
2020年に三重県伊勢市が募集した「クリエイターズ・ワーケーション」に、遅ればせながら2022年の6月に参加してきた。これは応募した中から選ばれたクリエイターたちが伊勢市内に滞在し、何らかの創作活動をしつつ観光もするという企画である。
『ワーク+バケーション=ワーケーション』
製麺好きのライターである私が提案した創作活動は「伊勢うどんを通じて伊勢市を知る」である。これを伊勢市に創作活動だと判断していただけたのだ。
なんとなくしか知らない存在だった伊勢うどんを深掘りすることで、伊勢市が持つ魅力にどっぷりと肩まで漬かることができた。この研究は住まい探しに通じる部分も多々あるので、その成果をここで発表させていただこう。
- ■伊勢市民にとっては「うどん=伊勢うどん」だった
- ■伊勢うどんの老舗、つたや
- ■伊勢うどんの製麺所、山口製麺
- ■自家製麺のうどん店、山口屋
- ■団体客にも対応できる店、岩戸屋
- ■伊勢焼きうどんの専門店、伊勢醤油本舗
- ■伊勢でたまり醤油をつくり続ける醸造所、糀屋
- ■伊勢うどんのたれをつくっている会社、マルキ商会
- ■伊勢うどん史を考察するための断片
- ■伊勢市クリエイターズ・ワーケーション事務局からのメッセージ
- 伊勢市の不動産を探す
■伊勢市民にとっては「うどん=伊勢うどん」だった
まず私が抱いている伊勢うどんのイメージといえば、「お伊勢参りに来た人が食べる特別な料理であり、長旅で疲れた体に優しい柔らかいうどん」だった。
だがしかし、伊勢市クリエイターズ・ワーケーション事務局の三宅さん、そして宿泊したゲストハウスで風見荘のオーナーに話を伺ったところ、その前提がまったくの見当違いであることに気づかされた。
宿泊したゲストハウスの風見荘。自由に使えるキッチンがあるので、地元スーパーなどで買ったものが食べられる
――伊勢市民にとって、伊勢うどんってどんな食べ物ですか。名物って意外と地元の人は食べなかったりするじゃないですか。
伊勢市クリエイターズ・ワーケーション事務局の三宅さん/30代(以下、三宅):「伊勢の人にとって、うどんといえば伊勢うどんみたいな感じです(さも当然のように)。
家で普通に食べるうどんが伊勢うどん。スーパーとかでつゆと麺を買ってきて、日常的につくります。麺もつゆもいろんな種類が売られているんですよ」
――そうなんですか! すごく特殊なうどんなので、外食でしか食べないと思っていました。
三宅:「もちろんお店で食べるのも好きですが、私は家で食べるほうが多いですね。伊勢のスーパーならどこでも買えると思いますよ」
伊勢のローカルスーパー「ぎゅーとら」を確認してみた(写真提供:ぎゅーとら)
見慣れた太さのうどんもあるが圧倒的に多いのは伊勢うどんで、麺もつゆも複数の種類がある(写真提供:ぎゅーとら)
――伊勢うどんって日常の食べ物だったんですね
三宅:「食事を簡単に済ませたいときとかに、麺をお湯で温めて、黒いつゆをかけて、刻んだネギやカマボコをのせたり、生卵を入れたりして食べます。あの麺とつゆは必ずセットですね。薄いダシ汁では食べないです。
めちゃめちゃ麺が柔らかいので、例えば風邪をひいたときとか、ちょっと体調が悪い時とかにもよく食べます。小さい子どもからお年寄りまで、伊勢では『離乳食から介護食まで』っていうくらい伊勢うどんを食べるんですよ」
――想像以上にソウルフードだ。讃岐うどんみたいなうどんは食べないんですか?
三宅:「私の家では食べないですね。それはそれでもちろんおいしいんですけれども」
――そういうものなんですね。
風見荘のオーナー/40代:「私もうどんといえば伊勢うどんですね。小学四年生までほかのうどんは食べたことがなかった。伊勢うどんのスタイルがデフォルトだったので、他所に行ったときに知らないうどんが出てきて、『細いし汁がある!なんだこりゃ!』ってびっくりしました。
家でも店でも普通に食べますよ。好きな店は内宮の岡田屋さん、外宮だったら山口屋さん。河崎のつたやさんもおいしいですね。それぞれ意外と味が違うんで、ぜひ食べ比べてみてください」
試しに伊勢うどんの麺とつゆを買って、宿のキッチンで茹でてつくってみた
伊勢にきて初めて食べる伊勢うどんが手づくり(これを手づくりと呼ぶのか?)。麺を茹でるだけなので超簡単。ちょっと移動疲れしているワーケーション初日の夕飯に最高
伊勢に到着して、最初のインタビューがこれである。もう本当にびっくりだ。やっぱり実際に現地を訪れないと、こういった土着食文化の空気感は絶対にわからない。
なぜ伊勢地方では「うどん=伊勢うどん」となったのか。そもそも伊勢うどんとはどんな料理なのか。ワーケーション期間中、バケーション(伊勢参り)をしっかり楽しみつつ、その道の専門家たちに伺いまくった。
※伊勢うどんの歴史を客観的に証明するような古い文献はほとんど残っていないため、断片的な情報から独自に推測するしかなく、その捉え方や考え方は人によって違うものだという点を理解した上で、以下のインタビューを読み進めてください。
■伊勢うどんの老舗、つたや
まず訪れたのは、伊勢湾に通じる勢田川沿い、海運業で栄えた河崎地区の「つたや」さんだ。ご主人の青木英雄さんは伊勢市麺類飲食業組合の組合長であり、御年82歳だがまだまだ現役。
組合長と紹介したが、ちょうどインタビュー前日に組合の解散式があったそうだが、伊勢うどんの情報を発信する語り部として、今後も組合長を名乗り続けますよと元気いっぱいだ。
カツ丼やオムライスもうまいと評判のつたや。観光客が訪れる伊勢うどんの老舗であり、地元住民が長年通う定食屋でもある
ご主人の青木英雄さん
「つたや」のご主人が考える伊勢うどんの歴史
――つたやの店の創業はいつですか。
青木英雄さん(以下、青木):「昭和20年(1945年)からですね。親父が兵隊から帰ってきてつくった店です。スーパーも小売り屋さんもない時代で、昔は今みたいな飲食店ではなく、玉うどん(茹でたうどん)を黄色い薄い木の板で包んで、お客さんに渡していました」
――お持ち帰りでうどんの麺だけを売っていたんですね。パン屋さんがパンを売ったり、豆腐屋さんが豆腐を売るみたいな感じで。
青木:「店で食べてもらうようになったのは昭和20年代の終りごろ。そのころからたまりのつゆで食べてました。メニューはネギとつゆがかかったうどんだけで25円」
当時と同じスタイルだという、つたやの伊勢うどん。つゆは黒いけど塩辛くはなく、どちらかというと甘くてダシがしっかり効いている
伝わるでしょうか、この滑らかでふわふわな麺のおいしさが
――ここの麺の特徴を教えてください。
青木:「創業当初は手打ち、そのあとは店内の製麺機でつくっていましたが、今はみなみ製麺(伊勢市内にある製麺所)さんに茹でるところまで委託しています」
――製麺所で茹でた麺なんですね。
青木:「先代の社長さんとやあやあ言うて、うちに合うように特注でつくってもらいました。まあ開発に4~5年かかったかな。味と香りが良い三重県産のあやひかりに、コシの強いオーストラリア産のうどん用小麦粉などをブレンドしています。
うちの製麺機よりも製麺所でつくる方がおいしくなったんですよ。製麺機のローラーの太さがうちの機械だと4寸(12センチ)。でも製麺所のは9寸(27センチ)ある。手打ちの麺棒よりも、4寸のローラーよりも、製麺所だと圧力がぐっとかかるので、口あたりのよいうどんができるんです。そばとラーメンの麺は今も店の製麺機ですけど」
――大きなローラーでつくる製麺所のほうが、店でつくるよりも安定しておいしくつくれるという考えなんですね。
伊勢うどんが看板の店だけど、自家製麺なのはラーメンやそばというのが興味深い
――製麺所で茹でた麺を使っている店は多いんですか?
