著者: 志村 優衣
少し無理をして家賃9万5000円の新築のマンションを借りたのは、社会人4年目を迎えた春のことだった。
新卒で入社した通信会社で、縁もゆかりもない地方に配属されて、社会人生活をスタート。東京で外資系企業や商社ではたらき、海外出張に行ったり、丸の内や銀座のおしゃれなお店で飲み歩いたりしている大学の同級生たちを尻目に、定時に仕事を終えては、TSUTAYA DISCASで借りたDVDをベッドの上でゴロゴロと見続ける日々を、3年間送っていた。
ようやく東京勤務の辞令をもらい、これでやっと、社会人生活の本番が迎えられると胸が躍ったのは、3年目の3月末のこと。
居住地に選んだのは、台東区入谷だった。勤務地である品川への通勤の便と、地方出張が多いと噂の部署だったので、上野へのアクセスのよさから選んだ。それまで住んでいた社宅が、なかなかに古いアパートだったので、今度はきれいなマンションに住みたくて、築年数にはこだわって探した。
ほんとうは、神楽坂とか、代々木上原とか、おしゃれタウンに憧れはあったけど、希望する条件に合う物件の家賃は社会人4年目の給料ではなかなか難しい。地方生活を乗り切るために買った車のローンも、まだ残っていた。
それでも、きれいなマンションにはじめての街、そして、あたらしい仕事──たくさんの期待と希望を抱えて、4月、常磐線で上京した。

上野から一駅の入谷は、「THE 下町」らしい昔ながらの商店が並ぶ街並み
半径500mの入谷の生活
「平日は週二くらいで友だちと飲みにいったり、デートして、東京生活を満喫する」。そんな理想の生活への期待は、あっという間に打ち砕かれる。
品川での仕事は、体力に加えて、心も、ゴリゴリゴリっと削っていった。
トラブル続きのサービスの主管部署で、全国各地の支店からの苦情に対応し、「志村さんの資料はわかりやすいから」と丸め込まれて、社内説明用の膨大な資料づくりに時間を割く。約束していた友だちに、21時過ぎに「やっぱりいけない」とLINEする日々が続いた。
終電ギリギリで家に帰り、毎日同じようなコンビニご飯を食べる。土日はお昼過ぎに起きて、近くの「丼丸」で500円の海鮮丼を買って、また夕方まで昼寝をしてから、渋谷や新宿に繰り出し、学生時代の友だちと安居酒屋で記憶をなくすまで飲む。
加えて、周りは結婚ラッシュ。月1ペースで友だちの結婚式に出席しては、ご祝儀と会費で、4万円があっという間に消えていく。家賃をちょっと無理していたこともあり、まったく貯金ができないどころか、赤字ギリギリの生活を送っていた。
「描いていたのとぜんぜん違う」
結婚したり、仕事で活躍したり、カラフルな生活を送っている友だちをうらやみ、「なんでわたしは」とため息ばかりついていた。
ようやく都会に戻ってこられたのに、東京をぜんぜん楽しめていない。それどころか、自分の住む街すら、満足に歩いていなかった。
日比谷線入谷駅3番出口と、自宅の往復。わたしの入谷生活は、半径500mで完結していた。

石窯パン工房「グーテ・ルブレ」は惣菜パンが豊富で、平日も休日もいつもにぎわっていた

入谷には数百円でランチやお弁当が食べられるお店が多い
会話のない油そば屋の居心地のよさ
そんな500mの世界で、平日にわたしがコンビニ以外に唯一立ち寄るのは、油そば屋だった。
3番出口を出て、金美館通りを歩いて1分。「今日はカロリー気にせず食べてよし」と自分のリミッターを外す日は、コンビニではなく、深夜24時まで営業する油そば専門店「万人力」に足を向ける。ここが、セーブポイントだった。
食券販売機で油そば温玉乗せと瓶ビールのボタンを押す。合わせてたしか、1200円。5000円もするようなおしゃれな居酒屋にはいけないけれど、この1200円が、自分への最大の甘やかしだ。
23時過ぎのカウンターには、自分と同じように疲れた背中をしたサラリーマンが並ぶ。頻繁に通っているからって、声をかけてくるような店員はいない。みんな、麺の量を伝える以外に、言葉は発さない。
瓶から小さなグラスに注いだビール。1杯目はいっきに飲み干し、2杯目は油そばを待ちながら、ちびりちびりと飲んで待つ。
5分ほどで油そばが出てきたら、お店の流儀に従って、お酢とラー油をたっぷりかけて、豪快に混ぜる。唇を油でギトギトにしながら、すする。油をビールで流す。
会社で心をすり減らし、家に帰る前にどうにか自分を元気づけようと、狭いコの字型カウンターに集まる社会人たち。彼らとなんとなく通じ合ったような気がする、深夜。
おしゃれな東京ライフとは程遠いけど、「なんでわたしは」じゃなくて、「わたしも同じ」と感じられるその空間が、わたしにとっての東京だった。

