ダチョウ肉の味とサスティナビリティ(持続可能性)に魅せられて、茨城県に牧場を立ち上げるまでの軌跡【いろんな街で捕まえて食べる】

著: 玉置 標本 

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肉食用としてのイメージがないダチョウだが、その可能性を信じてダチョウ肉を宣伝・流通させる会社を9年前に立ち上げ、ついには自らがダチョウ飼育のモデルケースとなるべく、茨城県筑西市で牧場を始めた知り合いに会ってきた。

その加藤貴之さん(33歳)の考えでは、ダチョウは環境負荷が少なく、サスティナブル(持続可能)な家畜であり、食べて大変おいしいそうだ。そんなに都合がいい動物なら、すでにメジャーな存在となっていそうなものだが、現状ではワニ肉や大豆ミート、あるいは昆虫食よりもマイナーかもしれない。

ダチョウの魅力とはどんなものか、そして生産と消費が拡大しないのはなぜか。可能性と問題点をじっくり聞かせてもらった。

ダチョウ肉の可能性に掛けて、ダチョウ専門のPR会社を設立

私が加藤さんと知り合ったのは今から7年前。当時26歳の青年だった加藤さんとお会いしたとき、「ダチョウの肉を売る人だけあってすごくダチョウに似ている!」と思ったことを覚えている。

f:id:tamaokiyutaka:20201119003024j:plain若き日の加藤さん。この時からお互い7つ年齢を重ねている

それから月日は経ち、久しぶりにお会いした加藤さんは、30キロあるダチョウのエサ袋運びで鍛えられたのか、随分とがっしりした体つきになっていた。

牧場をやるというのは、きっとこういうことなのだろう。お疲れ様です!

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そもそもダチョウと出逢う前の加藤さんは、テレビ番組のディレクターだったり、音楽フェスのサポートだったり、映像制作や広告関係の仕事をしていた人。それがなぜダチョウの人になったのか。

加藤貴之さん(以下、加藤):「きっかけは2011年に起きた東日本大震災です。福島県南相馬市にボランティアで入ると、地震とか津波の爪痕が至るところにあって、これは地球から何らかのしっぺ返しを受けたのかもという印象を持ちました。もっと自然と共生できる生き方が必要ではと思っていたところで出逢ったのがダチョウです」

f:id:tamaokiyutaka:20201119004421j:plainなぜそこでダチョウ?これは動物園のダチョウ

加藤:「たまたま友達の後輩がダチョウ牧場の息子で、ダチョウ肉のPRをやったらおもしろいんじゃないかって友達がいいだしたんです。それでそこのお肉を食べたらおいしくて、ダチョウについて調べたり教えてもらううちに、環境負荷が少ないことを知りました。

これからも人類がお肉を食べ続けることができる可能性がここにあるんじゃないかなと思って、単発の企画だけで終わらせずに、個人的に継続してイベントを続けていく中で、宣伝だけではなく肉の卸しや通販をやらせてもらう流れに。といっても牧場側に予算はないので『完全成果報酬型のダチョウ専門PR会社』として一人で始めました」

――ダチョウ肉の可能性に掛けた訳ですね。環境負荷が少ないというのは、具体的にどういうことですか。

加藤:「アフリカのサバンナで生き抜くために進化したダチョウは、腸がすごく長くて、その腸内細菌の力でエサをじっくり消化するから、食べたものの栄養素の吸収率が高い。この牧場にハエが少ないのは、糞に残っている栄養素がほとんどなく、ハエのエサにならないから。それくらい無駄なく吸収できています。そのためダチョウは出荷できるまでに必要なエサの量が少なく、100キロまで育てるのに与えるエサは現状だと300キロくらい。飼育方法の改善でさらに減らせそうです。そしてダチョウのエサは牧草がメインなので、人間の食べ物とあまり競合しません」

