「何もない」と出て行った地元「豊橋」は、視点を変えさえすれば暮らしやすい街だった

著: 小澤 志穂 

豊橋は愛知県の南東部にある静岡県寄りの街。

東海道が街の中心部に通っていて、吉田宿や二川宿など宿場町として栄えていたらしい。でもそれはずっと昔の話だ。そんな豊橋に生まれ育った私は、10代のころは豊橋があまり好きではなかった。

 

小学生のころはお隣の静岡県浜松市の駅前で遊んだし、中学に上がると豊橋から電車で約50分の名古屋まで出かけるようになった。

大学進学と共に愛知県の知多半島にある美浜町で一人暮らしをして、就職してからはやっぱり名古屋や東京、県外に出かけて、豊橋で遊ぶなんてことは皆無だった。

就職でいったん豊橋に帰ってきたものの、転職をして名古屋で一人暮らしをはじめた。いつも地元から逃亡を図っていた私は「地元は何もない、つまらない」が口癖だった。

「スタバがない(今はある)」

「浜松市や岡崎市にあるイオンモールがない」

常に無い物探しをして「良いものは地元の外にあるもの」と疑わなかったし、一度も地元を出たことのない同級生たちとは疎遠になっていった。

f:id:SUUMO:20171130115742j:plain 豊橋の駅前大通、路面電車が街にとけこむ

豊橋は何もない、つまらないと言いつつ定期的に帰っていた。それは実家という帰る場所があるからだ。

ただし、豊橋に帰ると言っても家から出ることは殆どなかった。名古屋でよく通うようなお気に入りのお店や、仕事後に立ち寄りたくなるサードプレイスは一つもなかった。いや、探してさえもなかった。

そんな私の考えを変えてくれたのは、趣味の旅行で出会った人たちだった。 

「私の地元はこんないいところがある、こんな素敵な人たちがいる」

そう語る人たちの顔はキラキラとしていて格好良く見えた。ああ、私もこんな風に地元を語れるようになりたいな。

そう思えたのは社会人4年目、経験をつみ仕事にも慣れて、自分に自信が付いてきたころだった。ライター朽木誠一郎さんのこの記事を読んで、腑に落ちた。 

suumo.jp

ああ、私は名古屋のような街で刺激に埋もれて自分と向き合うことを避けていたんだなあと。

地元が嫌いだったのではなくて、何者でもない自分と向き合わざるを得ない地元にいることが苦痛だったのだ。どこかに自分の居場所があるはずで、今の自分は本当の自分じゃない、自分探しの旅に迷い込んでいた。

本当の自分は今ここにいる、自分の居場所は自分でつくるしかないと気付けてからは地元豊橋の「無い物探し」はやめて、名古屋で一人暮らしを楽しみつつ「豊橋には何があるかな?」「友人を豊橋に連れて行くならどこかな?」と探すようになった。

f:id:SUUMO:20171130115947j:plain 古さと新しさが混在する水上ビルの商店街

「旅好きなあの子に、豊橋を一日案内するならどうする?」とゴールを設定して街なかに出かけるようになったら、驚くほど自分が豊橋のことを知らないことに気付いた。

豊橋駅前にある「水上(すいじょう)ビル」は、豊橋市の中心部を流れる牟呂用水(むろようすい)上にビルを建設したもの。牟呂用水は愛知県の東部を流れる農業用水路のことで、用水路の上にビルが建っていると聞いて驚く人も少なくない。

「水上」とあるのに水はどこにあるのかしら?と疑問にも思わなかったのだけど、どうやら有名らしく豊橋市外の友人で建築関係の人たちは知っていた。

私は駅前の商店街が水曜定休日が多いということも、街なかで定期的にイベントが開催されていることも知らなかったというのに。

f:id:SUUMO:20171130120019j:plain 豊橋駅前の商店街にあるお店はそれぞれ味があって、散策するのが楽しい。昔からある飲食店、ちょっと入りづらいけど勇気を出して入ってみると昭和にタイムスリップしたかのような喫茶店、新しいお店もちらほら

