著: 玉置 標本
オーストラリア原産の飛べない大型鳥類であるエミューを、卵から孵化させて室内飼いしている砂漠さん。「エミューちゃん」と名付けて溺愛している彼女の日々をTwitterで知り、共通の友人と一緒に会いに行ってきた。
自分の身長くらい体高がある動物との共同生活はどう考えても大変そうだが、エミューというオアシスを得て心が潤いまくっている砂漠さんの話を聞き、自分の持つ常識の狭さを思い知らされた。
エミューを飼い始めた意外な理由
11月某日に砂漠さんの家を訪れると、窓の内側に大きな生き物がいた。エミューだ!
すごい、すごい、すごい。
もちろんこのエミューちゃんに会いに来たので、エミューがいて当然なのだが、実際にこうして家の中にいる姿をみると、やっぱり驚いてしまう。
本当にエミューだ!
こちらが飼い主の砂漠さん
砂漠さんがエミューちゃんと暮らしている理由は、特別な思い入れがあって昔から飼いたかったとかではなかった。
――昔から動物が好きだったんですか。
砂漠さん(以下、砂漠):「子どものころは犬とか猫とか魚とか、たくさん生き物を飼っていました。おばあちゃんの家ではニワトリやチャボを飼っていたので、卵から孵化をさせたこともあります。
数年前に仕事を辞めて、畑をやったり動物を飼ったりできる広い敷地のある家を探していたんですが、なかなか見つからなくて。諦め果てていたところで、ようやくこの家と出会いました」
――家が汚いから覚悟してくださいという話でしたが、意外と普通の二階建てという印象です。エミューちゃんがいる以外は。
砂漠:「でも何年も空き家だったので、私が入居したときはお風呂もトイレも家のドアも壊れていて、人が住めるような状態ではなくて。自分で直すことを条件に住み始めることになりました。それがちょうど一年前です」
エミューちゃん、こんにちは
イメージしていたよりもずっとおとなしい
――現在は東京にお勤めなのですか。
砂漠:「多いときで週に何度か、東京の会社に通勤しています。家からは最寄駅も遠いので電車だと通うのは大変ですが、車だと高速を使えば会社まで一時間くらいなんです」
――一時間なら普通に通勤圏内ですね。
砂漠:「東京への移動が多いので、家を探すときは車での移動の便が良いことを重視しました。私が働いている会社は自動車通勤が認められていて、交通費もでるし職場に駐車場もあるので、そういう会社であれば車通勤を視野に入れると住む場所の幅が広がるかもしれません」
――地方から都内への通勤といえば、電車の便ばかり考えていましたが、会社の場所とかルール次第では、東京の会社でも自動車通勤という選択肢があるというのは盲点でした。
この家に住み始めた時点では、なにか動物を飼おうとは思っていたけれど、別にエミューを飼おうとは思っていなかったわけですよね。
砂漠:「人生で一度も考えたことありませんでした」
――じゃあなぜ……
孵化してから約7か月、首を伸ばせば砂漠さんくらいの高さだが、もう一回りくらいは大きくなるそうだ。撮影:ぶち猫(同席した共通の友人)
砂漠:「生き物好きの友人たちが100名くらい登録されているLINEグループがあるのですが、そこに『田舎に引越したから動物を飼えるよ』って投稿したら、『じゃあエミューですね』『みんなで飼いましょう』『もし砂漠さんが飼えなくなってもうちで引き取りますから』って、みんなが軽い気持ちで後押しをしてきて」
――なるほど。
砂漠:「『どういう風に柵をつくったらいいのか』『孵卵器の温度は何度がいいか』とかどんどん話が進んでしまい、エミューは無理と言い出しにくくなってしまって。
ある人には『いざとなれば食べることもできます!』っ言われたんですけど、その人は捕まえたスッポンやナマズを食べるときに、一か月くらい泥抜きで飼っている間に情が移ってしまったと言っていたので、実際にはエミューも情が移ってしまって捌けないだろうなと思っていました」