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農林水産省の資料「知ってる?⽇本の⾷料事情」によると、畜産物1キロの生産に必要な穀物量(トウモロコシ換算)は、牛肉が11キロ、豚肉が7キロ、鶏肉が4キロとなっていた。100キロのダチョウから40キロの肉が取れるとして、ダチョウ肉1キロ当たりのエサは7.5キロ。ただしトウモロコシなどの穀物ではなく、人間が食べられない牧草中心で育てられるというのがポイントなのだろう。

加藤:「サスティナブルなタンパク質という意味では、最近話題の昆虫食と観点は近いですね。ただ昆虫は素材そのままだと抵抗がある人も多いですが、ダチョウは『肉』であるというのが大きい。そのままでメインの食材となれる。もちろん両方のアプローチがあっていいとは思います」

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何でも食べるからこそ、育て方でダチョウの味は大きく変わる

加藤:「ダチョウ肉のPRや販売を始めたところ、それほど生産量があった訳ではないので、すぐにその牧場だけでは肉が足りなくなりました。それで扱い量を増やすために、国内にある別の牧場や海外から輸入された肉を食べ比べてみたところ、おいしいダチョウとおいしくないダチョウに大きな差があることに気が付いた。ひどい肉は、雑巾を絞ったような匂いがする。もっとダチョウ業界を先に進めるためには、飼育方法について勉強しなくてはと、そこから全国の牧場を回るようになりました」

――ダチョウの味って、牧場によってそんなに違うものなんですか。それは血統的な問題ではなく育て方の差?

加藤:「同じ牧場で生まれたダチョウの雛を、別々の牧場が購入して育てて、同じ場所で屠畜するとします。入り口と出口が一緒なのに、日本で一番おいしいダチョウ肉にもなれば、一番おいしくない肉にもなる。一番の違いはエサです。ダチョウは栄養の吸収率が高いので、どんなエサでも育ちはします。例えばモヤシのクズだったり、キャベツの外側や芯だったり、食品残渣だけでも育つんですけれど、それだけで育ったダチョウの肉がおいしいかというと、やっぱりそうではない。牛でも豚でも一緒ですよね」

――単純に安いエサでたくさんの肉をとるにはどうすればいいのか、それを追求することだけが正解ではないんですね。いくら効率が良くても、それがおいしくなかったら普及する訳がない。

加藤:「牧草を与えるにしても、その品質や管理状態によって肉質は変わってきます。またある程度は穀物を与えたほうが、肉に旨味がしっかりでる。エサの匂いは肉につくので、ブドウの搾りかすを与えることで、プラス要素としてその香りを纏わせているようなこだわりの生産者さんもいます」

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加藤:「何でも食べるからこそ、食べたものによって肉の味が変わる。ダチョウに必要な栄養が十分に与えられない牧場では、同じ一歳でも通常の半年分くらいしか育たないこともある。そうすると出荷までの肥育日数が長くなって肉が硬くなるし、結局必要なエサの量が多くなる。

これまではそういうハウツーが知られていなかったんです。そこでエサのレシピをつくるために、世界中のダチョウに関する論文を集めて必要な栄養素を研究して、飼料会社さんに設計を協力してもらってコンサルしている牧場で試したところ、味も成長速度もよくなっていきました」

――昔、養殖のハマチは脂っこくておいしくないと評価が低かったけれど、養殖業者がエサや飼育方法を改良したことで、天然のブリとはまた違った魅力のある魚として見直されるようになったのと同じ構造ですね。

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加藤:「今から20年以上前にダチョウの飼育ブームがあったのを知っていますか。ダチョウは肉が食べられるだけでなく、皮は高級バッグなどに使われるオーストリッチレザーとして、羽根はサンバや宝塚みたいな衣装用としてニーズがあります。それまでダチョウの生産を独占していた南アフリカ共和国が、親鳥や雛鳥の輸出を解禁したことで、これは儲かるぞと世界中で一気にダチョウ牧場が増えたんです。

