実家が讃岐うどん屋だった僕 「香川県」の思い出の店記憶探訪|文・初瀬悠太(ななまがり)

著: 初瀬悠太(ななまがり)

僕は生粋の香川人? それとも半分香川人?

僕は四国・香川県高松市に生まれ、実家が讃岐うどん屋という生粋の香川人だ。

高校を卒業して19歳で大阪に行き、大阪芸術大学で学生生活をしながら3年生の時に吉本に入り、「ななまがり」として芸人デビューをした。大阪に9年住んだ後上京し、現在東京に住んで早10年目。つまり、今年で香川に住んで18年、香川を出て19年目になる。

ん? 今この文章を書いてて気付いた。香川に住んでいた年数を超えてしまっていた。

僕は親不孝者でたまにしか香川に帰らないので、どんどん地元の記憶が薄れていってしまっている。方言も検索してみて「そういやこんな方言あったなぁ」と思ってしまう程だ。
どこが生粋の香川人だ。悔しい! いや、はがい!

最近はありがたいことに、香川県住みます芸人の梶剛さんによる特大イベント『かじ祭り』、同期のすゑひろがりずとのツーマンライブ『地獄変』全国ツアーの香川開催、『かがわ防災フェスタ』、そして一大イベント『さぬき高松まつり』など、僕が香川県出身ということで、香川のお仕事に呼んでいただける機会が増えた。

そしてこのエッセイのご依頼。これは記憶が薄れたと言ってる場合じゃない。このお仕事は僕の記憶の扉を開いて、胸を張って生粋の香川人だと言えるように神様が与えてくれたのだと思う。ゆくゆくはケンミンSHOWとか呼ばれたいし!

僕の実家「つるいち」と、今そこで営業されているお店


前置きが長くなった。僕の実家は讃岐うどん屋「つるいち」。2021年に閉店した。

先祖代々続く店ではなく、僕が中学生の時に県庁職員という誰もが羨む公務員だった親父が脱サラし、約2年半程の修行を経て、2000年に開いた店だ。

場所は鶴市町で僕がよく友達と遊んでいた明見公園のすぐ近く。そこは喫茶店だったり焼肉屋だったり、いろんなお店が出来てはすぐ潰れるという魔の土地だった。そこに親父は出店した。

理由を聞くと「香川の人は、昼の外食には圧倒的にうどんを食べる人が多いので、周辺に事業所が多いところに出店したかった」という。確かに、近くに工場などの事業所が立ち並ぶ場所だ。親父の勘は的中しお昼はその事業所の人達がこぞって訪れ、行列ができるお店になった。いろんなお店が出来てはすぐ潰れていた土地で、親父は21年間お店を続けることができた。

この間、すゑひろがりずとのツーマンライブ『地獄変』の全国ツアーの香川でのライブ前に、4人で僕の思い出の地を巡らせてもらう機会があった。僕が幼少期におじいちゃんとよく行っていた讃岐こどもの国に行った後、つるいちの跡地も訪れた。

僕はつるいちが閉店してから何のお店になっているか知らなかったので、たぶん空き家なんだろうなと思いながらそこに着くと、なんと「愛媛&沖縄料理ふぁみりー居酒屋だんらん鶴市店」になっていた。讃岐うどん屋から、愛媛&沖縄料理? まだ開店時間じゃなかったので、お店に入ることはできなかったが、また機会があれば行きたいと思っている。だんらんさん、陰ながら応援してます。

つるいち(の、大元の味)が食べられる!? 「山田家」さん

そしてだんらんさんの後に向かったのは僕の親父が修行していたお店「うどん本陣山田家 讃岐本店」。香川では超有名で、ぶっかけうどん発祥のお店だ。超有名店だったのにも関わらず、親父が修行していたために、僕はこれまで山田家さんに行ったことがなかった。お恥ずかしい。逆にすゑひろがりず南條は行ったことがあるそうで、カレーうどんが美味しかったと、一度「ラヴィット!」で紹介したらしい。お恥ずかしい。