青木:「自分のところで麺をつくっているのは、今は組合でも数軒じゃないですか。山口屋さん、まめやさん、駒鳥食堂さん、福野屋さん、つきよみ食堂さん。あとはもうみんな製麺屋さんに任していると思います」
――製麺所で茹でるところまでやってある麺だと、自宅でも同じようにつくれそうですが、昨日スーパーで買ったみなみ製麺のうどんを自分で茹でたものとは、つたやさんのはまったく違いました。麺が特注というのもあるんでしょうけど、ここまでふわふわにはならなかったです。
青木:「私は毎日うどんを食べるんですけども、 休みの日に家の鍋でつくるとね、まずいです。同じうどんでも、店の大きな釜でバーっと茹でるからおいしくなる。プロの私が家庭用の鍋ではおいしくできないのだから、素人さんが家でつくってうまくできるわけがない、というのが私の持論。
茹でるだけなんだから同じやろうっていうけども、 家庭用のお風呂と銭湯の大きな湯船の違いと一緒。同じ温度に同じ時間入ったとしても、銭湯ならいつまでもポカポカする。その違いがうどんにもでてくる。それが小さな鍋と大きな釜の違いです」
――なるほど~。
ラーメンを茹でるような「てぼ(金属製の深いザル)」だと柔らかい麺に傷がついてしまうので、つたやでは昔ながらの「通し」という檜と竹でつくられた道具を使っている
通しに入れた麺がふわっと浮いてくるまで大きな釜で茹でる
青木さんが考える伊勢うどんのルーツ
――伊勢うどんのルーツを教えていただけますか。
青木:「まず伊勢うどんの起源、発祥などに関しては、しっかりとした文献が残っているわけではないので、諸説あるというのをご理解ください。その上で一個人の考えとして述べさせてもらいます」
――はい、青木さんの個人的な意見として聞かせていただきます。
青木:「はっきり伊勢うどんがいつ頃から食べられたかはわからないですが、大体400年ぐらい前(江戸時代の初期)に、伊勢参りで全国からたくさんの人が来るから、いろんなものが足らんようなって、それで愛知県とか岐阜県とかから物資が伊勢に入ってきた。
この時に入ってきたものの一つが、岡崎(伊勢湾を挟んだ向かいの愛知県岡崎市)の八丁味噌なんですよ。岡崎あたりの味噌蔵では、仕込んだ味噌の状態を確認するのに、味噌のたまり(液状の部分)をうどんにかけて食べるそうです。色と香りをみるためだからダシとかは入れないで。
その食べ方が伊勢に入ってきて、水産業の盛んな土地だからダシが加わったというのが、だいたいのルーツじゃないかと私は考えています」
――岡崎の八丁味噌文化が発端というのが青木さんの説なんですね。ではなぜ伊勢うどんがお伊勢参りの人向けに普及したんですか。
青木:「通説だと『お伊勢参りに来た疲れた旅人の胃に優しい柔らかいうどん。たくさんの人に簡単に出せる料理』ってなっていますけど、それは今の人が後付けで考えた説かもしれません。
伊勢は餅米とか普通の米とかの生産はあったけど、小麦はそんなに採れなかったと思います。もしたくさん生産していたり、どっかから小麦を調達してきても、当時は電気も機械もない。うどんはまず小麦を石臼でひいて粉にするわけですよね。それで一日何百食をつくろうと思ったら大変ですよ。これはもう私の個人的な意見ですが」
某所に貼られていた伊勢うどんの説。これとは少し違った「諸説あるうちの一つ」を青木さんから伺った
――確かに小麦は米と違って粉にしないと食べられないから、余計に手間はかかりますね。うどんは大量生産に向いていなかったかも。
青木:「地元の人は食べていても、お伊勢参りに来た人の胃袋を満たすだけの量はできない。そばでもうどんでも、手打ちだと一回に最大10人前しか打てません。たくさんの人に簡単に出せるっていう食べ物ではなかったんです。その時代につくってくれといわれたら、私だったら絶対無理!
お餅屋さんは昔から伊勢参りの道中にあちこちあったそうです。地元でも餅米は採れるから、それはできたと思うんですよ。でもうどんは難しいと思いますわ」
伊勢には赤福、御福餅、へんば餅、太閤餅など、たくさんのお餅屋さんがある
青木:「私も色々調べましたけど、400年くらい前の江戸時代に浦田町の橋本屋七代目の小倉小兵がうどん屋をやっていたっていう記録はあるそうです。でも伊勢うどんの店がたくさんあって、大量に食べられていたっていう証拠はありませんでした。
栃木県の庄屋さんが、江戸時代に毎年お伊勢参りに人を送り出して、帰ってくると道中記みたいなのを書かせていた記録があるんやけど、それを調べても伊勢うどんは出てきません。そこから考えても、伊勢うどん自体の歴史は古くても、そんなにいっぱい出していなかった可能性があるんです」
――伊勢参りに来た全員が食べるような名物料理ではなかったかもしれない。
青木:「十返舎一九の東海道中膝栗毛(1802年から1814年に刷られた東海道旅行の記録で伊勢参りが登場する)ってあるでしょう。まあ言うたら当時のガイドブックみたいなもんですけども、その中に桑名の焼き蛤を食べたとか伊勢の遊郭で遊んだ話は出てくるけど、伊勢うどんを食べた記述は出てきません」
――当時からメジャーな食べ物だったら、出てきてもよさそうです。
青木:「こんな変わったほかにないうどんを食べたら、どこかにその記述が必ず出てくる。だから食べてないと思う。
でも現代の作家が江戸時代を舞台にして書いた小説には出てくるんですよ。有吉佐和子の『油屋おこん(毎日新聞に1979年に連載された伊勢の遊女が主人公の物語)』とか、中里介山の『大菩薩峠(1913年~1941年に連載された幕末剣士の物語)』とか。江戸時代の話やけど、書いた方が現代人。それが定説に繋がったかもしれないというのが私の考えです」
――古い文献が残っていないから、現代作家の小説が史実になっている可能性があるんですね。
ラーメンも人気だからこそ生まれたつたやのオリジナルメニュー、ボリュームたっぷりの焼豚伊勢うどんも魅力的だ
「伊勢うどん」という名前が普及した理由
――伊勢うどんを出す店が増えたのって、いつごろぐらいからだと青木さんは考えますか。
青木:「昭和40年代だと思います。そのころは小麦粉も買おうと思えばいくらでも買える時代です。安く小麦粉が手に入るからうどんを出す店が増えて、伊勢におもしろいうどんがあるぞと、ちょっとしたブームになってきた。
当時はまだ伊勢うどんという名前は一般的じゃなくて、他所の人がなんて呼んだかというと、『山田のうどん』って言ったんですよ。この辺りの古い呼び方が山田だったもんで、『山田のうどんは変わったうどんやで』っていう話で。
伊勢うどんという名称を伊勢市麺類飲食業組合で正式に使うようになったのは昭和47年です。私の父親が組合長をしていたときに、みんな集めてつけた名前。その前に永六輔さんが伊勢に来られたときにうどんを食べて、『こんな変わったうどんはほかにはない。伊勢で食べたから伊勢うどんだ』ってラジオなどで紹介してくれたんです」
――永六輔さんにあやかって、組合に加盟している店で出すうどんは「伊勢うどん」という名前で統一しようと。
青木:「それまでは地元の人がうどんっていったらこれが出たもんで、別に伊勢うどんっていう必要がなかったですから」
伊勢うどん大使である石原荘一郎さんの著書「伊勢うどん全国制覇への道」に掲載されている永六輔さんのインタビューによると、永さんが伊勢のうどんと出会った頃には伊勢うどんという呼び名がすでにあったと語られている。伊勢うどんと呼ぶ人もいたけれど、そこまで一般的ではなかったというところだろうか。
伊勢うどんの麺がすごく柔らかい理由
――伊勢うどんといえば柔らかい麺が特徴的ですが、なんでここまで柔らかいうどんが生まれたのでしょうか。
青木:「これもあくまで諸説のうちの一つですが、昔のお年寄りが家でつくっていたっていうのを聞いたことがあります。うちのおばあちゃんがつくっとったよっちゅう話で。でも材料が小麦粉じゃなくて米粉なんですよ。自分のところで採れた米(うるち米)を粉にして、うどんにして食べていたそうです。
これが柔らかいもんで、伊勢うどんの柔らかさのルーツの一端はここにあるんやないかな。米粉を生地にして麺にして茹でたものに、岡崎からきたたまりにダシを合わせてかけて食べていた」
――それが柔らかい食べ物だったから、米粉が小麦粉に入れ替わっても、やっぱり柔らかくした。
青木:「けれども、これが米粉でうどんをつくろうと思っても無理なんです。私も実際につくってみたけど難しい。生地がつながらない。米粉にたくさん小麦粉を入れればかろうじてつながるけど、米粉100%は無理。そのおばあちゃんは現存しとらんもんで、直接話聞くことができない。昔の人がどうやってつくっていたかわからないんですわ」
――家庭料理のはずなのに、本職のうどん屋さんでも再現できないっていうのがおもしろいですね。米粉だから麺というよりは細長い団子みたいな感じだったのかも。
暑い季節はひやし伊勢うどんも人気
――伊勢うどんの麺が柔らかいのは、茹で時間が長いからですか?
