著者:ヤソメユウヤ

1988年長野県松本市出身。地方の出版社、編集プロダクションを経て、フリーの編集者に。最近は「AniTube」というメンズファッションを紹介するYouTubeチャンネルの撮影・編集をしています。そのほか、クリエイティブ肉体労働で日銭を稼ぐ日々です。
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2年前から稲田堤という街に住んでいます。
住むきっかけになった出来事は、家の購入です。一生に一度の買い物でお馴染みの、あの家です。そして、文字通り、家が一生に一度の買い物であるとするならば、稲田堤に一生住み続ける可能性があります。一生は少し言い過ぎました。少なからず、住宅ローンが残っている33年は住みそうです。
素性が知れぬエディターの私が、どこで暮らそうが、これをご覧になっている皆様の関心ごとではないでしょう。ただ、あくまで今回の主役は、私ではなく、稲田堤。街への愛着も予備知識もゼロで、ノリと勢いだけで引越して来て、なんとなく住み始めてしまった稲田堤という街の話を、今回は書かせていただきたいと思います。
そして、この記事が公開されたあかつきには、未公開株であった稲田堤という土地の魅力が、インサイダー取引ばりにイリーガルに爆上がりするようなコラムを目指したいと思います。『住みたい街ランキング 2025』で、稲田堤がいきなりランクイン……流石にそれはないかもしれません。
Do you know 稲田堤?
まず、基本的な質問ですが、みなさんは稲田堤を知っていますでしょうか?初対面の人に、どこに住んでいるかを聞かれて「稲田堤です」と答えて、まぁ、盛り上がったことが一度もありません。
私調べですが、稲田堤のことを知ってる人2割、完全に知らない人6割、聞いたことはあるかも……って顔をする人2割。そして、降り立ったことがある人は必ずこう言います。
「乗り換えたこと“は”あります!」「乗り換えの時、結構歩きますよね」(たぶん、JRと京王線の間の5分ほど歩くことを言っている)
「なんか有名なラーメン屋さんありませんでしたっけ?」(たぶん、超人気ラーメン店の「麺や 六等星」のことを言っている)
乗り換えとラーメンの街、それが稲田堤です。

申し上げた通り、稲田堤には、京王相模原線の特急が止まる「京王稲田堤駅」と、立川から川崎までを繋ぐJR南武線の「稲田堤駅」の2駅があります。京王線を利用すると新宿へは約25分、渋谷・吉祥寺へも約30分。電車内にある新築マンションの中づり広告に書いてありそうな謳い文句ですが、都心の主要な街へのアクセスも申し分ない立地です。
それにしても、特急が止まる駅って、もうちょっと人気がありませんでしたっけ!?
なんなら私鉄とJRが両方使える駅って、もっと世間からチヤホヤされてるイメージなのですが。南武線と私鉄が交差する駅は、小田急線なら登戸、田園都市線の溝の口、東横線は武蔵小杉。どれも知名度も人気も抜群です。その点、考えようによっては、稲田堤には伸び代しかないのかもしれません。


稲田堤は、行政の区分としては川崎市多摩区に位置しています。川崎市の本当に最北端です。
これもまた少し厄介でして、世間の方の「パブリック・イメージ・川崎」は圧倒的に南側のイメージなので、「川崎に住んでます」と言っても、ここでもなかなか話が噛み合わないことも多いのです。
「川崎」と「多様性」は、ほぼ同義の言葉といってもいいかもしれません。
例えば、8人組ヒップホップ・クルーのBAD HOPは川崎区出身、高津区はスチャダラパーのANIとSHINCOの出身地、多摩区にある多摩高校に通っていたのは小沢健二。なんとなく、アーティストの羅列から川崎の街のキャラクターのグラデーションを感じ取っていただくといいと思います。稲田堤は確実にヒップホップが似合わないサイドの川崎なのです。
実際に住んでみて、ちょっとした買い物に出るのに圧倒的に多いのは、京王線で2駅先の調布です。PARCOや映画館があったりと、一番身近な総合的な街です。車を走らせて、スーパーマーケットに買い出しに行くなら稲城です。私のホームサウナである「稲城天然温泉 季乃彩」があるのも稲城。ファミレスや回転寿司に行くのも稲城。生活圏としては、神奈川県よりも東京都の方がリアルなことが多いです。
そんなカテゴライズが難しい稲田堤を体現するエピソードだと思うのですが、Jリーグの試合開催日になると、3つのユニフォームを着た人を見ることができるのもこの街の特徴かもしれません。
ユースの練習生がジャージを着て毎日坂を登っていく姿が見られる東京ヴェルディ。
新しい練習施設である「フロンタウン生田」がすぐ近くにできた川崎フロンターレ。
ホームスタジアムの「味の素スタジアム」がある飛田給まで約15分のFC東京。
3つのチームのサポーターがひとつの街に入り乱れることも、なかなかないでしょう。
ちなみにですが、私は「郷に入っては郷に従え」精神で、練習場が徒歩圏内で一番近い東京ヴェルディを応援することに決めました。思い返せば、幼少期、あの頃の男子幼稚園児は全員ヴェルディ川崎が好きでした。カズダンスを踊り、ビスマルクのお祈りのポーズを真似、武田修宏モデルのスニーカーも履いてました。そんな30年前の初心にかえって、ヴェルディを応援するのも悪くないと思うのです。