日本でも93~97年くらいに盛り上がり、バブルが崩壊したころなので、余った土地を活用しようと多くの企業が参入しました。でも当時は飼育技術もない、販路もない、食べ方も知られていないっていう状況。飼ってはみたものの、死なせちゃったり、どうにかつくったお肉も売れなかったりで、みんなやめちゃったんです。最盛期は国内に400カ所くらいのダチョウ牧場があったそうですが、今も肉用に育てているのは10カ所くらい。世界的にも同じような状況があって、ようやく落ち切ったところから上向きになってきたかなという感じです」

――ダチョウにそんな黒歴史があったとは。儲かると思ったら失敗したというのは、ジャンボタニシとかアメリカナマズの話みたいですね。外来生物として定着しなかったのが幸いです。

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こうしてダチョウ専門の会社としてスタートさせたが、全国の牧場を回るうちに、野生のシカやイノシシの処理場をつくったけれど販路が無いという人とも接点が生まれる。また海外から輸入したワニやカンガルーなどもサスティナブルな肉として扱うようになり、現在ダチョウが占める取扱量は1/3~1/4ほど。ダチョウ肉の販売で開拓した販路と、それらの商材の相性が良かったのだろう。

こうして流通業が軌道に乗ってきたタイミングで、加藤さんは次の一歩を踏み出した。昨年の秋に自らのダチョウ牧場を立ち上げたのである。「宣伝・販売」からの「飼育・繁殖」、接点はもちろんあるけれど全く違う仕事内容だ。

説得力のあるモデルケースとして自分のダチョウ牧場が必要だった

――ダチョウ肉の流通だけではなく、自ら牧場をつくろうと思ったきかっけは何ですか。ゼロから牧場をつくるには初期投資がかなり掛かるだろうし、出荷できるようになるまでは一切お金が入ってきませんよね。

加藤:「いくつかの牧場で研修させてもらったり、新しい牧場の立ち上げに協力してきましたが、生存率や成長速度のアップ、肉質の向上など、まだまだ課題はあるなと思っていて、なんとかしようと調べてきたことを形にして、自分で実験できる場所をつくりたいなと思って始めました」

――ダチョウ肉で儲けるためだけではなく、ダチョウ牧場のコンサルをする上で必要となる、育て方の研究所という意味も込めてつくったんですね。

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加藤:「3年前に仕事の都合で東京から茨城にある実家近くに引越して、そこから通える場所で牧場の用地を探して、耕作放棄地だったこの土地を昨年から借りました」

――牧場というか、野菜を育てるビニールハウスみたいです。

加藤:「一緒にやってくれている地元の野菜農家さんが、ハウスづくりのノウハウを教えてくれました。他の牧場だともっとしっかりした建物で育てていますが、これが一番コストを抑えられるし、覆うカバーを変えることで雛鳥のための温度管理もしやすい。ダチョウにとって快適な環境がつくれるように、改善をしながらつくっているモデルハウスです」

――ダチョウって育てやすいんですか?

加藤:「第一次ブームを知っている人に聞くと、ダチョウは難しいっていいます。まだ飼育のノウハウがなくて、お肉がうまくなくて、死亡率が高かったから値段も高かったんでしょうね。でもちゃんとダチョウのことがわかっていれば、すごく飼いやすい生き物です。必要な広さは大人10羽あたりで6×30メートル、180平米くらいが目安。走り回る生き物なので直線が必要なんです。といっても走るのはびっくりしたときだけで、普段は大人しくしています」

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加藤:「飼っているのは全部で17羽ですが、一日当たりの作業はエサや水をやったりするくらい。毎日じゃなくても大丈夫ですが、やっぱり様子を見たいので毎日牧場に通っています。以前は妻も手伝ってくれていましたが、今は出産を控えているので一人で世話をしています」

――さっきも伺いましたが、エサは牧草が中心ですか。

加藤:「基本は草食動物なのでエサは牧草が中心で、トウモロコシや大豆、カルシウムや麹カスなどを配合しています。鶏のエサよりも牧草の割合は多いです。それに近所の農家さんから分けていただく、小松菜やベビーリーフなども与えています。

