酒と銭湯と古本と。三浦展さんが西荻窪を離れられない理由

著: 取材・文:榎並紀行(やじろべえ)/撮影:森カズシゲ 

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あなたは住む街に何を求めるだろうか?

社会デザイン研究者の三浦展さんの場合、それは「古本屋」、「古道具店」、「銭湯」、そして「酒と美味しいご飯」だ。

「この全てを備えている街って意外とないんですよ。神保町界隈には古本屋と銭湯はあるけど古道具店がない。神楽坂はおいしいお店は多いけどそれ以外がほぼない。だから、全部がほどよくそろっているこの街からは離れられないですよね」

この街とは「西荻窪」のこと。2006年、主宰するカルチャースタディーズ研究所の事務所ごと西荻窪に引越して以来、愛着を持って住み続けている。

三浦さんが愛してやまないというその街を、一緒に歩いた。

なぜ西荻なのか?

80万部のベストセラー『下流社会』『第四の消費』のほか、『スカイツリー下町散歩』『東京高級住宅地探訪』『東京郊外の生存競争が始まった!』などの著作がある三浦さん。消費社会や都市などの研究をふまえ、新しい時代を予測する三浦さんは「東京の個別の街」についての知見も広い。

そんな三浦さんが選び、10年以上も住み続けている西荻窪とは果たしてどんな街なのか?

「じゃあ、案内しますよ」との三浦さんのお言葉に甘え、昼下がりの散歩に同行させていただくことになった。

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三浦さん。散歩がてらオススメの店を教えてくださいとお願いしたら、メモに76軒もリストアップしてくれていた

西荻窪(以下、西荻)はJR中央線・西荻窪駅を中心に広がる杉並区西端の街。隣駅は吉祥寺で、歩くと30分くらいの距離感。住みたい街ナンバーワン・吉祥寺のにぎわい・華やかさに対し、西荻は落ち着いた雰囲気を持っている。住人の年齢層も、中央線沿線では高めの印象だ。

……というのが、西荻に対する筆者の認識。一般的なイメージも、おそらくそんな感じかと思う。それで合ってますかね?三浦さん。

「間違ってはいないけど、でも今はおじさん・おばさんだけじゃなく若い女性も多いですよ。特に、1人暮らしの30代女性の間で西荻窪の人気が高まっています」

実際、カルチャースタディーズ研究所と三菱総合研究所が行った「住みたい街調査(2016年6月実施)」では、西荻窪は「30代1人暮らし女性が住みたい街」の1位に輝いている(吉祥寺、横浜みなとみらいと同率1位)という。

『Hanako』も注目する「乙女ロード」

というわけで、まずはそんな30代おひとりさまを惹き付ける「新しい西荻」の姿を見せてくれるようだ。案内してくれたのは駅南口からのびる商店街、通称「乙女ロード」。

オシャレなカフェや雑貨店、かわいいマカロン専門店などが点在していて、なるほど確かに乙女に好まれそうな雰囲気である。

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人気のマカロン専門店「MACARON ET CHOCOLAT」

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こちらも地元で評判の「ぐーちょきパン屋」。食パン、ライ麦パン、ぶどうパンが人気

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一方、こちらは約30年前からやっている洋食屋さん「ビストロさて」。親子代々のファンも多い

「2年くらい前かな、雑誌の『Hanako』が吉祥寺とセットで西荻窪特集をやったんですよ。これまで西荻は『散歩の達人』ではよく紹介されていましたけど、『Hanako』についに目をつけられちゃったと地元で話題になりました。でも、実際のところ最近はこれまでの西荻にはなかったタイプの店も増えているし、若い女性の姿をよく見るようになりましたね」(三浦さん)

「散歩の達人」と「Hanako」なんて、酒で例えればホッピーとサングリアくらい違う。まあ、べつに酒で例える必要はなかったが、それくらい両極端な媒体がともにカバーしたくなるくらい、最近の西荻は多様性があるということだ。

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ハンドメイドの靴専門店「天草製作所」。熊本県天草出身のオーナーが約5年前に開いた。すぐ近くにオーダー靴、革小物の2号店もある

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昔ながらの中華料理屋と新しいイタリアンレストランが並ぶ。新旧が入り混じる、乙女ロードならではのこんな風景もよく見られた

西荻はチャレンジしやすい街

「あそこに知り合いがやっている雑貨屋があるから、ちょっと寄っていきましょう」

そう言って、おしゃれな食器やカラフルなキッチン用品が並ぶ、こぢんまりしたお店に入っていく三浦さん。古本や古道具だけでなく、じつはカワイイお皿にも目がないという。

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乙女たちに交じって買い物をする三浦さん

そんな50代おじさんの乙女心をもくすぐる雑貨を取り扱う「雑貨食堂 六貨」は、女性オーナーが一人で切り盛りしている。少し話を聞いてみた。

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「雑貨食堂 六貨」オーナーの竹内さん

―― 乙女ロード、素敵な店がたくさんありますね

「そうですね、でもこんなに新しいお店が増えたのは2、3年前くらいからですね。乙女ロードなんて呼ばれ始めたのも最近ですし」


―― なんで、ここ2、3年でそんなにお店が増えたんでしょうか?

