ごろごろ、神戸

文と写真 平民金子 

 十数年住んだ東京から神戸に引越して一年がたった。メリケンパーク、ハーバーランド、北野異人館、南京町中華街、三宮、元町、有馬温泉や宝塚歌劇といった、ガイドブックに掲載される華やかなイメージを、引越す前の自分もどこかに持っていたとは思う。けれどそういった新生活にまつわる甘い予感は、神戸暮らしと同時期に始まった子育てのいそがしさによって全て追いやられた。寝て起こされてはオムツ替え、寝て起こされてはオムツ替え。そして子どもの機嫌取り。合間にこなす家事雑事で一日が暮れていき、読書、映画鑑賞、酒場通い、ふらっと旅に出る事、好きだったことがらが一つ一つ、自分から遠ざかって行くのが分かる。
 
 赤ちゃんという10キロ近い「重り」を抱えての暮らしは、引越し前にイメージしていたものとかけ離れ、家と近所の公園の往復だけで精一杯。ヨメさんと子ども、犬一匹。新生活にそなえて買った「るるぶ」を棚の上に置き、「こりゃ、どこにも行けねえな」となかばあきらめていた。
 四十代の子育ては体力的にしんどいと言われるが、たしかに膝と腰が悲鳴を上げていて、でもそんな事はおかまいなしに子どもは泣き、叫び、笑い、圧倒的な声量と体力を武器に、朝も夜も関係なく全力でこちらに挑んでくる。
 「もしかすると、自分は追い詰められているのだろうか……」そんな風に弱気になっていた日々の暮らしに風穴を開けてくれたのが、年も変わった今年1月に導入したベビーカーだ。

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 今、自分はどこへ行くにもベビーカーを押して歩いている。子どもと、ついでに犬が乗っている。
 犬は下のカゴが住居として気に入った様子で、ドアを開けると真っ先に飛び乗り、どこへ行くにもついて来るようになってしまった。

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 一人で風を切り歩いていたころに比べると、小さい生き物でゴテゴテしたこの感じはいつまでも慣れないが、半年以上頭を悩ませていた膝と腰への負担がなくなった、その事だけでもベビーカーには頭が上がらない。
 拝一刀だって子連れで頑張ったんだから僕だってどこまでも行けるだろう。そんな気概のもと、今日も神戸の町をベビーカーを押しながら、ごろごろ、ごろごろと歩いて行く。
 これから描くのはガイドとはほど遠い、何の変哲もない一日の、始まりから終わりまでの風景だ。

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 神戸は、三宮や元町に出れば商業ビルが林立し、大きな商店街もあって活気にあふれているが、にぎやかな場所から少し外れた道を歩けば、やがてゆっくりと、町が違う表情を見せ始める。都市部に見られる大規模開発や建物の新陳代謝からは遠く離れて、そこでは住居も店舗も壊されることなく、時間の流れるがままに風化して行く。建物と住人が、長い時間をかけて共に老いてきたような、古くて静かな町並み。JR神戸駅から阪神高速3号神戸線を挟んだ南側、10分ほど歩いた場所にある稲荷市場もそのような風景のひとつだ。

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 中畑商店はこのあたりでは有名なホルモン焼きの酒場で、日が暮れるころになるとどこからともなくやって来た常連たちでにぎわう。ホルモン一串50円というのは、酒場のつまみとしては安すぎる値段だ。すぐ隣のお好み焼き屋「ひかり」と並んで夕暮れ時には酔客が集うこの一画も、昼間といえば学校帰りの小学生や散歩しているお年寄りとすれ違うくらいで、ほとんどの店がシャッターをおろした市場に人の気配はあまりない。
 「はい、500円ぶんね」持ち帰り用のホルモンを10本焼いてもらって、外で待っている間に生ビールをひっかける。犬を連れているので店の中には入れないが、中畑商店は路上にも席が置いていて、昼間はまず客がいないので、自分たちでもやすらげる貴重な場所なのだ。

