自然に囲まれた小さな家で、シンプルに生きる。建築家・福岡みほが語る軽井沢の「森暮らし」

インタビューと文章: 榎並紀行(やじろべえ) 写真: 関口佳代
(撮影/本多康司)

古くからの別荘地として知られる軽井沢。別荘というと富裕層など特別な人が持つものというイメージがありますが、近年の軽井沢では、そのような限られた人だけではなく、さまざまな人がコンパクトな家を建てるケースも増えているといいます。また、軽井沢の家を本宅として定住する、デュアルライフの拠点として長く滞在するなど、従来の「別荘族」とは異なるライフスタイルも生まれている模様。

建築家・福岡みほさんも軽井沢の豊かな森に魅せられ、6年前、地元の愛媛から拠点を移しました。現在は、軽井沢や東京、瀬戸内などで多拠点生活を送りながら、「森の家」をつくり続けています。

「軽井沢の森の中にいると、五感が蘇ってくる」という福岡さんに、軽井沢の好きなところや自然の中で暮らす魅力、また、森の家づくりにおいて大切にしている点などを伺いました。

福岡みほさん/morinoieのアトリエにて

主役は自然。森に寄り添い、環境に逆らわない

── 福岡さんたちが主宰する「morinoie(モリノイエ)」では、軽井沢を中心に「森の山荘・住宅」を数多く手掛けられています。四国ご出身の福岡さんが、軽井沢の建築に携わるようになった経緯を教えてください。

福岡みほさん(以降、福岡) 私が軽井沢に拠点を移したのは6年前。きっかけはニューヨーク・シカゴの近代建築を巡る旅で知り合った、五十嵐さとし(現在、モリノイエの共同主宰)から、文化と自然が共存する軽井沢の魅力を聞き興味を持ちました。

それまで、建築家・吉村順三をはじめとする軽井沢の別荘建築を見るために数回訪れたことはありますが、自ら主体となってその地で建築設計にかかわることになるとは思っていませんでした。当時、私は市街地の住宅設計を主としていましたが、次第に、植生豊かな森の中での設計を経験してみたいと思うようになって。はじめのうちは街地と山岳地の両軸で進めていましたが、森の魅力に引き込まれて、完全に軽井沢へ軸足を移すことになりました。

── 「森の家づくり」の、どこに引かれましたか?

福岡 都市の家づくりでは、建物やそこに暮らす人たちが主となります。しかし、森における家づくりの場合、主は建物でも人間でもなく、もともとその場所に存在している自然。木や水や風、そこに生息する動植物たちです。私たち建築家も、主である森に対して敬意をはらい、人間はそこに「住まわせてもらう」という意識で臨まなくてはいけません。自然が相手なので、一筋縄ではいかないことも多い。だからこそ、深く掘り下げたくなりました。

「窓」の配置で景観をコントロールする

── これまでに、どのような家を手掛けてこられたのでしょうか?

福岡 特徴的な3軒の建築事例を紹介します。1軒目は、2021年に竣工した「白の家」です。

(撮影/本多康司)

この土地は緩やかな傾斜地で、日が差し込む明るい森の中にあります。初めてこの場所に立ったときに、自生しているさまざまな樹木の幹の色の豊さに感動しました。また、そこにやってくる野鳥のさえずりや、木の葉の擦れる音を聞くうちに、インスピレーションとして白という色が浮かび、その色を基調にしました。

「白の家」は窓の切り取り方に特徴がある。例えば、こちらの寝室は隣家からの視線を防ぎつつ、木々だけが視界に入るように窓の位置を調整(撮影/本多康司)
ダイニングも隣家の窓に面しているため、壁の半分側にだけ出窓を配置。テーブルが壁で隠れるためプライバシーを保ちつつ、外の景色を眺めながら食事ができる。出窓のベンチに腰掛けて、ゆっくり森の様子を眺めることも(撮影/本多康司)