水上(みながみ)食堂は新しくできたお店のようで、ちょっとオシャレな社員食堂の雰囲気が好きだ。会社員をしていたころ使っていた食堂はこんな券売機とプラスチックの食器だったなー、そうそうAランチとBランチがあって、どれにしようか女性社員は迷っている人が多かったなとか。

新しいのに懐かしいなんて、何だか不思議な空間だ。豊橋で数少ないWiFiとコンセントが充実している空間というのもポイント。

f:id:SUUMO:20171130120046j:plain 水上食堂の店内は1階カウンター、2階はテーブル
f:id:SUUMO:20171130120120j:plain 水上カレーライスは昔運営していた店舗の懐かしの味とお店のメモにあった

元々、負けず嫌いな性格で嫉妬や悔しさを燃料にするタイプ。「豊橋っこといえばこれでしょ!」というものをことごとく知らなかった自分が悔しくて、足を運んではネタをストックしている。 

豊橋駅前のときわ通り商店街にある「スマートボールアサクラ」は、まさに「豊橋っこといえばこれでしょ!」というお店らしく、友人に言われてその存在を知った。

f:id:SUUMO:20171130120153j:plain ときわ通り商店街にあるスマートボールアサクラ

豊橋の街には昔からそこに存在しているのに、私には見えていなかったものがたくさんあった。

私には見えていないものを「ここにあるよ」と教えてくれる人の存在は貴重だ。そういう人たちのおかげで、あんなに好きじゃなかった豊橋のことがなんだか愛おしく思えてくるようになってきた。 

豊橋は、地方あるあるなのかチェーン店を除いたお店の閉店時間が早い。「晩御飯いこう!」とググってみると郊外の良さげな雰囲気のお店は19時閉店がザラ。みんな家に帰ってのんびり過ごすのだろうか。

以前、東京在住の知人が「新幹線の終電を逃した。この時間帯の豊橋駅前はゴーストタウン」とSNSでつぶやいているのを見かけて「いやいやいや。夜遅くまでお店が開いている都会がおかしいんだよ!」と反論するようになっていた。

f:id:SUUMO:20171130120230j:plain 赤のれんの餃子は豊橋っこのソウルフード

こちらは豊橋駅西口を出て右側にある189(わんぱく)通りにある赤のれんの餃子。

数カ月前まで「189(わんぱく)通り」と言う名前も知らず、地元民にそれどこ?と聞いて「ああ。豊橋駅西口のあの辺のことを言うのね」と知った。「豊橋駅の新幹線ホームから見えるちょっと変わった看板や建物の飲食店が集まる場所で、その一帯が端から端まで「189番地」だから「189(わんぱく)通り」と呼ばれているのだとか。30年近く豊橋市民をやっているはずなのに、知らないことだらけだ。

赤のれんは1階がカウンターで2階はテーブル席がある。以前、友達と一緒に行ったとき「1階は天井が低いね」「メニューは餃子と飲み物だけなんだ」と言われて、そういえばそうだなと自分以外の視点で見たとき面白かった。

189(わんぱく)通りにあるお店はどこも狭くて、お隣さんやお店の人と距離が近い。なんだかそれが温かくて、いい感じなのだ。

車社会の豊橋は郊外にも素敵なお店がたくさんある。
何で今まで気付かなかったのかしら?と思うほどなので見つけ次第、SNSで「ここはおすすめ」と発信している。その一つが豊橋駅から車で約17分、牛川通にあるyahito coffeeさん。

f:id:SUUMO:20171130120324j:plain ほっこり隠れ家的な雰囲気のyahito coffeeさん

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初めて店内に入ったとき「あ、見つけてしまった。」という感覚と同時に「秘密にしておきたいけど話したい!」みたいな複雑な気持ちになった。席に着いた瞬間にはFacebookとTwitterとInstagramで発信していたのだけれど。 

