
『山梨県甲府市で生まれ育ち、芸人としてもYBSさんなど地元メディアのお仕事もされているサツマカワRPGさま。
東京から近いけれど絶妙な距離で、「無尽」など独特の文化があり、人のつながりがあたたかな山梨について、思い出とよく行っていたお店などなど、タウン情報をエッセイとして寄稿いただけないでしょうか』
「お仕事の御連絡はコチラ!!!」と、Xの一番わかりやすい場所に書いて早一年半。怪しげなオークションサイト(無駄遣いするほど稼いでないやい)、怪しげなマッチングサービス(でか美ちゃんを愛しています)、様々な角度の迷惑メール(ここに書けないような卑猥な文字列の数々。間違えて親に送信したらいいのに)、それらの受け止めマシンと化していたアドレスを閉じなくて良かったです。最高の御依頼だずら!!!!!
愛宕山(あたごやま)のふもと、甲府市に生まれて

『えー東京出身かと思った!』とものすごく頻繁に言われる。客観視が苦手なのでこれの真意はわからないが、サツマカワRPGは山梨県甲府市の出身。本名は薩川。薩摩の薩に川。『九州の生まれ???』辿ればそうなのかもしれない。が、ともかくアキエは山梨で結婚し、山梨で私を産み落とした。
広大な自然。「愛宕山」と呼ばれる山(でも、調べたら全国各地に同じ名前の山があるんです。どういう歴史的背景があるのでしょう? 世界史を選択しない方が良かった)。そのふもとにある甲府市で、薩川家はちょこんと暮らしていた。
幼少期の薩川少年(8)は小学校から帰ってきたら、まずスーパーファミコンのスイッチを入れる or 目の前の愛宕山に続く坂を上り下りする、その2択の毎日だった。自転車でヒーヒー上り、ブレーキ無しで全速力で下る。あれから25年経った今も消えてない傷跡が身体のあちこちにある。
そんなベタ・チキンレースに飽きてきた頃、『星のカービィ スーパーデラックス』も『スーパーマリオRPG』も、やり込み要素105%でクリア5・6周目に突入していた。
「退屈だ……」。世界の全てを手に入れた魔王よろしく、鬱屈とした毎日を送っていた薩川少年の前に突如として‟それ“は君臨した。
山 梨 県 立 科 学 館
甲府の小学生を魅了した山梨県立科学館の引力
愛宕山の頂上に鎮座する見た事のない銀色半球体の施設は薩川少年を、クラスメイトを、後に中学で切磋琢磨することになる甲府市東区域の小学生たちをあっという間に飲み込んだ。かっこよすぎる。なんだこれ。宇宙船???いち早く親に連れて行ってもらった子を火元に、すぐにウワサが広まる。
【トンボの目とかネコの目を体験できたんだ!!!】
【夏なのに雪合戦コーナーで雪で遊べるコーナーがあったやばい!!!】
【月末にえねーちけーのうたのおにいさんが来て、デカいシャボン玉を作ってくれるらしいって!!! おねえさんも会いたいよな!!!】
8歳の語彙、たまらないですよね。興奮したNくんの目は焦点があっていなかった。セサミストリートやシンプソンズを見ると、今もNくんを思い出す。結果、NHKうたのおにいさんソックリの赤い衣装を着た県の職員さんが来てガッカリしたこともあった。Nくんは今でも同窓会で嘘吐き呼ばわりされている。
案の定、薩川少年は次の休みにアキエに「科学館行きたい科学館行きたい科学館行きたい!!!!!!」と駄々をこねるのである。駄々はこねたもん勝ち。県内屈指の大規模本屋『朗月堂書店』に行く予定だったアキエが折れるのも時間の問題だった。
"改装中"の柵が無くなった新生愛宕山。草木の中を少し歩くと突如現れる無機質な巨大半球。日光のキラキラを反射してとても幻想的だった。吸い込まれそうだ。【ワクワクが止まらねぇ……】というやつである。僕は今でも『‟自然の中の急な人工物“フェチ』が抜けない(高速道路に急に現れる鉄塔。地方の山の中の急な廃ホテル。色んな人の背景が見えてロマンがありますよね……)。受付を済ませて中に入る。どんなもんじゃい。楽しませてくれんのけ。
科学館 vs 薩川凜!!!
結果!!!!
科学館、圧勝!!!!!!!!
とんでもない施設だった。おもしろすぎる。科学云々じゃない。普通にテーマパークとしてアトラクションのクオリティが高すぎる。反射神経を測る東京フレンドパークみたいなゲーム。狭い中を進むといつの間にか高いところに移動してる不思議なトンネル。ピタゴラスイッチのオープニングに出てきそうな大掛かりなビー玉装置。宇宙の全てがわかる文字だらけの部屋。トンボとネコに加えてバッタの目にもなれた。凜もアキエも大興奮だった。
月の重力を体験できるモニュメントの前で隣のクラスのKくんに遭遇した。好きじゃない子だ。「りんじゃん! お前母ちゃんと来てんの? だっっせー!!!」好きじゃない。8歳なのにKくんは1人で来ていた。バスで来たんだろうか? 1人で? ふうぅん。
「ちょっとあっちで遊ぼうぜ。おもれーマシンあったからさ。」嫌な予感がした。パンチ力を測る装置(パンチ力って測るより量るのイメージですよね。一応調べました。よくわかんなかったです)の前に連れて行かれて「パンチ対決〜!!」高らかに宣言された。
「えー、今から俺とりんでパンチ対決をします! 負けたらそのパンチパワーが肩にぶつかります!」史上最低視聴率を記録しそうな杜撰な企画だ。Kくんは全国の誰よりも早く肩パンを発明していた。
内気で、痛いのも大嫌いな薩川少年は乗り気じゃなかったが、小学3年生は断るという選択肢を取らない。負けたくないからだ。自分の未知のパンチ力とやらにBETすることにした。
「先攻! りん選手! どーぞ!!!」
最近ハマり始めたワンピースのルフィに祈りを捧げ、思い切り的を殴る。へにょん、と頭上に表示されていたように思う。
【26】
デジタル文字で得点が表示される。「よえー!!!」Kくんの爆笑が脳内をこだまする。
「後攻! K・トルネード選手! どーぞ!!!」
自らを竜巻と名乗るKくん。背の順では後ろから3番目、体重は1番目の巨体からズッシリとパンチが放たれる。ヤバい。負ける。肩をやられる。
【44】
「いよっしゃあああぁぁうああああああああぁぁぁいでええええええ!!!」
全感情を声に乗せたKくんがうずくまる。手首を押さえている。不吉な数字を引いて霊障にやられたのではない、バカすぎる、痛めたらしい。何やってんだコイツ。近くにいた係の人にKくんを引き渡し、先に車に戻っていたアキエの元に帰った。
今まで経験したどんな遊園地より楽しい施設だった。
薩川少年は18歳で大学進学を期に甲府を出る事になる。科学館が出来てから上京するまでの10年間、数え切れないほどの時間を科学館で過ごした。小学校のみんなで校外学習で行ったこともあれば、少しの期間やっていたボーイスカウトの面々とも行った。
中学生になっても高校生になっても、頻度は下がれどたまーーに行っていた。そもそも自然の中に囲まれている。リフレッシュ効果。最高。お世話になりました。ありがとう。

