「吉祥寺」|文・牟田都子

書いた人:牟田都子

1977年、東京都生まれ。校正者。図書館員を経て、出版社の校閲部に勤務。2018年からは個人で書籍・雑誌の校正を行う。著書に『文にあたる』(亜紀書房)、共著に『あんぱん ジャムパン クリームパン 女三人モヤモヤ日記』(亜紀書房)『本を贈る』(三輪舎)ほか。

「吉祥寺に越してくればいいのに」から始まった憧れの暮らし

初めて吉祥寺を訪れたのは四半世紀前のことだ。料理研究家・小林カツ代さんの店「GREENS/GOOD!S」でお粥を食べて、台所道具を選んだあと、「MIYAKE」でインテリア雑貨を見て、「パルコブックセンター」で分厚く重たい洋書を立ち読みして、お財布はからっぽ、胸はいっぱいで帰路につくことができたら理想的な休日だった。住みたい街はと聞かれたら無邪気に吉祥寺の名前を挙げていた。そんな大学生だった。

20代を図書館員として過ごしたのち、30歳で出版社の校閲部に業務委託契約で勤めることになった。前後して知り合った友達の、ひとりが吉祥寺、ひとりが西荻在住だった。家賃を節約するために空き家だった親戚の家に引越してきたばかりだった私は、その一軒家の古さと広さを早くも持て余していた。

と飲み会の席でこぼしたら、吉祥寺氏が言ったのだ。「吉祥寺に越してくればいいのに」。「そうだそうだ」と西荻氏も同調する。「うちに遊びにくればいいのに」というくらいの気軽さで言われたので、こちらも気負わずうなずくことができた。そうか、吉祥寺に越してくればいいのか。そんなことができるなんて、思ってみたこともなかったけれど。

調べてみると、同じ中央線でも新宿寄りの駅と比べればそれほど相場が高いわけでもない。人気エリアであることは間違いないが、物件の数が豊富でバラエティにも富んでいるのだと、さっそく相談に行った不動産会社で教えられた。

駅から徒歩5分、築45年のマンションの最上階角部屋。部屋に対して不釣り合いなくらい広い浴室の、真っ白なバスタブを見た瞬間に即決した。家賃は手取りのぴったり3分の1、払えるだろうかと不安もあったけれど、住みたい街に住めるかもしれない未来が見えたときに、それを手放す選択肢はなかった。

引越してきた当初は、毎日が祝日のようだった。なにしろ展覧会を見るために片道1時間かけて通っていた「gallery fève」にも、北欧インテリアを具現化したような「CINQ」にも、自宅から徒歩5分で行けてしまうのだ。『Hanako』の吉祥寺特集から切り抜いた地図を手に、街を歩き回った。

本で見て憧れていた「Roundabout」を初めて訪ねた日には、服に生活雑貨にとさんざん目移りしたあげく、拡大鏡を買った。祖父母が新聞を読むときに使っていたみたいな形で、フレームも持ち手も黒の無骨なデザイン。店主のKさんがドイツで買いつけてきた古いものだという。会計をしながら「もしそうしたければ、明日も、明後日も、またここに来ることができるんだ」と思っていた。マンガの登場人物みたいに頬をつねりたい気分だった。こんなことが自分の身に起こるなんて、と。

校正の仕事にはいつまでたっても慣れなくて、会社にいるあいだは胃が痛かったけれど、吉祥寺の駅に降り立つと、心の底から安堵した。「着いた」ではなく「帰ってきた」と思えることを、今でも毎日新鮮に噛みしめている。

井の頭公園は庭感覚 身についた運動習慣

「ようこそ吉祥寺へ」の飲み会で、またしても吉祥寺氏が口火を切った。せっかく井の頭公園が近いんだから、みんなで走ろう。新しもの好きの彼はその年、東京マラソンに出場したばかりだった。目標があった方が続くからと、その場で検索して見つけた駅伝大会にエントリーして、土曜の朝6時に井の頭公園の野外ステージ前に集合する約束をした。