「吉祥寺の人気が上がってきたことも影響しているんじゃないですかね。いつでも人が多くて集客は見込めますが、そのぶん賃料も競争率も高い。イチから商売を始めるとなると、厳しい環境ですよね。そこで、もう少し気軽にやりたい人が隣の西荻に流れてきているのかもしれません」


―― 確かに若い店主の方も多いし、チャレンジしやすい環境なんでしょうね

「西荻の店舗は1棟まるごと商業ビルではなくて、2階以上が住居で1階がお店になっているケースが多いんです。小スペースで賃料も安い。私が始めた2011年ごろの相場だと、駅から10分くらいの場所で坪1万円くらいでした。吉祥寺だと同じ条件でも3~4倍はしますからね


低コストかつコンパクトなサイズ感だからこそ、ガツガツ利益を求めず自分のペースで自分のやりたいお店ができる。結果、若い店主のセンスが光る、おもしろい店が集まる、ということなのかもしれない。

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1階部分が店舗で2階以上が住宅。こういうタイプの建物が本当に多い。同行の編集者は「欧州っぽい」と言っていた。欧州に行ったことがないのでピンとこなかったが、1階にオシャレな店舗があると、街が華やいだ雰囲気になるのは確かだ

西荻にはスタバがない。なんで?

次に、同じく南口のバス通り周辺を歩く。街に新しい風を吹かせている乙女通りに対し、このあたりは渋い商店街や落ちついた住宅街など、旧来の西荻の雰囲気が感じられるエリア。三浦さんいきつけの古本屋、古道具屋、ジャズ喫茶なども点在している。

ちなみに、西荻住人はコーヒー好きが多いとのこと(珈琲豆専門店が多い)だが、スタバは一軒もない。三浦さんに理由を尋ねると「本当の理由はスターバックスに聞かないとわからないけど、出店しても地元の人が行かないからでは」と言う。

「チェーン店が極端に少ないのは、西荻の特徴のひとつですよね。個人経営ばっかり。それも、売れ筋とか関係なく店主が好きなものをただ並べたり、好き勝手にやりたいことをやってるような店が多いんですよね」

言われてみれば……確かに、ちょっとヘンな、もとい、個性的なお店が多いかもしれない。

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フリフリのカーテンが目を引く、なんともファンシーなハンコ屋。三浦さんいわく「萌えるハンコ屋」

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食堂とマッサージ、リフレクソロジーが融合した「ていねいに、」。食とセラピーで健康な身体づくりをサポートしてくれる

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住宅街の中にあるお花屋さん「エルスール」。建物自体が花壇のようになっていて、なんともメルヘンチック。西荻には他にも“おもしろい花屋”が多いという

「西荻の人はその店の店主が見立てたもの、その時にしか出会えない珍しいものを買うのが好きなんです。僕が新刊書店ではなく古本屋に行くのも同じ理由で、その店ならではの本のチョイスを見るのが楽しいから。逆に、売れ筋ばっかり置いている店が嫌いなんだよね」と三浦さん。

洋服はファストファッションでいいけど、自分が好きな本を“ファスト”で済ませるのが許せないらしい。自分が好きなものは、ちゃんと吟味して選びたい。三浦さんに限らず、そういう特定の分野において譲れないこだわりを持つ人が西荻には集まっているのだろう。

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ジャズがLPで流れる“ロマンスミュージックカフェ”「JUHA(ユハ)」。店名はカウリスマキの映画名から。ジャズ好きの三浦さんが足しげく通う

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こちらも三浦さんいきつけの「Meat&Deli KIKU」。「ママさんたちがたくさんいる店は美味しいと言われて入ったら美味しかったから」と、10年以上通い続けている

西荻住人は「王道が嫌い」「インテリ」「こだわりが強い」

なんとなく西荻の住人像が見えてきたが、もう少し掘り下げてみたい。三浦さんに、改めてプロファイリングしてもらった。

「吉祥寺ではなく西荻窪にあえて住む人っていうのは、どこか“主流、多数派は恥ずかしい”っていう感覚があるんだと思う。だからいわゆるおしゃれな街とか人気のある街には住まないで、ひと駅ずらす。大勢や定番にのっかるのがイヤなんです。

でも、一方で好きなものは明確にあって、こだわりが強い。好きなもののジャンルは各々バラバラなんだけど、その感覚はお互いに共有できるから住人同士のウマが合うんでしょう。

