琉球の風を感じながら、今、首里で暮らすこと

著: 川口美保 

石畳の小さな路地を入った住宅街。ブーゲンビリアが美しい

一目惚れした首里の町

 首里に暮らしてから、よく散歩をするようになった。8年前、東京から沖縄に移住し、まずは自分たちが暮らす町を知るためにと歩きはじめたのがきっかけだった。近所を知る、ということが、首里では、そのまま沖縄の歴史や文化、暮らしを知るということにつながっているのだと気づいてからは、ますます散歩の時間が大事になっていった。

 ご存知の通り、首里という町は、かつての琉球王国時代、首里城を中心に、琉球の都として栄えてきた場所である。私たちが最初に暮らした家は、首里三箇(しゅりさんか)と呼ばれる首里城の城下町にあった。

 最初にこの場所に訪れた時のことをとてもよく覚えている。首里駅から歩いて10分ほど、車1台がようやく通れるくらいの石畳の小さな路地沿いにある、ブロック塀が蔦(つた)で覆われた小さな古民家だった。石畳の奥には琉球石灰岩の古い石垣が見え、少し周りを歩いてみると、神聖な御嶽(うたき)があったり、近所には130年以上続く泡盛の酒蔵もあった。古くから大切にされている井戸や樋川、大きく根を張るガジュマルやアカギの木にも出会い、その先には首里城の城壁が見えた。

 古民家も魅力的だったが、それよりも、この周りの風景とともにこの家がある、ということに心惹かれた。この町に住みたい、と思ったのだ。

歩きながら見つける、宝物のような風景

首里城への散歩道もいろいろある

 首里は、町の至る所に、人々の暮らしの中に溶け込んで今につながる「琉球の風景」が存在している。暮らし始めてからは、そんな風景を探す首里散歩が日課になったのも、自然の流れだったと思う。

 家が首里城に近いこともあって、首里城公園は散歩コースの一つとなった。沖縄県立芸術大学の方から円覚寺跡や弁財天堂を通っていくコース、緑豊かな上の毛(うぃーのもう)公園から国中城御嶽を通っていくコース、万松院から曲線の美しい城壁沿いを歩くコース、観光客に交じって守礼門をくぐって行くコース、と、さまざまに家から首里城までのコースを増やしていった。

ふと路地に入り込むと、急にカッコいい風景が現れる

 そしてその途中に寄り道しながら見つける日常の小さな風景が、ますます首里散歩を面白くした。

 入り組んだ小さな路地に入り込んでみる。住宅街の中に昔からの史跡が残っているのを発見したり、住宅の屋根の上にあるさまざまに個性あるシーサーを見つけてみたり、歩いている猫に挨拶したり、路地を彩る可憐な花々や亜熱帯の樹木に出会ってみたり。

いろんなシーサーと猫に出会う町、首里

 また、首里は高台にあり、「坂の町」と言われるほどに坂道が多い地域。観光スポットとしても有名な金城町の石畳もそうだが、なかなかの傾斜地が多い。車では入れないような急で狭い坂道、複雑に入り組んでいる路地などに入り込めば、立つ場所、見る方向によって多様な首里の表情を見つけることができるのも面白かった。

坂道の多い首里。それゆえ、見える風景がある

 そうやって坂道を上ったり下りたりしながら歩いていくと、ふと、那覇の街が一望できる、眺めの良い場所に辿り着くことがあった。晴れた日には慶良間諸島までもが見えたりする。首里は海には近くはないけれど、こうして遠く海に沈む夕陽をゆっくりと眺める時間は、高台にある首里ならではだと思う。

 首里城公園内の「西(いり)のアザナ」(アザナとは「物見台」の意味)もほんとうに素晴らしいサンセットスポットだし、崎山公園の展望台もいい。時間があれば、珈琲をボトルに入れて展望台に行き、夕景を眺めながら珈琲を飲むなんてこともよくやっていた。

西のアザナからの夕景

人々の生き方が、町の風景や町の音をつくる

咲き乱れるブーゲンビリア、そしてサガリバナ

 各所に史跡が点在している首里は、周りに公園も多く、花や緑が多いのも、日々の暮らしやすさにつながっていったように思う。夕陽を意識する時間もそうだが、自然が多い場所は一日の巡りや季節の巡りを感じやすい。ブーゲンビリアやハイビスカスといった鮮やかな赤、イペーの美しい黄色、トックリキワタの可愛らしいピンク、みずみずしい月桃の花など季節の花々がまた、町の風景によく合っていて、目を楽しませてくれた。

