僕がミニマリストになった街
福岡市、姪浜(めいのはま)。僕がミニマリストに憧れてモノを減らし、初めて一人暮らしを始めた街。と同時に、母子家庭の家族3人で住んでいた街でもある。そんな姪浜の実家を抜けて、僕は実家から徒歩5分のワンルームマンションを借りた。ワクワクの一人暮らしデビューを同じ地元でスタートするほどに、姪浜は居心地のよい街だった。
福岡市地下鉄「空港線」の最も端に位置する姪浜は、都心部である博多や天神から離れていることもあり、ファミリー世帯が多いエリアである。「最も端で都心部から離れている」とはいっても、コンパクトシティといわれる福岡市。地下鉄で天神までは約15分、博多まで約20分とそう離れているわけでもない。
中心部より家賃も安く、スーパーやディスカウントストアが多い。市内唯一の大型アウトレットモール「マリノアシティ」もある。釣りやバーベキュースポットとしても有名な「小戸公園」を筆頭に、公園など自然も豊富。僕自身、公園での散歩が毎日のルーティンになっていた。福岡市の中でも衣食住・都会と自然のバランスが取れた街だと思う。
僕自身、フリーター時代はこのマリノアシティにある「スマホケース専門店」でアルバイトをしていた。マリノアシティ近所にあるマクドナルド姪浜店で毎朝100円コーヒーを飲み、「ミニマリストしぶのブログ」の記事を書いてからバイトへ向かう。
そんな日々の積み重ねでブロガーとして独立することができたし、姪浜の生活コストの安さには助けられた。フリーターで何者でもなかった僕が、ミニマリストしぶになった街、それが姪浜だ。
家賃1万9000円、姪浜のミニマリスト部屋
「冷蔵庫 なし」で検索することから始まった、僕のミニマリスト道。ミニマリストとは、必要最小限という意味の「ミニマル」が語源となった言葉であり、概して「少ない持ち物で暮らす人」を指す。
そんな僕がミニマリストを始めたきっかけは、実家を抜けて一人暮らしをするためだった。当時はフリーターで実家暮らし。19歳の僕はとにかく親元を離れて自立したかった。進学校の高校に通うも、二浪した挙げ句に学年200人で唯一のフリーターだった僕は、自分を変えるために「ミニマリスト」という生き方を選んだ。
お金はないけど、どうにか暮らせないか。そこで思いついた手段がモノを減らすことだった。モノを減らせば、モノを置く床面積分の家賃を抑えられるからコンパクトで安い家でも満足できる。掃除が楽、引越しが楽、探し物や失くし物も減る……メリットは計り知れない。
実家で私物を減らしまくった僕が選んだ物件、それが家賃1万9000円の6畳1Kのマンションだった。姪浜駅から徒歩12分に位置する、築年数30年超えの物件。広さ16平米の小さな部屋だったが、モノを減らしたばかりの僕には十分過ぎる空間だ。
部屋に洗濯機置き場こそないが、1階にコインランドリーがあったので洗濯には困らなかった。最低限の衣類と日用品をキャリーケース1つに詰め、マットレスとテーブルだけを買って引越した。
冷蔵庫も買わずに入居したが、バイト帰りのスーパーで「その日必要な量だけ、その日のうちに使い切る」という生活でやりくりした。この冷蔵庫なし生活、一見不便なように見えて、とても快適なのだ。
賞味期限切れを心配する必要はないし、家に食材をストックし過ぎて無駄につまみ食いすることも無くなる。なにより、一人暮らしデビューで家電の購入費を節約できることが当時の僕はありがたかった。
僕のミニマリスト思考には「家ではなく街で暮らす」という考えがある。「自宅だけではなく、街まで含めて自分の間取図として捉える」という発想だ。食材が必要であれば、近所のスーパーやコンビニを「シェア冷蔵庫」として捉える。本が読みたいなら図書館やブックカフェが「シェア本棚」になるし、お風呂やサウナに入りたいなら銭湯やジムを「シェア浴場」にすればいい。
であれば、自分で全てを所有してそろえる必要はなくなるし、むしろ大事なのは家の周辺環境になる。スーパーは近いか、スポーツジムは近いか。リラックスできる公園や海に散歩へ行けるか。家の広さよりも、家からの近さのほうが大事になる。
