執筆: 榎並紀行(やじろべえ)

2019年12月に出版された『ごろごろ、神戸。』(ぴあ)は、写真家・文筆家である平民金子さん初のエッセイ本。2015年に東京から神戸に移住した平民さんが、子どもを乗せたベビーカーをごろごろと押しながら神戸の街を歩き、考えたことを綴っている。
その発端となったのは、2016年にSUUMOタウンに寄稿した「ごろごろ、神戸」。以後、神戸市広報課のウェブサイトに「ごろごろ、神戸 2」として引き継がれ、「ごろごろ、神戸 3」まで約3年にわたって連載された。
そこから大幅な加筆や、書き下ろしを加えたのが書籍『ごろごろ、神戸。』だ。今回は、その出版を記念し、昨年12月に行われたトークイベント(旧グッゲンハイム邸)から一部内容を抜粋してお届けする。

登壇者は平民金子さんに加え、ロック漫筆家の安田謙一さん、音楽プロデューサー/DJのtofubeatsさん。司会は『ごろごろ、神戸。』担当編集である和久田善彦さん。ともに神戸出身である安田さん、tofubeatsさんと、愛ある地元トークが展開された。
食堂「天よし」との思い出からスタート
平民金子さん(以下、平民):読める本じゃないですよ。分厚くて、文字ばっかりで。
安田謙一さん(以下、安田):いやいや、アホやないんやから。
tofubeatsさん(以下、tofubeats):こんくらい読めるわ(笑)
平民:いや、俺ならよう読まんなと思って。最初の「ごろごろ1」の時点で(挫折する)。

【平民金子(へいみんかねこ)※写真左】。1975年生まれ。大阪出身。写真家・文筆家。中国、メキシコ、北海道、沖縄、東京などを転々としたのち、2015年より神戸市在住。2016年より、神戸市広報課のオフィシャルブログにて「ごろごろ、神戸」を連載。この連載に大幅加筆、書き下ろしを加えた初の著書「ごろごろ、神戸。」を2019年12月10日に発刊。
和久田善彦さん(以下、和久田):「ごろごろ1」では、いきなり安田さんの名前が出てきますよね。安田さんが『神戸、書いてどうなるのか』という本に書いた食堂「天よし」の話が。
平民:天よしは結構、この本の中で大きい(存在)ですね。
和久田:かつて、あの店がこんなにフィーチャーされたことはないですよ。今はなくなってしまいましたが。
tofubeats:何度も出てきますよね。
安田:神戸電鉄線の丸山駅だったかな? 不思議な場所にありましたよね。
平民:1~2年前ですけど、「天よし」から徒歩すぐのところに1000万円の物件が売りに出されていたんですよ。元銭湯で野球場みたいな大きな物件。ここに住んだら天よしに毎日行けるから、買いたいと思ったんです。内見もしましたよ。お金ないけど。
でも、あるとき、普段なら開いている日なのに天よしのシャッターが閉まってた。天よしが終わったかもしれんことを誰に話せばいいか分からなくて、安田さんに連絡しました。
安田:僕も店に行ってドアを開けたら、中にいた猫と親父が全員こっちを見た。もともと猫がいる店なんですけど、どんどん増えてって最後は猫メインになってましたね。
和久田:この本にも、その猫の写真が載ってますね。
安田:「天よし」は、今っぽくない感じの味なんですよね。懐かしいとかじゃなくて、なんか違う。うまいかうまくないか分からないけど、落ち着く味。

