私と川谷絵音を引き合わせてくれた街、「ヒガコ」こと東小金井での日々のこと。|文・休日課長

書いた人:休日課長

ゲスの極み乙女、DADARAY、ichikoroなど、複数の人気バンドで活動するベーシスト。音楽活動の合間にTwitterやInstagramに日々の自炊写真をアップしている。

東京都小金井市。中でも「ヒガコ」という愛称で親しまれている、東小金井の街を今回紹介したいと思います。私の人生を大きく変えた街です。

簡単に筆者の自己紹介。私はゲスの極み乙女、DADARAY、ichikoro、礼賛という4つのバンドのベーシストとして活動しています。尊敬するミュージシャン達と、37歳になっても一緒に活動できている幸せ者です。

彼女が12年いない事もあって川谷の勧めで恋愛リアリティショーに出演したり、趣味の料理がこうじてレシピ提供の仕事をしたり。某出版社の方の思いつきで実現した、妄想とレシピを融合した「妄想ごはん」という奇怪なレシピ本も執筆。

「このレシピ本をドラマ化したい」なんて話をラジオで話していたら、これまた物好きで素敵なプロデューサーの耳に留まりまさかのドラマ化。兎にも角にも、ラッキーな人生を送ってきた人間です。

彼女が12年いないことを除いて、いやもしかしたらそれすらも、私のパーソナリティの多くはこの「ヒガコ」で形成されたと言っても過言ではありません。

家賃2.5万円の共同アパートから始まった私の「ヒガコ」ライフ

私は東久留米市に生まれ、千葉県千葉市を経て、幼稚園から埼玉県三郷市に移り住みました。Wikipediaの「休日課長」の項ではなぜか「さいたま市出身」となってますがこれは誤りで、三郷市育ちです。

そして私は大学3年生の時に三郷市の実家を離れ、当時在籍していた東京農工大学のある小金井市で一人暮らしをはじめます。最寄駅はJR中央線・東小金井駅。当時と変わっていなければ、今も地元の人や農工大生の間で「ヒガコ」の呼び名で親しまれているはずです。

私は東京農工大学の電気電子工学科に所属していて、学部の友達はほとんど東小金井エリアで一人暮らしをしていました。当然、私も1、2年の頃も友達の家に転がり込んで、ほとんどの時間を「ヒガコ」で過ごすことになります。

居心地の良さはヒガコの強み。ちょうど良い人口密度。穏やかな時間が流れる街です。高い建物がそこまでないので空も広く、歩いていて気持ちが良い。

そして中央線が通っている、というだけでも立派な魅力。中央線の駅は個性的な駅が多い。住みやすく居心地の良い東小金井を拠点にいろんな駅を楽しめます。

同じ軽音部であり、同じ学科、研究室だった友達が合鍵を渡してくれて、彼の家で朝を迎える事もしばしば。その後二日酔いで二人で「祥瑞坊(しょうるいぼう)」に中華食べに行ったりして。彼、ほんといいやつなんです。

ちょっと脱線しましたが、「みんな一人暮らししているもんだから自分も……」となるのは必然で、親に一人暮らしを相談しました。すると「学生寮だったらいいよ」と言われたんですが、当時の農工大の寮は相部屋で集団生活をしないといけなかったんです。今は変わっているかもしれませんが、ベーシストである私にとってこれは厳しい。

絶対嫌だよ集団生活、と思っていた矢先に、駅前の不動産屋さんで家賃2万5千円の風呂無しトイレ共同学生専用の物件を見つけました。近くの銭湯も閉店していたので、風呂への不安だけをふわっと抱えながらも、まあとにかく一人暮らししたいもんだから、すぐにその部屋を内見することにしました。

扉を開いて一歩玄関に入って左を向くと、一口のコンロと流しが。いきなり台所ですから、かなりびっくりしました。ちょっと想像がつきにくいと思いますが、靴を履きながら料理することになる間取りですね。そして一瞬で家の全容が把握できる、四畳半の四角い部屋。床は畳。がらんとしているその雰囲気が妙に落ち着く。

もう是が非でも、トイレ共同だろうが、風呂が無かろうが、一人暮らしをしたかったので、その部屋に即決しました。

それからの毎日は、いま思い出しても最高でした。そりゃ大学は行かなきゃいけないけども、時間が無限にあるんじゃないかと思えるほど、グダグダ一日過ごしたり、二日酔いでひたすら寝てたり。農工大工学部自体が緑の多いキャンパスです。居心地も良かったし、夏は野川公園でのんびりしたりもしたなぁ。

