都会と地方の交差点「田無」で輝く小さな夜景|街と音楽

著者: タカノシンヤ(Frasco)

 

自室、スタジオ、ライブハウス、時にはそこらの公園や道端など、街のあらゆる場所で生まれ続ける音楽たち。この連載では、各地で活動するミュージシャンの「街」をテーマにしたエッセイとプレイリストをお届けします。

 

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Spotifyでたまたま見つけた懐かしの曲を聞いて、高校時代の記憶が一気に蘇った。

十数年前のあの日、秋が終わり、日が暮れて肌寒くなった小金井公園の池のほとり。生まれて初めて付き合った彼女とイヤホンを片耳ずつシェアした時のドキドキ、冷たく澄んだ冬の空気、夜の池の表面にゆらゆらと反射した庭園灯の光。

音が心の扉をこじ開けて、当時のシチュエーションや情景を無理やり思い出させる。あなたにはそんな経験がないだろうか?

僕はFrascoというユニットで、コンポーザー兼トラックメイカーとして曲づくりを担当している。作詞作曲をするときは、過去の経験やさまざまなシチュエーションからヒントを得ることが多い。

その中の一つに、地元の夜景から生まれた曲がある。

地元、田無という街について

僕が生まれ育ったのは、今は無き田無市(現 西東京市)という場所。東京でいうと真ん中あたり、北多摩と言われているエリアに属する。

新宿までは西武新宿線で30分くらい。都心から割と近いが、埼玉方面の自然豊かな地域にも電車ですぐ行ける。

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地元の風景。この日は天気がものすごくどんよりしていた

2001年、田無市は保谷市と合併して「西東京市」という名前になった。そのため、田無(たなし)という地名は、駅名や町名としては残っているものの、田無市はもう存在していない。

しかし、西東京という、「西」と「東」が混在する不思議な名前への違和感からか、僕を含む地元の人たちは合併後も「田無」と呼び続けている。

田んぼの無い町と書いて田無(たなし)。由来は諸説あるが、「田が無いから」という何もひねりのない説が有力らしい。

「無い」という部分にフォーカスして名前を付けているところに昔の人のユーモアを感じる。そんな地元が愛おしい。

練馬区の隣にあり、ギリギリ区に入れなかった都会でもない田舎でもない地域。洗練されておらず、かといって野暮った過ぎず、中途半端ではあるが、ある意味全てから「ちょうどよい」距離感。そこが田無のいいところだ。

都会か?と聞かれると、そんなことはない、畑はある。でも「決して田舎ではない」と答えるようにしている。多少のヤンキーはいるが治安は悪くない。 

タコ公園からの夜景

実家から歩いて数分のところに「タコ公園」と呼ばれる広い公園がある。園内にはその名の通り巨大なタコのオブジェが置いてあり、子連れから中高生まで、地元の人たちに愛されている。

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巨大なタコの遊具がシンボリック。子どもにとっては要塞のようで楽しい

正式名称は田無市民公園といい、調べてみると昭和59年からあるそうだ。僕も幼いころからよく遊んだ公園だが、今となっては散歩がてら、ベンチに座り、ぼんやりと歌詞を考える作業場所となっている。

 公園からは階段や坂道が続いており、低い場所に降りていくと開けたグラウンドが2つあり、グラウンド側からタコ方面は小高い丘のような不思議な立地になっている。タコ公園のベンチからは遠くの方にスカイタワー西東京、通称「田無タワー」が見える。

田無タワーは、明日の天気を知らせてくれる田無のランドマークタワーだ。晴れの日には紫、曇りの日には緑、雨の日には青と、天気に合わせて移り変わるその姿は、とても美しい。 

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日が暮れてからこの場所に来ると、遠くの方に団地やマンションと、田無タワーが細々と輝いて見える。

 僕はこの公園から見下ろすグラウンド越しの「夜景」がとても好きだった。もちろん都心のキラキラ輝く、いわゆる「100万ドルの夜景」とは似ても似つかず全く違う代物だ。

がらんとしたグラウンド越しから見える団地やマンションの明かり。夜の静けさと、都会の片隅の風景。そんな中でひっそりと灯る小さなあたたかさ。郊外の静かな風景に心が癒やされる。