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 ビールを一杯ひっかけた後は、すぐ裏手の松尾稲荷神社まで歩く。ここは現存する最古の日本製ビリケンさんがある事で知られる神社だが、それよりも大鳥居をくぐって石段を上がった先の右手にある、ボウリング球のような球体がはめ込まれた珍妙な石碑に注目してほしい。正式名称は「一願成就の碑」。通称は「一眼(一願)さん」といい、その姿と愛称から一眼カメラを勝手に連想して、自分が「カメラ(写真)の神様」と一方的に命名した場所だ。この場所を自分のような写真オタクの聖地にしたいと思い地味に宣伝しているが、いまだに誰からも相手にされていない。

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 「一眼さん、今日も苦労せずに良い写真を撮らせて下さい」そう祈った後は、石段の下に停めておいたベビーカーを押して、中畑商店の裏路地に去年から店をかまえる漬け物屋「おおや」のおばちゃんに挨拶をしに行く。「おおや」はもともと稲荷市場の中にあったが、昨年の末についに開始された一帯の再開発工事で店舗のある北側一帯がきれいに更地になってしまった。しかし、「店がなくなったからゆうてアンタ、こっちは48年も商売続けて来てねんから、今さらやめられるかいな」と一念発起、今の地味すぎる場所に移転して今日も漬け物を売っているのだ。いつもと同じように、白菜のぬか漬けを買って、ひとしきり世間話。そのまま神戸ハーバーランドへと、ごろごろ、歩く。

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 枯れた神戸を代表するような稲荷市場から、国内外の観光客でにぎわうハーバーランドへは、歩いても10分ほどしかかからない。まったく異なる2つの町が隣り合う、このギャップがとても神戸らしい気がする。
 途中のコンビニで缶チューハイを買い、港を出る船や海を見ながらホルモン串を食べるのが最高の贅沢だ。
 子どもが生まれてから夜に出歩く機会はすっかりなくなってしまったが、明るい午後にはまだまだ楽園が残されている。
 それにしても海とホルモン。なんてピッタリの相性だろうか。

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 ハーバーランドで缶チューハイを飲んだ後は、地下街のデュオこうべとメトロこうべを通って新開地方面に足を向ける。
 途中、地下卓球場や古本屋街、朝からオープンする立ち飲み屋街など非常に魅力的な地下街の風景が続くが、ここは寄り道を我慢して「神戸新鮮市場」へ買い物に行くのだ。神戸高速鉄道「新開地駅」の北側、市営地下鉄西神・山手線「湊川公園駅」周辺に広がるこの巨大市場は、公式サイトにも「約500店舗の神戸新鮮市場の全貌を知るには、一度や二度足を運んだくらいでは把握できません」と書かれているが、それだけの個人商店が直線ではなく、縦に横に上に下にと迷宮のように入り組んでいるので、一度や二度どころか住み始めて一年がたち毎日のように足を運んでいる今も、とてもまだ全貌を把握したとは言えない。
 新開地駅からこちらにアクセスしようとすると、駅の階段を上がって目の前の新開地商店街を歩く事になるが、地上1階のこの商店街はいつの間にか湊川パークタウンの2階につながっていて、その湊川パークタウンを1階に降りて歩くと、今度はミナイチという市場の地下1階に出る。この蟻の巣のようなややこしさを言葉で伝えるのは難しいが、実際に歩くと初めての人は必ず道に迷うだろう。

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 2年ほど前に、初めて知人に案内されてこの市場に足を踏み入れたときに、小学生くらいの子どもたちが連れ立って市場を走り、立ち食いの店舗で串カツやホルモンをおやつがわりに食べている光景を見て、ここで生活出来る彼らをうらやましいと思った。
 子ども同士でも遊びに来れる串カツ屋、一杯50円で売られている冷やし飴やレモン水、鮮魚屋、八百屋、惣菜屋、漬物屋、洋服屋から文房具屋からメシ屋からガラクタ市まで、ありとあらゆる種類の店が隙間なく縦横に配置されている混沌。
 このような一帯が時代の流れの中で大型スーパーなどに吸収されず、今現在も現役で稼働しているのは奇跡的だと思う。
 僕はこのごちゃごちゃした光景が好きすぎて、神戸に引越して来たようなものだ。

