石神井公園は僕にとって、いつまでも「永遠の楽園」だ(寄稿:パリッコ)

大泉学園と石神井公園

僕が生まれ育ったのは、東京都練馬区の西の端、西武池袋線の大泉学園という街だ。もう14年も住んでいる石神井公園は、その隣駅になる。

子どものころ、石神井にいとこの三兄弟が住んでいた。まんなかの女の子が僕と同い年で、上下に3歳ずつ離れた男の子。全員と仲が良く、いとこのうちへ年に何度か泊まりがけで遊び行くのが楽しみだった。

駅寄りの「石神井池」エリアと、道路を挟んでさらに広がる「三宝寺池」エリアからなる「石神井公園」は、都内でも有数の自然豊かな場所で、子どもの僕にとっては夢の楽園だった。起伏のある公園内を走り回り、うっそうとしげる林のなかを探検したり、池でザリガニ釣りをしたり、駄菓子屋でおやつを買い食いしたり。

子どものころの思い出が詰まった石神井公園。こちらは三宝寺池側

毎回、親が車で連れて行ってくれたので、子どもの僕には家からの距離感もよくわかっていなかった。とにかく、いとこの家に行くことは、僕にとっては一大イベントで、そのころから石神井公園に対し、どこか特別な、憧れのような感情を抱いていたように思う。

小学校の高学年にもなると、隣町はぐっと身近になる。友達と連れだって自転車でよく行ったのが、区営の「石神井プール」だ。青い空と入道雲を見上げ、蝉の声を聞きながら、疲れ果てるまではしゃぎ回った遠い夏の日。

そんな街に今、住んでいて、しかも、酒や酒場についてを専門に書くフリーライターなどというのんきな仕事をしているから、近年の僕の生活には、どこか“あの日の続き”というような感覚がある。今も毎日のように公園を散歩しては、日々移り変わる美しい自然の景色に癒やされている。大泉学園はあくまで、生まれ育った「街」であるのに対し、石神井公園は、僕にとっていつまでも「楽園」のままなのだった。

スーパーマーケットや保育園も充実

妻と知り合い、実家を出てふたり暮らしを始めるにあたり、大泉学園を出て石神井公園に引越した。父は僕が20代のころに亡くなってしまっていたので、実家には母ひとり。できればあまり遠くない街に住みたい。そこで真っ先に思い浮かんだのが石神井公園で、妻も賛成してくれた。

不動産サイトで条件がぴったりの物件を見つけ、内見に行ってみた。すると、そこそこ古いマンションではあるものの、5階建ての最上階で日当たりも眺望も良好。なにより、リビングの大きな窓から、遠目にこんもりと木々がしげる石神井公園が見える。ふたりとも一瞬で気に入り、そこに10年間住んだ。

そもそも、石神井公園はとても住みやすい街だと思う。

石神井公園駅南口

駅前は5年前に再開発されてすっかりきれいになったが、その先には昔ながらの商店街も残っていて、画一的なだけでなく、きちんと石神井という街ならではの表情が残っているのもいい。

僕の趣味のひとつに「日々のスーパーマーケットパトロール」があるが、そのスーパーが充実しているのもうれしい。駅周辺だけを見ても、「ライフ」「クイーンズ伊勢丹」「サミット」「ヨークフーズ」「まなマート」「西友(残念ながら2022年に閉店してしまった。店の前の通り、「西友通り商店会」っていう名前なのに!)」と、街に対して過剰と思えるくらいに、バリエーションが豊富。

南口の商店街「パークロード石神井」

また、農家が経営する無人販売所がいたるところにあるから、新鮮なものがいつでも安く手に入り、野菜に関してはスーパーで買わなくても済んでしまうくらいだ。

こういった無人販売所をいたるところで見かける

やがて娘ができ、0歳児クラスから保育園に通わせることになった。近年の待機児童の問題の深刻さなども聞いていたから、入園が決まるまでは、ものすごく不安だった。申込書には、第1希望から第12希望の園までを書き込む欄があり、いくつかに見学に行ったりしつつ、家からなんとか通わせられそうな範囲で埋めていく。まず、そもそも12の欄がすべて埋まるほどに保育園がたくさんあることに驚いた。そして、これは単に運が良かっただけなのかもしれないが、なんと娘は、第1希望の園に通えることになった。*1 