【安田謙一(やすだけんいち)※写真中央】1962年生まれ。神戸出身。ロック漫筆家。音楽誌などに寄稿する。それらを集めた『ピントがボケる音』(国書刊行会)と『なんとかとなんとかがいたなんとかズ』(プレスポップ)、書き下ろしの『神戸、書いてどうなるのか』(ぴあ)、辻井タカヒロ氏との共著に『ロックンロールストーブリーグ』(音楽出版社)と、その続編で最新刊となる『書をステディ町へレディゴー』(誠光社)がある。
平民:あとは、安田さんの『神戸、書いてどうなるのか』の一番目に出てくるカレー蕎麦のお店とかもいいですよね。
安田:S-KENさんに本を渡したら、次の日にそこへ食べに行かれたんですよね。その時にS-KENさんが店主に「この本に載ってますよ」と言ったら、すごく感動されたと。(正式に取材をしたわけじゃないので)そこで初めて本の存在を知りはったみたいで。

取材費は全て自腹。「経費でメシを食うやつには負けたくない」
和久田:平民さんって、金遣いが太っ腹なんですよ。
安田:確かにそういうところはあるな。今日、ここに来るときも山陽電車に乗ってきたんですよね、平民さん。山陽電車、高くないですか?
平民:JRやったら220円。山陽だと380円。160円高いけど、JRより山陽を応援したいなって。
安田:平民さんはブルジョア説ありますよ。飲食費もすごい。
平民:「ごろごろ、神戸」を連載するにあたって、どうやって街や人、お店に認めてもらうかってことを考えたんですよ。僕は安田さんみたいに長く神戸に住んでないから、時間の重みがない。ほな、金で解決するしかないと。商店の人って買ってもらって、お金を使ってもらってなんぼやし。
安田:それは大正解やと思います。
平民:僕、基本的に「取材をお願いする」ってことはなくて、勝手に好きなことを書いてる。さっきのカレー蕎麦の話みたいに、載ったあとでお店の人が「なんか書いとんな」って知ったときに、「あいつやったら結構、金使ってるしな」と。お店の人も、許してくれたりする。金というのは、やはり言葉なんですよね。
tofubeats:ほんまそれですね。でも、本当に金を使ってる店は(メディアで)紹介したくないっていうのもあるじゃないですか。それこそ、この本にも出てくる「ワラジヤ」さんとかね。あそこらへんで仕事があったら絶対に行くんですけど、ここが世間にバレたら困るから雑誌とかでは紹介しない。

【tofubeats(とーふびーつ)※写真中央】1990年神戸生まれ。神戸出身。音楽プロデューサー/DJ。2013年4月にスマッシュヒットした「水星 feat.オノマトペ大臣」を収録したアルバム「lost decade」を自主制作にて発売。同年秋には「Don’t Stop The Music」でメジャー・デビュー。以降、「First Album」「POSITIVE」「FANTASY CLUB」「RUN」と4枚のアルバムををリリース。2019年はデジタルシングル第1弾として1月に竹内まりや「Plastic Love」のカバーを、第2弾として「Keep on Lovin’ You」や同曲のREMIXをリリース。公式HP
安田:それにしても、平民さんの記事を読んでると「なんぼ使うねん?」って思いますけどね。
平民:原稿料は全て(地元個人店に)つぎ込んでますよ。
安田:あの連載は費用対効果が悪い。「鉄火巻きの回」とかは特にね。
平民:この話するの3回目くらいなんですけど、強調したいのは(記事に出てくる)鉄火巻とビールだけじゃないんで。他の寿司も食って、めちゃくちゃ(金を)使ってる。あの記事を読んで、鉄火巻とビールだけで寿司屋に行けると思われても困る。
tofubeats:この記事の最後に「経費でメシ食ってる奴にはぜったい負けねえ」って書いてますよね。
平民:僕は、お上の経費でどっか行く系の仕事は全部断るので。神戸市の連載も、最初に「市の公式の仕事なんで、どこへでも行けますよ」って言われたんですよ。水族館のバックヤード密着とか、普通のお客さんが入られへんようなところも選択肢としてあった。でも、そこって普通にお金払って入場してる家族連れは行けないでしょ。そんなところに行ったらバチが当たる。
tofubeats:確かに、全ての人が行けるところしか載ってない。
平民:何かと戦ってる気がしますね。それが何かは自分でも分からないけど。
和久田:戦った2年間の証が、こうして本になったわけです。
tofubeats:2015年から(書き始めた)とは思えない量と濃さですよね。