── 窓の配置の仕方も特徴的です。景観が良いからといってむやみに窓を大きくせず、周囲の状況に合わせて大きさや配置をデザインしているんですね。

福岡 もちろん、窓を最大限と大きくして景色をしっかり見せる空間部屋もあります。ただ、どこもかしこもそうしてしまうと、情緒のない、落ち着かない空間になることがあります。

大事なのは、「その空間では、どんな景色を見たいか。どんな気持ちになりたいのか。どんな過ごし方をしたいのか」。窓によって見せたい場所や方向を操作することが、森の中の家づくりではより重要になってきます。

心が落ち着く空間にするため「景観だけでなく、光の入り方を考慮して窓の位置を決める」と福岡さん。明るすぎても疲れてしまうため、出窓にして採光を抑えることもあるという(撮影/本多康司)

急な傾斜地を活かしたスキップフロアの山荘

福岡 2軒目は傾斜地に立つ、スキップフロアの山荘です。

(撮影/本多康司)

── ものすごく傾斜していますね。

福岡 整備された都市部の宅地とは異なり、森にはこうした土地も多いです。中にはこうした、まっすぐ立っていられないほどの傾斜地もあります。そこを平坦にならしてから建てるとなると大規模な基礎工事が必要です。コンクリートの使用量も増えてしまったり、造成の仕方によっては敷地内の水の流れを変えてしまい、思わぬトラブルを引き起こしてしまう可能性もあります。そこで、この家では土地の傾斜をそのまま活かすことにしました。傾斜に合わせて段差をつけ、3層のスキップフロアにしています。

一段目のフロアはLDK。二段目には小上がりの畳スペースと寝室、奥には洗面と浴室があり、その上部にはロフトも。傾斜地を生かしたスキップフロアで用途を分け、暮らしに必要な機能をコンパクトに集約している(撮影/本多康司)
リビングには大きな掃き出し窓を。ソファに腰掛けると、正面に美しい森が広がる(撮影/本多康司)
ダイニング側には出窓を設置。こちらは西にあたり、1日の終わりにゆったりとした心持ち​で夕日が山に沈んでいく様子を眺められる(撮影/本多康司)

福岡 夕暮れ時の軽井沢には、なんとも言えない哀愁があります。ちょうど家族が帰宅してリラックスして過ごす時間でもあるため、ここに出窓を設け、ダイニングテーブルを置きました。西側の景色の抜けが良い土地だったので、森にゆっくりと日が落ちていく様子を眺めることができます。

わずか9坪に「必要最小限」を集約

福岡 3軒目は旧軽井沢​エリア​に位置する「九坪の櫻庵」です。

(撮影/本多康司)

こちらは9坪(約30㎡)とスペースが限られていることもあり、無駄のないシンプルなつくりになっています。コンパクトなLDKと洗面・シャワースペースのほか、家族3人が並んで寝られる程度のロフトスペースがあるだけです。

廊下はなく、玄関を入るとすぐにキッチンと収納がある。「シンプルで、最低限の機能があればいい」という施主の希望を受け、キッチンは素材感の際立つ既製品を選定(撮影/本多康司)

別荘というと、広くて豪華な設備がついた邸宅を想像される方も多いかもしれませんが、この家はその真逆です。というのも、施主の方はここが3軒目の別荘で、森での暮らしにおける必要最小限を理解されているんです。人を招いてパーティーをやるわけでもないし、家族3人で穏やかに過ごすだけなら広いスペースも、特別な設備や機能も必要ないんですよね。

大きな障子窓からは、柔らかい光と日々変化する木のシルエットを味わうことができる。障子を開ければ高台から森を見渡せるように(撮影/本多康司)

森に立つ家の在り方とは

── 先ほど福岡さんもおっしゃっていましたが、軽井沢の別荘というと、つい「お金持ちが建てる豪邸」のような建物をイメージしてしまいます。でも、morinoieはどれもシンプルでコンパクトですね。