ヒガコ、生活しやすいんですよね。とにかくスーパーがたくさんある。農工大のどの出口からでても何かしらスーパーがあります。最近行ったら駅前に「まいばすけっと」まで出来ていたし、東小金井駅から農工大の東門に向かう途中にでかい「ピーコックストア」、正門近くには「いなげや」、西門から歩けば「オーケー」などなど。スーパーチェーンにもそれぞれ個性があるということを、あの頃学んだなぁ。今は「nonowa」もありますしね。

お風呂はどうしてたかって言うと、頭は流しで洗って、体はギャッツビーでふいたり、友達の家で借りたりしてました。友達カップルがよくそれぞれのお風呂を貸してくれてたんですが、今思えば、というか当時も思ってたけど、優しすぎませんか。大学時代はほんといろんな方にお世話になってご迷惑おかけしました。大家さんもとても優しい方で、たまに桃とか、果物を届けてくださって。あの甘さはなんだかいまだに心に残っています。

狭い台所で靴を履きながらスパイスカレーを作る日々

一人暮らしにも慣れてきて、一つの夢ができました。「4畳半の家でホームパーティーを開けないか……」と。

画策した末、たどり着いたのがカレー作りです。当時はまだスパイスカレーブームみたいなのはなかったと思うんで、あんまりやってる人他にいなかったし、マニアック感出てかっこいいんじゃないかという物凄く浅はかで下卑た考えで始めました。

ベッドの下にスパイスボックスを収納したり、お香とか炊いちゃったり、冷蔵庫でベルギービールを専用グラスと共にストックしたり。家をカレー屋さんみたいなものにしようと。

そこからはカレー研究の毎日。ベーシックとなるソースを作って、スパイスの配合だけを変えて比較したりとか、今考えれば相当な手間と時間をかけて研究してました。買い出しは近所のいなげやへ。

そのカレーが周囲で話題になって、色々な人が食べにきたりしてくれて。それがきっかけで色恋に発展する事も期待はしていたんですが、結局カレーを振る舞い、ビールを振る舞い、たまに悩みを聞いたりする、来てくれる人からしたら行きつけの喫茶店のマスターみたいな立ち位置になっちゃって、カレーは恋愛には結び付きませんでした。

東京農工大学生の胃袋を優しく支えてくれた飲食店

私の今の1番の趣味は食べ歩きです。そのきっかけとなったのも「ヒガコ」。大学生になると、グッと外食の頻度が上がります。

非常にチョイスが悩ましいのですが、中でも当時よく利用していたお気に入りの4店舗をご紹介します。

【サイのツノ】

カレーが好きなのはお分かりいただけたと思いますが、食べに行くのももちろん好きです。中でも東小金井にある「サイのツノ」さんは私の人生TOP3に入るカレー屋さん。

高校の時からちょこちょこ千葉の船橋や、お茶の水近辺でカレー屋さんにいってたんですが、大学に入ってから、当時の軽音部の部長に連れてってもらい、通う事になったのがサイのツノです。初めて欧風まろやかカレーを食べた、あの瞬間の感動は忘れられません。

ここには4種類のカレーがあります。一見どれも非常にシンプルなルックスなんですが、それぞれの味のオリジナリティといい、おいしさといい、飽きが全く来ないんです。なんだか色々変わった食材とかスパイスとか、あれこれ付け加えてオリジナリティあるってんじゃなくて、非常にシンプルに完成された逸品。

ハーフアンドハーフとか、トライアングルとか、何種類か組み合わせて楽しむこともできます。一番よく注文したのは、まろやかとグリーンのハーフアンドハーフに彩り野菜トッピングです。

大学〜大学院時代は研究が忙しかったり、本当にお金がない時期もあったりで、ペースにばらつきはあったものの、一番通ったお店だと思います。卓上のピクルスがこれまたカレーにめちゃめちゃ合うので、普段「ピクルスって何のためにあるの?」って人も、騙されたと思って食べて欲しいです。

宝華

そして、東小金井駅すぐに位置する老舗中華料理店「宝華」は、東小金井駅を利用する人で知らない人はいないんじゃないでしょうか。

宝華の油そば「宝そば」は絶対に食べてほしいです。油そばというと少し甘めで大味のタレのイメージがあると思いますが、ここのタレはキリッとしていて旨味が過剰でなく、衝撃を受けます。旨い、めちゃめちゃ旨い。具もネギとカイワレが相性抜群。