裏話が満載の書き下ろし「B面」がおもしろい!
和久田:改めて、本の感想についてなんですが、安田さんは読んですぐ、書き下ろしの「B面がいい!」って返事をくれましたよね。
安田:B面は僕が書いた『神戸、書いてどうなるのか』のスタイルとリンクするところがあって、通ずるものを感じたんですよね。一方で、当たり前のようにA面のような文章も書けて、完全にかなわないなと。お世辞じゃなくてね。
tofubeats:B面はほんまに、これは市の広報サイトには(内容的に)載せられんわなって。僕は最初にA面をピュアな気持ちで読んじゃってたんですよ。だから、そのあとB面を読んで反省しました(笑)。それで、もう一度読み返したらレトリックが隠れているというか、なるほどと思うことが結構あって面白かったです。

平民:神戸市のサイトで連載していたときに「修正してくれないか」と言われたところも、本ではもとの原稿通りに戻してるんです。連載のときは毎回毎回、内容を細かくチェックされるんですけど、本は450ページあるからいちいち読まへんやろって思ってね。
和久田:いやいや(笑)。もちろんゲラは神戸市に送ってますよ。「大丈夫です」とお返事をいただきました。
tofubeats:(連載のときと)同じのが載っているだろうと思ったんですかね。
平民:僕は基本的に修正を受け付けないんですけど、連載ではそれなりにあちらこちらと直しましたね。なんで直さなあかんねんって思いながら直したやつは、書籍化の機会に全部もとに戻しています。けっこう根に持つタイプなんでね。
和久田:こんなこと言ってますけど、本当は真面目を絵に描いたような男ですからね。平民さんって。
平民:ほんま、真面目の塊です。時間も病的に細かいので。何時何分に来なさいと言われたら電波時計で測って、全く狂わずちょうどに来ます。
和久田:ちなみに、市の連載初期は、「こういう内容を入れてほしい」という要望もあったんですよね?
平民:ありましたね。メリケンパークがリニューアルオープンしたときに、もっとその広報をしてほしいとかね。でも、「しません」って。そういうやりとりをしていました。
和久田:それで途中から全く言われなくなったんですか?
平民:いや、これたぶん原稿を早めに出すからアカンのかな?と思ったんですよね。早めに出すと担当者が読むじゃないですか。それで、色々と言いたくなるんやろうなって。
和久田:いや、それは読むやろ普通(笑)
平民:だから、途中から原稿をギリギリに送るようにしました。掲載される当日に送ってましたね。
tofubeats:そもそも、なぜ神戸市の広報課は平民さんに白羽の矢を立てたんでしょうね? きっかけはスーモの記事ですか?
平民:あれはね、神戸市が事業として広報ブログみたいなものをやろうとしていたんですよ。で、SUUMOタウンの記事がきっかけで僕に声が掛かった。本の最初に載っている記事です。
行政の仕事だから(他の候補者と)コンペになったわけですけど、なんで僕が選ばれたのかは分かりません。何とどう戦ったんか、対抗馬を知りたいですけどね。
tofubeats:その担当者はどんなプレゼンをして、平民さんにこれを書かせたのか。すごい気になりますね。
厳選した40点の「写真芸」を見てほしい
和久田:ここからは、会場にいるみなさんから専用のウェブサイトを使って送っていただいた質問に答えていきましょう。
―― 『サード・ガール(西村しのぶ著)』で描かれた神戸を、どう思いますか?
和久田:サード・ガールといえば、tofuくんですね。
tofubeats:そうなんですよ。西村しのぶ先生のエッセイが好きすぎて、下山手に住んでいたこともあります。『神戸・元町“下山手ドレス”』っていう作品です。震災前のこととかもいい感じで描いてあって、「すかした神戸人最高! 俺もこれになるぞ」と決意して田舎から出てきました。

