意外と面白い高崎を、歩いて楽しむことのすすめ

著: 荻原貴男

JR高崎駅から20分ほど歩いた場所で、REBEL BOOKS(レベルブックス)という小さな本屋を営んでいる。お客さんの中には、初めて高崎に来るという人も少なくないので、知りたい人には可能な限り、おすすめスポットを伝えるようにしている。

紙の実体がある方が行動を促すので、高崎の街を歩いて楽しむためのこんなマップを作って配ってもいる。

REBEL BOOKSで作成しているマップ。個人的に本当におすすめできる店しか載せていないので、どこに行っても大丈夫。理由があって載せていない良い店もあります、席数が少ないとか

これを見ながらいい店・いい場所の話をしていると「高崎、面白い町ですね」という反応が返ってくる。そう、高崎、意外と面白いのだ。

ところで僕はほとんど無意識的に、「面白い」の前に「意外と」という言葉を添えている。それは、30歳ぐらいまで自分自身が高崎をあまり面白いとは思っていなかったからだ。だが、あるとき町の見方の大転換が起き、「意外と面白いな、高崎」と思うようになった。

町の見方がかわるとき

高崎市役所最上階展望フロアからの風景

高崎で生まれ育って、高校卒業までを過ごした。興味の対象が映画と音楽と本という中高生にとって、高崎は基本的には「脱出すべきところ」だった。

大学進学で上京すると、そこにはいくつものミニシアターがあり、何フロアも続く大型CD店があり、ビル丸ごとの巨大書店があった。おまけに、高校時代にはそんなものがあることすら知るよしもなかった、ヴィレッジ・ヴァンガードなるサブカル系個性派書店まであった。なんだこれは、最高じゃんか。これだよ、求めてたのは。そう思いながら楽しい日々を過ごした。

高崎のことは、特に嫌いとかではないけど、あまり意識することもなかった。また住むことになるなんて全然思っていなかった。

大学を卒業し、会社員として数年働き、そのあとデザイン学校へ行き、東京では10年ほど過ごした。デザイン学校を卒業した後、仕事の都合で浜松に引越すことになったのだが、これがひとつの転機となった。

浜松情報を色々教えてもらった立ち呑み屋『ラジャン』。このドアを開けるところから、街の一人探索が始まった

引越しを前に、浜松出身の友人にどんな町か聞いてみると、「住みやすいけど何もないよ」と言われた。行ったことも予備知識もない、知り合いもいない。見知らぬ町にひとり。楽しいことは用意されていない、自分で切り開くしかない状況に置かれたのだ。

ありあまる週末を前に、わずかな情報を頼りにひたすら歩き回り、見たことのない風景を探し、知らない店のドアをおそるおそる開けていった。開けざるを得なかった。そうして少しずつ、よい場所、よい店と出会っていった。町を開拓することの面白さも、このとき知った。

2年がたち、仕事を辞めて浜松を離れることになったころ、僕はひとかどの浜松通になっていた。訪れた友人を2泊3日たっぷり楽しませられるだけの自信があった。

そのことを友人数人に話すと、「それは何らかの形にして残さなければもったいない」と言われ、浜松の魅力を伝えるためのZINE(=ジン。個人が作る小冊子)を作ることになった。このZINEを作る過程で新たな発見や出会いも生まれ、浜松への思い入れはさらに増した。

2010年に発行した浜松の冊子『Enthuse エンシュウズ』は1000部刷って各地の書店で取り扱ってもらったり、ネットショップを作って直接販売したりした。まだ少し残っており、REBEL BOOKSでも販売中

完成したZINEを前に、かつて友人に言われた「浜松、何もないよ」という言葉を思い出しながら、ぼくは心の中でこうつぶやいた。

「あったじゃん」

と。

このとき気づいたのは、「町がつまらないとか、何もないとか、嫌いとか、それって町の問題じゃなくて、自分の問題だな」ということだった。岡村ちゃんこと岡村靖幸は『Super Girl』で「本当のDance Chance Romanceは自分しだいだぜ」と歌ったが、住んでいる町を楽しめるかどうかも「自分しだい」だと思う。

人が「この町には何もない」というとき、それは大抵知らないだけなのだ。「浜松、何もないよ」と僕に言った友人も、そこにあるものを知らなかっただけだ。何もないことはない、どんな町にも必ず何かある。

浜松という知らない土地で、町の面白さを発見していく経験をしたことで、「今なら日本全国どこに住んでも面白いことを見つけられる」と思うようになった。問題は「見つけるモード」で町を見て、歩けるかどうか、それだけだ。