青木:「うどんの茹で時間は全国平均だと15分だそうです。でも伊勢うどんは1時間くらい茹でる。1時間も茹でるのは全国でもこの麺しかありません。NHKの『ためしてガッテン』がうどんを取り上げたとき、一番柔らかいのがこのうどんやった。
店によって茹で方は違いますけど、うちが自家製麺を出していたときは、沸騰したお湯で30分茹でたら、釜にフタをして火を消して30分蒸らしていた。大きな釜だからすぐには冷めません。だからうどんの固さが取れるんです」
――ご飯を炊くみたいに蒸らすんですか。麺類の茹で方では初めて聞きました。
青木:「それを水で洗って締めておいて、お客さんから注文があったら温め直して出します。これが伊勢うどんなんです」
茹でなおされたばかりの美しい麺。伊勢うどんのつゆは常温なので、丼に釜のお湯を入れて温めおくのが大切なポイント
――麺を茹でて、蒸らして、締めて、寝かせて、また茹でて、ですか。普通にうどんをつくるよりもずっと手間がかかりますね。ほとんどの店が製麺所で茹でた麺を使っているという理由がよくわかりました。
つたやの黒いつゆの秘密
――この黒いつゆのつくり方も教えてもらっていいですか。
青木:「このつゆは薪の釜で5時間かけてつくっています。カタクチイワシとアジとトビウオの煮干し、ホンガツオとソウダガツオの鰹節、それから利尻産の昆布で濃いダシをつくって、たまり、味醂、黄ザラ(砂糖)などで味をつける。これを一日寝かせてから使います」
つゆをつくる年季の入った薪釜
そばつゆをそば湯で割って飲むように、うどんのつゆも茹で湯をもらって割って飲むと、ダシの味がよくわかると教えていただいた
――市販のつゆだと封を開けるだけですけど、つくるとなるとすごい手間ですね。薪窯を使うと味が違いますか。
青木:「薪釜は保温力が強いから、火を消してもじんわりと釜を温め続けられる。だからこその味がでるんだと思います。これは家庭ではまねできません。
もう一つの特徴は、最後の仕上げに真っ赤になるまで釜の中で熱した鉄板が、つゆに入るんですよ。そうすると魚の臭みとかね、いろんな雑味をジュワっと消してくれる。
手間も時間もかかるから100食分くらいしかできへんもんで、売り切れたらその日は終了。店の分だけで精一杯だから、お持ち帰りとか地方発送まではやっていません。
伊勢うどんは伊勢の味、故郷の味やけどな、郷土料理ではないんです。一から家でつくる人は一人もいませんから」
つゆづくりの仕上げに入れる鉄板
青木さん、ありがとうございました!
伊勢うどんの知識がほぼない状態でのインタビューだったが、青木さんから伺った興味深い話の連続に、バケーション気分で弛んだ脳みそが隅々まで活性化した。
あくまで青木さんの説ではあるが、江戸時代から存在したけど伊勢名物ではなかったとか、家庭で米粉を使ってつくる人がいたとか、思い描いていた伊勢うどんの概念が崩れまくるのがおもしろい。
伊勢うどんが売りの店でも、製麺所で茹でた麺を使う店がほとんどというところもおもしろい。味も食感もつくり方も違うのだから、私がこれまで食べてきたうどんとは、安易に比べて語ってはいけない食文化なのだろう。
青木さんに話を聞けただけでも伊勢に来た甲斐があるというものだが、私のワーケーションはまだまだ続く。
■伊勢うどんの製麺所、山口製麺
伊勢うどん独特の柔らかい麺は、一体どのようにつくられているのか。それを知るために訪ねたのは、伊勢市内にある製麺所の山口製麺さんだ。お話を伺ったのは代表取締役社長である山口博司さん。
伊勢うどんのつくり方を教えてもらう前に、山口さんが考察した伊勢うどんの成り立ちを教えていただいた。つたやの青木さんとは少し違う考えを教えていただき、限られた資料から謎に包まれた伊勢うどんの歴史を想像することの楽しさをより深く知ることができた。
伊勢うどんの麺を中心につくっている製麺所の山口製麺
代表取締役社長の山口博司さん
山口さんが考える伊勢うどんの成り立ち
山口博司さん(以下、山口):「伊勢うどんの成り立ちについては諸説あり、私の話はあくまで個人が考えている説です。その点を踏まえた上で一説として聞いてください。
伊勢神宮の式年遷宮(建物を定期的にすべて建て替える行事)は飛鳥時代の690年から行われていますが、当時は伊勢神宮の西を流れる宮川から東の五十鈴川までが神領だったので、そこの住人は年貢を納めなくてよいとされていました。
それもあって伊勢の人っていうのは、お百姓さんも含めて食文化が豊かだったそうです。だから自足の小麦もあったし大豆で味噌もつくっていた。それで味噌をつくるときにできるたまりをうどんにかけて食べたっていうのが、伊勢うどんの始まりだと私は思います」
――米だけでなく、小麦も伊勢のあたりでつくってたんですか。
山口:「そうですね。うちの亡くなったじいさんが昭和57年に取材された雑誌があって、そこには米よりも小麦のほうがつくられてたと書かれています。小麦って年2回つくれるじゃないですか」
立派な資料を用意していただいた
山口:「伊勢うどんを店で出すようになったのは、橋本屋の七代目だった小倉小兵さんが一番最初といわれています。その方が亡くなったのが1627年。当時はおそらく大量に茹でっぱなしにしておいて、柔らかく煮えた麺を釜揚げで出していたんだと思います」
――どれくらいの人が食べていたと思いますか。
山口:「江戸時代は伊勢の川に橋がなかったんですよね。それで川渡しをする人がいて、そこの棟梁が今日は何人来たっていうのを全部記録に取ってたらしいんですよ。その記録っていうのが今も残っていて、それによると60年周期でおかげ参りが流行った年には、年間500万人ぐらいが伊勢参りをしていたそうです」
――500万人ですか!
山口:「当時の日本の人口って3000万人ぐらいだから、全国民の6分の1が来ていたことになります。少ない年でも300万人。現在の製麺機を使った機械打ちの店でも自家製麺だと1日300食が限界。それが手打ちとなれば一体何食つくれたのか。当時を考えると石臼で粉をひくところから始めないといけないでしょう。
伊勢にうどん屋が何軒あったかはわからないですけど、おそらくそんなに伊勢うどんは食べられてなかったんじゃないかと思います。これは完全に僕の考察なんですけど、そういう店もあったよ、くらいな感じではないかなと」
――橋本屋という店はあっても、今ほど一般的な料理ではなかったと。
当時の伊勢うどんを考える
山口:「伊勢うどんが太い理由ですけど、そもそも中国から遣唐使によって伝わってきた当時のうどんは、索餅(さくべい)といって小麦粉と米粉を混ぜて塩水で練り、太い縄状にねじってつくる麺だった。その流れだと思います」
――薄く伸ばした生地を細く切るのではなく、生地を細く伸ばしていくタイプの麺。
山口:「伊勢で食べられていたものが小麦粉だけだったのか米粉が混ざっていたのかはわかりませんが、長く伸ばした生地を茹でたものに、たまりにちょんちょんとつけて食べてたのが伊勢うどんの始まり。うどんというよりは、細長い団子とか餅みたいなものですね」
――小麦粉だったら細長いすいとんですね。
山口:「真珠の養殖で有名な御木本幸吉(1858年~1954年)は、鳥羽(伊勢市の隣の市)にあったうどん屋『阿波幸』の長男なんですけど、ミキモト真珠島にある御木本幸吉記念館には、阿波幸で使われていた当時の丼が展示されています。それが茶碗ぐらいの大きさで、そんなに深くもなかった。だから昔の伊勢うどんは今よりも量が少なかったようです」
山口さんの話を聞いて、ミキモト真珠島まで行ってきた
江戸末期から明治に存在したうどん屋が再現されていて感激
麺を茹でる釜の上には、つたやで教わった「通し」が!
