さや香が語る、大阪愛と東京の“意外”な温かさ「東京、住んでみたら意外とええやん」

執筆: 生湯葉シホ 撮影: 小原聡太 編集: 小沢あや(ピース株式会社)

2024年の春、長年拠点にしていた大阪を離れ、上京したお笑いコンビ・さや香。家族とともに東京で暮らし始めたばかりのお二人ですが、実際に住んでみると、これまで東京に対して漠然と抱いていたイメージとは異なる印象を感じていると言います。
お二人に、大阪時代のお気に入りのお店や東京と大阪の“ノリ”の違い、新しい土地で楽しく生活を送るための心得などについてお話を伺いました。

「東京、もっと早く来たらよかった」


―― お二人は今年3月に大阪のよしもと漫才劇場を卒業し、この4月から東京を拠点に活動されています。東京で暮らし始めた今、率直なご感想は?

さや香 新山さん(以下、新山):めちゃめちゃ楽しいです。大阪泊まりの仕事があるときなんか、はよ東京戻りたいくらいですね。もっと早く来たらよかったなと。大阪は大阪で、おいしくて安い店も多いし、気に入っているから長くいたんですけどね。

―― 「さや香、そろそろ東京進出するのでは?」というムードは何年も前からあったかと思いますが、なぜ今年だったのでしょう。

新山:東京進出をちゃんと意識するようになったのは一昨年くらいからですかね。それまではM-1でもそんなに結果出せてなかったんで、上京しても追いつかれへんというか。準備もできてないから大変やったろうし。

―― M-1で「見せ算」(『M-1グランプリ2023』の最終決戦でさや香が披露した漫才)をやるために大阪に残った、なんて話も耳にしました。

さや香 石井さん(以下、石井):僕らは大阪で13年くらいやってきたんですけど、去年末のM-1後は周りからの「(東京に進出するなら)今、このタイミングちゃうん?」って空気を、以前より強く感じましたね。

―― そんな中で上京して、石井さんの「東京」への感想は?

石井:マジで家賃が高い。「この値段、大阪だったらめちゃくちゃいいとこ住めんねんけど」とか思います。仕事で今も週1くらいのペースで大阪とか福岡に行ったりしてるので、家にほとんどいないんですよ。だから正直、まだ何もわかってないです。“東京”を全然できてない。家族でディズニー行ったりはしましたけどね、まだ観光客みたいな段階なんで。

新山:僕はコットンのきょんと仲良いんですけど、きょんは東京暮らしが長いんで、おすすめのバーとかスナックとか教えてもらったりしてますね。めっちゃ関西人みたいなノリのママがいるスナックとかにも連れて行ってもらいました。そこのママは言葉は標準語やけど、ホンマに尼崎とか新世界にいるおばちゃんみたいな感じで。東京にいても、そういう店はめっちゃ落ち着きますね。

東京の街なかで子どもと歩いていても、自分の周りだけ関西の空気が流れる瞬間がある


―― 東京と大阪とでは、劇場の雰囲気やお客さんのウケ方に違いを感じたりしますか?

新山:劇場ごとの色の違いは感じるんですけど、東京全体でいうとそこまで……。「関西弁を強く出しすぎたら、漫才でも引かれるかな」って懸念はしてたんですけど、実際やってみると、そんなこともなくて。たぶん、僕らの場合はお客さんも、コテコテの関西弁を聞きに来てくれてる感じがあるんかなと思います。

新山:あ、でもそういえば、大阪だと、ウケへんときがあったらお客さんに「もっと笑えや!」とか言えるんですよ。けど「東京の人は、それやるとホンマに怒られたみたいにシーンってなるで」みたいな話は、前にトットの多田さんがしてましたね(笑)。やっぱり、言葉のニュアンスとかの違いは多少あるんやろうなとは思いますけど、今のところそこまで意識してないですね。

―― プライベートで外出されているときは、街の人のノリの違いなどを感じることはありますか?

石井:子どもを連れて街なかを歩いてると、子どものことを注意しなきゃいけない場面もあるじゃないですか。そういうときに「何してんねん! 危ないやろ!」とかでっかい声で言うと、周りの人がちょっとハッとしてこっち見るっていうか、「あ、関西やなあ……」の空気が流れる瞬間があるんですよね。それが恥ずかしくて、コンビニとかスーパーとかでも、ちょっと声ちっちゃくなってきてる自分がいるかもしれないです。

あとちょっと前に、有楽町やったかな、お店の外の席でビスブラ(ビスケットブラザーズ)のきんさんと飲んでて。7人組くらいの若い女の子らが、携帯構えながら動画かなんか撮ってたんですけど、その子ら「私たち、幸せで~す!」って言ってたんですよ。それ見て、うわ、東京やと思って。


「こんな感じやったんですわ」と再現してくれた石井さん

新山:いや、東京か? それ。

石井:めっちゃ東京やん! 恋愛リアリティーショーみたいやなと。「いや、何言ってんねん!」とか誰も言わないし、突っ込まないじゃないですか。ボケじゃないというか、まっすぐな感じというか。それができるのって、東京の人だけやと思うんですよ。すげえなあって思いましたね。

「東京のおじいちゃん」になるイメージはまだ湧かない


―― お二人ともご家族と一緒に上京されているかと思いますが、住む街はどのように決められたのでしょう?

