
書いた人:オギユカ
1992年早生まれ、埼玉・鶴ヶ島出身、京都在住。ボードゲーム会社の広報。ポッドキャスト「すこやかなる時もやめる時も」配信中。
馴染みのない土地ではじめてできたともだち
4年前、京都に引越してきた時、 わたしは静かに焦っていた。埼玉で育ち、社会人になってからは東京に住み、ずーっと関東で暮らしてきたので、京都に住むともだちは片手で数えられるほど。みんなそれぞれ忙しいので、べったりと遊んでもらうわけにもいかない。しかも移住タイミングはコロナ禍2年目で、街の店の多くは20時に早じまい。仕事のために京都へ引越してきたわけでもなかったので、同僚もいなかった。このまま見知らぬ土地で、夫に依存してしまうのは避けたい。そこで、ひらめいたのが、ネイルサロンに通うことだった。今までジェルネイルに興味はあったけど、通いたくなるようなサロンにはなかなか出会えなかった。ネイルってちょっと値が張るおしゃれだし、サロンをそこまで本気で探していなかったのもある。でもネイルに通えばネイリストさんと、人と話せる! 一念発起して、Instagramで「#京都ネイル」とひたすら検索しまくって、見つけた好みのショートネイルを投稿し続けているアカウントが、「nail room kimalle」のむらたさんだった。
はじめての施術の日、四条烏丸のマンションの一室へ向かった。天気のいい3月の春先。春によく似合うと思っているサニーデイ・サービスを聴きながら歩いた。日の当たらない部屋に入って、はじめましてと迎えられ、イヤホンを外すと、まだサニーデイ・サービスが流れている。どういうこと? と混乱していると、むらたさんも部屋でサニーデイ・サービスを流していた。仲良くなれる予感がした。
予感は当たっていて、お店や音楽の趣味が合うわたしたちはすっかり仲良くなった。それから1カ月に1回、4年もの間、むらたさんにつめをかわいくしてもらっている。まさか一軒目でどんぴしゃなネイリストさんに出会えるとは思っていなかった。

ネイルの技術があって色づかいが上手なだけでなく、イラストを描くのもうまいむらたさんは、わたしの趣味であるボードゲームのコマもつめにしてくれたし、京都の夕暮れを描いてくれたこともあった。

4年通う間に、むらたさんは四条烏丸の間借りサロンから移転して、長岡京に雑貨店併設の店を構えた。その後また移転して、今は桂の燦々と日の当たる部屋でnail room kimalleを営んでいる。kimalleはフィンランド語で 「きらきらとした」という意味だそうで、今の部屋が一番似合ってるなぁと思う。

この部屋でむらたさんにネイルを施してもらうと、うれしくてきらきらした気持ちになれる。こんなのやりたいんです、とデザインを持ち込んでも、相談しながらむらたさんなりのアレンジをして「オギさんらしくしておきました!」とにっこりしてくれる。かわいいだけじゃなくて、わたしたちなりのひと癖あるデザインを一緒につくっていく感じが好きなのかもしれない。むらたさんは、京都でできた最初のともだちだ。
自分らしくいられる服が見つかる「and C」
京都に来て変わったことといえば、もうひとつ、古いものをこれまで以上に愛するようになったこと。京都は、古いものと出会えるいいお店が多いのだ。平野神社近くの古着屋「and C」に、最初はどうして行ったのか覚えていない。でもいつの間にか月一くらいで通うようになって、店に行けば一着は買ってしまうようになった。恐ろしい店である。
年代もブランドも地域もバラバラの古着たちのなかから、気に入る一着を見つける体験は宝探しみたいでわくわくする。バラバラというと玉石混交のように聞こえるかもしれないけど、そんなことはなくて、店主のまいさんの確かな審美眼で買い付けられた服たちは、どれもちゃんとチャームポイントがあるのだ。
有名ブランドだったり、オケージョン用だったりではなく、いい意味で特別感がない服たちは、日常でつい着たくなる。服自体ではなく、あくまで着る人を主役にしてくれるみたいだ。

店に入ると、アーチの向こうに、服が並んでいるのが見える。色あざやかな服が好きなわたしは、この時目に飛び込んできた色にビビッときて服を買ったこともある。きれいな服を手にして眺めていると、店主のまいさんが「この服を見つけた時、ユカさんのことを思い出したんですよ」なんて言ってくれて、きゅーんとしてしまう。わたしはまいさんにメロメロ。