夢だったYCC県民文化ホールでの営業 甲府市民の心を掴めた手応え
地元でも夢が一つかなっている。「YCC県民文化ホール(山梨県立県民文化ホール)」での営業に呼んでいただいたのだ。賞レースチャンピオンやテレビで見ない日がない売れっ子の先輩方に紛れて、地元で2000人のお客様の前でネタをやらせていただいた。巨大ホール営業で一番大切なのはなんだと思いますか。正解は"ツカミ"。ツカミが成功すれば以後の8分間、気持ちよくネタを進められる。逆もまた然りだ。営業においてツカミを外すことは死を意味する。
サツマカワRPGは日々下北沢や新宿の劇場でネタを磨いている。毎日。そう、平日の19時開演のライブに毎日出ている。
これを読む手を止めて【サツマカワRPG情報】というXアカウントを探して見てみてほしい。高確率で今日も出ている。"平日、会社や学校終わりにお笑いライブに行く程のお笑いマニアの方々"をメインターゲット層としてネタを磨いていくと芸はどう進化していくのか。
【心臓を抜かれる和田アキ子】
【風邪をひいたクールポコ】
【ちゃんと自分なりの順番がある変質者】
【風俗でエロい単語だと思って"リセマラ"と注文してしまうおじさん】
これらを"ツカミ"としてネタが始まる(毎日めちゃくちゃウケます。一軍のかわいいツカミ達です)。
しかし、これらを山梨の大ホールに集まった2000人の老若男女の前でやっていいわけがない。下手すると刑事事件になってしまう。風林火山の名の下に。
僕は考えた。山梨県の、生でお笑いライブを見るのも初めてな人達2000人が笑うツカミってなんなのだろう。出した結論がこちら。
「どーもー!! 甲府出身のピン芸人サツマカワRPGですよろしくお願いしまーす!!
……最初にみなさまに謝らなければいけないことがあります。先日のR-1グランプリの決勝に出させていただいたんですけれども、僕が優勝できなかったことが原因で……岡島百貨店が閉店してしまいました」
大爆笑大拍手。気持ちよくネタに入らせていただいた。ポカンとしている46都道府県の方々に説明させていただくと、1936年から続く山梨屈指の老舗デパート「岡島百貨店」が2023年に閉店した。
しかしそれも正確には規模縮小で、店舗を変えて営業再開している。甲府駅前で「さっきのお笑いライブ見てたよ! あんた、岡島はね、閉店はしてねぇ! ダメだよ大勢の前で嘘言っちゃ!!」と知らないおばちゃんに怒られた。ごめんなさい。

思春期に友達と尊い時間を岡島の6階にあるメダルゲームコーナーで過ごした。台を独占しちゃいけないこと、自販機のアイスボックスが美味しすぎること。忘れないことと忘れていくこと。
隣町の小学校が閉校したらしい。朗月堂書店も規模縮小した。Kくんは離婚したそうだ。俺はどんどんオッサンになっていく。今年は気付けばアキエが俺を産んだ歳。
岡島百貨店は、サツマカワRPGのスマホの中で8階建てのまま営業している。ネタ中ポケットに忍ばせたスマホでこっそり録った大ホール営業のボイスメモ。泣きたい夜にお守りのように再生する。なーにが泣きたい夜だ、オッサンが思春期のようなことを言うなよ!
書いた人:サツマカワRPG
1991年1月26日、山梨県甲府市生まれ。本名は薩川 凜 (さつかわ りん)。2012年デビューのお笑い芸人。「R-1グランプリ」では2022年から2024年まで3年連続決勝進出を果たす。Yes!アキト、どんぐりたけしと共に「怪奇!YesどんぐりRPG」としても活動中。
編集:小沢あや(ピース株式会社)