これが阿波幸のうどんを再現したもの
写真だとサイズ感がわかりにくいが、直径14cm程度とかなり小さい
――うどんをたまりで食べるっていう食文化は、伊勢に前からあったのでしょうか。
山口:「それはあったと思います。橋本屋の七代目がやる前からなければ、そんな急には生まれない料理ですから。そういう料理を地元では家庭料理としてなんとなく食べていて、お店として初めて出したのが橋本屋さんっていうことだと思います。
これはもう推測でしかないんですけど、味噌をつくるときの副産物として出てくるたまりがあったから、うどんにつけて食べていた。そういう発祥だったんだと思います。家だと麺というよりは小麦粉の塊だったかもしれません。
それを橋本屋七代目の小倉小兵さんが、麺らしい形にして、たまりに出汁を加えて出したということではないでしょうか」
父の音吉が考案した粉ひき機。人力で小麦を粉にしていたのだから、今よりもずっと大変だ
山梨や群馬でも昔は田んぼに水を引くのが大変だったので、山間部では主に小麦を育てて自家消費していたため、「ほうとう」や「お切り込み」のような小麦粉麺文化が生まれた。伊勢うどんの生まれはそれと近い話なのかもしれない。
あるいは米粉でつくる餅や団子の代わりとして、手に入りやすい小麦粉でつくった軽食がだんだんと今の形に変わってたのかも。そう考えると阿波幸の丼が小さいのも納得である。伊勢うどんの歴史を知るためには、農業の歴史も調べなければいけなそうだ。
山口製麵創業当時の伊勢うどん事情
――山口製麺さんの創業はいつですか。
山口:「うちは昭和23年からで、創業者の祖父は山口家の三男坊か四男坊。家は継げないから大阪で漬物屋をやっていて、空襲で焼かれて伊勢に来たんですよ。それで祖母が旅館の娘で、旅館で使っていた製麺機をもらい受けて小さな製麺屋を始めました。
戦後まもない頃で、当時は農家の方が小麦を持ってきてくれたら、手間賃をいただいて製麺していました。一度に麺を渡すのでなく、何kgの小麦を預かったかをうちで台帳につけておいて、あとで取りに来たときに必要な分だけうどんを渡すっていう、うどん銀行みたいなことをしていたんです」
――製粉所が農家から小麦をまとめて預かって小麦粉を渡していたという話を群馬で聞いたことがありますが、伊勢ではうどん屋さんがうどんにして渡すんですね。そのうどんは茹でた状態ですか。
山口:「そうです。今の伊勢うどんとほとんど変わらない、太くて柔らかいうどんです。僕は今年で55歳ですが、中学生ぐらいの時までは家族だけでやっている小さな製麺所が、伊勢にはたくさんありました」
――町の豆腐屋さんみたいな存在ですね。
山口:「そんな感じです。そういった店は後継ぎがいなかったり、 製麺機が壊れて直すのにお金がかかるとかで、だんだんと減っていきました」
――つたやさんの創業と似た話ですが、つたやさんはうどんを食べさせる飲食店となり、山口製麺さんは製麺所を大きくした。
山口:「これはつたやの青木さんに聞いた話ですけど、昔は家風呂がなくて銭湯通いだったじゃないですか。銭湯の近くには必ずうどん屋さんがあったそうです。旭湯の近くに今も福野屋といううどん屋さんがあるんですけど、そこの店主さんの話だとうどん屋には必ず薬が置いてあった。
昔は風邪をひくと、銭湯で体を温めて、消化の良いうどん食べて、薬を飲んで治していたんですね。今考えると、風邪のときに風呂に行くのはどうなんだって思いますけど」
残念ながら福野屋にはいけなかったのだが、おはらい町通りの薬屋に「うどんや風一夜薬」が売られていた。どうやら大阪発祥の文化らしい(詳しくはこちら)
山口:「うちのうどんが小売店で売られるようになったのは昭和47年くらいから。ここみたいな製造メーカーでも、それまで高級品だったビニールが仕入れられるようになったんです。
一食分ずつ個包装できるようになって物流が楽になったので、当時の岡田屋(現在のイオングループ)さんとかスーパーにも並べられるようになりました」
――確かに個包装されないと売れないですね。そんな転換点があったとは。
スーパーで購入した山口製麺の伊勢うどん
山口:「そういう時代になってくると、当然他所からもうどんが入ってくるので、さぬきみたいな細いうどんと区別するために、伊勢のうどんだからということで『伊勢うどん』という名前がつくようになりました。それまでは『うどん』だけだったんです。
僕らの世代だと、小学校の修学旅行で奈良とか京都に行くでしょ。そうすると向こうは伊勢うどんではないうどんだから、みんな驚くんですよね。なんだか細いぞ、薄い汁に入っているぞって。僕は家業が製麺所だからさすがに知っていましたけど」
昭和47年といえば、伊勢市麺類飲食業組合の組合長が伊勢うどんと呼ぶように決めた時代とちょうど一致する。もしかしたら同時期にいろいろなところで『伊勢うどん』という名称が使われるようになり、その名前が定着したのかもしれない。
常温保存が可能な伊勢うどんの秘密
――個包装といえば、スーパーで売られている普通の伊勢うどんは賞味期限が3日とか4日ですよね。でも常温で1カ月以上持つものもあります。あれは何が違うんですか?
山口:「常温保存できる伊勢うどんが登場してから20年ぐらいなりますかね。あれはpH(ペーハー)を調整してあるんです。まず生地を練る前にリンゴ酸とかのお酢を粉に混ぜて、pHを下げて(酸性にして)殺菌します。さらに茹で上がった麺を酸に侵食させて滅菌して密封する。そうすると腐敗せずに長持ちします」
――それは観光客がお土産でも買えるようにとか、地方に発送するためですか。
山口:「そうですね。うちにも伊勢に来られた方からの問い合わせが結構あって。でも一般的に常温保存タイプだと、どうしても違う味になっちゃうんです。漬物でも現地で食べたのはおいしかったのに、お土産物屋で買ったやつは全然違う味だったりするじゃないですか。
うちは40年くらい前から、冷凍の味がほとんど変わらない伊勢うどんがあったし、自分が漬物のお土産でがっかりした経験もあったので、常温保存できるうどんはつくっていなかったんですよ。それでもやっぱり要望が多かったので、なるべく味が変わらないようにいろいろ工夫して、ようやく納得できる商品ができました」
内宮に通じるおはらい町通りのお店で見かけた山口製麺のお土産用伊勢うどん
製麺所における伊勢うどんのつくり方
ついつい山口さんの話に引き込まれてしまったが、ここからが山口製麺を訪れた本題である。
山口さんに教えていただいた製麺の流れは、小麦粉と塩水をよくこねて団子をつくり、一晩寝かせてから波型のローラーに何度も通して鍛えて、それを円柱型のローラーで段々と薄く伸ばして、シュレッダーのような機械で麺にするというものだった。ここまでの工程は普通のうどんと基本的には同じである。ただしすでに麺が太い。
違うのはここからだ。その太い麺を陸上のトラックのような楕円形の釜を移動させながら40分かけて茹でるのだ。最初は差し水をして茹でるお湯の温度を下げておき、そこから高温部分を通過させて、最後にもう一度差し水をしたお湯で仕上げるというこだわり。これによって中と外が均等に茹でられ、柔らかいけれど煮崩れてはいない、コシが残った角のあるうどんになるそうだ。
この文章だとさっぱりだと思うので、写真とキャプションで説明します。
このピンがクルクルと回転する機械で、塩水と小麦粉(三重県産、北海道産、オーストラリア産のブレンド)をよく攪拌したら、手作業で団子にして一晩寝かせる
翌日、波打ったローラーで生地を鍛える
波型のローラーは表面積が大きいので、生地に効率よく力を加えることができる
生地を折りたたんだり、向きを変えたりすることで(グルテンが一方向に偏らないようにする)、40分の茹で時間に耐えられる強い生地ができていく
鍛え上げた生地を複数のローラーで少しずつ薄くしていく
生地のグルテンを壊さないよう丁寧に薄くしていく心配りが伊勢うどんへの愛の表れ
切りそろえた生地をシュレッダーのような機械で極太の麺にする。ちなみにシュレッダーは製麺機を参考にして生まれた機械である
上記のラインはあくまで伊勢うどん専用で、伊勢うどんじゃない麺をつくる製麺機はとてもコンパクトだった
麺を茹でる釜は流れるプールスタイル(左回り)。もちろん伊勢うどん専用の釜で、写真の手前側が加熱部分で一番熱くなっている
裁断した麺は差し水で少し温度を下げたお湯へと投入される
低温、高温、低温と異なる温度のお湯を移動しながら、40分かけて茹で上げられる
茹でられた麺はすかさず冷水の入った水槽へとダイブ
たっぷりの水で泳がせることで麺を締める。柔らかい伊勢うどんだが茹でっぱなしではないのだ
さらに隣の水槽へドボン
仕上げに手作業でぬめりをしっかりと落とす
柔らかいのにコシがあって角が立っているうどん。この状態で試食させてもらえばよかったと強く後悔している
うどんを一人前ずつに分ける機械
もう一度水で洗ってから個包装の段階へ
最高の工場見学ですよね!