エミューちゃんは卵のころからかわいかった
エミューをペットとして飼うのであれば、雛を買ってくるのではなく、卵を孵化させて自分を親だと思わせる刷り込み(インプリンティング)をするのが理想。
エミューは年中卵を産むわけではなく、親鳥は冬に産卵をして、2か月後の春先に雛が生まれるというサイクルがある。人工孵化に成功する割合は20%程度と低いそうだ。
砂漠:「エミューを飼うなら卵は冬の時期しか手に入らない。本当に自分でもエミューを飼えるのかを判断するための情報収集を今から急いでやらなきゃいけないと思って、飼育方法を調べたり、エミューを見てもらえる動物病院を探したりで大変でした」
――この家に引越してきてすぐの忙しいタイミングですよね。そりゃ大変だ。
砂漠:「いざとなれば食べられると言っていた友人が、エミュー牧場(国内にいくつかある)から有精卵を3つ買ってきてくれて、そのうちの一つを私が引き取って孵卵器で温めました。
最初の二週間くらいは『本当にこれが孵化するのかな~?』と思っていたのですが、30日くらいから微妙に動くようになるんですよ。私が口笛でピーって音を出すと、それに合わせてちょっと動く。めっちゃかわいくないですか!」
――卵の時点で、もうかわいい。
大事にとってあるエミューちゃんの殻。こんなに小さかったのに……と感慨深い砂漠さん。チョコエッグかポケモンみたいだ。
砂漠:「孵化する一週間くらい前になると卵の中から声がするんですよ。ピピーピピーって。すごくかわいいです。それで4月1日、会社の入社式から帰ってきたら殻にヒビが入っていて、それから5~10分で無事にエミューちゃんが出てきてくれました」
――出産、いや孵化に立ち会えたんだ!
砂漠:「無事に生まれる確率が低いと聞いていたいので感動しました。友人は自作したサイバーパンクな孵卵器で温めていましたが、そっちは卵の中からピーピー聞こえるところまで育ったんですが、死ごもり(孵化直前に成長が止まる)になってしまって。その人は、もしエミューが生まれたら私の家で飼うつもりだったようなので、結果的には生まれなくてよかったのかもしれませんが。エミュー三羽を育てるのはかなり大変だと思います」
――そんな可能性もあったわけですね。
砂漠:「うちのエミューちゃんはすごく人間になついているんですけど、多頭飼いだとエミュー同士で刷り込みが掛かって、人間についてこなくなる個体もいるらしいんですよ。そういう個体を世話するのは大変なので、友人にも『無事に孵化したら、ちゃんと人間が親だよと刷り込みしてから私に引き渡してほしい』とはお願いしていましたね」
こうしてエミューちゃんと砂漠さんとの二人暮らしが無事に始まったものの、人間がエミューの親になるのは想像以上に大変だったようだ。
エミューちゃんとの辛くも楽しい二人暮らし
砂漠:「インコとかブンチョウみたいに飛ぶ系の鳥は親がエサを口に運ばないといけないけど、ニワトリとかエミューは生まれてすぐに自分でエサを食べてくれる。自分でエサを食べるくらいだから生存能力は高いかなと思ったら生きるために必要なことを全然知らないんですよ。
水飲み場の場所をちっとも覚えないし、足元を一切見ないで走り出すから転びまくる。一番やばいなと思ったのが、庭で焚火をしていたら、その火に飛び込もうと走っていったときですね。まだそのころは足も遅かったのでガードできたのでよかったですが」
――あやうく火の鳥に。
砂漠:「もしかしたらうちのエミューちゃんは、ちょっと頭が悪いのかもしれません。この前、掛川花鳥園にエミューを見に行ったのですが、そこのエミューは誰も転んでいなかったし、ダッシュもしていませんでした。うちのエミューちゃんも、大人になれば知的になるかもしれないとは思っているのですが」
最近は火に飛び込むこともなくなったそうだ
砂漠:「でも一番大変だったのは、エミューちゃんが一人で寝てくれないことでした」
――一緒に寝ていたんですか!
