商店街の細い道、街角のお稲荷さん、130年前の古い洋館。漫画家・山下和美さんが愛する豪徳寺の風景

取材・文: 榎並紀行 撮影: 相馬ミナ

『天才柳沢教授の生活』『不思議な少年』『ランド』などの作品で知られる、漫画家の山下和美さん。漫画家になって約45年。そのおよそ3分の1を、豪徳寺(東京都世田谷区)で過ごしてきました。豪徳寺に住むきっかけになったのは、130年以上前に建てられた古い洋館。その美しさに目を奪われ、取り壊しの計画が浮上した際には、みずから保存活動に乗り出すほど惹かれたといいます。これまでにも、もともとそこにあったはずの「大事なもの」がなくなっていくことに寂しさを感じていたという山下さん。歴史を重ねた建物や、昔から親しまれてきた風景に対する思い、そして、豪徳寺で過ごす日々について伺いました。

散歩中に出合った洋館に心を掴まれ、近くの土地を購入

―― 山下さんはいつから豪徳寺にお住まいなのでしょうか?

山下和美さん(以下、山下):豪徳寺に家を建てたのは2011年ですが、その少し前から両親がこのあたりに住んでいて、たまに足を運んでいました。それで、ある年の正月に世田谷八幡宮にお参りに行った帰りに周辺をうろうろしていたら、「大谿山 豪徳寺」の裏手あたりに建っていた洋館をたまたま見つけて。住宅街のなかに、薔薇が似合いそうな水色の洋館が普通に建っている。調べてみたらその時点で築130年以上とわかって、なおさら心を掴まれました。


漫画家の山下和美(やました かずみ)さん

―― 洋館はその後、山下さんが発起人となって保存プロジェクトを立ち上げ、現在では「旧尾崎テオドラ邸」として運営されています(※経緯は「漫画家・山下和美さん「世田谷イチ古い洋館の家主」になる。修繕費1億の危機に立ち向かう」(SUUMOジャーナル)を参照)。そもそも豪徳寺に住むきっかけの一つが、この洋館の存在だったんですね。

山下:そうですね。当時、ちょうど家を建てる土地を探していたのですが、たまたま洋館から近いエリアに良い土地が見つかったので。その時はまさか自分が洋館の保存にまでかかわるとは思いもしませんでしたが、当初からこの建物への愛着は強かったです。


爽やかな水色が目を引く洋館。山下さんをはじめとする漫画家たちによって保存プロジェクトが立ち上がり、現在は「旧尾崎テオドラ邸」としてオープン。漫画ギャラリーや喫茶室を運営している

―― 豪徳寺には先にご両親が住まれていたということですが、もともとのご実家も世田谷区近辺にあったのでしょうか?

山下:いえ、私が幼い頃は父親の仕事の都合で北海道の小樽に住んでいましたし、小学6年生からは横浜で暮らしていました。ただ、両親はもともと東京の人なので、いずれは東京で暮らしたいという思いがあったようです。それで、私が横浜から東京の目黒区に転居したというのもあって、両親もそこから比較的近い豪徳寺に越してきたという経緯です。

―― 洋館の存在に惹かれたとはいえ、暮らすとなれば街の環境も気になるところかと思います。その点はいかがでしたか?

山下:環境はとてもいいと思います。住宅街は静かで、商店街にも昔の雰囲気が残っていて。区画整理がされていない商店街の細い道に風情を感じます。商店街を通り抜けるとちょうど世田谷線が見えてくる、あの感じが好きですね。


豪徳寺駅から続く細長い道。両側に商店が連なる


東急世田谷線の「幸福の招き猫電車」。招き猫発祥の地である豪徳寺にちなみ、車両全体に招き猫があしらわれている

昔ながらの当たり前の風景が失われていく

―― 山下さんは洋館の保存プロジェクトを通じて地域の方々とも交流を持たれていますが、もともと積極的にご近所づきあいをされるタイプだったのでしょうか?

山下:いえ、全くですね。以前、目黒に住んでいた頃は仕事でひたすら家に引きこもっていて、ご近所さんとの接点もほぼありませんでした。豪徳寺に来て、街の人とつながったきっかけは「Pokémon GO」です。ポケモンを探して街のあちこちを散策していたら、そのうち仲間が増えていきました。同じように散策しているPokémon GOユーザーの方たちと情報交換するようになって、ゲームを離れてからも街で顔を合わせるとあいさつしたりお話ししたりするようになったんです。

それから、ポケモン探しのおかげで街の隅々まで把握できるようになりましたね。街のちょっとした変化も目に留まるようになったり。

―― たとえば、どんな変化ですか?