「あ、ということは、今なら高崎の面白さも発見できるかも」

それまで僕は、高崎の町を「見つけるモード」では見ていなかった。高崎に戻り、「見つけるモード」で動いてみたら、どうだったか。

「意外と」面白い町だったのだ。

高崎の何を面白がっているのか

REBEL BOOKS屋上から見える山の風景

いま、僕が面白いと感じている高崎とはどんなものか。

・よい映画館があること
・おいしい個人店があること
・自然が身近にあること
・東京が適度な距離にあること

ざっとまとめると以上となる。そして、僕はこれらを自分の足で歩ける範囲で楽しんでいる。

群馬は一般的に車社会と言われるが、歩いて楽しむ暮らしも成立する。基本的に町で何かを見つけるためには歩き(または自転車)の速度が最適で、車の速度だと細部は見えてこない。それに、歩いていればいつでも飲める(いつも飲むわけではないが、飲む可能性を常に残しておくことは重要である)。歩いて楽しみたいから、職場である店も、住居も、高崎駅の徒歩圏内に置いている。

ひとつ、前提として「町とは相対的なものだ」と考えている。町には1本の映画や1冊の本といった意味での実体はない。各個人がその町で行く場所、体験すること、目にする風景、それらの集合体が「その人にとっての町」になる。だからこそ、百人いれば百通りの「高崎」があるし、ここで挙げるのは、あくまで僕が今見ている高崎だ。

ところで、今僕が「高崎にこれがあるから面白い」と思っている要素、そのほとんどは、「高崎面白くない」と感じていたころから実は存在していた。「あったじゃん」である。やっぱり、住んでいる町を楽しめるかどうかは「自分しだい」なのだとあらためて思う。

よい映画館がある

高崎が誇るミニシアター「シネマテークたかさき」は、大作ではないもの、インディペンデントなものを含む多様な新作映画を、二つのスクリーンをフルに活用して上映する、映画ファンにとっては奇跡のような映画館。県内はもちろん、県外からも多く訪れる観客は、その上映ラインアップに絶大な信頼を置く。

いま思えば、高校を卒業して以来、久しぶりに高崎に戻ろうかという時に灯台のような存在となったのがシネマテークたかさきだった。「あれだけ良い映画館が存在しているのだから、興味関心を共有できる人が必ずいる。だから自分も居られるはずだ」と思えたのだ。

高崎の映画文化に関しては僕も編集で携わった群馬県:湯けむりフォーラムのこちらの記事に詳しいので参照してほしい https://yukemuriforum-gunma.jp/program/taksaki_eiga/

シネマテークたかさきの前身でもあり、映画ファンが毎年のお楽しみとしているのが高崎映画祭。2023年で36回目の開催と長い歴史がある。受賞作品と上映作品に映画愛と確かな審美眼が感じられ、観客のみならず日本映画の作り手からも尊敬を集める。何度か授賞式を観覧したが、賞をもらった俳優さんや監督さん達が、本当に嬉しそうにコメントしていたのが印象的だった。

加えて、2014年には旧作の特集上映を中心としたプログラムを組む映画館「高崎電気館」もオープンしていて、高崎の映画環境は地方都市では考えられない豊かさとなっている。

良い映画環境は精神的なよりどころとして機能する。その環境を、高崎駅周辺に住めば、徒歩10分圏内で享受することができる。

おいしい個人店がある

心ゆたかに日々を暮らしていくためには、ふらりと行ける範囲においしい店があってほしい。高崎にはおいしい個人店がたくさんある。

この、ソースの光沢が美しいウズラのローストは、REBEL BOOKSから徒歩30秒のところにあるビストロ『ルポンポン』のもの。フランスの伝統的なスタイルをベースにした料理、セラーに満載の自然派ワイン、パリの街角にありそうな雰囲気がたまらない、よく飲みよく食べるための一軒だ。個人的な好みにズバリ的中する店が近所に、しかも後からできたのは、宝くじに当たったようなもの。帰りに寄らない方が難しい。

散歩の途中に寄りたい酒場のひとつ、「シンキチ醸造所」は「食中酒としてのビール」というコンセプトが特徴の、クラフトビール醸造所兼酒場。炭酸は弱め、スッと体に入ってくるような飲み心地で、うまいのに飲み疲れない。疲れたあなたの弱さも肯定してくれる、そんなやさしいビールを出す。休みの日の早い時間に、家から歩いて出かけ、昭和の気配漂うこぢんまりとした店内でちょいと一杯やるのがたまらない。