ビニール袋に密封されて、検品を通れば完成だ
山口さん、ありがとうございました!
このように伊勢うどんをつくっている製麺所では、手間暇をかけて強いうどんを打ち、あえてやわやわに茹で上げているのである。
本物の伊勢うどんを食べたことのない人にはまったく理解できない行為だと思うが、これが伊勢市民のうどんに対する独特のこだわりであり、これぞ地域に根付いた食文化。
その土地にしか存在しないこだわりがあるというのは、なんて魅力的なことなのだろう。こうして伊勢うどんを通じて、伊勢という場所をどんどん好きになっていくのだった。
■自家製麺のうどん店、山口屋
続いては店内の製麺機で自家製麺をしている山口屋さん。昭和初期創業の老舗店である。お話を伺った店主の山口敦史さんは山口屋の三代目だ。
山口製麺(同じ名字でややこしいが山口屋とは無関係)で伊勢うどんの麺づくりを教えてもらったからこそ、それを自家製麺することの大変さが理解できた。
伊勢市駅から徒歩圏内にある山口屋さん
三代目の山口敦史さん
山口屋の創業当時の様子
――昭和初期の創業当時は、どんなうどんを出していたのですか。
山口敦史さん(以下、山口):「ここら辺でうどんといえば、昔から太くて柔らかい伊勢うどん。それしかなかったので、今と同じようなうどんです。もちろん伊勢うどんとは呼ばれていなかったですけど。
今も昔も、たまりでつくったたれをかけて食べるのが一般的な食べ方。同じ麺を汁で食べる場合は『うすうどん』とか『うすくちうどん』って呼んでいます」
――汁の色と味が伊勢うどんに比べると薄いという意味ですね。
山口:「うちはカレーうどんとかもありますが、麺は全部伊勢うどんと同じうどんです。うどんといえば伊勢うどんなので」
店内の様子。山口さんの向かいにいるのは、私ではなくて伊勢市クリエイターズ・ワーケーション事務局の三宅さん
汁のあるうどんはうすくちうどん。自家製麺なのに値段が安い ※2022年6月撮影時の値段です
カレーうどんも伊勢うどんの麺。柔らかい麺にトロっとしたカレースープがよく絡んでうまいんですよ
――伊勢の人にとって、伊勢うどんはどんな存在ですか。
山口:「今はスーパーで麺とたれを買えば家で簡単につくれるから、地元の人は店屋さんではめったに食べないんじゃない。もう身近過ぎて家で出てくるものっていう感じだから、うちは観光客の方が多いです。
でも昔は各地区にいろいろ特徴のあるうどん屋がたくさんあって、みんなこだわりがあったんですよ。ここの店が一番だっていうね。小さいころからずっと食べて育った店が自分の味」
――そのころからの雰囲気を残しているうどん屋が、ここ山口屋さんなんですね
山口屋の味を守ると同時に、伊勢における街のうどん屋という食文化を伝承しているのだ
自家製麺のつくり方とその苦労
――この店は自家製麺のうどんなんですね。
山口:「創業当初は手回し式の業務用製麺機で、今は電動の製麺機で打っています。朝に小麦粉と塩水をミキシングして、ちょっと寝かせてから製麺機で生地を伸ばして切る。それを釜で1時間茹でて、火を止めて20~30分蒸らし、水で締めたものを使っています」
――すごい。茹でと蒸らしを合わせると1時間半もかかるんですね。
山口:「うちの釜だと一度に80食分くらいしか茹でられないから、忙しい日は営業の途中でも茹でないといけない。なかなか大変ですよ」
――調理しながら製麺ですか。伊勢うどんの自家製麺、やっぱり大変ですね。
山口:「注文が入るとお湯の沸いた釜に麺を入れて温めて、『通し』っていう道具に麺を集めて、お湯で温めておいた丼に移します。麺が柔らかいので金網を使うと筋が付きますから。伊勢の竹職人が亡くなられて、この通しもなかなか手に入らなくなってしまいました」
麺を茹でたりたれを煮込んだりする大釜。営業中に仕込むこともあるので、仕上げに茹でる釜とは別に用意しないといけない
柔らかいうどんの肌を傷つけないために使う通し
通しの中で茹でるのではなく、釜のお湯全体を使って麺を温めて、浮いてきたら通しに集める
温めておいた丼に麺を入れ、たれや具と合わせたら完成
山口:「伊勢うどんを食べ慣れている常連さんは『柔らかくしてくれ』っていったりしますね。うちは他の店よりもコシのあるタイプなので。その場合は温め直す時間を少し長くしています」
――1時間茹でたうどんを、さらに柔らかめでってすごい注文ですね。食べる側の突き抜け方がすごい。
山口:「他所の人が知らないで食べたら『なんじゃこりゃ』っていううどんですけど、伊勢の人はこれが好きなんですよ。
たれは鰹節を三種類、鯖節、煮干しでダシをとって、たまり、味醂、ザラメなどを加えます。うちは伊勢うどんとしてはたれの量が多めで、そこまで濃くないと思います」
たれが多めの伊勢うどん
真っ黒いけど濃すぎないたれと麺をよく混ぜてから食べる。ちゃんと麺にコシが残っているから持ち上げても切れない
一番人気は伊勢うどんのたれで煮込んだ、松阪牛すじ伊勢うどんの卵入りだ
山口屋の伊勢うどんは、麺肌はすごくやわやわなのだが、もちもちの噛み応えがしっかりとある。表面と内面で異なる弾力のコントラストがドラマチックなのだ。これは茹でたその日に提供できる自家製麺の強みだろうか。まさか伊勢うどんにもコシ(麺の反発力)を感じるとは。
醤油を使わずにたまりだけでつくるたれはダシの風味がしっかり効いていて、伊勢うどんとしては少し甘さが抑えめでキリっとした味。この黒いたれの色がもはや当たり前になっているが、塩辛いという感じはまったくない。
何店か食べ歩いたことで、伊勢うどんという一つのジャンルの中にも、店ごとに麺やたれの理想が違うことがわかってきた。具はネギだけというシンプルな見た目からは判断できない奥深さがおもしろい。
■団体客にも対応できる店、岩戸屋
伊勢神宮内宮の目の前に店を構える岩戸屋さんは、創業1910年(明治43年)。岩戸餅や生姜糖といったお土産物の製造販売が本業でありながら、団体客も対応可能な食堂を兼ね備えた大型店だ。
ここで個包装のうどんと市販のたれを使った、伊勢の飲食店で一番スタンダードともいえる伊勢うどんのつくり方を見せてもらうことで、『伊勢うどんはお伊勢参りに訪れたたくさんの人をもてなす料理』という通説の根拠が見えてきた。
ご対応いただいたのは料理長の谷川原広也さん。
お多福がトレードマークの岩戸屋さん(写真提供:岩戸屋)
さまざま伊勢土産がそろった大型店だ(写真提供:岩戸屋)
今も人気商品である生姜糖の製造販売からスタートした岩戸屋。2023年1月には伝統の生姜糖を素材にこだわってリニューアルしたそうだ(写真提供:岩戸屋)
現在の看板商品は岩戸餅。北海道産小豆の上品なこし餡がおいしい。お土産用はもちろん、食堂で抹茶とのセットがいただける
伊勢うどんやてこね寿司はもちろん、松阪牛のステーキやカレーまでそろった幅広いメニューで、観光客を迎え入れている(写真提供:岩戸屋)
団体客を受け入れている店だからこそ伺える話
――この食堂ではどんな料理が人気ですか。
谷川原広也さん(以下、谷川原):「うちの食堂は観光客の方がほとんどですが、やっぱり伊勢うどんは人気ですね。伊勢うどんと手こね寿司がダントツです」
――お伊勢参りに来た人は、やっぱり伊勢うどんを食べるんですね。
谷川原:「値段も手ごろですからね。伊勢うどんの麺は四日市のイトメン本店という製麺屋さんから、太さとか硬さを指定した国産小麦の岩戸屋専用を仕入れています。
