東十条というココア|文・ぼく脳

著: ぼく脳
冷えた街では輪郭が溶けずひとり一人がダマになり孤独を感じるが、温かい街では人と人、人と街がよく混ざっている感覚がある。街はココアなのだ。東京都北区東十条、僕はこのココアが好きだ。
年齢を重ねるとともに好む場所にも変化があり、最初は若さ特有の尖りなのか孤独を感じる場所が好きで、20代後半くらいから次第に孤独にならず一人になれる場所が落ち着くようになってきた。ここはそんな自分にとってちょうどいい場所だったのだ。
JR埼京線赤羽駅からJR京浜東北線で一駅。僕なりの東十条を紹介しよう(風呂に入って飯を食う)


まず駅を降りてすぐ、東十条商店街がある。ここには全てがある。ワンピースの正体が東十条商店街だとしても僕は驚かない。正確には全ては無いのだが(わかっているとは思う)。
「全てがあるように見せるのがうまい」といった感じだろうか。演歌専門店があってケバブ屋があったらそれはもう「全て」があると思ってしまうのも無理はないと思う。


ふと上を見上げてみると洞窟壁画のように老朽化した北島ファミリーの看板が監視するかのようにこの街を見下ろしている。北島三郎と東十条「方角+数字」という構成に共通点がみられるところも偶然ではないだろう。


商店街入口の横にはバングラデシュ料理のお店をはじめとした多国籍な料理屋さんがひしめくゾーンがある。この道を通っていつも銭湯に向かう。夜になるとお店の人やその友人と思われる人たちでいつも賑わっているこの道を通ると、自分の中でお祭りの赤ちゃんが動いているのがわかる。夏が無料なのってすごいことなのだと思う。ちなみに何度もこの道を通っている僕は、なぜかテプラ(子どもや品物の名前を打ち込んで持ち物などに貼ったりするシール)だけで構成された看板のガールズバーが今一番気になっている。


その道を抜けて少し歩いたところでガードレールが「北」という文字になっていることに気づいた。とても可愛い。かわいいなぁとジッと見ていたら、北という字が手足を広げてゴールを死守しているゴールキーパーに見えてきて、子どもたちを車から守るガードレールにするには最適な漢字かもしれないと思った。東西南北、北の後ろに隠れている東西南を北が守っているように見えてきた。東京都23区でサッカーをやるときは北区がゴールキーパーだろう。駅から銭湯に向かう道に地下のボルダリング場があり(珍しいのか?)地下にある為ボルダリングのコースをクリア(登頂)するとちょうど地上にいる僕と同じ高さくらいに到達するので、僕はここで生きてるだけでボルダリングのコースをクリアしてるのと同じことなのだと謎の自己肯定感を感じながら歩を進める。


そこから数分歩くと住宅街の中にセーブポイントのような銭湯が現れる。
ここのサウナはとても清潔感のある施設でお風呂もサウナも素晴らしく、東十条が舞台のゲームがあるとしたら絶対にここはセーブポイントだろう。露天スペースにある高濃度炭酸泉の柔らかさはすさまじく、一度入ってしまうと胎児のようになってしまう。地方から出てきた若者は母親の事を思い出し「明日久々に実家に顔出すか……」と思うこと間違いない。

それにここでは「人間味」浴ができるのだ。最近オートロウリュウ(一定の時間置きに水が落ちてくる)に変わったのだが、以前は店員さんが凄くつらそうな顔でタオルを扇いでくれていてとても良かった(そりゃそうだよなという)。熱波師のほうがサウナ利用者よりも暑くてつらい、そんなの当たり前のこと。熱波と同時に人間味も浴びられるのだ。大きめの浴槽に浸かっているときに「桜木花道だ!いいね!」と隣の男性に話しかけられたことがある。こんな派手な見た目の人間(後述します)に話しかけてくれる温かさを感じると同時に、このとき僕は青色の坊主頭だったのだが(漫画『スラムダンク』に登場する主人公の桜木花道は赤い坊主頭)髪の毛って世間的には「黒かそれ以外か」なんだな、というローランドのような事を考えながらお湯に浸かっていた。これも「人間味」浴である。普段浴室で全裸同士でしか顔を合わせない常連の方と外でばったり会うと「思ってたよりイカツイ私服なんだな」とか「サウナでは裸眼だけど普段眼鏡なんだな」とかを感じてドキッとする、逆グラビア現象が起きる。これは「人間味」浴か?違う気がするがまぁそういうことにしておこう。

ここの銭湯では「人間味」浴の他にも色んな事を気づかせてくれた。サウナのテレビで『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(砂漠で奇抜な格好の男たちが奇抜な乗り物に乗っている映画)がやっていて、これって4D上映では?と思ったし、マット交換の際はサウナ内にいる人はみんな一度外に出なければいけなく、あと一分で出ようとしている人も入って数十秒の人も、政治家もニートも関係ない。マット交換の前ではみんな平等である。混んでいていい位置に座れなくても(上に行けば行くほど暑いのでサウナ―は煙以上に高い位置が好き)マット交換の時間が来れば一発逆転できるチャンスがある。大貧民から大富豪。マット交換は「革命」なのだということもこの銭湯で気づかせてもらった。

最高のサウナ、「人間味」浴を終えて生まれたばかりの体で街を歩いている。吹いてくる風が以前どこかで会ったことあるような、もしくはまたどこかで会えそうな優しさの風で、風見知り(かぜみしり)の僕でも前を向いて歩けてしまう。

サウナ上がりのなんでも吸収してしまうスポンジの体で最後に向かうのは街の中華料理屋だ。その真っ赤な外装に自然と吸い込まれていってしまう。前世がきっと闘牛だったに違いない。「お疲れ様セット」1180円、ほぼ毎回これを注文する。好きな飲み物1杯と餃子、それと麻婆豆腐などの小料理が2品ついてくるというご機嫌なメニューだ。店にいる全員がメニューのその部分を指さして注文しているようで(僕が好きすぎるあまりそう見えているのかもしれないが)若干先端恐怖症の気がある僕は「お疲れ様セットとして生まれていたら大変だったなぁ」と思う。店員さんを含めて、ここにいる人たちみんながそれぞれの国の言葉で好き勝手にしゃべっている。それが妙に落ち着く。人がいるから一人になれる。孤独ではない。
次第に砂場に忘れられたおもちゃのように体に力が入らなくなり、輪郭を失い、家に帰るころには一人だったはずの僕もこのココアに溶け出してしまっている。高級時計は買えないが僕にとってはここで過ごす時間自体がロレックス並みの価値があるのだ。人は引越せるが街も引越せる。自分の中にあるこの街の思い出が引越してしまわないように思い出の大家さんとして精一杯優しくしようと思う。入居者募集の心では寂しいから。


最後に商店街にあるパチンコ屋の外装で「東十条地域」が満票でM-1グランプリ優勝しているみたいになっている写真を見てほしい。この大会の審査員は僕と、これを読んでいるあなたたちだ。

著者:ぼく脳/パフォーマー・構成作家

ぼく脳

1990年生まれ。
芸人としてキャリアをスタートした後、漫画や音楽、ファッションの分野で作品を制作。ツイッターやインスタグラムなどで作品を発表し、日常に転がるアイテムを使った独創的なアートセンスが巷で話題を呼んでいる。
Twitter @_bokunou
Instagram @bokunou

編集:ツドイ