砂漠:「ずっと布団で添い寝をしていたから、私は全然熟睡できない。エミューちゃんはちょっとした物音とか、私が寝返りを打つと起きちゃって、自分が起きると私を起こすんです。でも絶対一緒に寝たがる。
しかも日の出前くらいには起きて、私も起こされます。開けろ、ここから出せ!っていう感じで騒ぐのではなく、ただ純粋に『あさー!』ってバタバタ走り回っています」
――谷岡ヤスジの漫画みたいだ。
当時の様子を実演してもらった。ご機嫌でキュウキュウと鳴くエミューちゃん
羽毛布団をかけたまま起き上がったエミューちゃん
羽毛布団ごと毛づくろいをするエミューちゃん
砂漠:「だからニワトリくらいまで育ったころ、このまま一生添い寝が必要な妖怪エミューちゃんになっても困るから、エミューちゃんには上がれない高さのベッドの上で寝てみたことがあるんですけど、ずっとピーピーっていいながら周りをグルグルまわっていて。
一時間くらいしたら飽きて寝るだろうと思ったけど全然無理で、夜中の三時になっても無理。一晩中寝られなくてこっちが諦めました。
そんな状態が8月くらいまで続いたから、4か月くらいはずっと寝不足でした」
かわいいけど大変
――子育ての苦労話みたいですね。布団で寝ていて粗相はしないんですか。
砂漠:「そんなにしないですけど、ところかまわずのエミューちゃんなので、することもあります。前に友達が床で寝ていたら、その周りに人型のうんこをしていたことがあって、その人が一度でも寝がえりを打っていたらすごい大変なことになってました」
――その人もよくその状況で熟睡していましたね。オムツが使えない分、人間の赤ちゃんより大変かも。
今はエミューちゃん用の部屋で一人で寝てくれている。掃除が大変なので、フローリングマットを敷いてモップをかけられるようにするなど、エミューと暮らすノウハウが溜まっている
――砂漠さんが出社している間、甘えん坊のエミューちゃんは一人で大丈夫なんですか?
砂漠:「人がいるのに自分が構ってもらえないという状況がすごく嫌みたいで、人がいないなら大丈夫。家からそーっと出て様子を伺うと、最初は私を探してピーピー鳴いているけれど、3分くらいでおとなしくなって一人で遊びはじめるんですよ。でも人の気配には敏感だから、家にいると物音ですぐばれて、一緒に遊びたがりますね。それは今でもです」
――砂漠さんとしても、できればエミューちゃんと一緒にいたいんですかね。
砂漠:「エミューちゃんが生まれて、残業は減りました。だから職場の人は、親の介護で忙しいか、交際相手ができたのだろうと思っていたはず。
しかも、同じ時期に体中が傷だらけになっていったので、職場の人は気を使って指摘しないけど、友達からは『本当はなにがあったの?』とかなり詮索されました」
――私が友人でも確認したと思います。
砂漠:「子どものころはすごいいろんなところを突っついてきて。でもエミューちゃんは私の肉を食いちぎるほどくちばしの力が強くない。
最初にできる傷は私の上を駆け抜けていったときのひっかき傷が多いんですね。猫に引っかかれたくらいの傷で、たいしたことはないんですけど、傷が治るとかさぶたができるじゃないですか。かさぶたって粒々していて、そういうのがエミューちゃんは大好きで、つついてはがしてくるんですよ。ベリって」
――うわぁ。
砂漠:「かさぶたって何度もはがすと、根性焼きみたいに後に残っちゃうんですよ。一つ一つの傷は大きくないんですけど、それを繰り返しているうちに傷だらけの人になっていました」
悪役レスラー並みにマスクを剥ぎたがる。これからエミューちゃんに会う方は、キラキラしたアクセサリーや花柄の服は避けましょう
砂漠:「でも本当にかわいいんですよ、エミューちゃん。いつもソワソワしますもん。外出をしていても、なにかのきっかけでエミューちゃんのことを思い出すと、家に帰りたくなる。
例えば友達の家に遊びに行ってて、その友達のペットにかわいいねーとかいっていたら、かわいいといえばエミューちゃん!エミューちゃんに会いたい!ってなっちゃう」
――本当に恋人みたいですね。
砂漠:「いろんな人に言われていたんですけど、エミューちゃんは情緒不安定の美少女みたいだったんですよ。興奮して怒ったりすると『こっちに来ないで!』って威嚇をするのに、距離をとると『なんで本当にいっちゃうの!』って鳴きはじめる。じゃあどうすればいいのって」
――気持ちを揺さぶってくるタイプ。なかなかの面倒臭さだ。
砂漠:「情緒不安定な恋人と付き合ったことがある人は、エミューちゃんを見るとそのころを思い出すのか、当時の恋人のことを語りだします」
性別はメスであろうという意見もあるが、今のところ不明
――そこまでエミューちゃんから甘えられたら、飼い主としては本望ですね。
砂漠:「でもエミューは人の顔を覚えません。飼い主の私も覚えない。刷り込みに成功してくれたので人間を仲間だとは思っているけれど、個体の識別はしていないと思います」
――そんな、砂漠さんがこんなに尽くしているのに!
