まゆげを描いたら鴨川へ。京都の「ひとりごはん天国」清水五条 【暮らす街を「食べる」で選ぶ。】

著: 山口祐加 

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毎日帰ってくる街だからこそ、おいしくて敷居の低いお店があるとうれしい。住んだことのある人ならではの視点で、普段着でひとりでもかろやかに通える街の名店をご紹介します。

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住む街を決めるときの条件は、立地や交通の便利さ・街の雰囲気・おいしいお店があるか、などいろいろある。中でも私が欠かせないのは、気合を入れていく洒落たレストランではなく、家のように安らげてご飯もちゃんとおいしい店があるかどうかだ。ぼーっとしたり、本を読んだりしつつ、ちょこっと店主と話せるような店。何も考えたくないときは、てきとうにほっておいてくれる店。女性の私からすると「まゆげを描いただけで行ける店」とも言えるかもしれない。

ひとり暮らしはなんだかんだ言ってさみしいものだから、なおさらそういう日常の止まり木になる店が必要だと思う。店の数は多ければ多いほど、その街に暮らしやすくなり、街に馴染んでいく感覚が私は好きだ。

清水寺のふもとでおいしいご飯と鴨川に囲まれて暮らす

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東京で生まれ育った私が新卒で受かったのは、京都の出版社だった。過去に何度か旅行で訪れてはいるが、土地勘は全くない。会社から近い場所に住むことも考えたが、京都駅の目の前で暮らすのは騒がしい感じがして気がひけた。そんなとき唯一の頼りになったのが、清水五条エリアの灯台的存在のカフェ「efish(エフィッシュ)」だった。この店は二十歳のとき初めて友人と遠くまで旅行をした際に見つけた。

efishは五条大橋からすぐのところにある。店内に入って目の前にある大きな窓の先には、穏やかな鴨川の景色が見える。秋晴れの日に大きな窓を開け放った窓際席は、時折そよそよと風が吹いてきて特等席以外の何物でもなかった。

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まるでおしゃれな友人の家に来たかのような居心地の良さ、気さくな店員さんたち、そしておいしいコーヒーとカレーに唸った。何もかもが理想的で、ちょうどいい。こんな店があるのかと驚いた。

だから、いつでもefishにいけるようにという理由だけで清水五条エリアに住むことにした。これが大当たりで、このエリアにはほかにも日常使いできるおいしいお店が数多くあり、食いしん坊の私にとって最高に住み心地の良い街だった。

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おいしい店が多いだけでなく、 清水五条エリアは京都駅と繁華街エリア(四条・三条)の間に位置しているため、新幹線に乗るにもバスで10分、買い物で繁華街に行くときもバスで10分と交通の便が良い。加えて穏やかに流れる「鴨川」も、四条や三条に比べて人が少なく、人目を気にせず川縁でゴロゴロできる。利便性が高く、自然も近く住みやすい割に家賃もお手ごろだった。

そんな清水五条エリアに住む楽しみを、わたしが2年間住む中で出合った朝から夜まで楽しめるお店をご紹介しつつ伝えたいと思う 。

外で楽しむ朝のコーヒー

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平日朝コーヒーが飲みたいときは、京都発でグローバルに展開しているコーヒーショップ「%Arabica Kyoto(アラビカキョウト)」によく行った。法観寺の八坂の塔が目の前に見える抜群のロケーションに店を構える、スマートなコーヒーショップ。この街を訪れる人たちの心がよく分かっているなと思った。

そして、店構えの期待以上に素晴らしくおいしいコーヒー。このお店の特徴であるエスプレッソマシーンは、一度蒸らしてから淹れるハンドドリップと同じ方法でエスプレッソを抽出している。ゆえに豆の甘みがしっかりと感じられ、特にカフェラテは絶品だ。10杯飲むと1杯無料になるスタンプカードもあり、家で飲むコーヒー豆もここで買って、スタンプを貯めるのが密かな楽しみだった。

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週末のコーヒーは、築200年の京町家を改装した「市川屋珈琲店」でゆっくりと飲むのが好きだった。老舗の風格があるが、開店したのは2015年と最近。それはきっと、京都の名店イノダコーヒーで18年勤めた経歴をもつ店主の市川さんが醸し出す安定感ゆえだと思う。