たれは玉城町(伊勢市の隣)のミエマン醤油(西村商店)が、伝統的な製法でつくっているものです」
これはスーパーで購入したミエマンのたれ。市販品にもさまざまな種類があり、それぞれ味や製法に特徴があるようだ
谷川原:「伊勢うどんって柔らかいでしょう。昔は四国の方から団体旅行で来る人の中に、コシがないのはうどんじゃねえって怒る人もいました」
――俺が食べたいうどんと違うぞと。伊勢の人が他所でうどんを食べて驚くのと逆だ。
谷川原:「同じ四国の人でも、これはこれでおいしいよねって喜んでくれる人もいます。うどんといっても、讃岐とはめんもつゆも全然違いますから」
――団体客が来る店ならではのエピソード!それこそが旅の楽しみだと思いますが。
谷川原:「つゆを入れ忘れたんじゃないかと言われたり、ダシをかけてくれと言われたり。これが伊勢うどんなんですよって説明するんですけど、反応はいろいろですね。
ラーメンでもすき焼きでも、なんでもそうです。名前は一緒だけど、全く違う料理って多いんですよ。最近はさすがに情報社会なので、伊勢うどんがどんなうどんなのか、知らない人も減りましたけど」
――でも情報としては何となく知っていても、いざ初めて食べてみると、やっぱりびっくりしますよね。伊勢地方でこういったうどんが食べられているのはなぜでしょうか。
谷川原:「詳しいことはわからないですが、長旅で伊勢参りに来た人でも食べられる消化の良いもの、疲れを癒やす食事として広まったっていう話がありますよね。コシの強いうどんだと疲れますから。でも地元の人はみんな普通に食べていますよ」
――観光客にとっては特別な食べ物でも、伊勢の人にとっては日常食というのがおもしろいです。岩戸屋さんのつくり方を教えてください。
谷川原:「伊勢うどんのつくり方といっても、基本的には家庭と一緒です。ただ麺を湯がいて、たれを入れて具をのせるだけ。一瞬ですけどいいですか?」
――お願いします!
伊勢うどんのスタンダードなつくり方
これはなんの取材なのだろうか?と少し不思議そうな谷川原さんに、オーソドックスな伊勢うどんのつくり方を実演していただいた。老舗のうどん店を取材するよりも、ある意味緊張感がある。
麺を茹でる
たれをかける
具をのせたら完成!
本当にあっという間だった。たっぷりのお湯を沸かしている業務用のコンロなので、麺を入れてもお湯の温度があまり下がらず、家庭の小さな鍋よりも早く茹るのだろう。
これを食べさせてもらったのだが、当たり前の話なのだが、ちゃんとおいしい伊勢うどんだった。私がつくるより全然うまい。伊勢うどんとしては若干固めに仕上がっているかもしれないが、普通のうどんに比べたら断然やわやわ。
まさしく、期待通り、文句なしの伊勢うどんである。
甘いたれに一味唐辛子がすごく合う
ここにきて「伊勢うどんは旅人の胃に優しく、すぐに提供できる食べ物」という俗説がキラリと輝いてくる。
伊勢うどんは麺やたれを自家製造しようと思えばどこまでも苦労できるけど、お湯を沸かすだけで提供できるファストフードでもあるのだ(もちろんそれでも設備やつくり手によって味は変わる)。地元の方の話だと、喫茶店のメニューなどにも当然のように存在するらしい。
ただ調理場での作業は一瞬だけど、それは製麺所で丁寧に麺をつくり、醤油屋などが手間暇かけてたれをつくっているからこその味であることは、ちゃんと知っておきたいところである。
もう一つの人気メニュー、伊勢焼きうどんもつくってもらった。油でネギを炒めたら、茹でた麺を加えてたれ(伊勢うどんと同じもの)を絡める
具に紅しょうががプラスされている。意外に思える料理だが、もちもちの麺は焼きうどんとも相性ぴったり。これを知ったら通常版と焼うどん版、どっちを頼むか迷ってしまいそうだ
■伊勢焼きうどんの専門店、伊勢醤油本舗
伊勢焼きうどんといえば、おかげ横丁に店を構える伊勢醤油本舗もおいしいと評判だ。こちらは2011年のオープン以来、伊勢焼きうどん一本に絞っている店である。
醤油屋さんがつくる焼きうどんだけあって、たれは伊勢うどんでよく使われるたまりではなく、伊勢地方でつくられていた伝統の濃厚な醤油を再現した再仕込み醤油「伊勢醤油」をベースにした、焼きうどん専用のものだ。麺は四日市市の堀製麺。
江戸時代の街並みを感じさせるおかげ横丁に店を構える伊勢醬油本舗
鉄板にラードを広げ、さらにたれを香ばしく炒めるのが味の秘訣
香ばしさが引き出されたたれを茹でた麺にしっかり絡める
こってりしたラードと香ばしいたれでコーティングされたモチモチ太麺がうまい。これもまた伊勢うどんの麺ならではの味。お好みで一味唐辛子か黒胡椒をたっぷりかけて食べよう
伊勢醤油ソフトクリームもキャラメルっぽい味でうまいよ
鉄板でラードとたれを炒めて香ばしさを引き出した焼きうどんは、その香りでお客さんを引き寄せる伊勢の新名物へと成長しつつあるようだ。
長きにわたる伝統があり、地元民なら誰しも思い入れがある料理でありながら、新しい挑戦を受け入れるおおらかさと柔軟性が伊勢うどんにはある。これは伊勢の人にも通じる特徴なのかもしれない。
■伊勢でたまり醤油をつくり続ける醸造所、糀屋
伊勢うどんのたれには濃口醤油ではなく、たまり醤油(たまりと呼ぶ人も多く、以下たまりと略す)というものが使われている(醤油をブレンドする店もある)。ここまで知ったような顔でしれっとインタビューをしてきたが、実はたまりが何であるのかをよくわかっていない。
そこで伊勢うどんの本質へとさらに近づくため、伊勢市内にある老舗のたまり醤油製造会社を訪ねた。1816年からの歴史を誇る「糀屋」である。すぐ近くにある山口屋さんのたれも、ここ糀屋のたまりを使っているそうだ。
隠し味にたまりを使ったプリンが大好評の糀屋
試しに買ってみたら、すごくおいしかった
ご対応いただいた河村恵美子さん。京都出身なので白味噌と淡口醤油で育ったため、伊勢うどんを初めて食べたときはものすごく驚いたそうだ
――糀屋さんは創業が1816年なんですね。
河村恵美子さん(以下、河村):「河村家のご先祖様は、つたやさんがある河崎地区で魚問屋をやっていた豪商で、1570年代の長島一向一揆のときには織田信長に協力していた歴史もあると聞いています。
その河村家から分家した河村清兵衛が、魚を漬けたりする味噌や醤油をつくり始めたのが糀屋の始まりです。当時は水運が盛んだったので、伊勢湾につながる河崎あたりは大都会でした。この場所に移転したのは1856年ですね。
伊勢地方の味噌は豆味噌が中心です。豆味噌といえば愛知県の岡崎あたりが有名ですが、伊勢湾を船で渡って人や物資の往来が多かったから、伊勢湾を囲んだエリアは共通する食文化がたくさんあったんですよ」
水運で栄えた河崎地区の現在
糀屋の豆味噌。赤だしというのは豆味噌を主体にしたブレンド味噌のことで、味を調えるために鰹節などが少し入っているけど、ダシ入り味噌とは違うので味噌汁などをつくるときはちゃんとダシを加えないといけないそうだ
――伊勢うどんのたれには、たまりが使われているようですね。
河村:「伊勢うどんにはやっぱりたまりです。まろやかさと濃度が違うから、普通の濃口醤油でつくってもおいしくできないと思います。やっぱりたまりの値打ちってそこなんですよ。
