流れついた街・松本でつづく未完の生活記|文・星野文月

著: 星野文月
松本は、どこにいても美しい山並みが見える。それから、すてきな川がふたつもある。
川幅が大きくてたっぷりとした水の薄川(すすきがわ)と、水深が浅くて、歩いていると気持ちが静かになる女鳥羽川(めとばがわ)。その時の気分でどちらの川沿いを散歩しようか決めることができるのは、川で散歩をするのが好きな私にとってはとてもうれしい。電車を使わずに生活ができるのもいいし、私は車を持っていないけれど、少し遠くへ行きたいときは誰かがそこまで乗せて行ってくれたりもする。


友だちがほとんど徒歩圏内で暮らしているのもたのしい。いつも適当な場所に集まって、好きな時間に解散できる。集まったからといって特に何をするでもなく、誰かの家(たいてい私の家になる)で、おしゃべりをするか、ご飯を食べるか、各々本を読んだりお酒を飲んだりする。そういうことに飽きたらあてもなく外に出る。そんな感じで過ごすことが多い。
ここまで書いたことで私が言いたいのは、「暮らしやすい」ということなのだと思う。
そして、私にとって「暮らしやすい」というのは、気を楽にしていられる、ということを指しているのだと、こうやって今、書きながら気付くことになった。


自分の中でもう終わってしまったこと、もう終わってしまったと思うことについては何か言葉にすることができるけれど、まだ自分の中に続いているものについて書くことが私にはむずかしい。
あの頃暮らしていた阿佐ヶ谷は~とか、世田谷は~とか、そんな感じで思い出や記憶と一緒に暮らしていた場所のこともこれまで何度か書いてきたけれど、いま暮らしている松本について何かを書こうとすると、何も書けないような気がしてきてしまう。それはつまり自分の中でまだ続いている途中にある、ということなのだと思う。

私はこの街で暮らしてもうすぐ3年になろうとしている。少しずつここに馴染んできたような気もするけれど、松本という場所は知ろうとすればするほど、魅力的な人と出会えたり、すてきな場所、景色がまだまだあるということを知った。
だから、自分の中で「松本はこういうところです」と規定することはきっとずっとうまくできないと思う。


新型コロナウイルスが流行り出した頃、私は東京で暮らしていて、何もかもが不安定な日々の中で「これ以上都会に居続ける意味が私にはないのかもしれない……」と思うようになった。一度そう思うと、居てもたってもいられなくなって次に暮らす場所の候補を考えはじめた。

もっと自然に近いところ、東京にも出やすくて、若い人もいるところ、できれば気が合う友だちができたらいいな。都会すぎず、だけど自動車を持っていなくても生活ができる場所。

そんなふうにぼんやりと考えていたら、松本がいいかもしれない、と思った。というか、松本くらいしか思い浮かばなかった。それであっさりと働いていた会社を辞めて、何も考えずに2020年の冬、ひとりで松本にやってきた。

私が引越してきた日の翌日から大寒波がきて、洗濯物を干そうとベランダに出たら雪が積もっていた。マスクをしたまま外を歩いていたら、呼気で湿った睫毛がぱしぱしに凍った。


まだ友だちも、頼れる人も居なかったし、謎の勢いだけで引越してきてしまった私の目の前には、計画性が何もない自分への不信と、これから先の不安が突然波のように押し寄せた。
松本の冬はほんとうに寒くて、それが永遠みたいに続いた。
だけど、寒ければ寒いほど燃えるような朝焼けが、夜空に浮かぶ星々がとてもきれいに見えた。そういう景色を見るたびにはっとして、自分がここにいることをつよく思った。
流れ着くようにこの街で暮らすようになり、ようやく長かったひとつの季節を越えようとしていた。


気がつけば春を迎えて、少しずつ友だちもできた。松本で知り合った人たちはみんな屈託がなくて、自分の気持ちをごまかさないでいる人が多い印象がある。どうしてだろう。
自分でお店を営んでいたり、事業をしていたり、やりたいことをそれぞれが持っていて、みんなばらばらに生きている。そのばらばら加減が私には心地よい。

生きることに真剣で、だけどそんなに器用なわけでもない人たち。うまく言えないけれど、ここで一緒に生きてる、って感じがする。
近くで暮らしていて、みんながそれぞれ自分の生活を営んでいる。そういうことにふと思いを馳せるとき、私はなんだか大きなものに包み込まれているような安心を感じる。