山下:街角にある「お稲荷さん」が「Pokémon GO」のジムやポケストップになっていたりするので訪ねてみたら、すでに取り壊されて更地になっていたことがあって。ほかにも、もともとそこにあったはずの「大事なもの」がなくなっているということが、結構ありました。

一方で、この地域には「昔から親しまれてきたもの」を大事にする人たちがたくさんいます。散歩をしているときにも、お稲荷さんに手を合わせ、お花を替えて綺麗に整えている人の姿があって。私も、そこを通るたびに手を合わせるようになりましたね。


豪徳寺の裏手にある静かな路地

―― それこそ洋館の保存プロジェクトも、昔からそこにあった風景を守りたいという思いからスタートしています。

山下:そうですね。ご近所の方々も、随分と協力してくれましたよ。この洋館は昭和8年からこの場所にあるため(建築は明治21年。昭和8年に現在の場所に移築)、地域のお年寄りの方にとっても生まれた頃からの当たり前の風景だったようです。それを守れるならと協力してくださる方も多く、本当に助かりました。
だからこそ余計に、なるべくそのままの形で残したいと思いましたし、「旧尾崎テオドラ邸」としてギャラリーや喫茶室をオープンする際も、たくさんの人が集まることで今の静かな環境が壊されてしまわないように、どういうやり方がベストか考えました。事前予約のチケット制にしたのも、そのためですね。

―― 建物を残し続けるためには、地域の人々の理解や協力が欠かせません。そのためにも、洋館に愛着を持ってもらうことが大事だと。

山下:それはかなり意識しています。たとえば、近所の方々に招待券をお配りしたり、「旧尾崎テオドラ邸」として地域の催しに参加したり。商店街で行われる縁日に私も参加して、せんべいに絵を描いたりね。地域とつながる機会は定期的に持つようにしています。

以前は、そうしたつながりやご近所づきあいを鬱陶しいものだと思い込んで、敬遠していた時期もあったんですよ。でも、洋館のことがあって、最初はある意味“強制的に”地域の方々と交流を持つようになり、やはり大事なことだなと考えるようになりましたね。特に大きな災害があったときに、お隣さんの顔や名前すらわからないのはまずいなと。昔みたいに引きこもっていたら、ご近所の方からは未だに怪しい人だと思われていたんじゃないでしょうか。


洋館保存プロジェクトの共同代表でもある漫画家の笹生那実さんも、保存活動を通じて知り合った仲間。洋館をきっかけに、さまざまな縁が生まれている

漫画家仲間にも好評。山下さん行きつけのお店

―― 豪徳寺で行きつけのお店はありますか?

山下:よく行くのは、「ピコンバー」や「パレアリック飲食店」。どちらも雰囲気が良く、料理も美味しいです。一度、パレアリック飲食店が臨時休業だったのでピコンバーに行ったら、パレアリックのマスターがご家族で食事をされていました。どなたかの誕生日のお祝いをしていたみたいで。料理人の方も記念日に使うような、素敵なお店ですね。

カウンターで日本酒と和の創作料理を楽しめる「きたの」というお店も好きです。お通しからすでに手が込んでいて、何を食べても美味しいです。最近すごく人気になって、なかなか予約が取れなくなってしまいましたが。

それから、イタリア料理の「三輪亭」。昔から有名なお店ですが、やっぱり美味しいですね。自家製のシャルキュトリーが名物で、燻製して熟成させた生ハムやサラミなんかをよくいただきます。

―― これらのお店は、どういうときに利用されるのでしょうか?

山下:「ピコンバー」は昼間のカフェタイムに1人で来てiPadで何か書いたり、ちまちま作業をすることも多いですね。あとは洋館保存プロジェクトの会合で使ったり、最近は同業の作家さんを連れてくることも増えました。「旧尾崎テオドラ邸」で展覧会をやってくれた漫画家さんをお連れして、打ち上げをしたり。美味しいお店がたくさんあるので、みなさん驚かれます。

豪徳寺から世界へ、日本の漫画文化を発信

―― 以前は家で仕事ばかりしていたということですが、豪徳寺に来てからは漫画のご執筆以外でも精力的に活動されています。少し、ゆとりができたのでしょうか?