市川さんはイノダコーヒーに勤める傍ら、小型の焙煎機を買い自宅で焙煎の勉強を始めたそうだ。現在は店にある自家焙煎機を使ってコーヒーを焙煎している。

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それから、この店では季節のフルーツをこれでもかとたっぷり使った「フルーツサンド」も欠かせない。使用する生クリームは空気のように軽く、まるで綿あめのようなふわふわ感。一皿結構なボリュームだが、ひとりでペロリと食べてしまえるから怖い。コーヒー、サンドイッチ、接客、器、空間、全てが素晴らしい。それでいて客に緊張感を与えない絶妙な店だ。

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カウンターに座り、市川さんのしなやかな手の動きと中庭を眺めながら、ぼーっとするのは最高に心地よい朝の過ごし方だと思う。

インド料理屋の良心と忘れられないスープの味

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晴れた日のランチは「efish」の窓際で食べたい。カレー、サンドイッチ、タコライスなどの定番メニューは、どれを食べても外れなくおいしい。食後の一杯はコーヒーも良いが、ジャスミンミルクティーがおすすめ。あまりお目にかからない組み合わせだが、ジャスミンの香りとミルクの甘みのバランスが良くとてもおいしい。

Wi-Fiも完備しているのでPC作業しながらのランチや、打ち合わせもできる。私は家で原稿読みに煮詰まったときに気分転換がてらよく来ていた。

Appleの元デザイナーでもあるオーナー・西堀晋さんがつくる雑貨も魅力的で、京都に遊びにきた友人がここでお土産を買って帰ることも多かった。

いつ何時でも、ここに来れば全てが満たされる。仕事柄日本全国いろいろな店に行くが、efishを超えるカフェは一向に見当たらない。

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冷蔵庫に材料が少なかったり、つくるのが面倒だったりするときに頼りにしていたのは、インド料理屋「AJANTA(アジャンタ)」。よくあるタイプのメニューが多すぎるサービス精神旺盛な店。並ばず入れる上にちゃんとおいしい、ひとり暮らしの味方でいてくれる店は貴重だ。常時、店内のテレビでノリノリのインドポップが流れていて、いい意味で思考を遮断されるのが良い。

ランチセットに必ずついてくる銀のポットに入ったトマトチキンスープは、鶏のだしとスパイスが効いていて、ゴクゴクと飲み続けられるおいしさ。このスープ飲みたさに何度も通い、「顆粒スープで販売したら絶対買うのに……」といつも思っていた。

ランチセットの「ナンorライス」で、ナンを頼んでも二口分のライスが付いてくる。ナンのおかわりをお願いしなくても「おかわりナンいかがですか?」と聞いてくる。こういう街場のインド料理屋がもっと評価されても良いのになと常々思っている。

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おやつは、関西で100店舗以上ある暖簾分け式のチェーン店「力餅食堂 加藤商店」でおはぎを食べたい。食堂らしいうどんなどのご飯ものがある一方、創業店の名物であるおはぎと赤飯も店先で売っている。

ある日たまたま店の前を通りかかって、ぽつんと残された数個のおはぎが気になった。買って帰ろうと思い、店のおばちゃんに「おはぎください」と声をかけると「持って帰ります? 食べて行きはります?」と返ってきた。おはぎ一個を店内で食べる絵がシュールだなと思い、座ってみることにした。おはぎと一緒にお茶が出てきて、「大衆食堂をカフェ利用する」という新たな発明に静かに興奮したのを覚えている。

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もう一つ私がおやつと定義しているのはコロッケだ。「西冨家コロッケ」はコロッケ屋とは思えないほど洒落ている。雰囲気の良い店内には、カウンターと樽でできたテーブルがあり、壁掛けのテレビでは映画が流れている。

俵型のコロッケはひき肉が入った定番から、スモークサーモンとディル、奈良漬けとレモンピールなど変わり種もそろっている。私は仕事終わりの夕食前によく食べていた。

店は昼から夜まで通しで営業しているので、ランチもできるし、おやつ時間にも良いし、夜の二軒目三軒目にも使える。誰かの家に集まるときのお土産にももってこいだ。晴れた日はコロッケを買って、歩いてすぐそばの鴨川を眺めながら食べるのもまた良い。

平日夜のてきとうな夜定食と、テイクアウトの悦

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平日の夜ごはんにぴったりなのは、家の食卓の延長にあるような優しい雰囲気の無国籍料理「もしも屋」だ。スパイスやハーブを使いながら素材の味を活かした料理は食べ疲れせず、呑みたい日には酒のアテにもなる。玄米ごはんとみそ汁のセットもあり、他のメニューと組み合わせて「今晩のマイ定食」をつくることも可能だ。