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加藤:「ヒナの時期は気温が下がらないように、シートを何枚も重ねたハウスで大事に育てています。でも半年もすれば屋根は無くても大丈夫。エサさえ濡れなければ、ダチョウ自体が濡れても問題なし。草原で生きている生き物なので、寝床もいりません。地面と柵だけで飼うことができます。

ダチョウのフンには栄養がないから掃除もほとんど必要ない。この牧場ができてから一切していません。数年に一回、シートの上に溜まった分を取り除くくらいでよさそうです。豚だったら汚水処理の施設が必要なので、立ち上げに一億円近くお金を用意しないといけないけれど、ダチョウなら数百万でスタートできます」

――ある程度広い場所さえ用意できれば、初期投資も飼育コストも抑えられるんですね。

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加藤:「ダチョウは体が強くて病気ではほとんど死なないので、抗生物質や予防接種なども一切不要。死ぬときはほとんど事故ですね。好奇心が旺盛すぎるのか、どうしてそんなことしちゃうの?っていう事故が起きる。純真無垢というか、頭が悪いというか。

地面を掘って遊んで砂を食べ過ぎて、それが消化できずに胃の中に残って栄養失調になるとか。風で飛んできたゴミを食べちゃうとか、パイプの狭い隙間に首を挟んで抜けなくなるとか、水を入れた容器に頭がはまっておぼれちゃうとか」

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加藤:「新しい飼育場所をつくると、予想外の事故が起こる。やってみないとわからない部分が多いので、それが起きないように問題点を潰すための改善をしていく。野犬が入ってこないように鉄柵を追加したり。一年間のノウハウが蓄積してきたことで、ダチョウの生存率が上がって、ようやく安定して育てられるようになってきました」

――出荷までどれくらい飼うんですか。

加藤:「雛鳥から一年掛からずに90~120キロまで育ち、出荷できるサイズになります。もう少し大きくもなりますが、ここからは成長スピードが遅くなるため、エサ代とのバランスが悪く非効率。このタイミングが一番効率がよくて肉も柔らかい。海外の牧場だと7カ月、200キロのエサで屠畜体重まで育てているところもあるようです。

卵を産むようになるのは一番早くて一年半。オスが交尾できるようになるまでは二年半。卵を産み続けるのは20歳くらいまでで、寿命は40~50年ともいわれています」

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――こうして牧場を一年間やってみて、実際のところどうですか?

加藤:「これは前からわかっていたことですが、ダチョウの飼育自体は僕一人でも、そんなに大変じゃない。でもコロナの影響でレストラン向けの流通業が厳しかったり、家から牧場まで30分掛かるのが地味に大変だったりっていうのはありました。

ダチョウを増やすことに関しては全然余裕。あとは資金と時間と労働力だけ。今後は牧場をもっと大きくして、順調なら5年で1000羽までいけたらなと思っています。コンサルをやるにしても、今の規模だと説得力が弱いじゃないですか。前から繋がりのある方は、僕が今までなにをやってきたかわかっているので、ちゃんと話を聞いてくれるけれど、まったく繋がりがなかった人だと『ちっちゃい牧場しかやってないじゃん』ってなる。

自分がやっていることが、新しくダチョウ牧場をやる人のモデルケースにならないといけない。この牧場は自分の経験を見せられる場所で、ある意味ではショールームなんです」

――このビニールハウス式の牧場が成功すれば、全国各地でダチョウ牧場がオープンするかもしれませんね。

加藤:「ただ一つネックがあって、ダチョウを受け入れられる屠畜場が全国で4,5カ所しかない。幸いなことに茨城には屠畜できる大きな牧場がありますが、もしダチョウを育てたいという人が屠畜場のない地域に計画しても、そこでは出荷するのが難しい。長距離移動に弱い生き物なので、運ぶ途中に半分が亡くなったという話もあります」

――ダチョウだけに大きなネックがある……いやなんでもないです。

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加藤:「ここの牧場は去年の10月にスタートしたので、そのときから育てているダチョウはもう出荷ができます。あとは屠畜場のスケジュール待ちなんですが、うちの出せる数がワンロットの8羽に達していないので、たまたま空くところに入れてもらわないといけない。でも規模の大きい牧場は基本的に8羽ちょうどで送るから、なかなか空きが出なくて。

