自然の素晴らしさを教えてくれた琵琶湖畔で暮らす【滋賀県大津市】

著: 村井 理子 

 滋賀県の何が素晴らしいかというと、多くの人は琵琶湖と言うだろうけれど、滋賀県民の私から言わせて頂ければ、琵琶湖が素晴らしいのはもちろんその通りで、しかしそれよりも素晴らしいのは、滋賀県の「控えめな美しさ」にあると思っている。

 滋賀県の目立たなさときたら、本当にすごい。地図で見ても、京都、奈良、三重、大阪など、観光資源に恵まれた、きらびやかで派手な県に囲まれ、ひっそりと琵琶湖を抱くようにして存在している。真ん中に琵琶湖があるからかろうじて滋賀とわかるけれど、琵琶湖がなければたぶんわからない(誤解でしょうか)。住人としては、近畿2府4県に入っていると知って、なんとなくほっとするほど、自分たちの住んでいる場所が静かで、控え目で、目立たないことはわかっている。でも、滋賀県民はそんなことは一切気にしない。だって、琵琶湖は私たちのものだから。

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 滋賀県には至る所に隠れた美しさが存在するが、同時に、滋賀県には誰も知らない「日本一」がたくさんあるのをご存じだろうか。

ボランティア活動の年間行動者率は33.9%で全国一位
県内総生産に占める第二次産業の割合は48.9%で全国一位
男性の平均寿命が81.78歳で全国一位
成人1人当たりの酒類販売(消費量数)は58.7リットルで、少ない順で全国一位
自然公園面積割合は37.3%で全国一位
光回線の世帯普及率は71.4%で全国一位
1世帯当たりの年間消費支出金額において牛肉38,742円で全国一位
ミネラルウォーターの年間消費支出額が少ない順で全国一位
比叡山坂本ケーブルは日本最長のケーブルカー
滋賀県最高峰の伊吹山の山頂は最深積雪の日本記録を保持

どうです。すごいでしょう。

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 そして私が最も推したい滋賀の素晴らしさは、琵琶湖を囲むようにして広がる土地の、それぞれがまったく違う雰囲気を醸し出しているところだ。湖北には雄大な自然が広がり、湖東には歴史的建物が多く存在する。湖南には大津市や守山市といった商業地域が存在して、観光資源にも恵まれている。一つの県に、まったく雰囲気(気候・風土)の異なる地域が多数存在しているのだ。湖南地方の人間からすれば湖北は別世界であり、湖北の人間からすれば湖南は大都会だ。そしてそれぞれの地域が琵琶湖を抱いているのである。

 私が住む大津市の外れ、湖北地域は(大津市は琵琶湖の南から西を囲むように広がっている)、冬場はとても寒く、そのうえ長い。一年のうち、ほとんどが冬かと思えるほど寒い期間が続く上に(5月初旬まで寒い)、天候は荒れっぱなしだ。とにかく山から強風が吹きまくり、なんでもかんでも飛んで行くし、電車が止まることもある。特に、私が住むエリアは比良山系と琵琶湖にちょうど挟まれた場所で、自然の厳しさを全身で受け止めなければ生きていけない。しかし、自然の厳しさのなかに、ほかの地では決して見ることのできない景色が存在していることも忘れてはならない。四季折々に色を変える自然が目の前でダイナミックに展開される生活は、一度経験するとそれなしではいられなくなる。都会の便利さに、ビル群の美しさに心を奪われてもなお、この厳しい自然の残る地域に戻りたいと思ってしまう。私にはインターネットさえあればいい。なにせ、滋賀県の光回線の世帯普及率は71.4%で全国一位だ。わが家の回線も大変速い。それで満足だ。山の中だけど。

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 湖北の水はどこまでも透明だ。群れながら泳ぐ小鮎が見えるほどだ。真冬になるとねずみ色の分厚い雲が琵琶湖を覆うようにして広がり、その下の湖面には白い波が立つようになる。湖水は触れれば手が痺れるほど冷たいが、同時に氷のように透き通って美しい。野鳥が羽を膨らませて浮かんでいる姿も愛らしい。空と水と風と島々と、ただそれだけの風景なのに、圧倒されるほど美しいのだ。一枚の絵画を見ているような気持ちになる。寒いけどね。