休みの日はとにかく娘を公園に連れて行けば、遊具などで疲れるまで遊んでくれる。同じクラスの友達家族と、昨今はなかなか店や屋内で集まることはできないけれど、公園でピクニックならば割と気軽にできる。夫婦で住みはじめたころはもちろん、子育てをすることになってからはさらに、石神井の住みやすさを感じるようになった。

良き酒場たち

僕の仕事が「酒場ライター」であることは先述したが、いちばんの趣味もまた、酒。仕事と趣味が一致しているという点は大変恵まれている。そして石神井は、街の規模はそれほど大きくはないものの、なんだか妙にいい酒場が多い。この街に住みはじめて以降、少しずつ開拓を続けているけれど、いまだに飽きることがない。大好きな酒場が、どんどん増えてゆく。

石神井を代表する老舗といえば、ともに昭和14年創業の「ほかり食堂」と「辰巳軒」。どちらも、今も残っていることが奇跡のような古い店で、友達が街に遊びに来たときなど、外観を見せてあげるだけでもみんな驚く。残念ながら昨年(2022年)ついに、ほかり食堂は閉店してしまったのだけど。

焼鳥ならこちらも老舗の「ゆたか」。やきとん不毛の地だった石神井に近年誕生したのが「那辺屋」に「加賀山」。沖縄料理の「みさき」に「みやこ」。正統派居酒屋ならば「天盃」「やぎちゃん」「とおるちゃん」。実は洋食がうまい「和風スナック とき」。僕のホームグラウンドともいえるのが角打ちの「伊勢屋鈴木商店」。町中華はどんどん数を減らしてしまっているが、駅前の「受楽」に、駅から少し歩けば「中華風ファミリーレストラン太陽」がある。まだまだ若い「四季」と「ロン ファン」もある。大陸系中華(中国人経営店)の「玉仙楼」や「香満園」も、安くてうまい名店だ。

「ゆたか」は焼き鳥のおいしさもさることながら、生ビールのおいしさも格別

また、魅力的な店が次々と誕生するのも石神井のおもしろさ。とんかつが名物の酒場「くうのむ ちゃのま」や、うまいクラフトビールが飲める「ウェルダース ダイナー」はその代表だし、2006年の世界ナポリピッツァ選手権第1位という経歴のあるイタリアン「フィリッポ(ピッツェリア ジターリア ダ フィリッポ)」は、系列店を増やして石神井の街を盛り上げてくれている。

まだまだ思い浮かぶ店はあるけれど、とにかく酒を飲むことにおいて、こんなにも楽しい街はなかなかないんじゃないだろうか? と感じるほどだ。

「スタンド・ブックス」との出合い

石神井に2016年設立の「スタンド・ブックス」という小さな出版社がある。その代表の森山裕之さんから初めてご連絡をいただいたのは、もう5、6年前だろうか。

なんでも、Webで偶然に僕のことを知り、森山さんも酒好きだから、記事などをよく読むようになってくれたのだとか。で、読めば読むほど、「このパリッコという人は、絶対ご近所さんに違いない」と思うようになったそうだ。僕はよく連載記事などで石神井のことを書いていたし、森山さんも石神井在住なのだった。

それからしばらくは、「街で酒を飲んでいれば、きっとどこかで出会えるだろう」と思ってくれていたらしい。ところがその機会はなかなかやってこず、ついに「一度飲みませんか?」と連絡をくださったというわけだ。

森山さんはとても頼りになる立派な大人でありながら、くだらない話も気軽にできる酒飲みでもあった。その夜にはすっかり意気投合し、別れ際、「実は、パリッコさんと一緒に本をつくりたいんです」と言ってくれた。地元の出版社で、一緒に楽しく酒が飲める人と、自分の本がつくれる。こんなにうれしいことがあるだろうか。

実際、2018年には僕の初めてのエッセイ集『酒場っ子』がスタンド・ブックスから発売され、現在の最新刊であるスズキナオさんとの共著『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』まで、なんと4冊もの本を一緒につくらせてもらった。ライター/作家として、こんなに幸運な環境はそうそうないだろう。

