変わらない道と、変わらない風景がある「上板橋」|文・齋藤明里(劇団「柿喰う客」)

著: 齋藤明里
 池袋までは電車で10分もかからないけれど、何だかのんびりとして、治安もそんなに悪くない町、上板橋。保育園の年長さんから中学3年生までを東京都板橋区の上板橋で過ごしました。引越しが多い家庭でしたが、一番長く住んでいたのがここです。でも10年住んでいたとはいえ、上板橋が地元かといわれると悩んでしまいます。中学卒業と同時に引越してしまい、実家は全く別の場所にあるし、引越し以来一度も縁の無かった土地だし……。
 しかしながら、今回、住んでいた土地に関するエッセイを書いてみないかとお声がけいただき、13年ぶりに上板橋に足を踏み入れることにしました。有楽町線小竹向原駅から東武東上線上板橋駅までの、よく使っていた二駅間を歩いてみます。

 まず降り立ったのは有楽町線小竹向原駅。ここから北に向かって車通りが多い細道を歩いていくと、つつじに囲まれた板橋区立小茂根図書館が見えてきます。


 この図書館によく通っていたんです。本屋さんの何倍も広くて、古い本のちょっとほこりっぽくて甘いような不思議な香りがして、静かで、ちょっと寒い。子ども向けの絵本から文芸書、漫画、雑誌、ジャンルを問わず置かれている本を見境なく読んでいました。私の頭の中はいつだって物語でいっぱいでした。夏休み、宿題が終わってないのにもかかわらず図書館にすぐ行こうとしては、母に怒られていたことを今でも覚えています。ここで本を読みあさった結果、乱読魔の私が生まれたと言っても過言ではありません。

 道なりに沿って歩いていくと、大きな通りに突き当たります。ここは環状七号線、通称環七通り。思い出のご飯屋さん「びっくりドンキー板橋こもね店」はこの環七沿いにあります。
 私が住んでいたのは5歳から15歳までの10年間。ほとんどがおうちご飯の時期で、外食といえば「びっくりドンキー板橋こもね店」か「デニーズ小茂根店」です。思い出を語るとするならば、小学校の運動会終わりにお友達のMちゃんとそのお母さん、私の母、私の4人で、そのびっくりドンキー(びくドン)に行ったときのお話です。

 びくドンにはびっくりサイズというサッカー大会のトロフィーの大きさのカップがあるんです。普段ならそんなサイズは頼めないのですが、運動会終わりのお疲れ様会ということで注文させてもらえました。初めてびっくりドンキーに来たMちゃんを驚かせたかった気持ちもあります。そして運ばれてきたびっくりサイズ。ずっと頼んでみたかった大きなコーラが本当に嬉しくて、とっても美味しかったことを覚えています。正直、全国のびっくりドンキーで味わえますが、板橋こもね店のびっくりサイズのコーラが、私にとっての上板橋の思い出の味です。
 久しぶりにびくドンにも行きたいなあなんて思いつつ、板橋区を横断している石神井川に向かいます。この川沿いに桜並木が続き、春には散った桜の花弁が川に流れていくことから、その近辺の土地が桜川と名づけられたそうです。小学校も中学校もその名のついた学校に通っていました。小学校の入学式で見たピンク色の並木道と桜吹雪も、中学の正門に咲いていた濃い色の可愛い八重桜も、今も鮮明に覚えています。クラスメイトや先生の名前はすぐに忘れてしまったのに、風景や、通学路は覚えているなんて、とても不思議でした。