何かに行き詰まったときはよくこの公園に訪れ、夜景を眺める。ここに来ると日常からログアウトできるような不思議な感覚がある。 

Frascoの「Theatre」という曲の歌詞は、このタコ公園からの夜景を見ながら生まれた。この曲は六本木ヒルズで行われた大きなイベントのテーマソングだった。 


 当時の僕は六本木ヒルズを見学し、チームメンバーと相談しながら曲づくりをしていた。

作詞に難航し、気分を変えようと自宅の田無から花小金井を行ったり来たりして、最終的にたどり着いたのがこのタコ公園だ。

タコ公園から見える景色は、温かくそしてどこか寂しげにキラキラと輝いていた。その明かり一つ一つに人々の日常があり、それぞれが電気を消費している。自分と明かりの距離、他人の生活との距離、日常と非日常の距離。

 その時にふと思いついたのが「キラキラ」という言葉と「キロメートル」等の単位をかけ合わせた歌詞だ。 

J-POP的にはおそらくあまり使われることの少なかった「単位」にフォーカスした歌詞。km、kl、kw、kHz……「単位」という日常の中にある要素のアイデアは、田無の何気ない郊外の街明かりから生まれた。 


キラキラと音を奏でながら
kHz 心震えてた

キラキラの星の海の中で
kl 心溢れてた

眼下を埋める街明かりも夜空の星の海で
テールランプは流れ星のように消えてった 

キラキラと無駄遣いしながら
kW 心光ってた

キラキラと夢現の空で
kB 心が満ちてた 

※Theatre歌詞より抜粋

この曲の制作中、「東京の夜景はひっくり返すと星空のように見える」という話しをメンバーがしていた。考えてみると夜景と星空の煌めきはそのまま繋がっているように思えた。 

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 今夜も音楽を聞きながら、田無の夜景を見ている。

その景色は、都会と郊外の中間地点で、いつものように親近感と美しさを同時に携えていた。

田無の小さな夜景から生まれた「Theatre」という曲は、想像の中で場所を超えて、距離を超えて、六本木の大きな夜景へと重なっていった。

音が心の扉をこじ開け、情景を呼び起こす。

六本木ヒルズ森タワーから見えるスタイリッシュで広大な東京の夜景、そして田無のタコ公園から見える静かでやさしい街明かり。ふたつの光の群れが地続きに広がり交差する。

僕たちは皆同じキラキラを見ている。そして同じキラキラの中で日々を過ごしている。

田無タワーは紫色に輝いていた。明日はきっと晴れるだろう。

 

田無のオススメスポット

田無タワー(スカイタワー西東京)

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実家から見える風景。僕の実家の屋上からは田無タワーがよく見える


田無のランドマークはなんと言ってもスカイタワー西東京(元々の名前は田無タワー)だ。1989年に完成し、地元のシンボルとして異様な存在感を放っている。

観光地として機能していないところの独占感や色で天気を伝えてくれる身近な存在として愛着が強い。 

フジカフェ

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田無駅の栄えている側、駅北口から歩いて3分のところにある老舗の喫茶店。
モーニングセットが有名で、Bモーニングでは、一枚のプレートの上に熱々のホットサンド、ドリンク、スープかサラダ、ゆで卵が付いて630円(終日注文可能)。ゆで卵をむく、ホットサンドをかじる、サラダを食べる、珈琲を飲む、を繰り返していると時間の間隔がゆるくなり良い。

香茶美珈琲

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知る人ぞ知る自家焙煎のこだわり店。南口の市役所通りをまっすぐ行って少し奥まった閑静な住宅街の一角に佇む。

こだわりぬいた焙煎と、丁寧なネルで淹れる珈琲、手入れされた中庭に映えるヤシの木など、自分のためだけにあるような静かで心休まるオアシス。

めだか珈琲

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こちらも南口の市役所通りを更に更に南下していくと団地エリアの一角にある綺麗な喫茶店。シフォンケーキがふわふわで美味しい。

珈琲を注文すると小皿に甘いアーモンドのお菓子が付いてくる。アットホームで雰囲気がいいので地元の人たちが読書や作業、おしゃべりをしによく来ている。


<タカノシンヤのプレイリスト>

一人で夜景を見ながら聴くのにちょうどいいプレイリスト。ちょっとさびしくて、ちょっとあたたかくて、切なくて。物思いにふけりながら聴くのにおすすめの選曲をしました。

 


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著者:タカノシンヤ

伊藤暁里

メタポッププロジェクトFrascoで作詞・作曲・アレンジ、企画を担当。Twitterの「すぃんや」アカウントではバズツイートを連発し最高でテキストツイートのいいね数が日本歴代30位以内にランクイン。面白法人カヤックにて広告の企画やサウンドも担当。2020年4月からはJ-WAVEナビゲーターも務める。
Twitter:@Shinshin_Frasco
 

編集:Huuuu inc.