さて。初めて足を踏み入れた山田家さんで、店主に意を決して僕の親父が山田家さんで修行していたことを伝えた。店主は一瞬反応してくれた後、すぐに南條を見つけ「あっ! 南條さぁ〜ん! この間はラヴィットで紹介してくれてありがとうございました!」と南條の方に行ってしまった。お恥ずかしい。

その後、僕の方に来てくれて、親父との思い出を教えてくれた。良かった。兎にも角にも初めて山田家さんのぶっかけうどんを食べた。うどんを口に入れた瞬間にまず出てきた感想は「つるいちの味だ!」。そう、僕の親父が作ったうどんの味そっくりだったのだ。

めちゃくちゃ美味しかったのと同時にもう二度と食べられないと思っていた懐かしい味が口の中に広がった。ファンの方からたまに「『つるいち』に行ってみたかった」と言ってもらうことがある。そんな方は、是非山田家さんに行って下さい。

香川県民の胃袋を支える「マルナカ」と「マルヨシ」

香川の思い出の店に思いを馳せた時にまず浮かんできたのは、よく行っていた飲食店とかではなくスーパーマーケット「マルナカ」と「マルヨシ」だ。

香川県は「人口当たりのうどん店数」、1世帯当たりの「うどん、そばの購入」や「うどん、そばの外食」の年間支出額がいずれも全国一らしいのだが、それはそこまで意外なことではないと思う。

このコラムを書くにあたってさらに調べてみたら、なんとスーパーなどの大型小売店も、人口10万人当たりの数が全国一多いそうだ。

現在は全国や広域に展開する店も増えたみたいだが、僕が香川に住んでいた頃は「マルナカ」と「マルヨシ」という2大ローカルスーパーチェーンが競っていた。いたるところにマルナカとマルヨシがあったし、どこのマルナカとマルヨシにも行ったことがあった。

マルナカのCMソングはしょっちゅうテレビで流れていて、子どもの頃によく口ずさんでいたので、今でも鮮明に思い出せる。「まーるい愛をショッピング♪ マルナカ♪ マルナカ♪ ナカマカナ♪」という歌詞だ。

しかし、子どもの時に最後の「ナカマカナ♪」の部分がどうしても何と言ってるかが分からず、当時はパソコンも家になくスマホもない時代で検索ができないので、「ナカマカナ♪」の部分だけ「タララタッタ♪」と適当に雰囲気で歌っていた。

マルナカのCMソングも思い出深いが、個人的に特に思い出深いのはマルヨシの方だ。何を隠そう僕は高校生の時、部活に入らずマルヨシでアルバイトをしていたからだ。

僕は子どもの時からプロ野球が好きで、千葉ロッテマリーンズファンなのだが、小学校の時は周りの友達との兼ね合いで地元の少年サッカーチームに入りサッカーをしていた。でもプロ野球が好きだった僕は、心の中では「野球がしたい。もし野球の才能があったらプロ野球選手になりたい」と思っていた。

なので中学生になって自分に才能があるかどうかを確かめるべく野球部に入った。野球部員のほとんどが小学校から野球をやってる人達ばかりで、中学から野球を始めるのには勇気がいったが「自分に才能があったら大丈夫なはずだ」と思い、入部。結果、最後まで補欠。

自分にはっきり野球の才能がないことが分かり野球に何の未練もなかったので、高校の時は「自分で働いてお金を稼いでみたい」と思い、家の近くのマルヨシでアルバイトをした。

仕事内容は、品出しをしたり、惣菜を作って店頭に並べたり、夜になったら半額シールを貼ったりしていた。現在の僕は、芸人で全く稼げない日々が長く、あらゆるアルバイトを散々やってきたので、「もうバイトはしたくない!」と思っているのだが、マルヨシでアルバイトしてた頃の僕は「働くって楽しい! これでお金もらえるの? ありがたい!」と思っていた。今考えると純粋でキラキラしていたなぁ。