その点、姪浜には全てがそろっていた。マリノアシティから自宅までの帰り道には、「フードウェイ」という大型スーパーが。姪浜駅からの道中にもスーパー「マックスバリュ」と、ディスカウントストアの「ミスターマックス」と安いお店がたくさんある。
買い物だけではない。駅近くにあるスポーツジム「NAS 姪浜」もまた、僕のミニマリスト生活に欠かせないスポットだった。25歳以下が契約できるリーズナブルな通い放題プランを使って、ジムで運動もせず大浴場のサウナに通い詰めた。
今でこそ筋トレ好きなので、タイムスリップできるなら「若いうちから筋トレしとけ」と助言してあげたかったが。姪浜に住んでいたから、僕のミニマリスト精神が培われたといっても過言ではない……と今では思う。
より都心へ、家賃2万円の四畳半で暮らした「西新」
「モノを減らした今、どこまで小さな部屋に住めるのだろうか」そんな好奇心で物件サイトを漁っていたときに見つけたのが、西新にある4畳半のワンルーム、家賃2万円の物件だった。
「西新」といえば、福岡市No.3と呼ばれる繁華街。福岡の有名私立大学「西南学院大学」が位置し、商店街を中心に街がにぎわっている。小道にはオシャレなカフェや飲み屋さんがある。
商店街近くにある290円ラーメンや、手頃な価格で買える惣菜屋さんや八百屋さんが並んでいて、老若男女が暮らしている。
最近でこそ開発が進んで、西新駅に直結のタワーマンション兼商業施設「プラリバ」ができたり都市化が進んでいるが、八百屋さんやレトロな老舗がにぎわう商店街もあって下町感あるエリアだ。東京で例えるなら、僕が住んでいた「三軒茶屋」といったところか。繁華街だけど、どこか落ち着ける街。
そんな西新は、天神まで4駅と都心部へのアクセスも良い。仕事やプライベートで天神や博多へ行くことも増えていた僕にとって、魅力的な街だった。
姪浜の家賃1万9000円で6畳のマンションから、西新の4畳半ワンルームで家賃2万円。築年数はどっちも同じ。コンパクトになっているのに、家賃が高い…これだけ聞くと、とても条件が悪いように思える。
でも駅から徒歩5分で、都心部の天神にもグッと近くなった。こんな好立地の物件に住めるなら部屋の小ささなんて問題にならない。よく「広い家に住むために、都心部の職場から離れた場所に家を借りて、はるばる電車に揺られて通勤している」なんて話を聞くが、とてももったいないと思う。
電車を筆頭に、通勤のための移動時間をかけるのはムダの極みだ。「満員電車のストレスは戦場の兵士と同じ」「通勤時間が多くなるほど、給料が減るのと同じストレスがかかる」なんて話があるが、これには強く共感する。
日々の幸福度を上げるために「職住隣接」はマストだ。モノが少ない生活を送っていればコンパクトな部屋に住むことが可能になり、住居の選択肢が広がりフットワークも軽くなる。
話を戻すと、西新のような繁華街に引越すという決断ができたのも、間違いなく日々のミニマリスト生活のおかげだ。少ないモノでも一人暮らしできたという経験が、僕のフットワークを高めてくれた。
まぁ結局、この西新で借りた4畳半のワンルームは都市開発によって取り壊され、引越しを余儀なくされてしまったのだけど…コンパクトで掃除も楽で、狭くて落ち着くこの家が大好きだった。都市の利便性と、レトロな商店街から漂う下町感で落ち着けるこの西新という街も大好きだった。この強制立ち退きがなければ、今も西新の4畳半になんの不満もなく住み続けていたかもしれない。
コンパクトシティの魅力がぎゅっと詰まった「中央区」
姪浜に西新、博多まで。この5年間で、福岡市内では5回引越している。ちょうど年に1回移動している計算だ。そんな僕が、気に入って暮らしているエリアが「中央区」だ。唐人町・大濠公園・赤坂・天神・薬院・六本松……これらが中央区に含まれる。
そして僕自身「福岡市の魅力をいちばんに堪能できるのは中央区」だと思っている。街をちょっと歩けば、福岡のグルメな飲食店がいっぱいで、商業ビルでの買い物も困らないし、ブックカフェに立ち寄って気軽に読書もできる。六本松の蔦屋書店には、よくお世話になった。
