こころの故郷、田園風景の残る街【横浜市泉区】

著: xiangyu

横浜出身、と言うとおしゃれで羨ましいとか都会っ子とか言われることが多々あるが、住んでいる時にはイマイチピンときていなかった。というのも私の生まれ育った街、横浜市・泉区が「横浜」と言うには忍びないくらい端(南西部)に位置しているからだと思う。

横浜駅から相鉄線で30分ほどの場所にある街。風向き次第ではホームに降り立った瞬間から豚や牛のニオイが鼻をかすめる。住んでいた当時はこのニオイが嫌で嫌でしょうがなかったし、都内に出づらいのも不満だったけど、最近では湘南新宿ライン、2023年の春には東横線と新線でつながるらしく、相鉄線の勢いが止まらない。

小学生のころ、少ないお小遣いを握り締めて駄菓子や漫画を買いに行った本屋やメンチカツが絶品だった肉屋「肉の宝屋」、街で一番イケていた古着屋は気付いたら姿を消してしまって寂しいが、その代わりに駅前は大規模な再開発が行われ、ディスカウントストアや100円ショップなどもでき、かなり便利になった。長年「100円ショップは電車に乗って行くもの」だった私にとって、歩いて行ける距離にあるなんて夢のようだった。

駅前の再開発が行われる前、この辺り一帯には桜の木々が植えてあった。ちょうど自宅のベランダから見える位置にあったから、よく電車の音をBGMに眺めていた。駅前の家というと電車の音がうるさい、というイメージがあるかもしれないが、長年ここに暮らしていると電車の音があることが普通になり、むしろ何かしら音があるほうが安心する。引越しの際、今でも自宅はなるべく閑静な住宅街より学校や駅などの近くを選びがちなのは、きっとこの育ってきた環境の影響だと思う。

大好きだった桜の木が再開発のために伐採されたが、伐採されると知った時は尋常じゃないくらい怒り狂い横浜市に意見書を提出したりもした。全くなんの返事もなくそのまま伐採されてしまったのは今でも頭にくるけど、どうやら木の根腐りもあったらしいから大事故になる前で良かったのかもしれない。

そういえば先日、実家マンションの敷地内にあるどでかい木が伐採されると親から連絡があってまたも大発狂した。理由はこちらも根腐れだったらしいけど、夏休みのラジオ体操もこの木を囲んでやったし、なんとなくこの木に見守られているような気がずっとしていた。みんなの守り神的存在だっただけに悲しくて悲しくてたまらなかった。

これといって何かがあるわけでもないけど、特に何もないところが気に入ってる。実家があり、生まれ育った街でなければ特別来ることもなさそうな、どこにでもあるありふれた街。大体長年住み続けていれば「何もない」中にも住んでいたからこそ分かるものを見つけられそうだけど、残念ながら20年以上住んでも「中途半端に田舎」というイメージのままだ。せめて、めっちゃ美味しいパン屋の一つでもあって欲しいけど、マジでそういった類いのものがない。私が未だ開拓できてないだけなのかもしれないが。

そんなこれといった特徴のない街だけど流石に好きな店はいくつかあって、その一つが駅前のマクドナルドだった。今でこそ信じられないがかつてハンバーガーが60円だった時代がある。いつもは本屋の片隅で売られていた駄菓子がおやつだったけど、習い事に行く前には決まってマックのハンバーガーを食べていた。いつの間にかお店は街から姿を消してしまい、それを機に食べなくなったけど、あのまま店舗がなくなることがなければ永遠に食べ続けてたかもしれない。

大人になってからマックシェイクが好きになりよく飲むようになったけど、私が住む街のマックはなぜかいつも急に閉店してしまうので、どハマりする前に通いたくても通えなくなる。来世ではマックに縁があってほしい。

もう一つの好きな店が街の外れにあるバーミヤン。私の街には個人店のほうが多く、チェーン店はマックとバーミヤンぐらいしかなかったのだが、子どものころは個人店ならではの「人の家に来たかのような雰囲気」よりもチェーン店のひらけた雰囲気のほうが落ち着いて過ごせたので、家族で外食、となれば決まってバーミヤンだった。

うちは父親が調味料の開発の仕事をしてる関係で、夕飯が「ただの焼いた肉」に開発中の調味料をかけて、どれが一番美味しいか? というものが多かった。子どものころはそんな夕飯が嫌でしょうがなかったからバーミヤンに行けるのは嬉しくて仕方なかった。バーミヤンは何か特別な日に行く場所ではなく、単純に親の気が向いた時に行ける場所だったのだが、どういったきっかけで気が向いてたのかはよく分からない。今思えば単純に「つくるのがめんどくさい」とかそんな理由な気もする。

そんなバーミヤンでの好きなメニューは餃子とレタス炒飯。好きなもの以外冒険しないタイプだから、ほかのメニューはほぼ食べたことがない。大人になって行く機会が減ったけど、この間久しぶりに餃子とレタス炒飯食べてみたらやっぱりちゃんと美味しいから、変わらぬうまさって本当にすごい。