石井:やっぱ子育てもしやすい街がよかったんで、結婚して子どももいる先輩の話なんかは参考にさせてもらいましたね。「あの街はふつうに商店街歩いてたら、芸人としてじゃなく『近所の〇〇くんのお父さん』として顔を指されるような空気があるで」とか聞いて、そういう街がええなあと。


机をなぞりながら「なぞって検索」の良さを語ってくれた石井さん

石井:住むエリアを決めるときはそれこそSUUMOで、住みたい範囲をなぞって調べられるやつ(なぞって検索)をずっとしてました。「ここまで広げたらでっかい公園あるな」とか「商店街まで歩けるな」とか。

新山:僕は東京の仕事の現場へのアクセスと、新幹線の駅に近いことと、家族が住みやすいかどうかっていう3点で決めましたね。

―― ちなみにオズワルドの畠中さんが以前、ラジオで「新山さんと同じマンションに住んでいる」とお話しされていた際、街についても語っていたのですが……。

新山:ああ、そうなんですよ。畠中とコットンのきょんと3人同じマンションで。まあ、品川区ですね(笑)。でも住むエリアを決めるまで、結構いろんな街を見たんですよ。祐天寺とかもいいなと思ったんですけど、ちょっと住宅街すぎるというか、落ち着きすぎる感じもあって。品川区って、大阪で言うなら堀江みたいな、都会と住宅街の真ん中ぐらいのいいエリアやなと思いますね。
こっちに来るまでは「品川って、すごい都会や」って勝手に思ってたんです。でも、有名な駅でも道を一本入ったら住宅街やったりして、東京ってがっつり都会みたいな街って意外と多くないんやなって。商店街とかもめっちゃ下町っぽいし。

―― では、いずれは東京に家を買う……というイメージも?

新山:いや、そこまではないですね。今のところは、いつか家を建てるとしたら大阪か兵庫かなって。死ぬまで東京にいて、いずれ東京のおじいちゃんになるっていうイメージはまだ全然湧かへんというか。子どもも、標準語だけを喋るようになるとしたら、それもちょっと寂しいかなって気持ちもあるし。

やっぱり、向こうに住んでた時期が長いから、大阪の家でおじいちゃんになるイメージはあるんですけどね。でも数年間東京に住んでみてから、自分がどうなるかはわからへんし、気持ちも変わるかもしれないですよね。結局「やっぱ大阪帰りたいわ」って思うかもしれへんし。

新山さんが初めてスナックに入るきっかけをくれたのは阪神タイガース


―― お二人はこれまで、大阪ではどんなエリアにお住まいだったんですか?

新山:芸人はわりとミナミに住む人が多いんですよ。難波らへんとか。僕が最後に住んでたのは北区っていう、梅田とかに近いエリアでしたね。どっちかって言うとあんまり芸人が住まないようなとこなんですけど。

石井:僕は最終的にはもっと芸人が住まないような西のほうに住んでましたね。奥さんの希望もありつつテレビ局とかも近いエリアから探し始めたら、なかなかええとこが見つからなくて。結局、ユニバまで10分ぐらいの、芸人が誰も住まへんところまで流れていって。

―― 当時、お気に入りだった大阪のお店は?

新山:本町駅の地下にある「結 高橋家」っていう居酒屋さんが好きで、家族でもよく行ってましたね。あとは西区の新町の焼き鳥屋さんの「炭火 縁鶏」。そこはスナックで知り合った方のお店で。僕けっこう行きつけのスナックとかもあったので、スナックがきっかけで出会った人がめっちゃ多いんですよ。行きつけで出会った50歳くらいのサラリーマンのおっちゃんとか、たまにうち来るぐらい仲良かったですし。

―― そこまでスナックのお客さんと仲良くなれるんですか。すごい……!

新山:そのおっちゃん、ケンちゃんっていうんですけど、仕事の関係で大阪に7年くらい住まれてて。最初にそのスナックに行ったときに「お兄さん初めて見るね、なんの仕事してんの?」って聞かれたから「芸人です」って言ったら、僕らのこと調べてくれたみたいで。「そりゃ、ばれたら絶対あかんもんな、内緒にしとくな」って言ってくれたんですよ。でも、次にそのスナック行ったときにはもう、その店のお客さん、さや香の新山や! って、全員知ってて。

―― (笑)。

新山:その店は当時住んでた家の近所にあって、ほぼほぼ初めて行ったスナックみたいな感じやったんですよね。球場にタイガースの試合を見に行った日があったんですけど、それが「見なかったらよかった……」と思うくらい、ちょっとひどい負け試合で。帰り道に「今日、このまま終わるの嫌やなあ」って思って「1回スナックでも入ってみよか」みたいな感じで行った店だったんです。タイガースが負けてくれたからこそ、新しいとこに入る勇気が出たというか。

石井:阪神のおかげでケンちゃんに会えたんや。

―― 気分を立て直すきっかけになるようなお店だったんですね。石井さん、大阪時代のお気に入りのお店はどこですか?