2年半ほどマルヨシで働いて「高校卒業が近くなってきたのでそろそろ辞めようか」と思っていた時に、マルヨシから「ウチに就職しないか」と誘われたのもいい思い出だ。今思えば、僕にはマルヨシの才能があったのかもしれない。

CMソングとともに脳裏に焼きつく一鶴のパンチ

僕が小さい頃に家族で行った外食で忘れられないのが『骨付鳥 一鶴』だ。

そういや一鶴のCMも懐かしいなぁ。「丸亀っ! 高松っ! おーやひな一鶴!」という力強いメロディーが特徴的なのだが、これも子どもの頃には「おーやひな」の部分の意味が分かっておらず知らない適当なニュアンスの単語として捉えていたと思う。

一鶴の看板メニューである骨付鳥は2種類あって、歯応えがあって濃厚な旨味が特徴の「おやどり」と柔らかくてジューシーな定番メニュー「ひなどり」だ。そう、CMの「おーやひな」は「おや」と「ひな」のことだと今では一発で分かるのだが、子どもの時は「おーやひな」という謎の言葉だと思っていた。

僕が幼稚園か小学校低学年くらいの時に初めて親に一鶴に連れてってもらったのだが、そこで食べた「ひなどり」が脳天を撃ち抜かれる美味しさだったのを覚えている。今考えると、人生でほとんど外食したことがなくほぼ母親の料理しか食べたことがなかった僕にとって、一鶴のひなどりを食べるのはあまりにも早すぎたんだと思う。

そこから一鶴の美味さの衝撃を何週間も引きずり、今風の言葉にすると「一鶴ロス」になってしまっていた。母親の料理も十分美味しいはずなのに、体が一鶴を求めていて親に「一鶴に行きたい!」と懇願する毎日だった。

なのでこのエッセイを読んでいる人の中で小さいお子さんがいる方へ。お子さんを一鶴に連れて行けばめちゃくちゃ喜んでもらえると思いますが、一鶴の虜になりすぎるリスクもあるということを頭に入れておいて下さい。

思い返せば溢れ出る、愛しい香川の記憶

香川の記憶が薄れかけていた僕がこのエッセイのお仕事を引き受けた時はすごく不安だったが、いざ書き始めると記憶の扉が開く! 開く!

手打うどん『はりや』のイカ天ざるうどん美味しかったなぁ。友達との間で店主の顔がココリコ遠藤さんに似ているという話で盛り上がったため、それ以降友達とはりやに行く時は「遠藤のうどん屋行こう」って言ってたなぁ。

あと、香川のお正月に食べるお雑煮は白味噌仕立ての『あん餅雑煮』なのだが、これもめちゃくちゃ美味しかったなぁ。白味噌とあん餅がめちゃくちゃ合うのだ。お雑煮にあん餅を入れることが珍しいのはなんとなく分かっていたが、白味噌仕立ても珍しいということはつい最近まで知らなかった。

正月の吉本の劇場出番の時の楽屋でスタッフさんから出演者にお雑煮が振る舞われることがあるのだが、スタッフさんに「お雑煮ありますよ!」と言われたらいまだに頭の中で「白味噌のお雑煮」を思い浮かべて完全に白味噌の口になる。そして、いざ食べに行ったら透明なダシのお雑煮が出てきて「食べたかったやつと違う!」と思ってしまうというのを何年も繰り返している。

いろんな記憶の扉を開いたつもりが、後半は飯の扉ばかり開いてしまった! なんしょんな、俺!

香川の良いところはまだまだあるけん、いっぺん来てみまい!

著者:初瀬悠太(ななまがり)

1986年香川県高松市生まれ。大阪芸術大学落語研究寄席で相方の森下直人と出会い、2008年にお笑いコンビ「ななまがり」を結成する。キングオブコント2016ファイナリスト。M-1GP2022準決勝進出。水曜日のダウンタウン『新元号当てるまで脱出できない生活』ギャラクシー賞受賞で知名度を上げる。

編集:小沢あや(ピース)