町内にはバーミヤンのほかにも中華料理屋の「大番」があったんだけど、子どもの私にはなんだか入りにくい雰囲気であまり寄りつかなかった。けれどそこで買えるソフトクリームは絶品で、自分の少ない小遣いではなかなか買えない高級品だったから、荷物持ち係として母とスーパーに行った帰りによくねだっていた。

圧倒的に多かった個人店だが、前述した駅前の再開発でほとんどの店が移転か閉店を余儀なくされた。すごく思い入れのあるお店たちではないから当時はなんとも思っていなかったし、熱望していた100円ショップやディスカウントストアができたことのほうが嬉しかったけど、「大番」の高級ソフトクリームも、「肉の宝屋」のメンチカツも食べられなくなり、その寂しさをジワジワと実感した。

どんどん変化していく地元に若干の寂しさを感じつつも、大人になってから見つけたお気に入りの店がある。

「おらんち」というホルモン屋で、店構えはトラックの荷台部分にテントを張ったような屋台スタイル。知る人ぞ知る隠れた名店で詳しい店の情報はあまりネットに載っていないが、B級グルメ巡りが趣味の父に教えてもらい行くようになった。

ホルモンは正直言うと苦手だから最初は全く乗り気じゃなかったんだけど、「B級グルメ巡りアカ」のフォロワーが私より多い父のオススメに間違いはないだろうと行ってみることにした。店構えに惹かれて恐る恐る入った「おらんち」は本当に地元の人しかいなくて良い意味で雑多。

タンやハラミもあったけど、せっかくなのでオススメの上シロとレモンサワーを頼んでみた。前にどっかで食べたホルモンがなんか臭くて、それから苦手になっていたけどここのホルモンは濃厚で臭くなくてずっと食べ続けられそうだった。「おらんち」のおかげでホルモン克服か? と思いほかの焼肉屋でも食べてみたけど、どうやら食べられるホルモンは「おらんち」のだけらしい。一体なんの魔法がかかっているのだろう。

子どものころはあんなに個人店が苦手だったのに、今ではむしろ好きになっている。お店の人と特別な関係を築けているわけではないけれど、子どものころは苦手だった「人の家に来たかのような雰囲気」がむしろ心地よいとまで思う。

それは多分、地元を出て全く知らない人たちと関わる機会が徐々に増えていって、どこででも一人で居られる自分になりつつあるからだと思う。子どものころはどんな場所でも慣れるまでがしんどくて、慣れる前に逃げ出し、寄り付かなくなる傾向にあった。けれど大人になって、いつまでもモジモジしなくなってから割と色んなことが大丈夫になり、個人店特有の「出来上がってるコミュニティ」に一人でズカズカ入っていけるようになった。

これといって特別な何かがあるわけではない我が地元。駅前にディスカウントストアをつくったり最近はタピオカ屋までつくって頑張っているけど、隣町にはスタバや健康志向の食品店ができて、なんとなくずっと先を越されている。帰省のたびに少しずつ変化していってるけど、それでも「中途半端な田舎感」だけはやっぱりなくならないことにどこか安心してしまう。疲れたら「何もしない」をするように、いろんなものに囲まれすぎてる昨今、適度に「何もない」は結構安心する大事な要素なのかもしれない。

そしてそんな駅から少し離れると今でも変わらず田園風景が広がっている。

小学生のころは苗からつくる本格的な米づくりを6年間もこの広大な田んぼで行っていた。秋になるとみんなで収穫をし、お餅にして食べる行事が毎年楽しみだった。

自然豊かな場所で遊んだり学んだりもできる一方で、実は利便性もよく、流行りの映画を観に行ったりショッピングに行ったりするのに横浜や海老名までは電車で一本で行くことができたから、小学校の高学年にもなると子どもたちだけで横浜にあるファッションビル・横浜ビブレやCIALに行くようになった。

渋谷や新宿までも1時間半ほどで行くことができたから、高校卒業後に進学した新宿にある文化服装学院も実家から通うことができ、都内で揉まれて疲れて帰ってきても毎日実家で母のご飯と温かいお風呂、ぼーっと眺めることのできる田園風景が待ってる環境は自分の支えになっていたと思う。

また豚や牛のニオイが恋しくなったら、「おらんち」が恋しくなったら、「何もない」が恋しくなったら帰ろう。帰りたくなる場所があるからきっとどんな場所にでも飛び出して行けるのだろう。

著者:xiangyu

xiangyu

アーティスト。1994年神奈川県横浜市生まれ。2018年9月からライブ活動を開始し、Gqom(ゴム)をベースにした楽曲でミステリアスなミュージックビデオを多数発表している。2019年5月に初のEP『はじめての○○図鑑』をリリース。また、xiangyuとファッションデザイナー半澤慶樹(PERMINUTE)が主宰する川のごみから衣装を創作するプロジェクト“RIVERSIDE STORY”では、渋谷川編と題し2022年9月に恵比寿KATAにて初個展を開催。音楽以外にもファッション・アート・執筆活動や映画への出演(『ほとぼりメルトサウンズ』主演)など、垣根を越えた活動を行なう。昨年末には、雑誌『Maybe!』での連載「寿日記」をまとめ、大幅な加筆修正を加えた初の単著、『ときどき寿』 (小学館)を上梓。
Twitter:@xiangyu_dayo
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編集:岡本尚之