ワインショップ「橋本屋」の店内。ブドウ本来の美味しさやテロワール(風土)が感じられるナチュラルワインは、日本でも愛好する人が増えている

2019年、ナチュラルワイン専門のワインショップ「橋本屋」がオープンし、高崎のナチュラルワインファンの暮らしの質が爆上がりした。店内には、日常で飲みたいとき、ちょっと奮発したいとき、広い需要に応えるボトルが所狭しと並ぶ。先日高崎に遊びに来た東京の友人が「うちの近所にも橋本屋ほしい!」と言っていた。わかる。我が自宅からは徒歩2分なので、飲みたくなったらすぐ買いに行ける。うちにワインセラーは無いが、「オレのセラーはそこにある」ので安心だ。

高崎では、ナチュラルワイン専門のワインバーである「ワインバールケ」がナチュラルワインカルチャーの礎を作った。僕自身も含め、ルケでナチュラルワインを飲み始めたという人がこの町には多いはず。現在はフレンチビストロ「ルポンポン」、天然酵母・全粒粉のピザ屋「ルフマート」、駅ビル内の「ベッドフォードマーケット」、先述のシンキチ醸造所など、さまざまな店で飲めるようになった。ここで挙げたのはどこもワインに合うフードもおいしいおすすめのお店。もちろん駅からも歩いて行ける。

ルフマートのピザをテイクアウトして自然派ワインとともにパーティーをしている図。地元の粉を使って自然発酵させたサワードウ生地そのものが噛めば噛むほど美味しい、飽きないピザ。テイクアウト可能なおいしい飲食店と良い酒屋が近くにあると、おいしいパーティーもすぐ開催できる。おいしいパーティーの瞬発力が高い町は良い町だと思う

自然が身近にある

高崎駅から市街地を抜け、川を渡ったところにある観音山。肩まで登って群馬を一望できる「高崎白衣大観音」があることでも有名な観光スポットなのだが、ここではその周辺の自然に注目したい。

周囲には、観音像の足元から延びる散歩道があり、かなりしっかりと山感・森感を味わうことができ、気に入っている。高崎駅からバスで約20分、歩いても約45分。街からさほど遠くないところにこれがあるのは贅沢なことだと思う。途中には吊り橋もあり、これもなかなか見応えがある。

観音山まではちょっと遠いという人には、その手前の烏川沿いを散歩するのもおすすめ。ここまでなら駅から約10分。榛名山や浅間山を見渡せる風景が気持ち良い。このあたりで缶ビール片手に夕日を眺めるのを好む友人がいる。非常に良い過ごし方だと思う。

東京が適度な距離にあること

高崎は面白い町だが、全てを高崎に要求する必要はない。それでは息が詰まることもある。ライブや美術展など、東京にしかないものはある。普通列車で約2時間、新幹線で約50分、無理なく気軽に行ける距離感が便利で心地よい。

東京という「外」へ繋がる場所としての高崎駅が近くにあることで、地方都市にありがちな閉塞感をあまり感じずに済んでいる。

「隣に前橋がある」という点も、実は高崎の特徴である。高崎駅から前橋駅までは電車で15分、ほぼ同規模の二つの地方都市が隣接しているのは全国的にも珍しい。互いに「こっちになくてあっちにある」というものが色々あり、前橋と合わせて楽しむことを頭に入れておくと、遊びの幅が広がる。

前橋にあって高崎に無いもの、市街地を流れる広瀬川。最高の風情だ。大きなけやき並木もあり、そちらも気持ち良い。レトロな商店街に昔からの老舗と若い新しい店が同居していて、歩いてみると色々な発見がある

「たまたま今いる町での暮らしを、いかに面白くできるか」というテーマに、縁もゆかりもなかった町・浜松で暮らして気づき、戻った地元でも実践してみたら、意外と楽しく過ごせた。

本屋をやっていることも、基本的にはその延長線上にあって、住んでる町にこういう本屋もあったらいいな、なかなかできないな、自分でやるか、という思考から始まっている。ということは、「町をどう楽しむか」はそのまま「どう生きるか」に繋がるのか? という壮大な考えが一瞬頭をよぎったが、コトを大きくしすぎてもあまり良いことはない。

目の前の1日をどう過ごすか、ランチをどこで食べるか、手の中の5000円をどう使うか、そういう小さいことに集中したほうがいい。小さい選択の積み重ねが、大きな楽しさに繋がることはあるかもしれない。

今日どこ行こうかな? と思った時、高崎を、REBEL BOOKSを、たまには候補に入れてくれたら嬉しい。次に行くべき良い店を教えます。

著者:荻原貴男

1979年、群馬県高崎市出身。「退屈に反抗する」という意味を名前に込めた書店『REBEL BOOKS』店主。書店を営みながら、グラフィックデザイナー・編集者としても活動。プロジェクトごとに群馬に所縁あるクリエイティブな人材を集め、チームを結成して活動する「まちの編集社」の、二人いる編集長の一人。
instagram:https://www.instagram.com/rebelbooksjp/

 

編集:乾隼人(Huuuu)