著者:磯乃文彦

街を歩くのが好きな人。ブログ「埋物の庭」で記事を書いたり、ZINEをつくっている。ZINEは『埋物の庭』シリーズ、『歩いて沖縄縦断』など。年々歩く距離が延びている。
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「松屋町とかいいんじゃない?」
大阪に詳しい友人におすすめの街を訊いたところそう言われた。パートナーの転勤で東京から大阪に移り住むことになったのだ。大阪は旅行で何回か訪れているけど、それほど詳しくはない。こういうときは知ってる人の意見に耳を傾けてみることにしている。友人いわく、基本的に平らな大阪のなかでは珍しく坂になっていて、商店街があるらしい。自分でもネットを検索したり地図で見たりすると以下のことがわかった。
- 大阪市中央区にある
- 上町台地にある
- 松屋町駅は大阪メトロ長堀鶴見緑地線が通っている
- 「まっちゃまち」の愛称で呼ばれている(らしい)

松屋町は台地と低地の境目で坂になっていることがわかる。左下のぽつんと標高が高い昭和山がかわいい
おもしろそうなところだな。これまで坂のある街(新宿区、豊島区)で暮らしていたこともあって、次に暮らすところにも坂があるといいなと思っていた。それに内定をもらった本町の会社にも歩いていける!
松屋町に住んでみよう
そういうわけで引越しすることに決めた。
私は街歩きのブログ「埋物の庭」で記事を書いたりZINEをつくっている。いろんな街を歩いてみたいと思っていたので、関西に住めることになったのは正直うれしかった。

松屋町には8月の暑い日に越してきた。なおこの記事では谷町、瓦屋町を含む松屋町駅周辺一帯も含めて松屋町と呼ぶことにする。
なんとなく大阪は東京よりも日差しが強い気がした。地下の松屋町駅から地上に出ると、松屋町筋と長堀通が交差している。「筋」という表現は関東で育った自分には耳なじみがない。
大阪では南北の街路を「筋」、東西を「通」と呼ぶらしい。知らない文化がさっそく楽しい。以降この記事でも使用していくのでぜひ覚えてほしい。

松屋町筋には人形やおもちゃ、菓子や花火の店が建ち並んでいる。ひな人形や色とりどりの駄菓子は賑やかでちょっとだけお祭り感がある。

駅から長堀通に沿って緩い坂道になっている。地形図で見た上町台地だ。坂は5分ほど歩いた谷町六丁目の交差点のあたりが一番標高が高くなっていてそのあとは下りになる。通り沿いは開発が進みマンションが多いが、一本路地に入ると昔ながらの一軒家が広がる。このなかのマンションのひとつが我が新居である。ベランダから街を見渡すと、南にはあべのハルカスを望むことができる。

松屋町の好きなところ
松屋町に住んでみて思ったのは、大阪市内のどこへ行くにもアクセスがいいということだ。心斎橋、梅田、天王寺に電車一本で行ける。引越してきた当初は松屋町駅だけしか使っていなかったのだが、5分ほど歩いた谷町線の谷町六丁目駅を使えば南北移動もできる。大阪市民になって3日ほど経って梅田と東梅田が地下でつながっているということを知ったとき、大阪暮らしが次のステージに入った!と感動した。また電車を使わなくても、たとえばなんばまでは約2kmなので30分ほど歩けば着く。大阪の友人となんばで飲んで、「それじゃ歩いて帰ります」と言ってうらやましがられた思い出がある。
私は本町が職場だったので通勤も快適だった。松屋町から東横堀川を越えると、本町や淀屋橋を含む大阪の中心市街地である「船場」エリアに入る。本町の会社までは、目的の通りまで上がればあとはひたすらまっすぐ歩けば着く。筋と通りが交差した碁盤の目状だからこその通勤だ。東京都心部の道は基本的に曲がりくねっていたので、こんなに歩くのが楽なのかと驚いた。道がまっすぐというのは新しい世界観だった。
ランニングをしに気軽に大阪城に行けるのもいい。谷町筋を北に進み、中央大通を大阪歴史博物館の方へ行けばもう大阪城だ。ランニングコースが整備されているので走りやすい。夕方暮れていく空を眺めながら走っていると気持ちがよかった。