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 さて、このあたりに来ると、立ち寄っておきたい店がふたつある。ひとつは東山商店街を北の端まで歩くと目の前に見える新湊川商店街のアーチをくぐり、2、3分歩いた場所にある焼き肉屋「きいちゃん」。冒頭に出てくる中畑商店とは違って脂身を多く含むホルモン串が店の前で焼かれていて、一本90円。塩かタレかはお好みだが、ここでホルモンを5本買って近くにある公園で缶チューハイを飲むのがおすすめだ。あとこれは最近発見して自分一人で大騒ぎしているのだが、「きいちゃん」のホルモンはカレーに入れると絶品だ。一緒に煮るのではなく、軽くあたためて食べる直前にカレーに混ぜる感じ(料理の話を始めるときりがないのでやめておく)。なお網の上ではホルモンだけでなく、たまに唐揚げ串も焼いているときがあって、この日はテッチャン唐揚げ串という珍しいものがあった。

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 もうひとつは、こちらは場所が分かりにくいので辿り着ける人は少ないと思うが、兵庫区役所や湊川公園に面した市道湊町線を北西に歩いて熊野橋の交差点を過ぎ、ひとつ目の信号を左折。その先を5分ほど歩いた場所にある「ふくや」という串カツ屋さん(新鮮市場から歩くと15分くらい)。店の前に「串かつ」と書かれた提灯は一応かかっているが、ビニール袋をかぶせられているため字が判別出来ず、看板もないので目をこらさなければ何の店かは分からない。

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 店はおばちゃんが一人で静かにやっている。値段はいつから上がっていないのか分からないが、一本70円。約30種類の具材をその場で衣をつけて揚げてくれる。すだれで覆われた店の中にはついでのように椅子が3つ4つ置かれているので店内でも食べる事が出来るが、お店の中で食べている人はまだ(自分以外に)見た事がないので、おそらく地元の人たちが持ち帰りで注文する事が多いのだろう。僕は神戸に引越してきた最初のころに、東山商店街から家までの帰り道で迷ってしまい、何故かこのお店に辿り着いた。そんな偶然でもなければ絶対に存在を知る事がなかった串カツ屋さんだと思う。

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 「もう50年、この場所で商売してるけど、昔はこの辺もにぎやかでね。ここは商店街があって、アーケードもあって。それが1軒抜け2軒抜け。今では買いに来る人も少なくなったよ。周りには引退したらって言われるけど……。おばちゃん、4年前に入院してね。そのとき初めて3カ月間お店を休んだの。そしたらさびしくてねえ。だからもうこんな年だけど、毎日店に立ってるのよ。ここに立ってるだけで気晴らしになるから。おばちゃんも子ども3人育てたのよ。え?夜泣き?やっぱりねえ。私のときもご近所さんに悪いから、夜中にずっと外に出て暗い道で抱っこしてたわ。それもいい思い出よ。かわいいもん、子どもは。のど乾いた?うちは飲み物は売ってないから、そこの自動販売機で適当に買ってきてね」
 串カツの「ふくや」は、いつ行ってもこんな感じで時が流れる。

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 僕は1995年の震災以来、ほとんど神戸を訪れていなかった。もともと祖母がこちらにいたので、「新生公司」の焼き豚やら「元町サントス」のホットケーキやら「にしむら珈琲店」のアイスコーヒーやら、なじみのある場所や物はそれなりにあるが、二十歳を過ぎたあたりで関西から遠ざかり、北海道や沖縄を経て、東京では15年近く暮らしてきた。震災の風景から止まったままの自分の記憶と現実の神戸との間には20年ぶんの開きがあり、その開きを自覚する以上、簡単に神戸を語る事は出来ない。ただ、その場所がにぎわっていようがさびれていようが、この一年で僕は神戸の人や町が持つ空気にすっかりアテられてしまったのは事実だ。

 明るくてお洒落で異国情緒のあふれる港町。そんなイメージも神戸のひとつの姿だが、高速神戸駅から新開地駅へとつながる地下道に広がる、昭和の面影を残す卓球場、理髪店、ゲームセンター(は残念ながら去年閉店してしまった)、何十メートルも続く古本屋街、立ち飲み屋街。そして、かつて港湾労働者たちでにぎわっていたころの面影はなくなり、今では数軒の店舗を残すだけになった稲荷市場。そのような一見くすんだ風景もまた、神戸のありのままの姿で、僕にはどちらの神戸もいとおしい。

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 「子ども、何歳?裸足やと寒いんちゃうの?」
 「犬と仲良うしとう?」
 「お父ちゃん、そんなヒゲづらで抱いたら痛いゆうとるで」
 「あんた将棋できるのか?」
 「ワシもう飲めんから、これあげる(新開地駅にてとつぜん缶チューハイをベビーカーのカゴに入れられる)」