初めてのエッセイ集『酒場っ子』では、僕の酒場巡りの記録を書き下ろしている

なんとなくだけど、こういう出会いが珍しくなく、むしろ住めば住むほどに増えてゆくのは、石神井という街に不思議な磁場のようなものがあるから。そんな思いが、年々強くなってきている。

不思議な磁場に包まれた街

そう、石神井公園は、住めば住むほどに不思議な街なのだ。

数年前、石神井に「兄兄酒場 BELL」という小さな酒場が開店した。店主は沖縄出身で、店名の「兄兄(ニィニィ)」とは、沖縄でいう「お兄さん」というようなイメージ。

北口にある「兄兄酒場 BELL」の兄兄こと知花尚治さん

ここがまた、料理はうまいし、お店の方々は楽しいしの超名店。そんなBELLで知花さんから聞いた、ある話が印象的だった。

知り合いのいない街で、雑居ビルの地下に新店をオープンさせ、不安もいっぱいだった当初。まだ周囲の店にあいさつにも行けていないのに、さっそく飲みに来てくれた人がたくさんいた。そのお客さんたちの多くが、近所の酒場の店主たちだったという。

それぞれ、「新たなライバル店の敵情視察をしてやれ」という感じではなくて、みんな純粋に酒が好きで、新しい店に興味があるのだ。そしてまた、石神井でお店をやっている人たちはみんな仲間、という意識があるらしい。先述した「加賀山」や「とおるちゃん」の店主は、口をそろえてこう言ってくれたのだとか。

「もし悪酔いして暴れたりする客がいたらすぐ連絡して。うちらが追っぱらってやるから!」

知花さんの「すごく優しい人が多いんです。石神井は本当に素敵な街」という言葉を、僕は酔っぱらった頭で、「わかるなぁ……」と思いながら聞いていた。

うまく説明はできないけど、街全体が不思議な磁場に包まれていて、住めば住むほど街や人とのつながりが強くなるし、おもしろいことが連鎖してゆく。それが、僕が14年間住んで感じている、石神井公園という街の特徴だ。

そういえば、つい数日前も、これまた近年オープンしたサンドイッチ専門店「ムームー・サンドウィッチワークス」の忘年会に誘ってもらい、家族でおじゃました。お店のイベントとかではなくて、店員さんやその友達、さらには子どもたちが集まり、店で持ち寄りの宴会をするというだけの会。そこに、図々しくも参加させてもらったのだ。

テーブルには、店主の綾子さんがつくってくれた絶品のつまみや、これまた地元の「ビストロ ヒロ」の店主が調達し、むいてくれた生牡蠣などのごちそうが盛りだくさん。酒もあれこれ飲み放題。

忘年会で振る舞われたぜいたくなごちそう

娘は初対面の子どもたちと一瞬で打ち解け、遊びに混ぜてもらって楽しそうだ。妻も、初対面の綾子さんの友人たちと、いつのまにか女子会状態。そんな様子を眺めながらへらへらと酒を飲んでいると、あとからあとから、この街で知り合った人がやって来て……。

やっぱり、こんなにも自分と波長の合う街は、なかなかない気がする。そして、石神井公園という街に住み続ける限り、この浮かれた日々がずっと続いていくんじゃないかな。そうだといいな。と、心から思う。

というのが僕の、石神井公園という街に対する印象。

なんだけど、じゃあみんなも石神井に引越してきなよ! と言いたいのかというと、そんなことはない。どんな街にもその場所ならではの魅力があり、磁場があり、住めば済むほど、自分が興味をもてばもつほどにおもしろくなるのが、街というものだと思う。

もしも興味がわいたら今夜、あなたの街の、まだ入ったことのない酒場ののれんを、ふらりとくぐってみては……?

筆者:パリッコ

パリッコさん

1978年東京生まれ。酒場ライター、漫画家/イラストレーター、DJ/トラックメイカー。酒好きが高じ、2000年代後半よりお酒と酒場に関する記事の執筆を始める。著書に『酒場っ子』『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』『ほろ酔い!物産館ツアーズ』、スズキナオ氏との共著に『酒の穴』『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』など。
公式サイト: パリッコのホームページ
Twitter: @paricco

編集:はてな編集部

*1:練馬区は待機児童の解消を区政の最重要課題の一つに位置付け、2021年から2年連続で待機児童数ゼロを達成している 参考:練馬区Webサイトより