伊勢神宮近くの店は観光客が多いので、多くの人が食べ慣れている濃口醤油を加えているところも多いみたいです。それも親切だとは思うんですけど、伊勢うどん独特のたれのおいしさを味わってもらうには、やっぱりたまり100%がいいと個人的には思います」
右からたまり、濃口醤油、たまりにダシと甘さを加えた伊勢うどんのたれ。たまりは深みのある色にするための工夫がされているそうだ。この黒い色もまた値打ちなのだ
サンフランシスコで1915年に開催されたパナマ・太平洋万国博に糀屋のたまりが出品された証明が残されていた
「たまり」とはなんだろう
――私は埼玉出身で、たまりっていうものにまったく接点がなかったのですが、たまりっていうのはどうやってつくられるものなんですか。
河村:「もともとのたまりは、豆味噌をつくるときにたまる液体のことです」
――すみません、豆味噌とはなんですか。
河村:「愛知、岐阜、三重の中京圏でよく食べられている大豆でつくる味噌です。大豆を蒸して潰して味噌玉にして、種麴をつけて麴菌を繁殖させたら、塩水を加えて樽などに詰めて、上から石を積んで二年くらい熟成させてつくります。このときにたまる液体がたまりです。
ただ、それだとほんのちょっとしかつくれないので、今はたまりをつくるために大豆を仕込んで、それを絞って抽出しています」
――そもそもは豆味噌の副産物だったけど、それがおいしいから効率よくつくるようになったんですね。
河村:「たまりは大豆から出るうまみが肝なので、糀屋の『伊勢たまり奉祝』というたまりには丸大豆を使っています。やっぱり大豆の味が大きく左右するので。小麦も使いますがほんの少しです。
それに対して醤油は、いって砕いた小麦と蒸した大豆を半々くらいで麹菌を繁殖させて、塩水と熟成させて絞ったものです。こちらは脱脂加工大豆を使っています」
――どちらも麹菌を使った発酵調味料だけど、たまりは大豆がほとんどで、醤油は小麦と大豆からつくるんですね。いわばたまりは大豆を主役につくった贅沢な醤油だ。
河村:「小麦よりも大豆の方が熟成に時間がかかるため、製造期間は醤油よりもたまりの方が長くなります。そして大豆が多いほど色が濃くなります。
たまりは大豆をたくさん使うので、まろやかでコクのある味わいです。豆味噌をよく食べる中京圏だから、この濃厚な味が好まれるんでしょうね。すき焼きとか焼肉に使ってもすごくおいしいですよ」
――でも淡口醤油で育った京都出身の河村さんからすると、たまりはちょっと濃すぎませんか?
河村:「伊勢に来てもう20年たちましたが、京都の実家に帰ると料理の味付けがなんとなく物足りないんですよね。すっかり舌が伊勢の人になってしまいました」
左から脱脂加工大豆、丸大豆、小麦。脱脂加工大豆は醤油を醸造するときに破棄される油分を事前に取り除いたもの
数年前までは木の樽を使っていたが、現在は管理のしやすいポリタンクへと切り替えている
熟成中の豆味噌に浮いた本来のたまり
糀屋で購入した真っ黒いたまりをそのままなめてみると、塩気に角がない滑らかな味わいで、丸大豆由来のふくらみのあるうまみがたっぷりと口に広がった。確かにこれは伊勢うどんのたれを支えているおいしさだ。これはたまらん、たまりだけど。
たまりはこの濃厚さを生かした料理に向いているのだろう。濃いたれで食べる伊勢うどん独特の食べ方は、たまりの存在ありきで生まれたものだというのがよくわかった。
河村さん、ありがとうございました!
■伊勢うどんのたれをつくっている会社、マルキ商会
最後に話を伺ったのは、伊勢のローカルスーパーである「ぎゅーとら」などで販売しているたれのメーカー、マルキ商会さんだ。
地元の方に聞いたところ、マルキのたれは昔ながらの味でよく買っているという人が多かった。伊勢の人にとっては一番馴染みのある味かもしれない。
ぎゅーとらなどで販売されている、マルキの伊勢うどんたれ(写真提供:ぎゅーとら)
基本的に取材は受けていないそうだが、たまたま伊勢で知り合った猟師さんがマルキ商会の方と仲良しだったので、特別に話を伺うことができた。きっと伊勢参りをしたご利益。ありがたや。
保存料などは一切使っていない。カラメル色素は使用している茶色い砂糖に入っているため表記しているそうだ
マルキのたれで伊勢うどんをすすっているのは、取材を仲介してくれた猟師の羽柴さん
取材に応じてくれたのは、代表取締役社長である坂倉有香さん。家族経営の会社なので、社長であり工場長でもある。醤油や味噌の会社ではなく、あくまで伊勢うどんのたれをつくっている会社なのがポイントだ。
伊勢うどんのたれは、うどんだけでなくさまざまなレシピに使えることを知って欲しいということで、ご友人とたくさんの料理をつくって出迎えてくれた。このたれさえあれば、伊勢の人ならまず納得する、間違いのない味付けができるのだとか。
マルキ商会がオススメするたれを使ったレシピ集。伊勢うどんだけでなく冷や麦やそばを食べてもおいしいそうだ
マルキ商会とぎゅーとらの結びつき
――マルキ商会さんは、どういう経緯で伊勢うどんのたれをつくるようになったんですか。
坂倉有香さん(以下、坂倉):「ここは亡くなったおばあちゃんがつくった会社です。そもそもは伊勢総合病院の近くで食堂をやっていたんですが、病院が移転して潰れてしまって。
それでぎゅーとらの厨房で働いていたときに『このうどんのたれがおいしいから、これだけ売ったらいいんじゃない?』っていう話が出て。それが50年近く前かな」
――それで今でもぎゅーとらにマルキ商会のたれが並んでいると。山口製麺さんがビニール袋に入れて麺の個包装を始めた頃から少したったくらいだとすると、おそらくぎゅーとらにも製麺所の麺が並ぶようになっていたんでしょうね。
たれ、ニンニク、ショウガをもみこんで片栗粉をまぶして揚げた鶏の唐揚げ。伊勢は甘辛い唐揚げの街でもある
水で薄めれば煮魚の汁にも使える
冷ややっこにピッタリ。たれの甘さが豆腐の味を引き立てる
たれだけでキンピラの味付けまでも可能
――門外不出だというたれのつくり方を、差し支えない範囲で教えてもらえますか。
坂倉:「材料は容器に書いてあるとおり。鰹節とかを煮込んだダシをこして、たまりや砂糖などの調味料を加えて、煮詰まるまでじっくり待って、それを熟成させてから容器に詰めて、しっかり殺菌をして出荷しています。
たまりは糀屋さんのをずっと使っています。簡単な材料だからこそ配合や頃合いが難しいんだけど、おばあちゃんは背中を見て覚えろっていうタイプだったから、覚えるのがもう大変。
91歳まで現役で働いた元気な人で、韓国旅行に行ったと思ったら、眉毛のアートタトゥーを入れて帰ってくるような人でした」
――すごい。
バターとマヨネーズで具を炒めて麺を絡め、仕上げにたれを加えた和風パスタ
卵かけご飯にも当然合う
締めはやっぱり伊勢うどん。炭水化物三連発だ
――伊勢うどんは食べれば食べるほど、口が馴染んでいく感じがします。「うどんといえば伊勢うどん」という伊勢の人の気持ちがわかってきました。
坂倉:「それはよかった。昔は伊勢うどんのことを、ただ『うどん』と呼んでいましたね。うどんといったら伊勢うどん。他の選択肢はなかったです。
このレシピ集に載っているたれの絵は創業当時のものですが、『伊勢うどん』ではなく『うどん』になっているでしょ」
――おおおおおおおお!この旅で一番の発見かもしれません。
確かに「うどんのたれ」だ!