心とからだがだんだんと一致しているような感覚になったのは、やっぱりこっちに来てからなのだと思う。せわしない環境から離れたことがたぶん一番大きくて、自然に近いところにいてたくさん自由に使える時間があったこと、それから友だちと安心して話ができるようになったことで、少しずつ自分の内側に動きのようなものを感じるようになった。

これまで私は、何かを書くということは、何か特別なことについて書かなくてはいけないと思っていたところがあって、大きくて抱えきれない哀しみや、いつか通り過ぎてしまった痛み、みたいな感情が私の書く原動力になっていた。だけど、ここで生活をしているうちに、自分の目の前に起きている日々のことをそのまま書いてみてもいいのかもしれない、と思うようになった。それで、『プールの底から月を見る』というエッセイを書いた。


書く、という行為はやっぱりすごいことだと思う。いま見えているもの、感じていること、それらが言葉によって輪郭を持って「そうであった」ということになる。なってしまう。

言葉を使いながら書く、ということは、世界に対する自分の態度をひとつずつ確かめていくようなことで、それによって私は何度でも私と出会い直すことができると知った。

それが去年の冬のこと。松本で迎える二度目の冬はやっぱりすごく寒かったけれど、最初の冬とはぜんぜん違う気持ちで過ごせるようになった。自分がちゃんとここにいるような感じがした。友だちや街の人たちが私の本を読んでくれたり、感想を伝えてくれたときのことを思い出すと、今でも胸のあたりがあたたかくなる。


「いいところだよ、引越してきてよ」って会うたびいろいろな人に言ってきた。それで、友人が東京からふらっと引越してきて、今の同居人になった。


日当たりがよくてひろいリビングがある、わりと街の中央に位置している部屋に引越しをした。器用な友だちが壁一面に本棚を作ってくれて、そこにそれぞれが所有している本を並べた。
見晴らしのいいベランダからは北アルプスがきれいに見えるから、私はいつもその山並みを観察しながら歯磨きをする。しばらくすると夢から覚めきらないようすの同居人が起きてくる。「山きれいだよ」って言うと、呆けたまま隣にやってくる。

午前中は仕事をする。感じていることを文章に書く。たくさん、なるべくたくさん書いていたいと思う。
お昼になると、友だちのうめちゃんが仕事終わりに家にやってくる。スーパーで買ったお弁当を勝手にレンジであたためて食べている。「食べたら眠くなった」と言うから、「寝ていいよ」と言うと、すぐに寝転がってそのまま眠っている。外から帰ってきた同居人に「うめちゃんが寝てるよ」と言うと笑っている。

日が暮れてきたので散歩に出る。ラジオを聴いたり、音楽を聴いたりする。今日は大きな方の川を選ぶ。ごうごうと鳴る川の音を聴きながら、歩く。どんどん歩く。歩いているうちに気がかりなことや、不安に思っていることが頭の中にすうっとあらわれてくる。気にしないようにはできないけれど、なるべく、ただ歩くことに今は集中する。
日が落ちてきて、空は山の上の方から暗くなりはじめている。だんだん自分の輪郭が消えて、なくなっていくみたいに感じてくる。それが少し怖くて、少しだけ気持ちいい。
ゆっくり息を吸って、吐く。気がかりに思っていることは、家に帰ったら聞いてもらおうと思う。東京で出会った友人が気付けば同居人になって、松本で一緒に暮らしていることが未だにずっと不思議。

「夜ご飯どうする?」と連絡すると「焼うどんつくってる!」と返事がくる。
私は歩いてきた道を引き返し、すっかり暗くなった道を急ぎ足で帰る。

著者:星野文月(ほしのふづき)

星野文月

作家。1993年7月生まれ、蟹座。長野県 富士見町出身。
現在は松本市で暮らしながら、文章を書いている。
著書に、私小説『私の証明』(百万年書房)、エッセイ集『プールの底から月を見る』(SW)がある。WEBメディア me and you little magazine & clubにて「呼びようのない暮らし」連載中。

WEB:https://www.fuzukihoshino.com/
Instagram: @fzk93
X(旧Twitter): @fuzukidesu1

編集:ツドイ