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 春は湖畔に桜が咲き乱れる。わが家の近くにも、あまり有名ではない桜の名所がある。誰かがダイニングテーブルとイスを置いてくれていて、満開の桜の木の下でお弁当を食べることができるようになっている。桜の巨木がドーンと湖の前に立っているだけだが、それがなんともいい雰囲気だ。以前は近所にパン屋さんがあって、そこでパンを買って、急降下してくるトンビ(猛禽類)に狙われつつ食べるのが楽しかった。

 あまり知られていないけれど、琵琶湖周辺には桜の名所が多く存在している。少し暖かくなると冬の間はお休みしていたマリンスポーツ関連施設が開き、町がようやく冬眠から目覚める。その雰囲気を察知して、ようやく冬が終わったことを知るというわけだ。

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 夏はトップシーズンだ。私が住む湖北には自然がたくさん残っていることもあって、スポーツ好きの人には人気のスポットだ。山と湖と広い空のコントラストはとにかくダイナミック。心を奪われずにはいられない。オフシーズンのスキー場のアトラクションも大人気だし、ジェットスキーやカヌー、ボートといったアウトドアスポーツも盛んだ。町に突然人がどっと増えるのがこの時期で、普段は軽トラしか走っていないような農道に、大きな車がびゅんびゅん走り出す時期になる。おっとりした人が多い滋賀県だから、夏になると「大変だわ~早く冬になって~」という声がそこらじゅうから聞こえてくるようになる。

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 秋は収穫のときで、棚田が多いこの地域でも農家の人々が一斉に稲刈りをし始める。農業公園では果物狩りが人気だし、美しいメタセコイア並木もある。当然、新米はおいしい。果物も美味しい。寒いから日本酒も美味しい。ちなみに有名なワイナリーもある。美味しいパンを売る店も多い。湖畔にはカフェやレストランも多く存在している。近江牛も有名だ。
 
 おすすめしたい場所は数限りなくあるけれど、それでもやはり、私が大好きなのは、琵琶湖だ。なんだ、やっぱり琵琶湖かよと思われるかもしれない。ああそうですよ。だって琵琶湖はどんな観光地より、どんなグランピング施設より、どんなアトラクションより、どんな高級なホテルより刺激的で美しいのだから。どこまでも広がる湖面、対岸に見えるビル群のイルミネーション、ぽつんと浮かぶ島々。そびえ立つ伊吹山。これだけ様々な顔を見せる湖もあまりない。湖北の湖はとても厳しく、事故も多いため、気軽に泳いだりできる場所ではないが、その美しさは格別だ。私は愛犬ハリー号を連れて琵琶湖に散歩に行き、誰もいない湖畔で灰色の冬の湖を見るのが好きだ。風と波と、犬が泳ぐ水音しか聞こえない。自然の美しさを独り占めできる。なんという贅沢だろう。

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 いろいろな場所に住んだけれど、滋賀県ほど穏やかな地域はそうそうない。不便なように思われるかもしれないけれど、至る所にスーパーやコンビニがあり、特に困ることもない。駅を降りれば必ずそこには地元ではおなじみのスーパーがある。滋賀県民にとって、何か必要になれば行く場所が、その地元民に愛されているスーパーなのだ。車がないと生活は不便だが、不便な地域だけに宅配サービスが充実しているのがうれしいところ。スーパーは食材の配達を気軽にしてくれるし、多くの食品宅配サービスが参入しており、なんでもかんでも注文すればあっという間に手に入る。

 中学生の息子たちは、都会に出てビルを見るだけで感動するような田舎キッズに育ってしまったが、自然にはとても強くなった。自転車で琵琶湖を一周するビワイチも、比良山系の山登りも、平気でこなす逞しい子たちに育ったのは、やはりこの地の大自然のおかげだと思う。穏やかな春も、ギラギラした夏も、収穫に明け暮れる秋も、厳しい冬も、なにもかも強烈なのに、穏やかな人の多く住む場所。そんなところが私の住処。

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著者:村井 理子(むらい・りこ)

村井 理子(むらい・りこ)

翻訳家・エッセイスト。1970年静岡県生まれ。訳書に『ヘンテコピープルUSA』(中央公論新社)、『エデュケーション』(早川書房)、『メイドの手帖』(双葉社)など。著書には『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』(KADOKAWA)、『ハリー、大きな幸せ』(亜紀書房)、『全員悪人』(CCCメディアハウス)、『村井さんちの生活』(新潮社)、『更年期障害だと思ってたら重病だった話 』(中央公論新社)などがある。
Twitter @Riko_Murai
ブログ https://rikomurai.com/

 

編集:ツドイ