承認欲求を一切満たしてくれないエミューちゃん
砂漠:「鳥によって個体認識する程度は違っていて、ブンチョウとかインコは人間をちゃんと区別するらしいんですけど、エミューちゃんは一切できないですね。
でも気楽でいいかもしれません。オウムとかは賢いから、飼い主以外には懐かない個体に育つことも多いらしくて、そうすると飼い主がいなくなると寂しい余生をおくることになってしまう。
エミューちゃんなら私になにかあって他の人に飼われることになったとしても、その人ともうまくやっていけるだろうと思うと少し安心します」
レンズを突っつかないでください。飼育下での寿命は20年ともいわれているが、前例が少ないのでよくわかっていない
――ペットを飼う人は自分に一番なついてほしいと思うのが普通だと思いますが、なかなか独特な切ない距離感ですね。
砂漠:「犬とかだと飼い主には尻尾を振るけど、お客さんに対しては噛んだり吠えたりする場合もある。人をみる動物は、うまくしつけないと攻撃性につながり危険ですが、うちのエミューちゃんはみんなに平等。誰に対してもつっつく。かわいいですよね。
そんなエミューちゃんだから、配達に来た宅配便とか郵便局の人とか、散歩のおじさんについていっちゃったこともあって。そのおじさんもこんな大きな鳥がついてきたのに全然気にしていなくて、エミューちゃんを従えて悠々と散歩を続けていて、私が追いかけて回収しました」
――それはおじさんにとって、人生で一番誇らしい散歩だったと思います。
お気に入りの部位は手羽
エミューちゃんとの暮らしQ&A
せっかくの機会なので、気になることをいろいろ聞かせてもらった。
なにからなにまで気になるのだが。
――基本的に室内飼いなんですか。
砂漠:「今は、遊ばせるときだけ外に出しています。元々はある程度まで大きくなったら外で飼う予定で、裏庭に飼育スペースも用意していました。でも私が家の中にいるのに柵に入れると『出せー!』ってなっちゃう。エミューちゃんは一緒にいたいから」
――そうなると砂漠さんも外にいるか、エミューちゃんを家に入れるかの二択ですね。
砂漠:「私がずっと外で暮らすのも辛いので、結局室内飼いになりました」
畳の部屋でもお構いなし。ちなみに室内に動物の匂いはほとんど感じなかった。こういう鳥は消化がすごく良いので、うんちも臭くないのだろう
床の間に飾られていた剥製が動き出したわけではない
テーブルを拭く砂漠さんの手を追いかけて、結果的に長い首で掃除を手伝っているエミューちゃん
――この庭には柵がないですけど、勝手に敷地から出て遠くにいったりしないですか。どこかのエミューが脱走したっていうニュースもありましたが。
砂漠:「基本的に人から離れたがらないから、外に出しても私の目が届く範囲にいます。ときどき私のことを見失って慌てるとランダムウォークをはじめちゃいますけど、なんかここは違うなって思うと戻ってきます」
――そもそも群れで生きている生き物だから、親や仲間だと思っている人間と離れないんだ。
砂漠:「だからエミューちゃんを誘導したいときは、みんなが集団行動をしてくれないと思い通りに動いてくれません」
――まったくコントロールできない動物かと思いきや、意外や人間と対等というか、同じ目線な感じがあります。物理的にも。
砂漠:「エミューちゃんは『人間を好き!』が止まらないんですよ!」
――ただ感情の起伏は読めません。スイッチがわからないというか。
砂漠:「落ち着きがないし自由なので、突然走り出します。そこがかわいいですね」
広い庭で走り回るエミューちゃん。ファイナルファンタジーのチョコボだ! 撮影:ぶち猫
――腕とかを突っつかれるのは柔らかいペンチでつねられる程度なので私も慣れてきましたが、顔に近づかれるとやっぱり怖いです。眼球とか攻撃してきませんか。