まだスワンボートも漕ぎ出していない井の頭池を何周かしたあと、三鷹の森ジブリ美術館に隣接した400mトラックに移動する。その途中で足が動かなくなってしまった。男子ふたりはふり返りもせずに階段を駆け上がっていく。悔しくて、平日の朝に自主練を始めた。mixiにその日の成果を書き込むとふたりが素直に感心してくれるので、調子に乗って距離を延ばしていった。

数年後に吉祥寺氏が結婚して吉祥寺を離れるまで週末の朝練は続き、3人であちこちのマラソン大会に出場した。村上春樹の『走ることについて語るときに僕の語ること』を読んでいた頃には、自分がフルマラソンを走るなんて想像したことさえなかった。以来、運動を継続するコツはと聞かれたら「友達と約束すること」と答えている。

個性豊かな書店と図書館に支えられてきた私の仕事

実は吉祥寺は本の街だ。駅から徒歩圏内に新刊書店だけで5軒、古書店はその倍ではきかないかもしれない。シェア型書店と呼ばれるような新しい形の書店が登場するのも早かった。

駅から歩くと30分近くかかる中央図書館の蔵書も、webで予約すれば早いときは翌日に吉祥寺図書館に届いている。会社を離れて個人で書籍の校正を請け負う身となってから、この環境にどれほど助けられているか知れない。

2020年に自費出版で本を作ったときはサンロード商店街の「BOOKSルーエ」の書店員さんがフェアを開催してくれたし、2年後に初めての単著を上梓したときは「ジュンク堂書店吉祥寺店」の書店員さんが「系列店で一番売ってみせます」と言って、見事に達成してくれた。東急裏の「百年」では今も平積みにしてくれている。どの書店も行くたびに違う本と目が合い、発見があるから、通い続けてきた。

手入れしながら長く愛せる家具と出会える「transista」

30代も半ばを過ぎてふたり暮らしになったとき、新居に置く本棚を探しに井ノ頭通りの「transista」を初めて訪ねた。たっぷりと陽射しの入る店内に、木目の美しい家具が並んでいる。つやつやした緑の葉を広げる観葉植物やアンティークの照明が上手にディスプレイされているおかげで、不思議と圧迫感はない。

きょろきょろしていると奥から人が出てきた。店主のMさんはいくつかの店で修業したあと、2006年にイギリスの中古家具を中心に扱う「transista」をオープンしたという。本棚を探していると話すと、店内の家具は基本的に一点ものだから、同じものを何台も並べたいのならほかの店を当たった方がいいかもしれないけれど、ここにある中から選ぶなら……と説明してくれた。

聞けば聞くほどどの家具も魅力的に見えてきて決められず、決められなくてすみませんと恐縮していると、喋るのも家具屋の仕事ですから、と言う。プロの接客だと思いながらも、そう言ってもらえるとやはりほっとした。

お礼を言って店を出ようとしたら、思い出したように「この近くのスペイン料理の店、行ったことありますか」と聞かれた。「コロッケがめちゃくちゃおいしいんですよ。機会があったらぜひ食べてほしい」。その日の日記を見返してみると「transista、本棚、コロッケ」と書いてあった。夫は何の暗号だろうと思ったかもしれない。

本棚は別の店で買うことになったけれど、「transista」には定期的に足を運ぶようになった。Mさんは何を聞いても打てば響く早さで答えてくれる。「ソファの前に置くコーヒーテーブルは、そこで食事もしたいなら高さのあるものがいい」「エレベーターのないマンションなら、ダイニングテーブルは脚を取りはずせるタイプのものを選ぶと搬入がスムーズ」等々、いろんなことを教わった。