だから将来的には屠畜場、処理場もつくりたい。この辺はイノシシやアライグマが出るし、もっと西に行いけばシカもいる。でも処理場が全然ないので、猟師さんと連携をしてジビエ用に受け入れしていきたい。そうすれば処理場の稼働率を高められるので、ダチョウ処理の人件費を安く見積もれるし、地域の獣害に貢献できる。

静岡にはそういった連携ができているダチョウ牧場が実際にあるので、茨城でも可能だと思います。裏の森も借りられたら、キャンプ場やバーベキュー場もやりたいんですよ」

――ダチョウとジビエ、どっちの販路も加藤さんは持っているから、あとは実行に移すだけ。諸々の調整や人員の確保が大変ではありそうですけど、実現したら魅力的な組み合わせになりそうです。

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ダチョウの肉はシカやウマに近い赤身肉

加藤さんの自宅と牧場の中間地点に、野菜の直売場だった建物を利用した事務所があるので、そこで商品である肉を見せてもらった。

気になるダチョウ肉の値段だが、部位にもよるがキロあたり3500~4000円くらい。一食分が200グラムだったら700~800円なので、スーパーで買う国産牛くらいの価格帯だろうか。少しでも普及させるために、かなり安く設定しているそうだ。

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加藤:「ダチョウは赤身肉で、肉自体に脂肪が少なく鉄分が豊富。鳥の仲間ですがニワトリよりも、同じように走り回るシカやウマの方が肉質はずっと近い。それでいて飼育なので天然のシカに比べると野性味は少なく、ウマに比べると体が小さいので筋肉が柔らかい。

ヨーロッパだとダチョウの肉を17カ所くらいに分けますが、日本だとモモ、フィレ、ドラムの3種がメイン。ドラムは胴体から突き出ている脚の太い部分で、太腿に見えるけれど人間でいえばふくらはぎ。モモは胴体で、その中心のインナーマッスルがフィレ」

f:id:tamaokiyutaka:20201119233754j:plainこの太腿に見える部分がふくらはぎでドラムとなる

f:id:tamaokiyutaka:20201119233707j:plain見た目だと区別がつかないが、柔らかいのがフィレ、ドラムは旨味が濃いけれどちょっと硬く、その中間がモモ。値段はフィレがちょっと高い

――冷凍の真空パックで販売されているんですね。さっき牧場でダチョウを見ていた時は、肉の味や調理方法がまったくイメージできなかったけど、こういう状態になると食べてみようかなという気になります。

加藤:「レバーなどの内臓もおいしくて、ほとんど予約分で売り切れます。一番人気があるのは砂肝で、筋を除くと一羽から200~500グラムくらいしか取れない希少部位。湯通しすると貝のようで、焼いて食べると牛タンのようになるんですよ。

首(ネック)は柔軟に動く筋肉なので、牛テールに近い見た目でダシの味も似ている。またスジも煮込み料理にすると柔らかくてうまい。人が食べるには硬すぎるアキレス腱はペットフード会社が買ってくれます」

f:id:tamaokiyutaka:20201119233901j:plainライオンにでも生まれ変わらない限り食べられないと思っていたダチョウのネック

ダチョウは肉に脂肪がつかないけれど、ラクダのコブみたいに背中やお腹に皮下脂肪を蓄えるので、それを利用することもできるそうだ。融点が低く、口どけの良いサラっとした脂だが、その需要は少なめらしい。肉以上にダチョウらしさがしっかりと表れるため、どうにか利用を広めたいと策を練っているそうだ。

手羽先やガラ(骨)なども、現状だと買い手がつかないのでほとんど捨てている。素材としてはタダでも、それを処理して食べられる状態にするには人件費がかかるため、それなりに値段が付かないと流通に乗せられない。