砂漠:「子どものころはよく攻めてきたんですけれど、最近はさすがに目はヤバイなと理解したみたいです。本当にやっちゃいけないことはわかっている……かもしれないです」
走る姿は恐竜のようだ。鳥とは違うカテゴリの動物のような気がする
首の毛を膨らませることもできるらしい。ご機嫌なのだろうか
走り回って、ゼエゼエいって、その場に座り込んだ。本当に自由だ
――前は旅行をよくしていたそうですけど、エミューちゃんがいるとなかなか旅行にはいけなくなりますね。
砂漠:「エミューちゃんは車にも乗れますから、一緒にどこかにいくことは宿泊先さえあればできます。
動物病院に行くときに車に乗れないと困るので、訓練しました。今では後部座席にお布団を敷いてあげると、めっちゃご機嫌でフィフィーって鳴いて楽しそうにしています。シートベルトの隙間から首を出してきたりしますけど」
――一緒に車でおでかけができるんですね。でもエミューをつれてどこに泊まるんですか?
砂漠:「友達の家とかですかね。家と心が広い友達なら大丈夫!エミューちゃんは知らない場所が嫌とか、知らない人が嫌とかが全然ないんですよ。ある友達の家に連れていったら、そこではいつもよりいろんな人に構ってもらえて、幸せだわ~っていう顔でくつろいでいました。
もし一緒に行けない場合も、一泊二日くらいなら一人でお留守番ができるし、友人の家に預けたりもできます」
――さすがエミューを勧めるだけあって、心強い友人達ですね。
一緒にいてまったく飽きない。なにがすごいって、テレビの企画とかドラマの撮影ではなく、砂漠さんがただ好きでエミューを飼っているのがすごい
――車で病院に連れていくという話もありましたが、動物病院のお世話になったことがあるんですか。
砂漠:「エミューちゃんは生まれた時から呼吸が少し変で、まだ小さいころにあまりにもひどくなって病院に連れて行きました。エミューを見てくれる病院はいくつかあって、最初は生まれる前に相談していたところに連れていったんですが、この症状についてはわからない、鳥のヒナは結構すぐ死んじゃうものだからっていわれてしまって。それで遠くにある別の病院まで連れていって、一週間入院させてもらいました」
――エミューが入院できる病院があるんですね。
砂漠:「そこはエミューちゃんが入れる大きさの個室があって、エサとかをあげている動画を毎日送ってくれました。エミューちゃんは弱り切っているはずなのに看護師さんに対して暴れていて、その動画に『今日も元気ですよ!』ってコメントがついていました。
退院してからは一か月半くらい自宅で吸入治療をしていました。エミューちゃんを箱の中に入れて、そこを吸入器の煙で満たします。まだ小さかったからよかったけど、今の大きさだったらちょっと大変ですね。
エミューちゃんは治療のたびに超いやがって暴れるんですけど、おバカなので、次の日はこの箱が危険であることを一切忘れ、箱を目の前に持っていってもピヨピヨご機嫌で鳴いていました。犬猫は動物病院に連れて行こうとすると察知して隠れちゃう子も多いので、そういう意味では犬や猫に比べて本当に飼いやすいです」
――飼いやすいと言える砂漠さんがすごいです。
「そんなにおっかなびっくりエミューちゃんを触る人は初めてです」と砂漠さん。撮影:ぶち猫
腰が引けまくりだ。撮影:ぶち猫
東京まで車で一時間という田舎暮らしのメリット
――エミューちゃんの存在は特別過ぎるので置いておいて、東京からちょっと離れた場所での田舎暮らしはどうですか。
砂漠:「とてもいいです!もともとたぶん、私がやりたかったことや、欲しかったものは東京になかったんですよね。