ダシにこだわりのある会社なので、手づくりのつくだ煮もおいしい
今回いただいた料理以外にも、ウナギのかば焼き、つくだ煮、すき焼き、肉そぼろ、焼きおにぎり、餅、手捏ね寿司などでもおいしいそうだ。なんでもありの万能調味料である。
本来は伊勢うどん専用のたれという、ものすごく使い道が狭いたれのはずなのに、実は応用性抜群というのがおもしろい。私にとってなじみ深い「めんつゆ」と似た幅広さだが、醤油ではなくたまりが原料というのが決定的に違うところ。
この甘じょっぱくてコクのある味が伊勢の人のDNAに刻まれているのか。あるいは子どもの頃からこういう味付けで食べているから好きなのか。このたれの方向性が伊勢の人に愛されているからこそ、伊勢うどんもまた老若男女問わず食べ続けられているのだろう。
■伊勢うどん史を考察するための断片
ここまでさまざまな角度から伊勢うどんの真実に迫ってみたのだが、埼玉育ちの私は所詮「にわか」の存在なので、「伊勢うどんはこういうものだ!」と断言する根拠も自信も持ち合わせていないし、するつもりも一切ない。
だが「伊勢うどんはこういうものでは?」と自由に推測する楽しさは、すべての人が持つ権利だ。その判断材料として、書き切れなかった伊勢うどんの断片を並べておく。各自で好きなように考察してみていただきたい。
友人が絶賛していたぎゅーとらのカツ丼(これはミニサイズ)。マルキ商会のたれに通じる甘くて濃厚な味わいが最高。これにあのたれが使われている訳ではないだろうが、こういう味付けが好きなんだろうなと納得
猟師の羽柴さんによると「おれらがの小さいころ(40~50年前)、餅の代わりに『どぼどぼ団子』っていうメリケン粉を水で溶いて茹でたものを、ぜんざいに入れて食べてた。ドボンドボンとお湯に落としたからドボドボ団子になったのかな」とのこと。それって米粉の団子と小麦粉のうどんをつなぐ重要なキーワードじゃないですか!
羽柴さんから「もう潰れた店だけど、うどんに細かい切り込みが入れてあって、おかげでたれがすごく絡む最高の伊勢うどん屋があった」と聞いていたが、某店でまさにその麺がでてきた。店主に話を聞くと「それはテボ(麺を茹でる金属のザル)の傷」とのこと。
通しを使って麺肌を傷つけないようにするのも、「あえて」なのかはわからないがテボで傷をつけるのを良しとするのも、店主が考える理想の伊勢うどんへのアプローチなのだ
伊勢うどんは団子や餅から派生した料理なのでは。これは伊勢独特の黒蜜(和三盆を白くする工程の副産物である糖蜜)がかかった野むら製菓舗のみつだんご
おはらい通りにある岡田屋の伊勢うどんは、トロリとした甘いたれが特徴的。なんと片栗粉でとろみをつけてあるそうだ。団子とうどんの境界線にある貴重な一杯なのかもね
伊勢志摩スカイライン展望台の食堂でいただいた冷やし伊勢うどん。最近は冷やしも人気だそうです
伊勢で最後に食べたうどんは、永六輔さんも愛したというちとせ。玉子と麺を混ぜ合わせてからたれをかけた玉子入り伊勢うどんをいただいた。豆味噌っぽさの強いたれがうまい
帰り際に飴をもらった。早くまた伊勢に行きたい
私が個人的に強く思うのは、伊勢の人が「伊勢参りで疲れた旅人に食べさせるために伊勢うどんをつくり続けてきた」のではなく、「ただただ伊勢うどんが好きだからつくり続けてきた」という可能性だ。
伊勢うどんは名物料理である以前に、伊勢の人にとっては日常食でありソウルフード。もしかしたら観光客向けとして広まったのは、製麺所の麺が個包装で流通するようになり、たれも各社から販売されだして簡単に提供できるようになった、昭和40年代後半からなのかもしれない。
伊勢参りもしっかりさせていただきました。長い記事を読んでいただき、ありがとうございました!
こうして伊勢うどんを自分なりに調べたことで、伊勢の地で長きにわたって積み重ねてきた文化や気質の一端が、多少なりとも理解できた気がする。とにもかくにも伊勢うどんをまた食べたい。それなりの数を食べはしたけど、スケジュールの都合で行けなかった店がまだまだたくさんあるのだ。
もし気になる街ができたら、家賃相場や交通の便などの実用的な部分だけでなく、食べ物でも祭りでも建物でも人物でもなんでもいいので、その街が持つ個性を一点深掘りしてみると、その点が線としてなにかとつながり、そして線は麺となり、じゃなくて面となり、予想もしない形で幅広く知ることにつながる。
私が伊勢で出会った人は、どこか伊勢うどんに通じるところのある、おおらかで優しい人ばかりだった。伊勢は観光地としてもちろん超有名で魅力的だが、うどんだけでもこれだけの奥深さがあるのだから、きっと住んでも一生飽きがこない場所なのだと思う。
※この記事で書ききれなかったバケーション部分の写真はこちらにまとめましたので、よろしければどうぞ!
そして伊勢うどんの手動機械(家庭用製麺機)打ちができるようになりました!
■伊勢市クリエイターズ・ワーケーション事務局からのメッセージ
最後にこの記事を書くにあたって多大なる協力をしていただいた、伊勢市クリエイターズ・ワーケーション事務局の三宅様から寄せていただいたメッセージをご紹介する。
伊勢市は、古くから「日本人の心のふるさと」と呼び親しまれてきた神宮がご鎮座する観光都市であり、豊かな自然に恵まれた伝統と文化を継承し、多くの観光客をお迎えしております。
しかし、当市においても令和2年に新型コロナウイルス感染症の猛威により、訪れる観光客数は大きく減少し、地域経済にも大きな影響を受けることとなりました。
そのような中、宿泊事業者を中心とする観光関連事業者の支援とクリエイターの目線による伊勢の観光PRを目的に、「クリエイターズ・ワーケーション促進事業」を実施いたしました(※クリエイターズ・ワーケーション促進事業とは、国内在住の文化・芸術分野のプロのクリエイターを公募の上招聘し、市内で宿泊しながら創作活動などに取り組んでいただく事業です)
玉置氏にこのような伊勢の情報発信をしていただくことは、事務局としてもうれしい限りです。また、これまでにご滞在いただいたクリエイターの滞在記もWeb上で掲載しておりますので、よろしければぜひご覧ください。もちろん、玉置氏の滞在記も掲載しております。
伊勢市は「一生に一度はお伊勢参り」といわれた伊勢神宮で有名な観光地(伊勢神宮や伊勢うどん以外にも魅力はたくさんあります!)ですが、伊勢を好きになって暮らしてほしいという移住の促進も行っています。今回の記事を見て少しでも伊勢に興味を持っていただけましたなら、以下のWebサイトもぜひご覧ください。
著者:玉置 標本

趣味は食材の採取とそれを使った冒険スペクタクル料理。週に一度はなにかを捕まえて食べるようにしている。最近は古い家庭用製麺機を使った麺づくりが趣味。『育ちすぎたタケノコでメンマを作ってみた。 実はよく知らない植物を育てる・採る・食べる』(家の光協会)発売中。
Twitter:https://twitter.com/hyouhon ブログ:http://www.hyouhon.com/