加藤:「加工すれば高級品となる皮や羽根も、今は廃棄処分の対象です。皮を利用するには屠畜場の人を増やさないといけないし、なめす会社に出さないと売り物にならない。羽根も洗ったり乾かしたりの手間が大変。そのコストに見合う売り先があるかというと、残念ながら見つかりません。飼育数や加工場の規模が大きくなれば、それも可能なのかもしれませんが。

使える部位が増えていけば、ダチョウ一羽あたりの収益力がアップするから、肉を安くすることにつながってきます。できればダチョウ肉の値段はもっと下げたい。この仕事を始めたころはキロ5000円くらいだったので、今もかなり無理して安くしていますが、将来的には国産豚くらいの感覚で買えるようにしていきたい。ダチョウにはそれくらい大きな可能性があるんです」

茨城県は食生活のレベルが高く、東京から近いのに牧場が可能な場所

――話は変わりますが、東京から茨城に引越してきて、住み心地はどうですか?

加藤:「もともと育ったのが茨城で、18歳からはずっと東京に住んでいました。30歳で茨城に引越してきたのは、たまたま手伝いをする牧場が茨城にあったから。子どもが生まれてすぐのタイミングだったので、実家が近くてなにかと助かりました。

茨城って一番のものは少ないけれど、農産物はすごい豊かですね。高級ブランドとしては認知されていないけれど、例えばイチゴは栃木に並ぶくらいおいしいし、ナシだって千葉に負けていない。この近所にだって、トマトもシイタケもキクラゲも、おいしい生産者さんがすごくいっぱいいる。だから日々の食生活は、ベースのレベルがかなり高いと思いますよ」

f:id:tamaokiyutaka:20201119235246j:plain牧場から見える雄大な筑波山

加藤:「筑西市に遊ぶところは全然ないですけど、つくば市まですぐなので、牧場の作業が終わってから家族で買い物に行ったりしています。都心から近いのに広い土地が確保できるので、畜産をやるにも都合がいいですね。やっぱり一番のマーケットは東京なので。東京の飲食店さんとイベントをやるために出かけたり、逆に牧場まで視察に来ていただいたりが、ここだったら日帰りで気軽にできますから」

東京から近くて平野が広い茨城県筑西市。そもそもは仕事の都合で実家近くに戻ってきたことがきっかけだが、結果的にはダチョウ牧場のモデルケースという超特殊な場所を築くのに、ベストといえる場所だったようだ。

ダチョウという己が信じる一本の柱を大事にしつつ、だんだんと関連する商材を増やして商売を拡大し、そしてそれもダチョウに還元しようとする姿は、いい意味で完全にダチョウに憑りつかれている。

かなりレベルが高いという地元の農産物に混ざって、加藤さんの育てたダチョウの肉が並ぶ日も、きっと来るのだろう。

ダチョウを実際に食べてみよう!

さて問題はダチョウ肉の味である。7年前に食べたことがあるけれど、さすがにもう覚えていない。それに今とは肉質が違うかもしれないし。そこで加藤さんから買った肉を、自宅に戻って調理して食べてみた。

まずはちょっと硬いが旨味が強いというダチョウのドラムから。真空パックのまま氷水に漬けて解凍して、低温調理して表面をダチョウの脂でサッと焼いてみた。ローストダチョウである。ソースは低温調理で出る肉汁と醤油を煮詰めたもの。

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しっかりとした肉質で脂がなく、確かにシカに近い味わいだ。ドラムはちょっと硬いという話だが、それは筋っぽい硬さではない。噛みしめるとアゴが気持ちよく、口の中に赤身肉が持つ旨味がぐわっと広がる。

もう少し薄く切ったほうが食べやすいだろうけど、これくらい厚い方が幸せになれるかな。これはレストランでお金がとれる肉だ。

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続いてはネックをよく洗い、三倍の量の水と煮て、酒、ダイコン、セロリ、粒胡椒、生姜、昆布を加えてじっくりと煮こんでみた。

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とてもすっきりしつつ、旨味の濃いスープができあがった。ぜひ焼肉屋で出してほしい。そういえば牛テールのスープを食べたことがほとんどないのだが、きっとこんな感じの味なのだろう。