私が住んでいたころは日替わりの定食があった気がしたのでお店の人に聞いてみると、「日によるけれど、てきとうにこちらで夜定食をつくることもできるっちゃできますね」とゆるい回答が返ってきた。そういう気まぐれなところがこの店の良いところ。「今日は外で食べたいけど、重いものは遠慮したい」というときによくお世話になった。

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もう一つ、平日夜ごはんにぴったりなのはタイ料理「キンカーオ」だ。七条エリアなので五条には入らないが、どうしてもここは欠かせない。鴨川に面したビルの2階に上がり店内に入ると、鴨川とその先の山々が一望できる。夏の夜は日が暮れるのも遅く、夕焼けに染まる空と山を眺めながら食べるパッタイとビールは最高においしい。

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お腹が空きすぎて早く夜ご飯を食べたい日には、会社を出る前にキンカーオへ電話し「パッタイ、一つ」とお願いしておくといい。出来立て熱々をテイクアウトし、自宅で19時のバラエティを見ながら食べるパッタイは格別だ。

お酒好きを虜にするアテがそろう大衆居酒屋と、良心が沁みる街のレストラン

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夜、突然呑みに誘われることがある。突然、誰かと呑みたくなることがある。そんなときに決まって行ったのは「櫻バー」だ。バーと言いつつ店は完全に大衆居酒屋。住んでいたマンションから10歩(!)のところにあるのだが、中の様子が見えないので最初は気になりつつも入れなかった。誰かから「あそこは地元民しか行かない穴場だよ」と聞いて思い切って入ってみたら、大当たり!

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毎日書き換えられる巻物に書かれたメニューは、お酒好きのツボを押さえた料理がたくさん。特に、鯖きずしは脂のりとシメ方が素晴らしく、ほかでは味わえない絶品だ。繊細で上品な料理が多く割烹料理屋も顔負けのクオリティだが、値段は概ね1000円以下で新卒一年目のお財布に優しい価格設定だった。家族経営ならではの人情味のあるやりとりも見ていて楽しい。近くに櫻バーがあって本当によかったと思う。

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最後にもう一軒忘れてはいけないのが、母と娘二人が営む街のレストラン「Coris(コリス)」。店構えは庶民的でありながら、繊細かつ本格的なお料理にファンが多い店だ。ハンバーグやカツレツなどのよく知られたメニューも、コリスの腕にかかると一段とおいしく、そしてボリュームが増す。

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私が毎回必ず注文しているのは、自家製スモークサーモンを使いマンゴーと合わせた一皿。なめらかで味わい深いスモークサーモンと香り良く甘いマンゴーの出会いは、運命といっても過言ではないほどにおいしい。

日常使いできる価格帯だが、丁寧で誠実な接客も魅力でファンが多く予約は取れない。それでも私は1カ月先でも予約を入れて、その日のために仕事を頑張った。

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清水五条エリアには日常使いできる魅力的な店が本当にたくさんある。京都駅や四条などの繁華街への交通の便もよい。そしてなにより鴨川が気持ち良く、川を往来するたびに晴れやかな気持ちになる。

私の会社は京都駅の近くだったので、毎日鴨川沿いを走る自転車通勤だった。四季によって色を変える川沿いの木々が美しく、特に桜の季節は格別だ。鴨川は私史上最高の「通勤路」だったと思う。

そして、鴨川には昔からこの街で暮らす人はもちろんのこと、私のような新参者から旅行客までのびのびと過ごせる懐の深さがある。ひとりで時間を持て余したとき、友人が訪ねて来たとき、夜二軒目に行くかどうか悩んでいるとき、とりあえず鴨川に行けばいい。鴨川の川幅は、対岸の人たちの動きは見えるが顔は見えないくらいの絶妙な距離があり、往来する人を眺めているだけで楽しかった。日常のスキマ時間はいつでも鴨川が受け止めてくれる。

これほど使いやすくて、日々の小さな幸せを与えてくれる街は、そうたくさんない。これから先京都に住む機会があれば、絶対また五条に住みたい。


登場した店一覧


・%Arabica Kyoto(アラビカキョウト)
・市川屋珈琲店


・efish(エフィッシュ)
・AJANTA(アジャンタ)

おやつ
・力餅食堂 加藤商店
・西冨家コロッケ


・もしも屋
・キンカーオ
・櫻バー
・Coris(コリス)


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著者:山口祐加

山口祐加

フードプランナー、ライター/92年東京生まれ/出版社→食のプロデュース会社→フリーランス /外食・料理・旅が好きです/日々の食事→ #今日の一汁一菜 /ただおいしいご飯を食べる「空腹会」月一開催中

Twitter :@yucca88

 

 


編集:ツドイ

イラスト:中村一般