他にもスイーツが美味しい純喫茶店、きゅうりとツナのホットサンドがたまらなく食べたくなるお店など、紹介したいところは山ほどある。気になる方には以前、こちらのサイトで、豊橋市内線(路面電車)沿いにあるおすすめスポットを紹介したので見てほしい。

travel.spot-app.jp

 

豊橋駅に降り立った友人が「あれ、ビルとビルの間に山が見えるよ?」と言っていたので「豊橋の自然」について触れておきたい。ただし、海に面した地域もあるが、私があまり詳しくないので省略させていただく。

豊橋には吉祥山や石巻山のような標高300mちょっとの山々、東海のミニ尾瀬と言われる葦毛湿原など自然も豊かだ。

私は一時期「山女になる!」と登山にいそしんでいたのだけど、他の山に比べてここ豊橋は通りすがりの人と自然に会話が生まれるのが心地よい。ふと、なぜだろう?と考えたとき地元の人がよく登山しているから、ご近所さんに挨拶する感覚なのかもしれないと思った。

名古屋に住んでいたときは同じアパートや近所に知り合いはおらず、出会う人と挨拶を交わすことはほとんどなかった。地域や住んでいる建物にもよるかもしれないが、豊橋はわりとご近所付き合いが残っている。

実家の近くを歩いていればご近所さんと挨拶をするし、「最近どお?」なんて会話が生まれたりお土産やおかずをおすそ分けしたりもする。年上の世代の人たちからしたら孫に接するような感覚なのかもしれない。近すぎず、遠すぎず、私には程よい。

友人の名古屋嬢を葦毛湿原に連れて行ったときは、通りすがりのおっちゃんが植物のガイドをしてくれて友人はいたく感動していた。(常駐のガイドさんがいるわけではなく、地元の方が案内してくれた)

f:id:SUUMO:20171130120418j:plain 葦毛湿原の木材の遊歩道、珍しい草花が生息している
f:id:SUUMO:20171130120451j:plain 葦毛湿原の駐車場前の景色

私がSNSで地元豊橋のことを発信するようになってから、「ブラックサンダーの詰め放題はどこに行けばできるの?」「豊橋カレーうどんって美味しいよね」「路面電車のおでんしゃに乗ってみたい」と言う豊橋市外の友人の声が聞こえてくるようになった。

地元民以外の人が豊橋に引越す理由は進学、就職、結婚くらいなんじゃないだろうか。暮らしとなるとハードルが高いけれど、ちょっと遊びに行ってみようかなと言ってくれる人が増えることを期待している。 

地元民に豊橋の良いところは?と聞くと「山も海もある、程よく田舎だけど新幹線の停車駅でもあるから東京や名古屋の都会までも交通の便が良い」と返ってくることがある。それ他の地域でも言えることだよ!と言いたくなるけれど、私の周りにいる豊橋に住んでいる人たちは、何だかんだでこの場所に満足しているのだろうなあと思う。

 

10代のころは「何もない、つまらない」と言っていた私が豊橋の良いところは?と質問されたらどうだろう。
東京や大阪、京都のように都会で有名な観光名所があるわけではない、比べたら「何もない」けれど視点を変えると暮らしやすい街だと思う。

豊橋に生まれ育って、一度出て行った私だから感じることができることがある。日々淡々と穏やかに過ごせる街の良さ、それが豊橋にはある。

でも、やっぱり刺激を求めて名古屋に繰り出すこともやめられそうにない。

 

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著者:小澤 志穂

小澤 志穂

1987年生まれ、愛知県出身のフリーライター。主にWEBサイトで観光・グルメ、インタビュー記事を執筆。地元愛知県について質問されると戦国時代から延々と語り出し、いかに尾張地域と三河地域が別文化なのかを熱弁、ホームの三河地域には甘い。

ブログ:ガサゴソ旅女会

Twitter:@nagoyatabijo