関西に住み、住んでいる街のことが好きだという方々にその街の魅力を伺うインタビュー企画「関西 私の好きな街」をお届けします。
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住みたい街ランキング2018 関西版10位の滋賀県「草津」。居住者に草津の魅力を聞いてみた
関西に住む人々に、その街への愛を語っていただく連載「関西 私の好きな街」。今回スポットをあてる街は、滋賀県の「草津」です。
「草津」は、住みたい街ランキング2018 関西版で第10位にランクインした注目のエリア。JR「草津」駅は琵琶湖線で京都まで24分、大阪まで51分。ともに直通で到着し、通勤・通学にはたいへん便利。
しかし……。
「草津って……なにがあるの?」
「確か温泉で有名だよね」
「それは群馬県の草津でしょ?」
人気タウンのわりに、草津の街の様子を知る他府県民が少ないのが実際のところ。
今回は人気の理由をさぐるべく、31年にわたって草津市内でバーバーを開業している蔵田潔さんに、お話を伺いました。

湖南アルプスから吹き降りる風の爽やかさ
蔵田潔さんは愛媛県出身。サラリーマンだった父親の転勤で静岡県→滋賀県の大津市を経て、小学生の時期にここ草津市へとやってきました。
蔵田「草津はいまでこそ京阪神からたくさんの人たちが引越してくる人気のベッドタウンですが、当時は本当になんにもない田舎町でした。道路は舗装されておらず、車は砂ぼこりをあげて走っていました。小学校の校舎も伊勢湾台風や室戸台風の影響でぼろぼろでね。平成14年に廃川になった草津川はいわゆる『天井川』(川底が周囲の地面よりも高くなってしまった川)で、よく氾濫していました。いまのようなきれいな街になるとは想像できなかったですよ」
そんなふうに幼少時代の草津を振り返る蔵田さん。


小学生のころは「おさなごころに、えらい片田舎だと思った」という草津。それでも蔵田少年が草津を好んだのは「気候のよさ」が理由なのだそう。
蔵田「よく大阪の人たちから『草津ってめっちゃ雪深いんやろ?』と言われます。よく米原あたりが一面銀世界になっている映像がニュース番組で流れますから、滋賀県すべてが大雪に見舞われるイメージなんですよね。でもね、それは大きな誤解なんです。草津は冬は暖かく、雪はそんなに降らないのです。ほどほど、いい感じに降る程度。半面、夏は涼しくてね。春は桜、秋は紅葉が楽しめる。湖南アルプスから吹き降りる風は爽やかだし、関西でもこんなに気候がおだやかな場所はそうそうないんじゃないかな」
草津の気候になじむと、他府県での「暑さ」「寒さ」の厳しさに驚くのだそう。
琵琶湖のほとりにたたずみ、これからの人生を考えた
そんな蔵田さんが営むのがバーバー「結人(ゆいんちゅ)」。店内はミッドセンチュリーなアメリカを思わせるレトロデザインが随所にほどこされ、なごみます。「男の秘密基地のような店にしたかった」という蔵田さんの美意識を反映した造りです。

蔵田さんは18歳から理容師の修行をはじめ、26歳で地元である草津市内で開業。それ以来、草津のなかを移りながら、ここ結人が3カ所目の拠点となります。
システムは会員制&予約制。特別な宣伝をせず、大きな看板も掲げていません。こういった業態になったのは4年前、53歳のときです。
蔵田「以前は立命館大学の隣に大きなヘアサロンを開いていたんです。経営のことを考えて、お客さんをたくさん呼ばなければならない。後進の技術者も育てなければならない。そうして、だんだん理容師というより経営者になっていった。そんな50歳を過ぎたある日、ふと『自分が生きる道、これでいいのかな?』と立ち止まってしまいましてね……」
「いつの間にか、お金のために生きてしまっていた」と悩み、人生の岐路に立たされた蔵田さん。琵琶湖のほとりにたたずみ、これまで来た道をかえりみることに。
蔵田「草津は琵琶湖沿いの街です。きれいに舗装された湖岸道路があってね。人生に迷うといつも湖岸にたたずみ、コーヒーを飲みながらぼんやり琵琶湖を見つめるんです。すると、なんとなく答えが浮かび上がってくる。草津の人は、みんなそうじゃないかな」