メンテナンス中の家具を見せてもらうこともあった。塗料をはがし、傷を塞ぎ、ぐらつきやがたつきがある場合は一度解体して組み立て直し、オイルかニス(買った人が選べる)を何回にも分けて塗って仕上げる。何年か後に買ったダイニングテーブル(エレベーターのないマンションのわが家はもちろん、脚が取りはずせるものを選んだ)は、言われなければ新品にしか見えない出来栄えながら、新しい家具に特有のよそよそしさがなく、来たその日から部屋になじんでいた。仕事をするのも、家族と食事をとるのも、遊びに来た友達とおしゃべりするのも、ぜんぶこのテーブルだ。

通いたくなる店には、会いたくなる人がいる

結局、店というより人なのだと思う。吉祥寺には数え切れないくらいの店があるけれど、10年以上通い続けているとなるとごくわずかだ。ひとつ行きつけの店ができると、そこで別の店を教えてもらうという具合に、芋づる式に知り合いが増えていった。そうして知った店はどこも、よい仕事をするのは当たり前で、加えて何かを上乗せせずにはいられないというような気前のよさが共通していた。Mさんが、本棚を探しにきたお客にコロッケのおいしい店を教えずにはいられなかったみたいに。

生活雑貨店では不動産会社を紹介してもらったし、その不動産会社ではレストランを教えてもらった。セレクトショップに調味料が並んでいるのにも、洋服屋でCDを売っているのにも、理由があることを今の私は知っている。通っている店があるというより、そこで働いている人たちに会いにいっているという方がしっくりくる。

長くひとつの街に暮らすということは、たくさんの別れを経験するということでもある。フィンランド語で「こんにちは」を意味する名前のカフェには、ちょうど10年通った。

井ノ頭通りを「Marimekko吉祥寺」のあたりで渡って中道通りに入り、「toulouse」の次の角を右手に曲がる。細い路地には天気のいい日なら茶トラの猫が寝そべっていて、ふかふかの毛を撫でさせてくれる。きょうはスコーンを食べようか、シフォンケーキにしようかと迷っているうちに、店名の青いロゴが入ったガラスの扉が見えてくる。

とっくに暗記しているメニューを一応眺めるふりをしたあと、夏でも冬でも「あたたかいコーヒー」を頼む。豆を挽く電動ミルの音に少し遅れて、かぐわしい香りが漂ってくる。混み合う週末でも、貸し切りかと錯覚するような平日の夕方でも、店主のIさんは注文が入るつど豆を挽いて、一杯一杯ドリップする。店頭で販売している豆を買って家でいれてみたこともあるけれど、まったく違う味だった。だから私にとってコーヒーは外で飲むもの、Iさんにいれてもらって飲むものだった。

そのカフェが閉店すると知ったとき、真っ先に浮かんだのは「悔いはない」という思いだった。もちろん、Iさんのコーヒーが飲めなくなるのも、ローズマリーの香りのシフォンケーキが食べられなくなるのも、さびしくないといったら嘘になる。

でも、「GREENS/GOOD!S」も「MIYAKE」も「パルコブックセンター」も、今はもうない。「Roundabout」は姉妹店の「OUTBOUND」を残して代々木上原に移転した。お世話になった書店員さんの中には別の店舗に移った人もいれば、退職した人もいる。二度と行くことのできない場所、会えない人の思い出が、マリンスノーのように胸の底に降り積もっていく。

カフェを目指して歩きながら夕焼けていく空を見上げるときにはいつも「これが最後かもしれない」と思っていた。一杯のコーヒーを飲みにいくというそれだけで、頭のてっぺんから爪先まで開放感で満たされることと、こんな日々もいつかは過去になるのだと、荒野にひとり立ち尽くすような気持ちを味わうこととは、まったく矛盾なく同時に私の中に存在した。だから暇を見つけては通ったし、店内で過ごす時間は全身で味わい尽くそうと決めていた。

悔いはない。いつかこの街を離れるときが来たとしても、胸を張ってそう言える。そんなふうに思える街に住めたことは、私の人生の最大の幸運だ。

著: 牟田都子

編集:小沢あや(ピース株式会社