毎朝、友達と待ち合わせをしていた公園前


石神井川。春は水面が桜の花びらでいっぱいになります

 懐かしさに浸りながら、石神井川を渡って北西の方角に歩いていくと、いきなり木々に囲まれます。そこは、城北中央公園。野球場やテニスコート、子ども向けの遊具広場、ドッグラン、体育館に室内プール、旧石器時代の遺跡までなんでもある、都内でも有数の大きさを誇る公園です。初めて来た人は都内にこんなところがあるのかと驚いてしまうほどの広さだと思います。中学生の頃、目の前にあるこの公園の遊具広場を教室からよく眺めていました。ちょっとやんちゃな子たちが授業をサボってブランコに乗る姿を見ては、絶対サボりたくないけどブランコだけ乗りたいなぁとぼんやり考えていました。今思えば下校の時にでも乗ってみたら良かったのに、生真面目な私は寄り道を全くしなかったので、結局中学3年間乗れずじまいでした。13年ぶりの今回こそは……! と思って広場に向かうと、ブランコには保育園児ほどの女の子たちが楽しそうに乗っていました。そして、可愛い娘達をカメラにおさめようとするお母様方。のどかで素敵な光景を見つめながら、28歳のお姉さんは隣のベンチに座って満足しました。

 少しのんびりしたら住宅街を進みます。東武東上線上板橋駅まではあと少しです。川越街道に出ると、上板橋の住人で知らない人は居ないランドマーク的存在の「五本けやき」が現れました。そしてその奥にかわいいハートマークロゴのスーパー、「コモディイイダ」の看板が見えます。小学生低学年の時、このスーパーの前の屋台で、タレの焼き鳥をよくおやつに買ってもらっていました。店主さんはだいぶおじいちゃんだったし、もう屋台出さなくなっちゃったのかな。ちょっとさみしいな。なんて思いながら川越街道を眺めたら、交差点の手前にもう一店舗コモディイイダが出来ていました。


意外と細めのけやきが並ぶ「五本けやき」

 上板橋は、いつの間にか2コモディイイダがある町になっていました。すごいぞ上板橋。実家を出てからスーパーの楽しさに気づいたのですが、立派なスーパーが半径50メートル以内に2店舗もあるなんてとても魅力的です。その上、駅寄りのコモディイイダの目の前には、老舗の「丸一ストアー」もあります。丸一ストアーに入っている肉のマルサンには、様々な部位のお肉だけではなくチャーシューやチキン、コロッケなど美味しそうなお惣菜もたくさん売られているんです。その近辺には、しそ焼き餃子やチーズ餃子などが楽しめる餃子専門店も、おかずがいつでも何種類も用意されているお弁当屋さんも、ちょっとレトロな和菓子屋さんもあります。改めて見てみると台所を支えてくれるお店ばっかりでした。多種多様なお店が立ち並ぶ上板橋南口銀座商店街を抜けたら東武東上線上板橋駅南口に到着です。

 こうやって2.5キロほどの道のりを歩いてみると、当時行った場所、通った通学路、見ていた風景、全て覚えていました。建物の見た目は少し変わっていましたが、変わらない道と風景があって、子どものころの私がいるように見えたのです。
 上板橋に住んでいた当時の私は、本が好きで、物語の世界に憧れて、マイペースに好きなことを楽しんでいました。13年経った今の私は、本が好きだから読書系YouTubeチャンネルをやっているし、物語の世界に入れるから女優としてお芝居をやっているし、マイペースに好きなことを仕事にしています。自分にとっての今が、小さいころの「好き」の道を進み続けた延長線上にある。そして、きっと私のこれからも、歩んできた道の、その先にあるのです。そう分かったとき、子どものころの思い出にもっと触れてみたくなりました。そして、これからの私のために、また道を歩むのでした。

著者:齋藤明里

齋藤明里

1995年生まれ。2017年より劇団「柿喰う客」に参加し、上品なルックスと野心的な演技で舞台を中心に活動。最近の主な舞台出演作品に悪い芝居『逃避奇行クラブ』、柿喰う客『禁猟区』、『野鴨-Vildanden-』など。2023年6月には舞台『文豪ストレイドッグス 共喰い』、8月には『ワールドトリガー the Stage』B級ランク戦開始編など話題作への出演を控えている。また2021年までTBS系『王様のブランチ』リポーターを5年半務め、現在は読書系YouTubeチャンネル「ほんタメ」MC、書評、エッセイの執筆など、演劇以外にも活動の幅を広げている。(プロフィール写真 撮影:神谷美寛)
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編集:岡本尚之