川崎でも、調布でも、稲城でもなく、なんとも「稲田堤」としか形容しようがないアイデンティティがあること。実際、この言語化できない空気感はインターネットでいくら検索しても出てこず、これは住んでみないと絶対にわからなかったことでした。
そもそも、なぜ稲田堤に住むことになったのか
少しだけ稲田堤に住むようになったプロローグを……。以前は、夫婦で小田急線沿線の和泉多摩川駅の周辺に住んでいました。1DKの狛江のアパートです(2羽のインコは飼ってない)。都内とは思えないほど、のんびりした空気感と、歩いて5分ほどで多摩川まで散歩ができる自然豊かな立地も気に入ってました。本当は和泉多摩川駅周辺でも良かったのですが、そこは予算の問題が……。
SUUMOさんヘビーユーザーの方ならお分かりでしょうが、都心から遠くなればなるほど家賃は安くなり、また敷地面積の広い物件も見つけやすくなります。今後、家族が増えることを見越して、「矢切の渡し」よろしく、川を渡ることに決めました。

当初の第一希望は和泉多摩川駅から2駅先にある向ヶ丘遊園駅。生田緑地も近く、川崎市岡本太郎美術館もあり、以前から街のサイズも雰囲気もちょうどよくて気に入っていました。まさしくSUUMOさんで、予算、間取り、駅からの距離など、譲れない条件を検索する毎日を送ってましたが、なかなかピンポイントで検索しても希望の物件は見つからず……。候補の駅を増やしたり、京王線沿線もOKにしてみたりと、条件を緩和する日々でした。
家探しを進める中で、これはなかなかハードモードかもと思った瞬間がありました。まず、内見をしている最中に「今、この家がちょうど売れてしまいました……」と言われることがあったのです。目ぼしい物件は、悩む暇すらも与えてくれず、一生に一度の大きな買い物であるのにもかかわらず、クイックリーな判断が求められるのです。大抵が自分と似たような条件で、他の方も家を探しているので、少しでもいいと思ったら即決しないといけないのが、家探しなのだと思い知らされました。
そんな中、不動産屋さんに紹介されたのが、現在住んでいる稲田堤の家です。稲田堤がどんな街かよりも、部屋そのものが気に入ってしまい周囲の環境などを特に調べることもなく、ノリと勢いだけで家の購入を即決してしまったのでした。
稲田堤のフード事情
稲田堤民の誇り。それは、ミスタードーナツがあることです。大袈裟ではありません。もし稲田堤のお家にお呼ばれすることがあるなら、最悪、手土産を買い忘れてもここで買えばOK。噂で聞いたのですが、ミスタードーナツのある街ということで稲田堤の地価が少し上がったそうです(嘘です)。不意に訪れるチェーン店の撤退ですが、できるなら京王稲田堤駅前ショップは永遠に閉店しないでほしいです。稲田堤で最も有名な飲食店は、やはり人気ラーメン店の「麺や 六等星」ではないでしょうか。営業時間も不規則で、Xでその日の営業時間と、どんなラーメンを食べることができるかを知ることができます。以前、21時頃にお店に向かい、整理券を受け取ったところ「ご案内は午前2時ごろになります」と言われ、腰を抜かしそうになったことがあります。ダイエッターが絶対に食べてはいけない時間帯です。
私が稲田堤で利用する飲食店第一位は「そば丸花 京王駅前店」です。まさしく普段使いの肩肘を張らない、いい意味で普通の定食屋さんです。いつ何時も、食べたくない瞬間がないのです。フードデリバリーサービスが充実する昨今でも、ザ・出前って感じで「てんやもの」という響きが似合います。


そのほか、卵がのっかったスペイン風カレーが美味しい「ローレル」、常連さんも店主のお母さんもやたら家庭的な雰囲気の居酒屋「おそまつくん」、ランチのコストパフォーマンスが異常に高いイタリア料理店の「Bambu」なども、おすすめしたい稲田堤グルメです。
住めば都はるみ
せっかく住民になったのだからと、街に馴染むため積極的に行事には参加するようにしています。稲田堤が属する町内会の「菅町会」はなんと日本一の規模を誇るそうで、人口は約4万3000名(令和元年6月末現在)! ちょっとした地方の市に匹敵する人が住んでいます。秋には「菅町会大運動会」が開催され、異常な盛り上がりをみせます。運動会に向けて、数ヶ月前から綱引きを練習している地区もあるらしいです。往年の30人31脚の小学生ぐらいガチで、リアル国盗り合戦の様相です。

街を主題としたコラムの〆として正しい結論か分かりませんが……。
個人的には、どこに住もうが、いちばん大事なのは、結局は本人の心の持ちようだと思います。いかに自分の住む街に興味を持って、前のめりに楽しむか。デーブ・スペクターも「住めば都はるみ」と言ってましたが、こちらに全面同意です。
私は幼少期より転勤族で、学生時代は何度も転校を繰り返してきました。実家が沖縄になったり長野になったり、色んな場所に住んできて思うのが、暑いか寒いかの違いはあれど、結局大事なのは街よりも人だなと思うのです。クワバタオハラがおったらそこは大阪であるように、一度も住んだことのない家でも、昔から馴染みのあるカントリー調の家具が置いてある部屋に、両親がそこにいれば、不思議と実家のように感じられるのです。
稲田堤。元々は縁もゆかりもない場所ですが、そもそも、縁とゆかりってのは自らでつくっていくものかもしれません。半径5mの世界を愛するのがシティボーイってやつだと思うので、地元意識を持って、まずは気持ちよく楽しく暮らしていきたいと思います。
カテゴライズが難しい稲田堤と天の邪鬼な性格の私は、もしかしたら、案外、実は 相性がいいのかもしれません。

編集:ツドイ