石井:逆につい最近なんですけど、仕事で大阪行ったタイミングで、新しくめっちゃいい立ち飲み屋を見つけたんですよ。難波の劇場近くのエリアにあるんですけど、ビスブラの原田さんからたまたま聞いたところで、行ってみたらめちゃくちゃおいしくて。店の名前はたぶん、原田さんが出してほしくないと思うので言えないんですけど……。上京してからも、なんだかんだ大阪の店も開拓してますね。

新しい土地での暮らしを楽しむコツは、「失敗もOK」にすること


―― お話を聞いていると、お二人とも新しいお店の開拓に積極的な印象を受けます。あまり知らないエリアにこれから引越す人の中には不安を抱えている人も多いと思うのですが、新しい土地で楽しく生活を送るためのアドバイスがあれば教えてください。

新山:僕は個人的には、店は一度入ってみて「失敗やったら失敗やったでOK」って感じなんですよ。大阪にいたときも、後輩連れてパッと入ったスナックが「うわ、失敗やな」みたいに思うこともあったんです。でも、ノリで何回か行ってるうちにだんだんそこに行くのがおもろなってくる、みたいなこともあったし。「失敗するのが嫌」ってなっちゃうと、なかなか初めての店に入ったりするのが難しくなっちゃうんかなって。失敗もアリにしておくと、いい店見つけたときに倍喜べたりするんかなって思います。

あと、「東京」って聞いて渋谷と新宿が真っ先に頭に浮かぶ人は、東京、来てみたら意外と大丈夫やと思いますけどね。

―― どういうことでしょう?

新山:そんな東京っぽい場所って意外とないというか。僕も振り返ると、「東京」って聞いたときに渋谷のスクランブル交差点と歌舞伎町が最初に頭に浮かんでたから。東京にそんなイメージ持ってる人は、思ってるより下町も住宅街も多いし、なんやいけるやん、っていうのはあると思いますよ。

石井:たしかに。僕の今いるエリアも、すごい住みやすいです。お隣さんも接しやすい人やったし、「大阪から来ました」ってあいさつしたら子どもともめっちゃ喋ってくれて。東京って、もっと冷たい人多いんかなとか思ってたけど「あ、意外とええやん……?」ってなりましたね。

―― 最後に、東京に進出した今年、コンビとして目指している目標があれば教えてください。新山さんは「今年はコントに力を入れたい」ともお話しされていましたよね。

新山:こっちに来たばっかりなんで、個人的にはまだそんなに……まあ、もしまたM-1にも出るなら、今年は優勝するしかないやろうけど、出るかどうかもまだわからない状況なんで。今年はコントに振りたいんで、キングオブコントには力入れます。けど、もちろんそんなにすぐ決勝いけるなんて思ってないし、長いスパンで考えてます。

だからたぶん、僕らそれぞれで目標はあると思うんですけど、僕は今年に関してはとりあえず目の前のことを頑張りつつ楽しんで、自分のペースをつくっていければいいんかなって。

―― やはり漫才師のイメージが強いお二人ですが、「今年はコントに力を入れる」という方針は二人で話し合って決められたんですか?

新山:特に話はしてないですね。でもこれまでも単独ライブでコントやったりはしてますし、キングオブコントにも出たくないとかは石井も言ってないはずなんで。

石井:うん。

新山:ただ僕ら、まだコントに対する知識がほぼゼロやから。それこそキャラを推すコンビもおれば設定を推すコンビもおるし、それぞれのスタイルがあるから、自分らにどれがマッチするんかを探してる状態ですね、いまは。

石井:今年でいうと「さぞかし新しいことがいっぱい待ってるんでしょうねえ、東京さん?」って感じですね。新しいことを楽しんで、自分自身でも新しい何かを見つけられたらいいなと。「こっからさや香、どうなんねやろ?」っていうのは、僕も楽しみではありますね。

お話を伺った人:さや香さん

1988年生まれの石井(本名・石井誠一)と1991年生まれの新山(本名・新山士彦)によるコンビ。ともに大阪府出身。NHK上方漫才コンテスト優勝、歌ネタ王決定戦優勝など受賞多数。『M-1グランプリ』では17年(7位)、22年(2位)、23年(3位)と3回決勝進出。

執筆:生湯葉シホ 撮影:小原聡太 編集:小沢あやピース株式会社