中央区を象徴するスポットのひとつに、大濠公園がある。これまた東京で例えるなら「代々木公園」で、公園のど真ん中には大きな湖があって、休日にはボートを漕げるようなエリアだ。湖の目の前にあるスターバックスコーヒーも大濠公園内の名物スポットで、早朝8時からオープンする眺望もピカイチの公園だ。
自宅から手の届く範囲内に存在するあらゆる施設と、庭付きの公園。
こんな便利な街と大自然を無料で借りられる……これが中央区の魅力だ。
「福岡市の魅力をいちばんに堪能できるのは中央区」という話に戻そう。福岡市は「コンパクトシティ」と呼ばれると同時に、「日本のシリコンバレー」「スマートシティ福岡市」と呼ばれ、デジタル化や起業が盛んな街でもある。
これがミニマリストである僕自身、福岡市に住み続ける理由にもなっている。なぜなら、モノを持たないミニマリズムを実践するにあたって、テクノロジーの発達が欠かせないからだ。福岡市が日本に先駆けて進めているテクノロジーといえば、役所のハンコレス、クレジットカードによる地下鉄乗車など。街を歩けばシェア自転車やシェア傘、シェアモバイルバッテリーまである。
さらには博多から福岡空港までは地下鉄で2駅・5分。「世界で最も都心に近い空港」といわれているが、コンパクトシティならではの特徴だ。僕が現在住んでいる中央区エリアであれば、移動はバスや電車の交通機関で十分。車はいらないし、タクシーやカーシェアで事足りてしまう。「ワンメーターで着くし、タクシー乗るか」と気軽にタクシー利用できるのも、コンパクトな福岡ならでは。
自宅がコンパクトなワンルームで、街がコンパクトで全てが手に届く距離にあるから、外に出かけようというマインドになれる。「コンパクトシティ」と「シェア」の概念が、ミニマリストとあまりに相性が良過ぎるのだ。全てを自分で所有しなくていい。そう思わせてくれる魅力が福岡市にはあるし、なかでも「中央区」は福岡市の恩恵を最大限に感じられるエリアだろう。
完璧過ぎて、手放せない街
ミニマリストの身軽さを活かして、たくさん引越して、その時々で好きな場所に暮らす。
それが僕の理想とするライフスタイルだ。
それでも、僕はずっと福岡市で暮らし続けている。定期的に引越しはすれど、市内をずっと転々としてきた。それくらい福岡市は魅力的で、福岡市から抜け出せなくなっている自分がいる。
こんなにも福岡市に惹かれているのは、住み慣れた地元だからという理由ではない。上京もしたし、家を持たない移動生活で日本全国を転々と暮らしたこともある。上京したときだって、「地元の友達や親から離れた場所で暮らしたい」と思って福岡を出た。
それから東京、京都、大阪、名古屋、札幌…主要都市と言われるエリアは一通り暮らした。
福岡は、僕にとって完璧過ぎる街なのだ。
ある不動産会社が出している福岡県の「住みここち(自治体)ランキング1位」として「福岡市中央区」が紹介されていたが、これには僕も深くうなずいた。事実、もうずっと福岡市は人口増加率は全国1位で、「福岡いいよ」と布教したくなるほどの魅力がある。「自分の県が大好きな県ランキング」でも福岡が1位だったけど、福岡県民は福岡が大好きなのだ。
ここまで周辺環境が整っていると、家に籠っていると不便、外に出ないのがもったいない。たくさんのモノを自分で所有したいとは思わなくなってしまった。「少ないからこそ豊か」、逆転の発想ができるようになったのも、福岡市という環境の要因も大きい。
最初こそ離れたくて離れたくて、しょうがなかった街がこんなにも好きになるなんて。
自分の生まれ育った地元がこんなにも、住みやすい街だったなんて。
僕が福岡市を手放せる日々は来るのだろうか。
著者:ミニマリストしぶ(澁谷直人)
1995年生まれ、福岡県出身。2017年に開始した「ミニマリストしぶのブログ」が人気ブログに。著書に『手ぶらで生きる。見栄と財布を捨てて、自由になる50の方法』がある。2018年に「Minimal Arts 株式会社」代表取締役に就任。ミニマルな機能美を追求するアパレルブランド「less is _ jp」を監修している。
編集:小沢あや(ピース)