花小金井でのひとり暮らしは、自分と向き合う自由をくれた|文・藤間紗花(ライター)

著者: 藤間紗花

ふり返ると、引越しの多い人生を送ってきたなと思う。わたしが幼いころから離婚・再婚を幾度もくり返してきた破天荒な母の事情で、実家だけでも5回引越しているし、わたし自身も結婚して現在の家に落ち着くまでに、3回の引越しを経験している。関東地方から出たことがないとはいえ、これまでに暮らした街の数は5つ。思い入れのある街もあれば、そうでもない街もある。

その中でも、わたしが今でもよく思い出すのは、初めてひとり暮らしを経験した街である、東京都小平市花小金井だ。西武新宿線に乗って新宿から20分強でアクセスできるベッドタウンで、ファミリー層の多いにぎやかな街だった。暮らしていたのは1年半程度で、これまでに暮らした街と比べても決して期間は長くないのだが、その日々は濃厚で、思い返すだけでなんだか胸がせつなくときめく。わたしがひとりで暮らしたのは、あの一時期だけなのだ。

この家から出て、ひとりで暮らしたい

ひとり暮らしを決意したとき、わたしは24歳だった。当時のわたしは、埼玉県某市の戸建住宅で、母と5人目の継父と、3人で暮らしていた。2つ上の姉はその1年ほど前に実家を出て都内でルームシェアをしていて、わたしは姉の暮らしに猛烈に憧れていた。なにせ気づまりだったのだ、このときの生活が。

5人目の継父は、わたしが成人してから登場した人物だった。これまでの人生で何度も「新しいお父さんよ」と見知らぬ男性を紹介されてきたわたしにも、すっかり大人になってから初登場したおじさんを「お父さん」と慕うことは難しく、彼との生活は率直にいって気まずいものだった。さらに、当時の母と継父は精神的にかなり不安定で、家庭の内外でしょっちゅうトラブルを起こした。そのたびにわたしの中には「母の人生に巻き込まれている」という不満が生まれ、「もうそろそろ自分だけの人生を歩みたい。お姉ちゃんみたいに」という想いが強くなった。

 

ついに母に「この家から出たい。ひとりで暮らす」と告げたとき、ある程度予想していたことではあったが、猛反対された。母なりに反対する理由はいろいろとあったようだが、「長女も出ていったのに、次女までいなくなるなんてさみしすぎる」というのと、「だらしなくて生活力のない末っ子がひとりで暮らせるとは思えない」というのが主らしかった。前者はともかく、後者はわたし自身も不安に思っていることだったので、指摘されるとグサリときた。実家では、料理はおろか掃除も洗濯もろくにせず、しょっちゅう母からその生活態度を叱られていたのだ。

 

誰も家事を手伝ってくれない状況で、果たして自分がやっていけるのか。泣きながら「ひとりじゃなんにもできないあんたに、やっていけるはずがない」と反対する母に対し、「なんと言われても、出ていくよ」と勇ましく言い放ったわたしの心には、すでに暗雲が立ち込めていた。

不安とともにはじまった花小金井での暮らし

ひとり暮らしの舞台となったのは、西武新宿線「花小金井」駅から徒歩10分圏内、風呂トイレ別、家賃は管理費込みで5万5000円のアパートだ。長方形の箱を縦横6つに分けただけといった感じの簡素なつくりをしていたため、2階中央に位置するわたしの部屋に、両隣の生活音は常に筒抜け。おまけに部屋の広さは20平米程度で、実家の自室よりも狭かった。引越し当日、ひとりで荷解きをしているとき、狭い部屋を見渡しながらことさら強い不安に苛まれた。

こんな狭い部屋で、誰ひとり知っている人のいないこの街で、ほんとうにやっていけるのだろうか。母の言うとおり、わたしはひとりじゃなんにもできないのに。掃除も炊事も、なにひとつうまくできないのに──と。

しかし3カ月も暮らしてみると、すぐに不安は解消され、ひとり暮らしを謳歌できるようになった。

平日、仕事を終えて花小金井駅まで帰ってくると、北口を出てまず「西友 花小金井店」に向かう。夕飯時をとうに過ぎたこの時間には、生鮮食品や総菜が大幅に値引きされるからだ。