骨の周りについている肉もうまい。ホロホロと柔らかくゼラチン感もあって、ダチョウらしい味が抜けずにちゃんと残っている。シチューのような煮込み料理にも絶対合いそうだ。

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実は一番気になっていた部位が脂だったりする。豚の背脂からつくるラード、鶏の皮からつくる鶏油(チーユ)はよくラーメンに使うのだが、さてダチョウ脂はどんな感じだろうか。

とりあえず水を少々入れた中華鍋で、適当にカットした脂を加熱して溶かす。

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しばらくすると、固形だった脂はすっかり溶けた。この浮いている部分は「油かす」として調理に使えるそうだ。

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この溶けた脂と醤油ダレを丼に入れて、先ほどつくったネックのスープを合わせて、自家製麺した中華麺を入れてラーメンにしてみよう。

初挑戦のダチョウラーメン、一体どんな味になるのやら。

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できあがったダチョウの醤油ラーメンは、見た目がすごく普通だった。さっきのローストダチョウを残しておけばよかったか。あるいはネックをトッピングちゃおうか。

とりあえずは見た目よりも味の確認だ。さっそく食べてみると、材料の構成がシンプルなのでかなりあっさりだが、しみじみとうまい。古き良き中華そばという感じだが、素材はダチョウという不思議。脂をたっぷり入れたけれど、嫌なクドさはなくて程良いコクだけを与えてくれている。

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このダチョウラーメンを加藤さんに宅配便で送って食べてもらったところ、「妻も子どもも、クセがなく軽やかな、でもしっかりした味わいで喜んでいました。ダシが軽めなので、もう少し強い味付けにしてもよいかも」との感想をいただいた。今時のラーメンと比べると、これだとパンチが弱いかな。

今回はネックだけからスープをつくったが、ガラやスジをたっぷり使えばまた違ったダチョウラーメンがつくれそうだ。駝鳥骨白湯ラーメンとか、きっとおいしい気がする。

こういうラーメンにはチャーハンをセットにするべきだと、ダチョウの脂で米を炒めて、チャーハンもつくってみた。具はネギと卵と油かすだ。

これが見た目よりもあっさりしてうまかった。豚や鶏の脂よりも軽く、それでいて独特のダチョウらしさが感じられる。こういう味が好きな人も多いだろう。使えるぞ、ダチョウの脂。

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麺と脂がまだたっぷりとあったので、ついでに葱油拌麺(ばんめん)もつくってみよう。ダチョウの脂でたっぷりの白髪ネギを焦げる寸前まで加熱し、茹でたちぢれ麺に掛けて、醤油と紹興酒と砂糖でつくったちょっと甘めのタレと混ぜたらできあがり。

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葱駝鳥油拌麺、漢字の並びがかっこいいよね。

これがかなりの完成度だった。植物油でつくる葱油に比べてコクと甘味が強く、それでいてしつこさがないのである。これは相当うまい。見た目的にダチョウ料理であることが一切わからないけどね。

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初めて調理したダチョウだったけれど、意外と扱いやすい食材というのが実感だ。もしみんなでラーメンをつくる会があれば、更なるダチョウラーメンの可能性を探ってみようかなというくらいに気に入った。もちろんラーメンにこだわる必要はないのだが。

普通のスーパーにダチョウが並ぶ未来までは正直まだピンと来ていないし、加藤さんの取り組みが成功するかもわからない。でもとりあえず、私が取り寄せて食べようと思う食材の一つに、このダチョウが加わったことは確かだ。ちゃんと育てたダチョウはちゃんとうまい。

 

 


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著者:玉置 標本

玉置標本

趣味は食材の採取とそれを使った冒険スペクタクル料理。週に一度はなにかを捕まえて食べるようにしている。最近は古い家庭用製麺機を使った麺づくりが趣味。『育ちすぎたタケノコでメンマを作ってみた。 実はよく知らない植物を育てる・採る・食べる』(家の光協会)発売中。

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