近所にいい公園があるのもうれしいポイントだ。

桃園公園と、長堀通を渡った南大江公園。ベンチでぼーっとしたり、友人と電話で話しながらぶらぶらする。生活をしているとどうしても目の前のことに集中し続けてしまうので、開けた空間に行って気持ちを切り替えるのが大事だと思っている。
長堀通から南に5分ほど歩くと空堀通だ。空堀通には、空堀商店街というアーケードつきの商店街がある。上町台地沿いなのでここも坂道になっている。坂にある商店街というのはなかなか珍しい光景だ。


それでは、松屋町・空堀商店街で好きなお店を紹介したい。
松屋町駅からローソン横の階段を上がると、こげ茶色の板張りの外壁と白い漆喰が美しい古い日本家屋がある。ここは登録有形文化財「小森家住宅」にある「からほり れんlen」という商業施設だ。母屋は大正時代、蔵は江戸時代に建てられたそうだ。松屋町・空堀界隈には、戦災で被害が少なかったことから、こうした古い建物が数多く残っている。


カフェや雑貨店、ごはん屋さんが入っていていつも賑わっている。私はチョコレート専門店、エクチュア からほり「蔵」本店が好きでよく来ていた。建物と窓の外の景色を眺めながらチョコレートドリンクを飲んでいると幸せな気持ちになる。

大阪ではスパイスカレーが盛んだ。スパイスカレーとは、出汁を使ったり、店ごとに自由な発想でつくるカレーのことだ。そのなかで旧ヤム邸はスパイスカレーの火付け役ともいえるお店だ。
空堀商店街の一角に、緑が茂る銅板張りの渋い日本家屋がある。ここが旧ヤム邸 空堀店だ。ちなみに2階には看板猫のたろうちゃんがいる。

メニューは日替わりなのでいつも未知のカレーを食べることになり楽しい。この日は和風出汁、キーマ、ほうれん草の3種のミックスカレーだった。まずはひとつずつカレーを味わってから、徐々に混ぜ合わせていく。味と香りが複雑に奥行きが広がっていく。

トマトのほかに赤くて甘いつけあわせが入っている。ジャムみたいだ。これはなんだろう? 店員さんに訊いてみるといちごのアチャールだそうだ。アチャールは南アジアの漬物のこと。いちごを使うのもありなんだと驚いた。でも混ぜると甘みが辛さが調和して美味しい。
喫茶月森はどこにあるのかいつもわからなくなる。まずは空堀商店街からひとつ横の通りに入る。ここまではいい。そのあとが問題で、どこかの建物に開いた"通路"を見つける必要がある。空堀にはこういう異空間がいくつもある。"通路"はすぐに見つかるときと見つからないときがある。焦って探すと見つからないかもしれない。

店内は静けさにつつまれている。ここでは時間の流れがゆっくりしている。私はいつも有給を取った平日の午後に訪れることにしている。自分のなかを流れる時間とお店のなかの時間の進み方をなるべく合わせたいのだ。コーヒーとドーナツをいただきながら、持ってきた本を読む。この時間が好きだ。

空堀商店街からライフのある筋で曲がって坂を上がると、白くて立派な古い町家が現れる。
ここがパブデッシャロ。

玉砂利が敷かれて奥にはバーカウンターがあるおしゃれな店内だが、実はとても庶民的。
私も初めは緊張して一杯だけ……と入ったもののすぐにその居心地のよさになじんで常連になった。いつもはビールだがこの日は空堀カクテルをいただいてみた。

松屋町界隈は、アクセスのよさや落ち着いた雰囲気で単身者に人気がある。パブデッシャロにやってくるのはそういう近所の人が多い。居心地がよすぎてこの街から引越した後でも飲みに来る人もいるほどだ。
あとは近くに宿泊施設もあるので海外からの観光客も来る。この日はカリフォルニアから来たお客さんがいた。たまたまウクレレを持っていたのでジブリの曲を弾いたら喜んでくれた。そういえば今度常連の人に勧められて、オープンマイクでウクレレの弾き語りをすることになった。ウクレレは去年なんとなく初めてみたけど、こうして人前で演奏することになるとは思ってもいなかった。

これからも流されて
松屋町にきてからの日々を振り返ると、まわりの人の意見に影響を受けて生きているなとあらためて思った。流されているとも言える。これからも自分がおもしろい、いいなと感じるほうに流されたい。松屋町に住んでよかった。ありがとう友人よ。
編集:ツドイ