 特に心惹かれたのは夏の時季に夜にだけ咲く艶やかなサガリバナだった。花が開くと芳醇な香りが放たれる。朝、花が路地に落ちているのもまた美しく、見惚れてしまう。しかしこの美しさも、毎朝、近所の方々が落ちた花を掃除してくれてこそのもの。そんな姿を目にするたび、町の景観が地域の人々によってこうして美しく保たれているんだと、あらためて感謝が湧いてくるのだ。

「崎山樋川」と「内金城の御嶽」

 一年を通してみると、沖縄は日々の中に祈りや暮らしの行事が今もちゃんと受け継がれている島だなということを実感する。

 御嶽は首里の町を歩いていても多く見られる神聖な場所だが、手を合わせ拝みをしている人々の姿も日常的に見かけるし、自宅の前にゲーンやシバサシ(ススキや桑の枝を使って結んだ魔除け)が刺されていたり、ウチカビ(ご先祖様に送るあの世のお金)や御願(うがん)で使われた線香が燃やされていたりする。

 旧盆近くになれば、公民館や広場からは笛や太鼓といった祭りの練習の音も聴こえてくる。時代は変わっても、伝統や風習を大切にしている人々の生き方が、町の風景や町の音の中にあることは、なんて尊いのだろうと、そう思うのだ。

首里赤田町の伝統行事「赤田のみるく(弥勒)ウンケー」と、町内の子どもたちによるエイサー

 この町の生活が長くなっていくにつれ、こうしてこの町の人たちがずっと大切に守ってきた風景の中に、今、私たちは生きているのだという感慨がひしひしと湧いてくる。それこそが、歴史ある町の力なのだろうと実感する。

伝統と新しいものの交じり合いが、首里散歩をより楽しくする

私たちのカフェ「CONTE(コント)」。裏路地に入った住宅街の一角にある

 私たち夫婦が首里にカフェをオープンしたのも、そうやってこの町の魅力、奥深さにどんどん惹かれていったからにほかならない。自分たちが、散歩しながら町の素晴らしさに少しずつ気づいていったように、散歩の途中に立ち寄ってもらえるようなカフェにしよう、私たちが珈琲を持って夕陽を見に行っていたように、カフェで珈琲をテイクアウトしてもらってこの町を歩いてもらおう、そう思ったのだ。そしてこの町の一部として、ゆっくりとこの風景の中に溶け込んでいこうと思った。それは、この町とともに日々を重ねていきたいという願いだった。

 歩いてみるとわかるが、実際、首里にはほんとうに素敵なお店が点在している。伝統的な紅型や金細工、石獅子や陶芸の工房、泡盛の酒蔵や琉球菓子の店や、美味しい首里料理や沖縄そばの店も、町の風景の中にある。どこも大きな駐車場があるわけでもなく、ショッピングモールや商店街のように1カ所に集まっているわけではないから、やはり、歩きながら工房や店を訪ねるのがいい。

 ここ数年は、クラフトビール屋や焼き菓子屋、自家焙煎の珈琲店やギャラリーなども新しくできてきて、伝統と新しいものが交じり合った首里の町を歩くことがさらに楽しくなってきた。

2019年の首里城火災は大きなショックだったが、再建にあたり、あらためてこの町が大切にしてきた、守ってきた、受け継いできた風景の成り立ちを考えるきっかけにもなったと思っている。

 ほんとうにたくさんの表情や奥行きを見せてくる町、首里。この町に夫婦で一目惚れしてもうすぐ9年が経つが、その奥深さは計り知れず、どんどんこの町が好きになっている。私たち自身、まだまだこの町を歩きながら、琉球の歴史、文化、暮らしを知っていきたいと思っている。そのためにも、琉球から吹く風と新しい首里の風をちゃんと感じ取れるよう、日々を大切に積み重ねていこうと思っている。

著者:川口美保

川口美保

編集者、ライター。東京で雑誌「SWITCH」の編集者として活動した後、2014年沖縄へ移住。那覇市首里で夫婦でカフェ「CONTE」を営みながら、インディペンデントマガジン「CONTE MAGAZINE」を編集発行している。
http://conte.okinawa
http://contemagazine.com

編集:ツドイ