これが名物油そば。具はチャーシューとメンマと海苔だけと、いたってシンプル
6年ぶりのただいま
入谷に暮らしはじめて1年後。結局わたしは、逃げるように会社を辞めた。転職活動はうまくいかず、次の就職先は決まらなかったけれど、当時付き合っていた恋人の「同棲しよう」の言葉にすがったのだ。恋人が探してくれた、東京の西側にあるマンションに転がり込んだ。
いま思えば、あのときのわたしは、人生の中でもかなり谷底にいた。自分をまわりの人と比べては落ち込み、うまくいかないことを誰かや環境のせいにして。それを変えるための努力もたいしてしないまま、嘆いてばかりいた。
そんな情けない自分を思い出すのが怖くて、引越して以来、入谷には足を運べずにいた。
あれから6年。同棲していた人とは別れてしまったけれど、2度ほど職を変え、「わたしの仕事」に少しだけど、ようやく胸を張れるようになった。
いまの職場の同僚は、東京の東側に住んでいる人が多い。「志村さんも東側に住みましょうよ、飲み屋もいっぱいありますよ」と誘われるたび、「むかし入谷に住んでたときに、あのへんはじゅうぶん満喫したからね〜」と誤魔化していた。
「じゅうぶん満喫」はできていない。だって、自宅から半径500mの世界でしか生きていなかったから。
あのとき、ほんとは気になっていたレトロな喫茶店があった。常連客同士がたのしそうに笑いながら飲んでいる、地元の居酒屋にも入ってみたかった。そうだ、わたしはそんな下町の雰囲気にも惹かれて、あの街を選んだはずだった。そろそろ、もう一度あの街をたのしみに行ってもいいんじゃないかな。いまの自分は、それでも辛くならずにいられるくらい、元気なんじゃないかな。
そうして、2020年の秋、日比谷線の端からほぼ端まで乗って、6年ぶりに入谷の街に降り立ったのだ。
駅の周りを一人で歩いてみる。あれ、こんなおしゃれなカフェがあったっけ? 絶対に好きだと確信できる面構えの居酒屋もある。晩酌セットが780円!
言問通りを歩いていくと、かっぱ橋道具街に行き当たった。店先に積まれた食器に胸がおどる。ほしいと思っていた鉄製の中華鍋がたったの1000円? 包丁専門店に入れば、エプロンをつけたお兄さんが声を一オクターブ上げて、三徳包丁と牛刀包丁と出刃包丁のちがいを説明してくれる。情報量が多すぎて、逆に選べない!

合羽橋の象徴ともいえる「ニイミ洋食器店」のジャンボコック。ほんとうに大きい

スカイツリーが青空にそびえ立つ様子を拝めた日は、いいことがありそうな気がする

とにかく、ありとあらゆる調理器具が手に入る かっぱ橋道具街
なんてワクワクする街なんだ。半径500mをちょっと踏み出せば、こんなに自分の好きなものが転がっていただなんて。いまなら、いまのわたしなら、この街を存分に満喫できる。ああ、大好きだ。
かっぱ橋道具街を往復し、そのまま、自分が住んでいたマンションに向かう。
「あれ、こんなにきれいなエントランスだったっけ?」
6年経ってもちっとも古びていない、清潔感あふれるマンションのたたずまいに、家賃をだいぶ無理してたんだなぁと、思わず笑ってしまう。
マンションを通り過ぎ、今日の最後の目的地を目指す。金美館通りを歩いて、入谷駅3番出口に向かう途中に、それはあった。変わらない「油そば」の看板を掲げて、そこにあった。

年季を感じる面構えの「万人力」は、たまに行列ができるほど愛されているお店だった
券売機で食券を買う。あれ、ビールが生ビールに変わってる?
カウンターに着くと、変わらず麺の量を聞かれる。「並盛で」と伝えると、あとはじっと待つだけ。
5分ほどで、油そばと、別添えの温玉が運ばれてくる。カウンターに貼り付けられた指示通りに、備え付けのラー油とお酢を1週半ずつ回しかけ、箸で底から思いっきりかき混ぜる。お酢の香りが、食欲をそそる。記憶をくすぐる。
ああ、これだ、この味だ。ここからはもう、一心不乱に麺をすする。唇を油でギトギトにして。途中でニンニクを投入して、さらに濃くなった味を、ビールで流し込む。5分待った麺は、ものの5分で、わたしのお腹に片付けられた。残ったビールも、いっきに流し込むと、ティッシュで唇をぬぐい、食器をカウンターの上に載せる。
「ごちそうさまでした!」
大きな声が出た。
そのまま3番出口に向かう。
ただいま、入谷。またね。
著者:志村優衣

編集:ツドイ