福岡 「建物を不必要に大きくしない」というは、私たちが大事にしていることの一つです。目的に合った大きさ、山荘で何をしたいのか、というところの最適解から空間のボリュームを考えます。別荘という一般的な概念から一度離れると、本当に自分たちに必要なものが見えてきます。

私たちが好き勝手に家を建てると自然環境に負荷をかけるだけでなく、獣たちの通り道をふさぎ、鳥が高い屋根に阻まれて空を飛びづらくなってしまう。また、地面には無数の微生物が生息しています。微生物は土を育て、結果的に土砂崩れなどから私たちを守ってくれていますが、不必要に多くの土を掘り返してしまえばバランスを取っていた生態系は崩れ、森の健康が損なわれます。それは巡り巡って最終結果的に、人間にも危害が及ぶ可能性があります。


── 外観も周囲の自然に違和感なく溶け込んでいて、森に対するリスペクトを感じます。

福岡 そうですね。例えば、建材一つ取っても、工業製品ではなく、なるべく自然素材を使うことを意識しています。自然素材は手入れをしながら大事に使えば長く持ちますし、時間の経過とともに程よく風化し、徐々に周囲の景観となじんでいきます。逆に、森が時間とともに移り変わっていく中で人工物だけがそこに残り続けていると違和感が出てしまう。

素材だけでなく、奇抜なデザインや特別な細工をしないことも大事です。自然という最も優れたデザインがそこにあるわけですから、その美しさを阻害しない建物であるべきだと考えています。

── 森と調和させるには建物だけでなく、外構部のつくり方も重要ですよね。

福岡 はい。都市の住宅地の家は各戸に塀があり、区画がわかりやすくなっていますよね。しかし、ここで市街地のように外構をつくりこんでしまうと、住宅によって森が分断されてしまいます。そこで、軽井沢の別荘では自治体が自然対策要綱を定め「塀や遮蔽物をなるだけ設けない」「樹木はなるべく残すよう努力する」といった、独自のルールを設けているんです。

その中には、保養地域における「土地一区画あたりの最小面積1000㎡以上」「建蔽率・容積率20%」「建物の高さ10m以内」「隣地と3m以上、道路と5m以上離す」といったルールも定められています。こうした厳しい決まりによって、土地が細かく区切られたり、建物が密集したりすることなく、森がひと続きにつながっているように見えるわけです。

別荘地から「居住地」へ。ずっと住みたい軽井沢の魅力

── 軽井沢というと、いわゆる別荘族が年に1〜2回訪れる場所というイメージもありましたが、最近は本格的に拠点を移す人も増えているのでしょうか?

福岡 近年では、別荘地ではなく「居住地」としての側面も強くなってきているように感じます。通年そこで暮らすことを想定した山荘も増えてきていますし、実際に定住されている方や、東京との二拠点生活を送られている方も多いです。当初は余暇を過ごすために建てた軽井沢の家がいつしか「本宅」になり、今では逆に東京の家が「別荘」になったとクライアントもいます。

── 自然環境の素晴らしさはもちろん、旧軽井沢・新軽井沢エリアの中心部にはさまざまなお店もあります。定住者にとっても魅力的な環境に思えます。

福岡 東京からの移住者が多いためか、都内で人気のお店も軽井沢には数多く出店しています。それから、滞在する上では「ツルヤ」の存在は大きいです。生鮮食品とオリジナルブランドの品ぞろえが抜群のご当地スーパーなのですが、遠方からわざわざツルヤを目当てに訪れる人もいるくらい魅力的なお店。私も軽井沢にいるときは必ずといっていいほど利用しています。広い店内の1通路が全て生鮮野菜コーナーになっており、季節ごとの品ぞろえが楽しみで、例えば秋などは多種多様なキノコが並んでいるのを見るとテンションが上がります。