「暮らしが琵琶湖とともにある」。蔵田さんいわく、それが草津の大きな魅力なのだとか。
蔵田「草津には『矢橋帰帆島』(やばせきはんとう)という、滋賀県で屈指の大きさを誇る人工島があるんです。よく娘や息子を連れてキャンプやバーベキューをしました。先日お亡くなりになった西城秀樹さんのコンサートもこの島で観ましたね。ほかにも沿岸には『滋賀県立琵琶湖博物館』や『水生植物公園みずの森』などもあり、草津は琵琶湖との結びつきがとりわけ強い。草津市内で遊びに行く場所といえば、だいたいレイクサイドや琵琶湖に浮かぶ島なんです。琵琶湖から吹く風が頬に心地よくて、みんなその風を浴びて育ったんです」
滋賀県の人たちが「マザーレイク」と呼ぶ琵琶湖。草津は、そんな偉大なる母に抱かれる街なのです。


宿場町だった草津。今でも「居心地」が重要視される
そうして琵琶湖と相談をした蔵田さんは、立命館大学の隣に建てた2軒目をスタッフに売却し、3軒目となるこのバーバー結人を開くこととあいなります。
蔵田「小規模でいい。お客さんの肌に直接触れながら、医者のように最期まで面倒をみる。お客さんとともに歩んでいく。そんなバーバーがやりたくなった。残りの人生は隠れ家のようなこの場所で、単に整髪をするだけではなく、お客さんと世間話をしつつリラックスして生きていきたくなったんです」
蔵田さんの想いが通じてか、実際、お客さんのなかには予約時間の30分も前に来てソファでくつろいだり、散髪が終わってもコーヒーを飲みながらゆっくり談笑してゆく方が多いのだそう。また、そういうのんびりとした過ごし方をする草津市民の気風は「街の歴史と関係がある」と蔵田さんは分析をします。
蔵田「草津って『暮らす』『過ごす』ことに特化した街なんだろうな。派手なものはなにもないし、にぎやかさもそれほどない。でも、だからこそほっこりできる。身体も心も休まる。それは草津がかつて『宿場町』だったからではないかと思うんです」
街を包むリラクゼーション。このやわらかな雰囲気は、草津がかつて宿場町であったことから生まれているのではないか。蔵田さんは、そう考えます。
浮世絵師の歌川広重が描いた有名な「東海道五十三次」「木曽街道六十九次」でも宿場町として描かれる草津。現在も「本陣」(大名一行の休憩宿泊施設)がその姿を遺(のこ)し、国の史跡に指定されています。



宿場町だった名残りは史跡にとどまりません。東海道と中山道の合流地点だったことから草津は現在でも「名神」「新名神」「京滋バイパス」、国道、県道など道路が四方八方へ分岐している交通の要衝なのです。
冒頭で電車移動の利便性のよさを伝えましたが、もしも自動車を所持しているのならば、草津はひじょうに移動しやすい街と言えるでしょう。

蔵田「草津はもともと宿場町だったから、みんな“居心地”を重視する。買い物やレジャーなら、そりゃあ大阪や京都のほうが好きなものや楽しい場所がたくさんあります。僕ら大阪や京都、大好きですもん。わざわざ車を飛ばして京都までラーメンを食べに行くことだってありますし。でも『暮らす』『過ごす』となると、琵琶湖があって山があって川があって、ほどよく商店街があるこの街で十分なんじゃないかな。娯楽より生活。ライクよりライフですよ」
沖縄の島ぞうりにヒントを得た独特な彫刻作品
「ライクよりライフ」。そう語る蔵田さんにはライフワークと呼べる、もうひとつの肩書があります。それが「カービング・アーティスト」。
実は蔵田さんはラバー(ゴム)を彫る珍しいプロの彫刻家としても知られています。