山下:ゆとりは全くありません。仕事をする時間が欲しいです(笑)。

―― 仕事以外に、やることが多すぎると。

山下:そうそう。おかげで原稿がどんどん遅れて大変なことになっています。ただ、ここに来るまではエッセイ漫画を描いたこともなかったし(『数寄です!』『世田谷イチ古い洋館の家主になる』)、現在「モーニング」でやっている連載も洋館が舞台になっているので(『ツイステッド・シスターズ』)、そういう意味では豪徳寺に越してきたことや、洋館の保存活動が仕事の役に立っているといえるかもしれません。


多忙な中でも、週に何度かは洋館に足を運ぶ。喫茶室で紅茶を飲み、心を落ち着ける時間を大切にしている

―― 豪徳寺や洋館を舞台にした漫画を描くようになってから、街をより観察されるようになったかと思います。暮らし始めた頃に比べて、何か変化は感じますか?

山下:一番はやはり、海外からの観光客がものすごく増えたことですね。豪徳寺の招き猫を目当てに来られるみたいです。お寺をお参りするような方々なので、みなさん穏やかですよ。和の風情というか、平和な雰囲気に癒やされているのかもしれませんね。夜遊びするような街でもないですし、昼間に豪徳寺をお参りした後に周囲をのんびり歩いて、明るいうちに帰っていく人がほとんどです。

たまに道に迷った方が、旧尾崎テオドラ邸の建物を眺めている様子を見かけます。ヨーロッパの方からしたら見覚えのある建物かと思いますが、それが日本の住宅街の中にポツンと建っているのが不思議なのかもしれません。


豊かな緑に囲まれた「大谿山 豪徳寺」。境内には梅や桜、牡丹、つつじなどが植えられ、季節ごとに表情が変わる


招福殿にはたくさんの「招福猫児(まねきねこ)」が飾られている

―― 旧尾崎テオドラ邸を目当てに来られる外国人観光客の方もいらっしゃいますか?

山下:そうですね。いわゆるオタクの方々は情報通なので、日本にこういう場所ができて、いろんな漫画家が個展をやっていることもご存じなんですよ。ついこの間も、外国人の方が1階のショップで私の漫画を買ってくださっていて、自分のリュックに丁寧に仕舞われていました。一般的なインバウンドの旅行者には見られないオタク仕草が印象的だったので、よく覚えています。

フランスのWebメディアの記者さんも、よく連絡をくださいますね。「今度日本に行くから、ぜひ旧尾崎テオドラ邸に寄りたい」と。その方は少女漫画好きで、私が40年以上前に『週刊マーガレット』でデビューしたことも覚えていたり、私も知らないような漫画家の名前もご存じだったりと、めちゃくちゃ詳しくて。

―― 改めて、日本の漫画の世界的な人気ぶりがうかがえますね。そして、いずれは旧尾崎テオドラ邸が日本の漫画文化を海外に発信する場所として認知され、世界中の漫画好きが集まる場所になるかもしれません。

山下:そういう場所になってほしいですね。


山下さんご自身の個展をはじめ、さまざまな漫画家たちの展覧会を実施している

街ごとつくり変えるより、今あるものをうまく活かして

―― 最後に伺います。山下さんがこれからの豪徳寺に望むことは何でしょうか?

山下::まず、街自体はあまり大きく変わらないでいてほしいです。特に、商店街の細い道は拡げないでほしいと個人的には思います。再開発などで街ごとリニューアルするのではなく、今あるものをうまく活かして新しい人の流れをつくれたら理想的ですよね。

山下:少し前に北九州を旅行したとき、小倉駅の近くで旧尾崎テオドラ邸にそっくりな館を見つけました。形も色も、本当によく似ていて。もともとは市役所として使われていた建物らしいのですが、建物を買い取ったオーナーが古着やジーンズを扱うショップとして運営されていました。近辺にはほかにも古い建物を若い人たちがリノベーションし、うまく活用している事例がたくさんあって、とても良いことだなと。

もちろん土地の価格が違うので、同じことを豪徳寺でやろうとしてもなかなか難しいとは思います。それでも、歴史のある建物を簡単に壊してしまうのではなく、なるべく残せる方法を模索していけるといいですよね。

お話を伺った方:山下和美さん

1980年、『週刊マーガレット』(集英社)でデビュー。『天才柳沢教授の生活』『不思議な少年』『ランド』などのヒット作を持つ。2021年4月、『ランド』で第25回手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞。旧尾崎邸保存プロジェクトの発起人でもある

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編集:SUUMO編集部