おいしいお店も多く、例えばハルニレテラスにある「希須林」の坦々麺が大好きで。東京でも食べられますが……(笑)。

また、軽井沢には歴史と文化があります。「軽井沢大賀ホール」のような素晴らしい音楽ホールもありますし、「石の教会(内村鑑三記念堂)」も心を落ち着かせたいときにおすすめです。私が個人的に好きな建築は吉村順三が設計した、脇田美術館の敷地内にあるアトリエ山荘(特別公開)です。毎年、秋にアトリエ公開ウィークがありますので、機会があればぜひ体感いただきたい別荘住宅です。

── それでいて、東京にも意外と近い。

福岡 新幹線で1時間ちょっとですからね。東京駅発の終電が22時台まであるから、歌舞伎座で第三部まで見ても、その日のうちに軽井沢へ帰ってこられます。これだけ豊かな森がありながら文化も根付いていて、なおかつ東京にも近い。こんな不思議な場所は、ほかにないと思います。

自然を畏れ、敬い、そして楽しむ

── 福岡さんご自身も現在、軽井沢や瀬戸内などで多拠点生活を送られているということですが、軽井沢で多くの時間を過ごすようになって、内面の変化を感じる点はありますか?

福岡 軽井沢の森の中にいると、五感が蘇ってくるような感覚があります。森の中で過ごすことで、子どものころは当たり前にもっていたはずなのに、いつしか失ってしまった感覚を取り戻せるというか。それはクリエイティブな仕事をする上でも、プラスに働いていると思います。

あとは、周囲をじっくり観察するようになりましたね。例えば、そこらへんに生えているキノコも単に「生えてるな」というだけではなく、写真を撮り、本で名前を調べてストックしています。森のキノコは本当に面白くて、真っ赤な色をした毒々しいもの、傘の裏側のヒダが複雑で美しいもの……自然界でどうしてこんなものができるんだろうと、いつも驚かされます。前の年はそこにあったはずのキノコが、今年はまったく別の場所に生えているなど、謎に神出鬼没なところもあって、すごく楽しいですね。都会にずっといたら、たとえ道端にキノコが生えていても、そこまで関心を寄せることはなかったと思います。

── 軽井沢にいると、それだけ心の余裕が生まれるということでしょうか?

福岡 余裕もあると思いますし、森の中では情報が制限されることも大きいと思います。生活もどんどんシンプルになり、余計なものが削ぎ落とされて、そこにあるものに目を向けられるようになる。morinoieのお客様も、軽井沢で暮らすようになってから元々興味のなかった鳥や木や昆虫を図鑑で調べて、じっくり観察するようになったという方がいらっしゃいますよ。すてきな時間の使い方ですよね。

── 最後に、これから「森の暮らし」を始めたい人にアドバイスをいただけますか?

福岡 ここまで森の暮らしのポジティブな側面をお話ししてきましたが、当然ながら良いことばかりではありません。自然と寄り添う生活は、大変なことも、怖い思いをすることもあります。木の枝や枯れ葉は落ちてきますし、さまざまな獣や虫がやってきますし。キツツキが外壁に穴を開けることもある。落雷によって電気が止まることもしばしば。

そんなときに、自然に対する畏怖の念を抱きつつ、それでも平穏で暮らせることに感謝できるかどうか。それができる人であれば、この豊かな森暮らしに適応できると思います。

morinoieの本『軽井沢 はじまりの森暮らし。』(文藝春秋)より

お話を伺った人:福岡みほ(ふくおか みほ)

東京・代官山、軽井沢を拠点とする建築ブランド『morinoie』(モリノイエ)を運営するデザイン事務所「Now and Then」の主宰。建築・プロダクトデザイン・アートの枠に捉われず活動している。 愛媛の今治に居をかまえつつ、南青山にて賃貸暮らし。ときどき軽井沢。 「都会暮らし森暮らし」という暮らし文化を提案している。
morinoie(モリノイエ)HP : https://morinoie.jp
Instagram:@fukuokamiho Book:「軽井沢 はじまりの森暮らし。」(文藝春秋)

編集:はてな編集部
取材・文:榎並紀行(やじろべえ)
写真:関口佳代