全体的にごちゃごちゃしてなくて、洗練されていて、それでいて親しみやすい味。チャーハンなどのごはんものも、一品料理も死角なし。南国風チャーハンもよく頼んでいました。

祥瑞坊(しょうるいぼう)

ガツンとパワー感ある中華料理を楽しめる「祥瑞坊」も外せません。とくに、キムチチャーハンが好きでした。

このお店ではちょっとしたドラマがありました。 ある雨の日、会社帰りで、夜中0時頃に東小金井駅に降り立ちました。夕飯をとってなかったので、担々麺を食べに、祥瑞坊に寄ったのです。お店には私しかいませんでした。

食べ終わって会計して出ようとすると、店の外の傘立てに立てておいた傘がなくなっている。疲れていたのもあって呆然としていると店員さんが「傘、ない?」と声をかけてくれました。

「取られちゃったみたいです」と伝えると突然声を荒げて「ほんと、酷いことするやついるなぁ! ちょっと待ってて」といって傘を一つ渡してくれました。労働で疲れ切った末の担々麺からの優しさの一言に……今、店員さんのあたたかさを思い出しながら、少しうるっときてます。

後日、お礼も兼ねて傘を返しにお店に伺ったんです。すると、その方は母国・中国に戻られたようでした。お礼を言えてないのが心残りです。あの日の傘、ありがとうございました。

富士ランチ

「冨士ランチ」は、農工大生がきっと一回は行ったことがある定食屋さんです。"ランチ"って店名なのにランチ営業はしていないのが不思議なところでもあります。

定食屋さんってさ、幸せでしかないですよね。全部美味しそうで、何を注文するか悩むところから幸せです。色々食べれる盛り合わせのセットがまた悩ませる。ピーマンの肉詰めとか、なかなかないメニューも揃っているんです。オムライスも美味い。

そんな中でも個人的イチオシがチキン甘酢定食です。この甘酢ダレ、やたら美味いんです。鶏肉におそらく軽く小麦粉かなんかをつけて焼いてタレと絡みやすくしてると思うんですけど(間違っていたらごめんなさい)、さっぱりしてて、米との相性ったら抜群。書いてて食べたくなってきました。タレ吸った付け合わせのレタスもうまいんだこれ。

冨士ランチに友達と行ってたらふく食べて店出て呑みに行くかぁ、のあの夜空。楽しかったなぁ。

私の人生を変えたあの人との出会いも「ヒガコ」

さてさてごはんの話がかなり長くなってしまいましたが、何といっても、私の人生を一番変えた川谷絵音との出会いも「ヒガコ」。

彼は大学の2年後輩で学科は違うんですけど、軽音部で出会いました。私はかなりふざけた人間というか、呑んだくれてワイワイしてたタイプで、音楽と真っ直ぐに向き合っていた川谷には、きっと嫌われてるんだろうなと思ってました。

当時、エフェクターというエレキギターで使う機材を売りたくなって、部内のメーリスで募集したところ川谷から連絡が来て。彼に嫌われている意識もあったので「部室の本棚の上にエフェクター置いとくのでお金置いといてください」と連絡した記憶も。

数年前、インタビューか何かで当時の話を2人でした時に本人に確認したんですが、やっぱり当時は、私の事が嫌いだったみたいです(笑)。まあ、そこからひょんな事でindigo la Endのサポートでベースで呼ばれる機会があって。

今考えたら、嫌いな、しかも年上という面倒くささてんこ盛りの存在を誘ってまでも「ライブをどうにかやろう」という彼の音楽に対する実直さや、エネルギーは凄いなと思うんです。未だに彼への尊敬の一番大きな部分として変わらず在り続けています。あの時、川谷が声かけてくれてなかったら、僕は今全く違う人生を送っていたわけでして。

いまや私の音楽活動のほとんどは川谷と一緒ですし、プライベートでもふらっとごはんや旅行に行ったりする仲になっています。その出会いの原点は「ヒガコ」なんですから、感謝なんて言葉だけじゃ片付けられないです。

そろそろ私のヒガコ話もここら辺で。大学の話が全然できなかったんですが、それはまたの機会にさせてください。東京農工大、めっちゃいい大学なんですよ。

著: 休日課長

編集:ピース株式会社