東京に住んでいたときは買い物や外食によく行っていましたが、今となって思うと、東京で好きなことを探そうとして、東京の街を歩いていただけだった気がします。ペットを飼ってお庭いじりができるのであれば、洒落たものをあれこれ買わなくても満ち足りて暮らせるということがわかりました」
――東京で暮らしていると、そういう選択肢がそもそもないですもんね。
自力で整備した庭でおもてなしをしていただいた
砂漠:「都内へ遊びにいくときは、郊外にある安めの駐車場に車を停めておいて、そこから電車移動することが多いですね。ここからは関東甲信越であれば日帰りもできるので、週末のおでかけも充実しています。仕事さえできるなら、暮らす上でのデメリットは一個もないです。運転があるからお酒は飲まなくなりましたね。
庭のピザ窯でピザを焼いたり、荒地を開墾して畑を整備したり、エミューちゃんの世話をしたり、そういう休日が一番楽しいです」
スコップでは歯が立たないからと、ツルハシで庭を掘り起こす砂漠さん。まさに開墾だ
――砂漠さんはすごく幸せそうですが、エミューを飼うのは人におすすめできますか。
砂漠:「できないです(食い気味に早口で即答)!
今でもエミューちゃんの夜泣き時代のことを思い出すと、寝不足で辛かった思い出や体調の悪さが蘇ってきて、ウッ……となることがあります。その人の体力や我慢強さがわからないので、人に勧めるのは勇気がいりますね」
――得るものは多いけれど、諦めないといけないことも多い生活。
砂漠:「私の中では『エミューちゃんを飼うことを諦めずにすんだ』という感じで、『エミューちゃんのために何かを諦めている』と思ったことはないですね。
例えば、恋人ができて極端に付き合いが悪くなった人に対して『どこにも遊びに行けなくてかわいそうだね』とは誰もいわないじゃないですか。むしろ『あいつは恋人の家に入り浸って幸せそうだなー』っていうと思うんですよ。
客観的にみると身勝手な恋人に惚れすぎて洗脳されている状態、冷静な判断ができていない人に見えるかもしれませんが」
天使のようにかわいい。エミューちゃんは人を認識しないという話だが、やっぱり砂漠さんに対して強く甘えているように思えた
砂漠さんの家に来るまで、エミューと一緒に暮らすということがあまり想像できていなかったが、やっぱり実物は驚きの連続だった。すごく大変そうだけど、砂漠さんに悲壮感はない。もちろん添い寝を強制されていたころは今より大変だろうし、今でも十分大変なのだが。
どこがかわいいですかと聞けば、全部がかわいいですと迷いなく即答。理路整然とした話し方なのに、内容は突っ込みどころが満載。大型鳥類が堂々と歩き回る、ちょっとした家庭内ジュラシックパーク。
時には悪魔のようでもあるんですけどね
一般常識の枠で考えるとエミューを飼うなんてありえないが、あまりにも前例が少ないからピンとこないだけで、人生の楽しみ方は様々だ。釣りが好きで海の側に住むとか、年収よりも高い車に乗るとか、命の危険がある山を冬でも登るとか、ボディビルにハマってササミとブロッコリーばかり食べているとか、家庭用製麺機を何十台も集めてしまい倉庫を借りているとか、そういう人とそんなに変わらないのかもしれない。
本人が望んでいる宝物があり、それを最優先できる環境がある状況は、誰がなんといおうと幸せなのだろう。みんなが笑って許される範囲の迷惑をかけながら、自由に生きていける世界であってほしい。
【いろんな街で捕まえて食べる】 過去の記事
著者:玉置 標本
趣味は食材の採取とそれを使った冒険スペクタクル料理。週に一度はなにかを捕まえて食べるようにしている。最近は古い家庭用製麺機を使った麺づくりが趣味。『育ちすぎたタケノコでメンマを作ってみた。 実はよく知らない植物を育てる・採る・食べる』(家の光協会)発売中。
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