求める必要はない。

一旦ローコストな生活に切り替えて、小さく再スタートしてみよう。住む場所に依存しない仕事をつくって、フットワーク軽く生きていこう。20年前に離れた滋賀で、もう一度自分の居場所をつくってみよう。両親も健在な今のうちに。

 

そして、会社に退職届を提出した。

長かった上京生活が終わる。名残惜しいけど、自分が決めたことだ。

テクノに導かれて上京し、過ごした時間は人生の宝物になった。

 

梶が谷を離れる最後の日まで、みんなと飲んだ。

 

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 滋賀でのUターンフリーランス生活が始まった

そうして、20年ぶりにUターンした滋賀。

家は最寄りの石山駅からはバスで20分、そこからさらに徒歩10分というロケーションで、近所にはコンビニどころか自販機すらないほど静かな環境だ。

 


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まだ国鉄だったころからお世話になってる石山駅

 

ありがたいことに、仕事も少しずつもらえるようになってきた。やっと好きなことが仕事になった実感があって、とても充実している。これからやりたい仕事もたくさんある。

 

仕事の方法も、離れた場所に住む仕事仲間とテレビ会議を行い、チャットとクラウドを使って効率的に行うようになった。時には気分を変えて、琵琶湖が一望できるようなカフェで作業をすることもある。東京と違って混雑しておらず快適だ。

 


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琵琶湖大橋が美しい

 

でもたまに、東京の友達と会いたくなる。あの時歩いた梶が谷の街並みが恋しくなる。

だから東京に行ったときは、梶が谷に帰ろう。あの時のようにとんかつを食べて、バーに寄って、またみんなと飲もう。

なんせ第二のふるさとなのだから。
 

……と思った矢先に、東京からDJ出演のオファーが来た。

青春が終わるのはまだまだ先のようだ。
 

すぐさま深夜高速バスを予約した。これからあと100回くらい乗るのだろう。

 

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著者:BUBBLE-B

BUBBLE-B

DJ・トラックメイカー・ライター・飲食チェーン店トラベラー。
全国各地でDJをし、全国各地の食を楽しむ外食好き、そして旅好き。
これまで入店したチェーン店の1号店や本店は330店舗を超える。
Twitter:@BUBBLE_B
ブログ: http://www.bubble-b.com/ 

編集:Huuuu inc.