地上絵を彷彿とさせるようなコード刺繍のブラウスや、ミモザ色のモヘアのニットベスト、一体わたし以外の誰が着るんだろう!とすら思って買った元気なイエローのボレロ、着回ししやすいコーデュロイのネイビーのパンツ……。and Cで出会った服たちは、わたしのワードローブにすっかり溶け込んでいる。
2024年はゆっくりペースの営業だったのだけど、2025年から徐々にまた復活していくみたい。うれしいの半分、たくさん服を買ってしまいそうで怖いの半分。でもまいさんに会える日が増えるのは絶対的にうれしいがいっぱい。
店主の審美眼が光る店「酢橘堂」
円町にある「酢橘堂」(すだちどう)は、SNSでの発信が洗練されていて、はじめてお店に行く時には少し緊張してしまった。お店を訪れると「こんにちは」と迎えてくれた店主のオオタさんが、思いのほか若くてびっくりしたのを覚えている。彼女が店の世界観を作っているのか、と感じ入った。
酢橘堂は、ヴィンテージとセレクトのお店だ。扱っているもののなかでも印象的なのは花瓶かもしれない。オオタさんの撮る写真がすごくよくて、もののツヤやぷっくりとした質感を捉えるのが上手だなと思う。一体どうやって写真を学んだのか聞いたことがあるのだけど、独学だと言っていた。きっと技術以上に、ものへのまなざしがすてきな人なのだと思う。
時折、作家さんの個展や企画展も開催していて、そのセレクトも抜群。今までオオタさんのおかげで出会えたすてきな作家さん、作品がたくさんある。なりたまゆかさんの花瓶、北川マリナさんの桃の絵、Zoomaさんのカーオブジェ、川﨑和美さんの一輪挿し、itouさんのニョロニョロ棒……。

そんな作家さんたちの作品について語るとき、オオタさんは止まらなくなる。日頃どんな活動をしている人なのか、今回の作品はどんな思いで作ってくださったのか、静かなトーンで、でも楽しそうに話してくださるのが好きだ。作品をお迎えするのに、好きな店主さんからの熱の乗ったリコメンドはなにより信頼できる。
こんど酢橘堂に行く時は、どんなアイテムに出会えるだろう、と想像するだけでも楽しい。

少し先の未来が明るくなる「gris-gris」
一人で用事のない休日や、なにかをがんばった後、わたしの足が向くのは三条通りの「gris-gris」(グリグリ)。店主のnoriさんが、欧米を中心に旅へ出て、買い付けた洋服たちが大切に並べられているお店だ。noriさんがわたしよりもお姉さんなので、gris-grisはちょっと、大人のお店というイメージ。初めて訪れたのは、漆や金継ぎを扱う修復作家の河井菜摘さんの展示目当てだった。ちょっとどきどきしながら、看板のgris-grisちゃんにならって2階のお店へ階段を上った。
gris-grisはヴィンテージのものが中心だけど、それだけでなく、国内のデザイナーアイテム やヴィンテージファブリックをリメイクした洋服、アンティークパーツを使用したアクセサリーなどのオリジナルアイテムも展開している。

noriさんのすごいところは、お洋服への愛。「見て、ここ〜!」と、とっておきの洋服のかわいいポイントをつぶさに紹介してくれる。gris-gris別注のアイテムもとびきりすてきだ。noriさんのこだわりが詰まっていて、数もたくさんあるわけではないので「わたしなんかが買っちゃっていいの?」とすら思う。それでも「かわいいよ!」とnoriさんがまっすぐな目でにこにこ背中を押してくれる。苦手だと思っていた黒い色のブラウスでも、しっかり説明してくれた生地の軽い質感やパターンの綺麗さ、縫製のていねいさに惹かれてチャレンジしてみようと買ってみた。
一緒にお店に立っているあっきーさんとのかけ合いも楽しくて、2人に会いにお店に行きたくなってしまう。ついつい話し込んでしまうので、gris-grisに行くのは時間に余裕のある時だけ。

gris-grisに東京の友人を連れて行った時、noriさんに会った後「あんなイケオバになりたい」と言っていて、ものすごくわかる! と思った。noriさんのことをオバ呼ばわりするのは失礼かもしれないけど、でも、本当にわたしが人生で出会ったなかで一番のイケオバ! すっごくおしゃれでチャーミングでかっこいい。
じゃらじゃらとたくさん身につけている指輪はnoriさんのトレードマークで、センスがいいし、よく似合っている。ひとつの指に指輪ってそんなにいくつもつけていいの?ゴールドとシルバーをそんなふうにミックスしてつけていいの?と驚いてしまう。わたしも年を重ねながら、noriさんみたいに、身につけるお気に入りの指輪を増やしていくんだ、と心に決めている。

街のあちこちに居場所ができていく
京都の愛するお店の、愛する店主たち。ともだちのいなかった京都で、お店がともだちになってくれたようでうれしい。オギさん、オギユカちゃん、ユカさん、とわたしの名前を呼んで話しかけてくれることに心がくすぐったくなる。こんな感覚になるのは、京都にやってきてからが、はじめて。ともだちのようなお店がいくつもできた京都のことがますます好きになった。京都はほどよく都会で、ほどよく流れる時間がのんびりしていて、店主たちとのおしゃべりが弾む街だ。きっと誰にでも、呼吸やリズムの合う街があるのだろう。わたしにとっては、それが京都だった。これを読んでくださった一人ひとりにも、自分に合う街とのいい出会いがきっとありますように。
編集:小沢あや(ピース株式会社)