あとは、高学歴の女性が多く住んでいる印象。要するに“インテリおばさん”が多いと思います。出版社とか、NPOとか、教育関係とかに勤めていて、飲み屋での話題といえば子どもの話や恋バナじゃなくて社会を論じる、みたいな。おとといも隣の席にいた女性と若い男が、人文書について小難しい話をずっとしてましたよ」

正直、ちょっとめんどくさい人も多いのかもしれない。だが、そんなめんどくさいこだわりを持っているくらいのほうが、人生は楽しいのではないか。一人きりだとしんどいが、西荻には愛すべき同類がたくさん集まっている。互いのめんどくささを共有でき、おもしろがれる仲間がいるなんて羨ましい話だ。

酔った勢いで古本を選んでいるときが至福

さて、日も落ちてきた。北口の女子大通りに三浦さんいきつけの店があるというので、そこで飲むことに。もし社会論になったら笑ってごまかそう。

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女子大通りの隠れ家的名店「葉地(はち)」

「この店もそうだけど、本当にうまい店が多いんですよね。それ、どっから仕入れてくるの?っていうような食材とか、見せかけだけじゃないこだわりがあるんですよ」

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確かに、何気なく出てきたとんかつがとんでもなくハイレベルだった。白ごまをエサに育てた『至福の味わい豚』を使っているとか。脂身が甘いので、塩だけで食べてもおいしい

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まぐろ、活〆のヒラマサ、北海道産の豆シシャモ、アオリイカの刺身盛り合わせ

さて、冒頭でも述べたが改めて。三浦さんが住む街に求めるのは「古本屋」、「古道具店」、「銭湯」、そして「酒と美味しいご飯」だ。西荻窪には三浦さんが望む全てのものがある。

そんな、自分にとって天国みたいな街で暮らすのって、いったいどれほど楽しいんだろうか?

「一日オフがあったら何をするかって?まず15時まで仕事ですね。適度に仕事したほうが酒もおいしいので。で、16時から銭湯。17時にやきとりを軽くつまんで、18時からいくつかの店をはしごします。で、酔った勢いで古本屋に入って5冊くらい買う。酔って行くと全部いい本に見えちゃうんだけど、それが最高に楽しいんだよね」

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西荻に引越して間もないころ、酒を飲み、古本屋をはしごしているときに「この上ない幸せ」を感じたという

そう言って、今日一番の笑顔を見せる三浦さん。ちなみに、「酔った後に古本を5冊買って、最高に楽しい状態のまま道路に飛び出したらバスに引かれて死ぬっていうのが俺の理想の死に方」とのこと。

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ちなみに、この店の「シメ最中」が絶品だったので、ぜひ食べてみてください

死んでもらっては困るが、せっかくなので今夜もその「最高に楽しい」状態になってもらうことにしよう。というわけで、ほどほどに酔っぱらったのち、三浦さんいきつけの古書店に向かった。

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酔ったあとに古本屋に行くと、「いつも4000円くらい使ってしまう」という三浦さん。酔ったあとのネットショッピングが危険なのと同じである

古書店で大人買いしたあとは、せっかくなので銭湯にも同行し「三浦さんの休日フルコース」を体験させてもらった。十分に酔いを覚ましてから向かったのは「天徳湯」。唐破風造りの屋根に提灯、まさにザ・銭湯というたたずまいである。

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「天徳湯」(※残念ながら、 2017年7月30日に閉店した)

東京の銭湯ならではのちょっと熱めの湯に、サッと入ってサッと出る。火照った頭と身体に涼しい夜風があたり、いま最高に気持ちいい状態。この日は順番が逆になったが、いつもはこのあと酒を飲み、脳みそがトロ~っとなった状態で大好きな古本を大人買いするわけだ。そりゃあ楽しいはずである。

それにしても、三浦さんはタフな人だ。日中から歩きどおしだったにも関わらず、まだまだ活力がみなぎっている様子。同行した20代の編集者、30代の筆者が疲れて無口になっていくなか、最後までずっと元気だったのは50代の三浦さんだった。

それはおそらく、三浦さんが自分の好きなもので常に満たされている環境にいるからなのではないだろうか。古本と銭湯と酒で英気を養い、これでもかと活力を得まくっているのだ。自分にとってどんな環境が心地良いのか?住む街に何があってほしいのか?そのこだわりってつくづく大事なんだなあと、三浦さんを見ていて強く思った。

というわけで、改めて。

あなたは住む街に何を求めますか?


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取材・文:榎並紀行(やじろべえ)

榎並紀行(やじろべえ)

編集者・ライター。水道橋の編集プロダクション「やじろべえ」代表。「SUUMO」をはじめとする住まい・暮らし系のメディア、グルメ、旅行、ビジネス、マネー系の取材記事・インタビュー記事などを手掛けます。

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