 人付き合いの苦手な自分にも、ここではさまざまな人が声をかけてくる。
 人生、こんな風になるとは思ってなかったなあ。いやいや、計算外の事ばかり起こるからおもしろいんじゃないか。
 無邪気にはしゃぐ子どもとくつろいで眠る犬を乗せてベビーカーを押し、こんな風に自問自答しながら、今日も神戸の一日がごろごろ、ごろごろと終わって行く。

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そして、神戸

 三月某日。朝起きて、寝ぼけた頭で安田謙一さんの『神戸、書いてどうなるのか』(ぴあ)を読んでいたら、クレイジーケンバンドのギタリスト・小野瀬雅生さんが関西ツアーのたびに足繁く通っているらしい「天よし」という食堂が出てきた。ここの天丼は揚げたてサクサクという種類の物ではなく、あらかじめ揚げておいた天ぷらに熱いつゆがかけられて、蓋されて蒸れた状態で出てくるのがうまいらしい。その事を説明する作者の文章にしびれる。

【天ぷらを乗せた丼に多めにだしがかけられたものが、蓋を閉じて運ばれてくる。天ぷらはじっとりと蒸らされた状態になっている。蒸らした構造(村下孝蔵)である。】

 村下孝蔵か……!と思うやいなや、そのまま本を閉じ、すぐに子どもに靴下をはかせた。電車に乗るので犬には留守番してもらって、新開地駅へ。そこから神戸電鉄有馬線に乗って3つ目の丸山駅で降りると、坂道を10分ほど下ったり登ったりした場所に、(電車の中で読みまくった)小野瀬雅生さんのブログで何度も見た店構えがあった。

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 店の前にベビーカーを停め、抱っこ紐に子どもを移しかえて店内へ。初めて入る店の扉を開けるときはそれなりに緊張するが、いらっしゃい、と案内された席の、目の前の椅子には猫が丸まって寝ている。迷わず天丼をオーダーすると、少しして蓋がのせられたお椀が運ばれてくる。開けると湯気で村下孝蔵の天丼に、「ウマウマウー!」とブログのフレーズを真似して、心の中で声をあげる。小さく寝息をたてる子どもの頭を横にずらして、天丼を一気にかきこみ(泣き出さないうちに食べねば)、玉ねぎ、三度豆、イカゲソ、エリンギの天ぷらをお土産用に買って、「また来ます」そう挨拶して店を出た。

 そのまま、あまりにも天気が良いので、となり駅の鵯越(ひよどりごえ)までの山道を歩く。盆や彼岸時でもない限り訪ねて来る人もいない、海を見おろす場所にある祖母の墓を訪ねてみようと思ったのだ。
 誰が見ているわけでもなし、所作事が嫌いなので墓前に立っても手を合わせたりはしない。ただ、子どもの頭をなでるように、ひんやりした墓石に手をあててみる。ベビーカーを押している時間なんて、ほんの数年だろう。今は毎日睡眠時間も削られて精神的にも肉体的にもしんどく、この時が早く終わってくれ、早く終わってくれとばかり願って過ごしているが、そういう時期に限って、何年もたって振り返ったときに貴重だったと思える事を、40歳を過ぎた自分は知っている。自分の手はいつまであたたかいのだろう。犬も子どももヨメさんも、生きているこの時だけが花なのだ。そう思ったところで、キャ!と奇声をあげる子どもと、特有のにおいに気が付いて、墓石の前に毛布とオムツシートを敷いた。あたたかく、春になろうとする日差しが大便まみれの尻を照らしている。人気のない墓地で自分だけがあわただしく影を動かしていた。空は青く澄み渡り、僕はさっき買ったばかりの天ぷらの袋から、イカゲソをつまんで口に入れ、いつかのオヤジにもらったままカゴに置き忘れていたぬるい缶チューハイをあけ、子どもを抱きしめている。


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著者:平民金子 (id:heimin)

平民金子

写真を撮ったり文章を書いたりしています。1975年生。東京か大阪かメキシコにいましたが、現在は神戸在住。

Twitter:@heimin
ブログ:平民新聞

編集:はてな編集部