値引きシールの貼られた肉や魚を手に取り、その食材から思いついたメニューの名前を、スマホで検索してみる。簡単にまねできそうなレシピを見つけたら、あとはそのほかに必要と記載されている食材や調味料を適宜購入し、帰宅してレシピをなぞれば、だいたいはおいしい食事にありつくことができた。レシピサイトの見よう見まねでつくる自分の料理が、わたしはそれなりに好きだった。

誰ともつながっていないという「自由」

休日は少し遅めの時間に目を覚まして、適当に朝食をすませると「ブックオフ 花小金井店」に向かった。当時はフリーターの身で極端にお金がなかったので、好きな作家の本を手に入れるには中古本を探すしかなかったのだが、その時間もなかなか気に入っていた。「100円コーナー」の棚の中になじみのある名前を見つけると、宝物を発掘したような達成感が得られたものだ。早く帰宅して読みたい気持ちを抑えながら「おかしのまちおか 花小金井店」に立ち寄り、本を読みながら楽しむためのちょっとしたお菓子を選ぶのもワクワクした。

 

めずらしく連休がとれたときには友人を招くことが多かったが、当時南口にあった「TSUTAYA 花小金井駅前店」でDVDを借りて、ひとりで鑑賞会を楽しむこともあった。当時は映画やドラマの配信サービスはメジャーでなく、気になる作品を鑑賞するにはDVDをレンタルするほかなかった。新作と旧作とでレンタル料金や期限なども異なるので、わたしはなるべく旧作(安く借りられる)から気になる作品を選ぶようにしており、やはりこちらでもトレジャーハント感は否めない。無事に宝を発掘すると、「ミスタードーナツ 花小金井駅南口ショップ」に立ち寄って、好きなドーナツをひとつだけ買って帰った。映画を観ながらコーヒーとともにゆっくり味わうドーナツは格別だからだ。

休日の引きこもりとおやつざんまいによりたるんだ身体をシェイプアップすべく、時々思いついたように「小平グリーンロード」でウォーキングをした。「小平グリーンロード」は約21kmもの環状遊歩道で、小平市をぐるりと一周することができる。中でも「狭山・境緑道」には緑が多く、どの季節にもランニングやウォーキングに励む人が見られた。


名前も知らない彼らとすれ違うたびに、わたしの中に「どうしてわたしはここにいるんだろう」という想いが芽生えた。それは自分が「その場所の誰ともつながっていない」という心許ない感覚で、でも決してネガティブなものではなかった。

たぶん、あれこそが「自由」というものだったのではないだろうか。自分がどこに行こうと何をしようと、誰にも咎められない、自分の人生を歩んでいるという確かな感覚。自分にはこの街になんのルーツもないと実感するほどに、わたしは自分と対峙できる自由を味わえていたのだと思う。

あの日々が人生にもたらしたもの

その後、わたしは現在の夫である旧友男性と交際をはじめ、ほどなくして同棲を開始したために、ひとり暮らしはたったの1年半で終了することになった。その後結婚し子どもをもうけたことも考えると、自分の人生においてひとりだけで暮らした期間というのはほんとうに短いものだったのだが、それでもあの日々は濃密で特別だった。自分というものと向き合えたあの日々がなければ、わたしはその後誰かと生活をともにすることも、結婚することも、自分が子をもつことも決断できなかっただろう。

今でも花小金井には時々訪れており、娘とともに「小金井公園」へ遊びに行くときなどには、バスやタクシーを使わずにわざわざ「小平グリーンロード」をのろのろと歩いたりしている。するとわたしは、緑道の草むらに潜む昆虫を探して楽しそうに歩く娘の姿を眺めながら、再び自分が自分の人生の中にいることを実感できるのだ。

著者: 藤間紗花

1992年生まれ。埼玉県出身、東京都在住。不動産会社の専属ライターを経て、2019年よりフリーランスとして独立。アートやカルチャーに関する記事を中心に、幅広いジャンルで活動している。

編集:吉野舞(Huuuu)