―― 神戸が出てくる映画やドラマで、印象に残っている作品、好きな作品を教えてください。
tofubeats:僕は現状、『ハッピーアワー(濱口竜介監督)』ですかね。
平民:僕、あれをtofuくんがいいと言うのが不思議やったんですよ。安田さんの年齢やったら分かるんですけど、まだ若いのにああいうのが好きって、大丈夫なんかなって。だって、(公開当時)いくつやったの?
tofubeats:27歳ですかね。
平民:そんなもんなんや。27歳でああいうのがいいと思えるって、すでに「出来上がりすぎてる」んじゃないかなって思う。なんか儚いよね。長生きせなあかんよ。
tofubeats:いやいや(笑)。早死にしそうですか?
平民:早死にというか、儚い。それがいいなって。これからも頑張ってほしいです。腐らずに。
安田:大きなお世話や! 全然腐ってないやろ。

―― (本には登場しない)神戸の東側は好きですか?
平民:三宮とかですか? 好きとか嫌いとかじゃなくて、あんまり行ってないんですよ。
和久田:確かに、三宮が出てこないですもんね。
平民:自分の家から歩いて行ける範囲のことしか書いてません。新開地から元町までの1km圏内くらいですね。
tofubeats:ハードコアな本ですね。
安田:でも、間違ってないですよね。ここしかないって感じの場所だから。
tofubeats:確かに、替えが効かないエリアですね。
―― 『ごろごろ、神戸。』は、量の制約がないWEB版とページ数の限られた紙の本では、写真の選び方、構成案が変わってくると思います。書籍版では、写真選びのポイントや「写真をどのように見て欲しい」とかはありますか?
平民:これ、僕が書いた質問ですね。そろそろ写真のことを語ろうと思って、さっき休憩中に自分で送りました。いつまでも写真の話にならないので。
安田:これ、便利なシステムですね。自分が言いたいことを自分で質問できる。
平民:まず、この本は写真の点数が限られていて、全部で40枚くらいに絞らなあかんかったんです。で、減らしに減らした結果、とりあえず200枚を和久田さんに送りました。
和久田:いつもそうなんですよ。10枚くれって言ったら、50とか100とか(送ってくる)。
平民:神戸市のWEBサイトに連載した本編が72回で、(書き下ろしの)B面が72回。全144回の中で写真が40枚しか使えない。これはもう、WEBから本に移植するレベルじゃなくて、まったく別のものをつくらなアカンかった。だから、写真は完全に新しく構成しています。
構成の大きな柱として、“対になる写真”を3組入れているんですよ。本を持っている人はめくって確認してくださいね。例えば、22ページの写真と最後の見開きの写真は、どちらも「天よし」の猫です。はじめの写真は営業しているころの猫で、最後のはおやっさんが具合悪くなって、店があかんようになったころの猫です。こんなん渋すぎて誰も指摘せんやろと思ったから自分で質問してるんですけど、限られた40点の中でここまでの写真芸を見せるのはなかなかのもんやと思いますよ。
安田:すごい。水を得た魚のようですね。
平民:今日一番しゃべったんちゃうかな。これだけ言いたかったんです。

和久田:最後、どう締めましょうかね。tofuくん、なんか宣伝とかありますか?
tofubeats:いや、なんもないです。何かしら調べて買ってくれたらお金は入るので(笑)。そしたら、神戸で「言葉としてのお金」が使える。
和久田:ぜひ地元に投資してもらってね。
tofubeats:はい。今日もコロッケいっぱい買って帰ります。
和久田:平民さんからの告知は?
平民:ないです。本、買ってください。
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著者:榎並紀行(やじろべえ)

編集者・ライター。水道橋の編集プロダクション「やじろべえ」代表。「SUUMO」をはじめとする住まい・暮らし系のメディア、グルメ、旅行、ビジネス、マネー系の取材記事・インタビュー記事などを手掛けます。