蔵田さんの手法は、カラーと白の2層に分かれた特製ラバーボードの白い部分だけを彫り抜き、下地の色を浮きだたせるというもの。やわらかいラバーでよくぞこんな見事な和彫りを……ため息が出るほど美しい。




蔵田さんが営む理容院はカービング工房「彫人(ほりんちゅ)」を兼ね、中学校の美術の授業で特別講師をつとめることも。また「草津市立まちづくりセンター」で教室を開き、これまで200人以上を教え、20名のプロを育成してきました。そうして彫りだされる作品は草津発祥のものと認められ、ふるさと納税の対象商品に選定されています。


蔵田「刃が細いアートナイフで一線一線を慎重に彫ってゆきます。複雑なデザインだと、ひとつの作品を彫りあげるのに3カ月かかる。失敗したら修正できない。ミスったら終わりなんです。これも僕にとって死ぬまでの仕事。理容師とカービング・アーティスト、どちらも本業です」
ひと彫り、ひと彫りが真剣勝負。草津から発信されるこの蔵田さんのオリジナル・ラバーアート、ヒントとなったのは沖縄の「島ぞうり」でした。
蔵田「沖縄には『島ぞうり』と呼ばれるゴムぞうりがあるんです。ビーチで誰がはいたものか分かるように、おばあが線香で白地の部分を焼いてお客さんの名前を書いたんです。それをサーファーが見て、イラストに応用し始めたのが島ぞうりアートの起源だと言われています」
沖縄でこれを見た蔵田さんは自分自身も島ぞうりを彫り始め、さらに作品世界を広げるべく、なんと土台のラバーそのものをメーカーと試行錯誤を重ねながら特製するようになったのだとか。


蔵田「魂を込めて彫っています。『白血病の友達を勇気づけるために贈りたい』なんて言われたら、ひと彫りたりとも手を抜くことはできません」
できあがった作品を受け取り、感動のあまり涙する人もいる蔵田さんのカービング・アート。島ぞうりから始まったこの独自の芸術表現は、草津のカルチャーシーンに、新たな一歩を踏み出したのです。


草津特産野菜に扮してギネス記録に認定
独自に編み出したカービング・アートを市民に教えている蔵田さん。草津はこういった「少人数でコミュニティをつくる文化がある」と言います。
蔵田「草津は、僕がやっているようなワークショップや、小規模な手づくり市、マルシェの開催がめちゃめちゃ多いんです。把握しきれないくらいの数が催されている。草津は昔からそういった少人数の集いを大切にしてきた街でした」
蔵田さんがカービングアートを教える「草津まちづくりセンター」のほか、いまアツいのが2017年に草津市立草津川跡地公園にできた「de愛ひろば」と「ai彩ひろば」。毎週のようにさまざまな催しが開かれています。同年4月23日(日)にはde愛ひろばのオープン記念企画「みんなで愛彩菜に大変身!!」が企画され、草津の特産野菜「愛彩菜(あいさいな)」に扮した932(くさつ)人が集結。ギネス世界記録に認定されたのです。




最後に、蔵田さんはこう言いました。「草津に骨を埋めるつもりだ」と。
蔵田「髪を切りに来てくれた40歳くらいのお客さんにね、『僕のことも最期まで面倒を見てや』って言われたんです。んなあほな。その人が80歳になったら僕100歳ですよ。いくらなんでも僕が先に逝きますって。最期までは無理や~。でも、そう言われたら、ほんまうれしいものなんです。理容師冥利(みょうり)に尽きます。それくらい長いお付き合いを、この街の人と、そしてこの草津という街と、僕はやっていきたいですね」
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